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人生で一度も主役になったことがない。
わたし、楠木 菫(くすのき すみれ)はそういう人間だった。別にお遊戯会とか、文化祭での演劇とか、そういうのに限ったことではなく。とにかく主役にはなれなかった。いや、なりたくなかったというべきなのかもしれない。
幼稚園の時から人前に立つのが苦手だった。人の注意が自分の方に、しかも大量に向くのが怖かった。お遊戯会では木の役をした。確か、植物を好きになったのはこの時だ。植物は注意を向けられなくていい。その場に存在するのが当たり前だからだ。
小学校でも、中学校でもそうだった。思春期になるにつれ、みんな恋をする時期が訪れるのだが、その時でもわたしは友人の相談役に徹していた。何組もカップルが出来ていくのを「良き仲人」的な立ち位置で見送った。本当はサッカー部の彼が好きだったのに、結局告白せずに卒業した。
わたしは本当にこれでいいのか。その心の囁きを
「わたしは主役には向かない人間だ。それなら脇役に徹して主役をサポートする位置が最高じゃないか。」
と抑えてきた。わたしはこれでいいんだ。そのままダラダラと過ごしていたら一年が過ぎてしまった。ついに高校生活も二年目。今年も重大な事件が起こらないまま過ごせるといーなー、と考えた矢先に大きな問題が。部長の件どーしよー…
わたしは園芸部に所属している。これは植物好きの影響で即決だった。しかし、二年生三年生の先輩方ほとんどが幽霊部員といういつ廃部になってもおかしくない限界弱小部だった。そんな中入部したのはわたしともう一人の女の子。先輩方は優秀な人に部活を先導してほしい(というのは建前で本当は責任を押し付けたい)という立派な大義名分で、わたし達が二年生になったら部長をどちらかに任せることにしていた。入部直後に言われたもんで、
(あーこれ逆らっちゃいけないやつかなー)
と思って承諾してしまったが今となっては激しく後悔している。わたしかもう一人の、三角真白(みすみ ましろ)ちゃんのどちらかが部長にならなければいけないということだ。部長になったら色々面倒くさいことをしなければいけない。月一回の部長会議への出席、部費の管理、部室の戸締り、顧問との駆け引きなどなど。これを引き受けるのも荷が重いが、部長ってなんか、「主役」って感じがする。
そんなことを考えながら部室に入った。園芸部の部室は部室棟の一階で一番日当たりがいい場所にある。これによって窓際でいろんな植物を育てることもできる。窓の外には専用の庭があり、そこが主な活動場所だ。園芸部ってやることなさそうと思われがちだが、結構色々やることはあるのだ。種を蒔く位置の試行錯誤、水やり、雑草抜き、植物が病気になっていないか調べるなど。頑張って、花が咲いて、とっても綺麗だった時の達成感と感動は一生に一度は体験すべきだと思う。
それはともかく、部室にはすでに真白ちゃんがいた。椅子に座って園芸雑誌を読んでいる。わたしが入ってきたのに気づいたのか、顔を上げた。
「あ、菫ちゃん、どうも。」
「どーもー。」
わたしはすみっこに荷物を置くと、真白ちゃんの向かいの席に座った。さっそく部長の話を持ちかける。
「部長の件、どーする?めんどくさいよねえ~…」
すると、真白ちゃんは眉をハの字にして俯いた。彼女が困っている時の仕草だ。
「…え、なんかあったの?」
わたしが聞くと、彼女は顔をあげて口を開いた。
「なんか、ついさっきね、めっちゃ爽やかな男子がここに来て…『今日から僕、部長だから。』って言って去っていったの…。あと、これも置いて行った。」
話された急展開に唖然としているわたしに真白ちゃんは一枚のプリントを差し出した。そこにはこう書いてあった。
『久化5年度園芸部員表 部長 東雲 樹』
…どういう事~!?
<続く>