俺と悪魔のブルーズ

Last-modified: 2008-09-23 (火) 18:17:09

俺と悪魔のブルーズ/平本 アキラ

524 名前:俺と悪魔のブルーズ・1[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:52:37 ID:tcc4Z4ku
―――アダムとイブが楽園を追放された時、俺は生まれた。
―――連れ去られたアダムとイブの子孫らと共に、俺はこの新大陸へ移り住んだ。
―――その地で子孫たちに降り掛かる苦難が俺を育てた。
―――俺は彼らを慰めたり、時には堕落させたりもした。
―――ある晩、駅で出会った男が俺に名前を与えた。
―――その夜以降、俺の名前は一気に広まり、たくさんの友人が出来た。
―――ある夜道で俺は1人の男と会った。俺と奴はすぐに親しくなった。
―――俺の名はブルーズ。今夜もあいつを迎えにゆく。とびっきりの親友だ。


誰かが家の扉をノックする。
寝ぼけ眼で扉を開けると、「俺だよ……迎えにきたぜ。」と悪魔が言う。
そこで悪夢から目が覚めた。



525 名前:俺と悪魔のブルーズ・2[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:53:21 ID:tcc4Z4ku
1929年冬、アメリカミシシッピ州。
寝覚めの悪い夢から覚めた農夫・ロバートジョンソン(以降RJ)。
すると、部屋に夢と同じようにけたたましいノックが響く。
ガチャリと扉が開き、部屋に入ってきたのは身重の妻・ヴァージニア。
朝寝坊していたRJを叩き起こしにきたのだ。
「いつになったら起きてくんの!? RJ! 義姉さんもうカンカンよ。私知らないから!」


嫁に起こされ重い体を引きずって農場に行くやいなや、RJの姉は激怒し、RJに飛び蹴り。
義兄もRJかばおうと口を出そうとするが姉の「アンタは黙ってな!」の一言で沈黙。
姉の説教はそれからしばらく続いた。


仕事が終わり、悪友のミッチとともに酒場にブルーズを聞きにでかける。
酒場でしばし談笑した後、酒場のブルーズ奏者のウィリーがギターを弾き終わると
RJは静かにそのギターを抱える。
新しく誰かが演奏を始める。一瞬にして酒場の視線がRJに注がれる。


しかし、RJギターの腕前はヘタクソなどどという物ではなかった。
辺りから失笑を買い、恥ずかしさのあまり赤面してすぐさまやめてしまう。
席に戻るとウィリーがRJに「演奏をやめてくれた御礼だ」と酒を勧める。苦い顔をしながらも一気に飲み干すRJ。
落ち込むRJをからかうようにミッチとウィリーがある伝説を語りだす。「クロスロード(十字路)伝説」


「真夜中の十字路の中心にたった一人で立つ。
 そしてそこで何か一曲、なんでもいい。ギターの演奏をする。 
 すると後ろから声をかけてくる奴がいる。真っ黒くてバカでかい奴だ。
 そいつはお前のギターを手に取り、チューニングすると何か一曲演奏し、お前にギターを返す。
 するとどうだ。お前のギター技法は嘘のように上達する。
 が、その引き換えにお前の魂はそのバカでかい奴に持っていかれる、という話だ。」



526 名前:俺と悪魔のブルーズ・3[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:54:12 ID:tcc4Z4ku
翌晩、いつもと変わる事なく悪友ミッチと共に酒場へ足を運ぶRJ。
いつもの様に飲んでいると、良い女がこちらをずうっと見ている。
RJが止めるのも聞かず、ミッチが女を誘いにいくと女の目当てはRJ。
据え膳食わぬは男の恥。RJは酒場の外に出て、木陰で女と抱き合い接吻する。
すると、突如酒場から響いてくる旋律。
RJは女を無視し、まるで見入られたかの様に酒場へ走り出す。
酒場へと戻ると、先ほどの旋律の元。1人のブルーズマンの演奏から目が離せない。


男の演奏に打ち震え、呆然とするRJ。
そこへ先ほど外へ放ってきた女が激怒しRJに掴みかかる。「あんた、女に恥かかせる気!?」
すると、何者かがその女の顔を殴り飛ばす。見上げるとRJの二周りは大きいかというほどの大男。
「こんばんわ、こいつの旦那です。」 激怒している男の様子に青ざめるRJ。


数時間後、男にボコボコにされたRJが席につくと先ほどのブルーズマンはいなくなっていた。
ミッチに聞いても「そういやなんか演ってるのがいたな。」程度の感想しか言わない。
ブルーズマンがいた辺りを見ると、ブルーズマンが演奏に使っていたギターだけがポツンと残されていた。
どうやらギターのみ忘れていったらしい。届けてやろうとギター片手に外に出るRJ。


だが、どこを探しても男の姿は無い。仕方なく「明日返せば良いか」と帰路につくRJ。
ブルーズマンが弾いていたギター。思わずRJも歩きながら演奏しようとするがへたくそなRJでは上手くいかない。
気がつけば、いつの間にかRJは十字路に立っていた。酒場で聞いた「クロスロード伝説」を思い出すRJ。



527 名前:俺と悪魔のブルーズ・4[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:55:19 ID:tcc4Z4ku
たどたどしい演奏が真夜中の十字路に響く。
演奏を終え、何かの気配を感じ、後ろを振り向くRJ。しかしそこには誰もいない。「んなわけねーか。」
迷信を信じた自らの愚行に呆れ、路傍の石に腰掛け酒を飲み始めるRJ。
今一度じっとギターを見つめる。ボロいギター。なぜあんな凄い音が出るのか。
好奇心に駆られ、もう一度ギターをかき鳴らすRJ。


すると雲からかすかに月明かりが漏れ、辺りを照らす。
RJが腰掛けていた場所の真後ろには古ぼけた不気味な教会がそびえていた。
「このあたりに教会なんてあったっけ?」


自分が道に迷った事に気付き、教会を無視してとぼとぼと歩き出すRJ。
すると、誰かの声が聞こえた。だが辺りには誰もいない。空耳かと再び歩みを進める。


RJが教会の前から去ると、すうっと。月にかかっていた雲が晴れる。
月明かりに照らされた教会の屋根に立つ十字架。
その影が。RJが座っていた場所を中心とし、不気味の「十字路」の影を作っていた事にRJはまだ気付かない。
それが全ての始まりだった。



528 名前:俺と悪魔のブルーズ・5[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:57:28 ID:tcc4Z4ku
翌日、サンハウスという凄いブルーズマンが現れ、興奮するRJ。
酒の席でその技術、声、全てが気に入り弟子にしてくれと頼み込む。だがサンハウスは言う。
「ムリっ! ブルーズってのは教えられるもんじゃねえんだよ。
 いいかい、ボウヤ。ブルーズってのはお前の中にもあるんだ。
 オレらブルーズマンはこの胸の内側に誰もが持ってるブルーズを掴みとって、表現(だ)すだけだ。」


それでも弟子入りを諦めきれずサンハウスにつきまとうRJ。
酒場で試しにギターを聞かせてみたが、やはりダメ。へたくそなあまりサンハウスの大爆笑を買う有様。


ある晩、酒の席で「ブルーズとは何か」という議論でサンハウス達と喧嘩するRJ。
酒を飲み過ぎ最悪な気分で帰路を行くRJ。思わず吐いてゲロをぶちまけたのは墓場。
思わず、夜の墓場独特の雰囲気に背筋が凍る。おっかなくなって帰ろうとするRJの耳に響く、音。
目の前にはまたしてもあの時の教会が不気味にひっそりと月明かりの下、建っていた。



529 名前:俺と悪魔のブルーズ・6[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:58:24 ID:tcc4Z4ku
ある晩、サンハウスとウィリーの演奏で酒場は最高の盛り上がりを見せている。
そこへ、一人。静かに酒場に入ってきたRJ。
サンハウスとウィリーに目をくれるでもなく、酒場の隅に腰掛けギターを抱える。
酒場に響く、RJの「ブルーズ」 その音は二人の音すらも霞ませ、酒場の視線はすぐにRJへと注がれた。


サンハウスは不敵に笑い、まるで競うようにギターをかき鳴らす。
それに答えるRJ。酒場の客は固唾を飲んで二人を見守り、酒場の中は2つのギターの音に支配された。
熟練されたサンハウスの妙技。卓越したギターテクニック。
しかし、それすらもねじふせるRJのギター。
気がつけば、酒場の客を全てRJのギターが飲み込んでいた。


その有様に親友のミッチも驚愕する。「……おまえ、本当にRJか?」
サンハウスは静かに小指にはめたボトルネックを外し、ギターを地面においた。
(ボトルネック:ギターの小道具。当時のブルーズマンは酒ビンの首部分を使っていた)


うなだれるサンハウスの様子に信じられないと言った様子で酒をあおるウィリー。
窓を開けると冬独特の冷たい風がウィリーの酔いを醒ます。
「………なんでお前がそんな音出せるんだ? RJ。
 それこそ、悪魔に魂を売ったとでも考えなけりゃ、説明がつかねぇんだよ。」



530 名前:俺と悪魔のブルーズ・7[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:58:49 ID:tcc4Z4ku
すると、酒場の扉が開き、入ってきたのは姉と義兄。
珍客に嬉しくなり、思わず高揚した声で二人を呼びかける。「ようっ!」
だが義兄はRJを見つけるや否やズカズカと歩み寄り、突如RJの腹を蹴り上げる。
普段おとなしい義兄の行動に混乱するRJ。ゆっくりと確かな声で義兄が口を開く。


「RJ。俺はお前の事を信じてたんだぜ。」
「そ、そうだよっ! あ…RJ……。アンタこんな所でなにしてん の…よ…。あたし達ゃアンタの事……」
「お前は黙ってろォ!!」


言葉を遮った姉を怒鳴る義兄。いつもと違い、「ごめんなさい」と一言残し黙りこくる姉。
いつもと違う二人の様子に何か重大なものを感じ取るRJ。
狼狽する姉を落ち着け、ようやくゆっくりと義兄が語りだす。


「この半年。お前の事を探しまわってたんだぜ。白人共の怒りを買ってリンチされてんじゃねーか……
 事故にでも巻き込まれてどっかで野垂れ死んでんじゃねえか………とさ。」
「……は、半年…? 心配ィ…? 何言ってんだ。オレは2、3日家を開けただけで……」


なにかがおかしい。自分の言葉に違和感を覚え、RJの言葉は止まる。
義兄はRJの様子にワナワナと拳を振るわせ、呆れ果てる。


「お前にはガッカリしたよ。もう いい……二度と俺達の前にそのお顔を見せに帰ってくるな。」
「ちょ、待てよ! 「半年」ってなんだよ!? ワケ分かんねえよ! 
 家を空けたっつってもたかが2.3日じゃねえか! なんでそこまで……」
「じゃあ聞くが、ギターってのはそんな、2、3日で上手くなるもんなのかよ…」


―――何かがおかしい。
RJの中で今までの出来事がフラッシュバックする。
「そうなんだ…2、3日で上手くなるはずがない……けど、半年だって!? 
 いつだ!? 一体いつから………」



531 名前:俺と悪魔のブルーズ・8[] 投稿日:2005/06/08(水) 00:59:05 ID:tcc4Z4ku
混乱するRJ。さらに追い討ちをかけるかの様に姉がポツリとつぶやいた言葉が耳に焼き付く。
「…なぜこの男じゃなかったのですか? 神よ……。
 なぜ……働き者で信仰心も篤いあのヴァージニアがお産くらいで……
 天に召されてしまうのですか!? たった16歳で!!
 どうしてお腹の子まで一緒に……その父親はただブラブラと遊び惚けていただけというのに。」
「…天に……って……死んだ?……質の悪い冗談はよせよ! 「お産」で死んだァ!?
 予定日は春なのに? 3ヶ月も先だぜ! こんな真冬に何を言ってるんだよッ!?」
「質が悪いのはオメーの方だろ! その寝ぼけた目でよく見てみろ!!」


激昂した義兄はRJの胸ぐらを掴み、酒場の窓を開けRJに外の風景を拝ませる。
RJの目に飛び込んできたのは青々と茂る夏草や木々。
「……今はもう6月。世間じゃ「夏」っていうんだよ。」


酒場で一人うなだれるRJ。ようやく、十字路で演奏し悪魔と出会った事を思い出す。
「…ブルーズを知りたい……いや、知りたかった。
 これが……ああ、ヴァージニア……これが…ブルーズを知る……って…こと…か……」


景色がグラリと揺れ、その場に倒れ込むRJ。
騒然となる酒場。近くにいたミッチも心配そうにRJを抱きかかえる。
そこへ何者かが店に入ってくる。ウィリーの元へ親しげに歩み寄り、声をかける。
「よう、ウィリー。」
「…おお! 今着いたのか? 向こうじゃ色々大変だったようだな。」
「まぁな。それよりこれは一体何の騒ぎだ?」



532 名前:俺と悪魔のブルーズ・9[] 投稿日:2005/06/08(水) 01:00:00 ID:tcc4Z4ku
聞き慣れた声。その声がかすかにRJの意識を覚醒させる。
揺れゆくRJの景色の中で浮かぶ男………サンハウス。
「……サ、サンハウス……た…助け…てく…れ……オレ…もう何がなんだか……
 あんたなら分かる……だろ……お願いだ……助けてくれ……」


だがRJの呼びかけに不思議そうな顔を浮かべるサンハウス。
「……お前さん、誰だ?」
「いや、初対面のはずだぜ。大体、サンハウス。お前この街くるの初めてだろ?」
「ああ。」


周囲の客も「サンハウス」の名前に色めきだつ。
「あのサンハウスか?」「初めて見たぜ」「マジ…? 本物?」


一人。狂ったように笑うRJ。
「……クク……ハハハ……なんで……ボウヤって呼んでくれないんだよ……サンハウス……」
周りの人間は呆然とし、酒場にはRJの狂気を秘めた笑い声が響くだけだった。


 続く