流線型の特急型電車 1300形
1300形は1938年に製造されたわが社では最初で最後の流線型の特急電車。
4両編成4本の合計16両が汽車会社、藤永田造船所、川崎車輌で製造された。最高速度は当時としてもかなり早い時速110kmを誇った。
デザインの参考となったのは国鉄52系電車、京阪1000型(二代)電車、名鉄3400系電車(いもむし)とされている。
1982年に全車が廃車されたものの、クモハ1304とクハ1804のユニットが南かね丸検車区に静態保存されている。
概要
外装は当時大流行の流線型で、前面は四枚窓(後の修繕で三枚となる)である。扉は片側二扉、車内はボックスシートまたは転換クロスシートを備えていた。
車体は1000系より少し長くなり16750mmとなった。屋根は従来通りの雨樋付きの屋根である。
両端の先頭車にはボックスシート、中間車には転換クロスシートが備えられていた。先頭車のボックスシートはオケツが痛くなるのを見越してか上質なモケットだった。
しかし、戦時中に特急や急行が廃止されたことで、ロングシート化されて普通電車で運用されていた。
1945年のかね丸大空襲により罹災したモハ1303号とクハ1803号は、戦後に張り上げ屋根で復旧された。
その後、内装を再びクロスシート化して進駐軍専用車としても使用され、3300系登場まで特急でも運用され、3300系の登場後は急行や準急で運用された。
また、戦後になって先頭車の屋根上にエアロパーツ(おそらくデフレクター)が取り付けられた。
本形式の末期
本形式は最後まで大切に使われ続け、1982年9月にさよなら運転が行われて全車が引退、同年12月31日をもって全車が廃車された。
現在は1304号ユニットが南かね丸検車区に保管されている。
足回り
台車はD-16、主電動機は東芝SE-139である。
D-16は後にローラーベアリング化された。
編成と形式
形式
- 1300形、1310形(1301~1304,1311~1314) 流線型の先頭車。意外にも両運転台で、流線型でない側の運転台は片隅運転台だった。流線型の運転台は後年の改造で位置が微調整(左寄り→中央)され、片隅運転台から全室運転台に改造されている。製造は汽車会社または川崎車輌。
- 1800形、1810形(1801~1804,1811~1814) 中間に挟まれる制御車。登場時は転換クロスシートを備えていた。運転台は片隅運転台であった。製造は藤永田造船所。
編成
←電鉄本町 かね丸港・国際空港→
<1300(cMc)-1800(Tc)]+[1810(Tc)-1310(cMc)>
非常に美しい左右対称の編成を組んでいた。
また、1000系や2300形を二両ユニットの中間に挟むこともあった。