不思議な少年

Last-modified: 2008-10-06 (月) 23:51:42

不思議な少年/山下和美

76 :不思議な少年 :04/05/04 21:02 ID:???

それでは『不思議な少年』いきます。


この物語は時空を越えて存在する“不思議な少年”が、様々な人間の営みを見つめていく、
という短編シリーズです。


不思議な少年:13~4歳の金髪碧眼の美少年。時には20歳位の青年の姿をとることも。
       人間ではなく、不思議な力と永遠の命を持っている。
       決まった名前はないようで、その時々で違った名を名乗っている。
       ややこしいので、文中ではなるべく「少年」で通します。


77 :不思議な少年 :04/05/04 21:06 ID:???


 <第一話 万作と猶治郎>


終戦直後の日本。木武万作(10歳位)は家族と共に、父・賢太郎の田舎に向かっていた。
東京大空襲で焼け出され、知人の家で世話になっていたが、賢太郎の父である満之助が
危篤との連絡を受け、一家で豪農である賢太郎の実家に行くことにしたのだ。
汽車に乗ってからずっと、万作は子ども向けの聖書物語の本を読み耽っていた。
世界最初の殺人――カインとアベルのくだりまで読み進んだところで、ふいに万作は
隣の人物から話しかけられた。
「それはカインとアベルだね いかにも人間らしいおそまつな話さ」
そこにいたのは見知らぬ外人の少年だった。驚愕して両親に「これ誰!?」と問う万作。
だが「何言ってんだい、これは弟の猶治郎だろ」と言われてしまう。
万作は、2日前ぶっかけられたDDTのせいで弟はアメリカ人になったに違いない、
きっと僕もそのうちこうなるんだどうしよう、と不安になる。


そうこうしているうちに、一家は賢太郎の実家に到着した。
そこは人を威圧するような雰囲気の、広大すぎるほど広大な屋敷だった。
そして表札にはなぜか『鬼舞』と書かれていた…
呆然と見つめる万作の肩を「呑まれてる」と少年はたたき、「父さんはもっと呑まれてる」
と言う。立ちすくむ賢太郎に万作は「家は木に武で“きぶ”じゃないの?」と問うと、賢太郎は
「私たちの戸籍上の名字は本当は“鬼が舞う”なんだ
 私はこの家が我慢ならなかった だから私は“鬼舞”の名を捨てたんだ……」と答える。
鬼が舞う――その言葉に万作は思わず身震いする。しかし少年は平気な顔で門の中に進む。
「「鬼」というのはもともと「魂」という意味さ だからここは魂がおどる家だ
 大丈夫だよ 少しも怖くなんかない」 そう言って少年は軽やかに歩いていった。


78 :不思議な少年 :04/05/04 21:08 ID:???

一家を迎えたのは賢太郎の乳母だったテイという百歳を超える老女、
そして賢太郎の弟・群司と、妹・鈴与だった。
満之助はずっと意識がなく、ここ一週間がヤマらしい。
万作は屋敷の立派さに驚き、父がこんなすごい家を出たのはなぜだろうと不思議がる。
この家が魅力的かと問う少年に万作は、知人の家で世話になっていたときは最悪だった、
この家を奴らに見せつけてやりたい、と無邪気に言う。その言葉に少年は
「人間の欲望は雪だるまと同じだね そんな小さい欲がころがり落ちてころがり落ちて
 どんどん大きくなって でも ただひたすら落ちるんだ……」と微笑む。
万作は目を丸くして(DDTって頭もよくするのかなあ)と考える。


79 :不思議な少年 :04/05/04 21:09 ID:???

万作と少年は屋敷近くの野山で遊んでいた。知識豊かな上に、水上歩行などの
不思議な力を持つ少年を、万作はやはり弟じゃないと考える。
しかし同時に、彼をどこかすごく身近で見たような気もしていた。
そんな二人を迎えに来たテイは、満之助の思い出を語り始める。
鬼舞一家は無一文でこの土地に流れつき、地主の厚意で納屋に住まわせてもらっていた。
そこで働いていたテイは、幼い満之助があまりに可愛かったので、その乳母となる。
貧しく何も持たなかった満之助は、しばしば乱暴を働いて他の子どものものを盗んだ。
「欲しいもんは働いて得るんじゃ もっと頭を使え」とテイに言われた満之助は、
成長するに従い、あくどい手段で欲しいものを得ることに長けていった。
脅しやペテンで親友の土地すら取り上げ、他人の女も平気で奪った。
果ては世話になった地主まで追い出してしまった。
満之助はことを成すときには必ず笛を吹いた。一際美しい笛の音が里中に響き渡ったその日、
満之助は自分の財を狙う己の兄を殺した…
そうして手に入れたのがこれだ、とテイは二人に広々とした山里の風景を見せる。
「この家を継いだものは この景色の全てを手に入れる
 望めばもっともっと遥か彼方まで 手に入るかもしれん」
その言葉に陶然とする万作。
「富に憑かれてあの満之助は悪魔になったのか」とつぶやくテイに、
少年は「そうさ そしてそれこそ人間らしい生き方だったのさ」と言う。
家路に着く3人だったが、少年は万作を呼び止める。
少年が葉の落ちた桜の木に何やら強く念じると、何と一輪花が咲いた!
「命あるものはなかなか強情だな 一輪で精一杯だ」
その花を万作は長いこと見つめていた…


80 :不思議な少年 :04/05/04 21:12 ID:???

それから数日後の夜更け。ひどい嵐に万作は寝付けずにいた。
ずっと向こうの満之助の部屋から光がもれている。賢太郎たちが話し込んでいるようだ。
同じように起き出した少年は、話が気になるならここで聞いてみようと言い、
襖に手をかざした。するとその襖に満之助の部屋の様子が浮かび上がった。
意識のない満之助を囲み、賢太郎・群司・鈴与がいる。
群司は、戦前は反戦記事を書き戦中は結核で従軍しなかった賢太郎をなじり、
「父さんは昔から兄さんしか見えてなかったが、兄さんは父さんに目をかけられるのが
 恐ろしくて逃げた。だが今はこの家のことを託されたのは俺だ。
 ことが済んだら出て行け!財産はビタ一文渡さん!」といきまく。
賢太郎は「金が目的で来たわけじゃない、今父さんに会っておかなければ
後悔すると思ったからだ」と返す。
万作も群司の言葉に、父さんはそんな人じゃないと激昂するが、少年は
「全く人間は……これだから
 お金は汚い……権力は汚い……でも……
 それ以上に魅力的だね」 と言う。


81 :不思議な少年 :04/05/04 21:14 ID:???

群司はさらに言い募った。「あんたは親父が死ぬのを待ってる。
いや、親父も俺も妹もみんな死んで、全てを一人占めにしたいんだ。
わかるんだよ、何故なら俺もそう思ってるからさ」
その言葉に衝撃を受ける万作。少年は微笑みながら言った。
「二人以上人間がいれば必ず戦いが始まる
 悲しまなくてもいいんだよ 万作兄さん
 何故なら人間は……そこから始まるんだから
 見せてあげよう万作 父さんの魂がおどるところを」
そのとき、襖のほうから叫び声が聞こえた。万作がそちらをみるとそこには――
悪鬼のごとき形相で、群司を刺し殺している賢太郎の姿が映っていた。
そしてその血しぶきを浴びて、満之助がカッと目を見開いた!
「嘘だぁぁ」絶望した万作は「みんななくなれ!!!」と叫ぶ。
その言葉に呼応するように、三日間降り続いた雨によって洪水が起こり、
里を、そして鬼舞家を飲み込んだ。全ては水に押し流され、万作もまた水に飲まれた。
その瞬間万作は少年をどこで見たのか思い出した。
彼は聖書物語のしおりに描かれた、天使にそっくりだったのだ…


万作 「君は 僕が全部なくなれと願ったからこうしたの……?」
少年 「そうだ……
    でも本当は君は全部なくなれと願ったんじゃない
    君が願ったのは……
    みんないなくなって全部僕のものになれ!! だ」


82 :不思議な少年 :04/05/04 21:16 ID:???

少年は浮遊しながら万作を助け上げる。
万作は少年に、祖父も父も兄弟を殺した、自分もいつか兄弟を殺すのか、
それを見たくて自分を助けたのかと問う。
そのときどこからか笛の音が聞こえてきた。
切なく悲しく、しかしこの上なく美しい調べ…
笛の音の主は、流れる戸板の上に座った満之助だった。
朝日を浴びながら、一心不乱に吹き続ける満之助。
その音色に誘われるように、辺り一帯の桜の木が、一斉に満開の花を咲かせた。
その光景と音色に、切なげな表情を浮かべた万作はつぶやく。
「これが 欲望のままに生きた人間の奏でる調べなの?
 猶治郎 人間って…… 人間って…… なんだかとっても……」
少年もまた、切なそうに答えた。
「ああ 人間って不思議だ……」
やがて笛の音は途切れ、満之助は濁流に呑まれていった…


気付くと万作は高台の上にいた。眼下には水に覆われた里がある。
ふと隣を見ると、そこには本物の猶治郎が倒れていた。少年の姿はどこにもない。
抱き上げて声をかけると、猶治郎はすぐに気が付いた。
安心して猶治郎を抱きしめながら、万作は思った。
僕の人生はこれからずっと何かに試される……!!


83 :不思議な少年 :04/05/04 21:18 ID:???

そして現代。万作は企業を起こし、社長として成功していたが、
罠によって退陣に追い込まれる。罠を仕掛け、新社長に納まったのは猶治郎だった。
引継ぎの日、万作は悪鬼のごとき形相で猶治郎を刺し殺す――自分を妄想する。
実際には万作は微笑んで猶治郎を激励し、握手して出て行っただけだった。
車に乗り込んだ万作はふとつぶやく。
「私がもし今笛を吹いたなら…… どんな音色かな……」
《ああ ぼくも聞いてみたいな》 万作の頭の中に聞き覚えのある声が響く。
ハッとして窓の外を見るとそこには――
あの時と変わらぬ姿の少年が歩いていた。
彼は万作に微笑みかけると、そのまま歩き去っていった……


<第一話 了>