藤田 卯一郎(ふじた ういいちろう)

Last-modified: 2025-04-27 (日) 16:16:53

情報

異名【不退の軍治】【関根の軍治】【殿さま軍治】
性別男/男
性格義侠
人称儂/貴様
年齢117歳
生年月日1906年9月20日
体格175cm/64kg
容姿無題15_20240612201059.png
好き任侠者
得意正面戦闘
嫌い戦争,神社荒らし
苦手「食わず嫌いは流儀じゃねえ」
出身茨城県・水戸市
所属稲川会/松葉一家・総長
位階X

関東名門極道組織「稲川会?」の本家執行部・総本部事務局長を務める博徒系組織「松葉一家」の総長で、稲川会と同様に関東名門の武闘派で鳴らし「不退の軍治」と呼ばれた人物。関東の博徒系極道の親睦連絡組織「関東二十日会」の初代理事長でもあり、地位的に稲川より上だった藤田の稲川会入りは日本裏社会全土を驚かせた。稲川会に所属する前は「松葉会」と名乗り、稲川会傘下になった後に松葉一家と改名した。松葉一家の構成員は2023年末の時点で約41300人で、その勢力範囲は関東以北の1都7県に及ぶ。不退の軍治の由来は様々あるが、己の信念の為ならば相手が大親分であろうとも態度を曲げない事から来ている。
旧制水戸中学校を卒業すると上京し退役海軍中将「高橋邦之介」の書生となった。昭和7年の春に当時の名門極道組織「関根組」の組長である「関根賢」の子分となった。昭和22年の7月8日、関根組は恐喝容疑で手入れを受け、この時に組員が隠匿していた航空機用機関銃が発見された。機関銃の不法所持容疑により関根賢・木津政雄など関根組幹部や多数の組員がGHQに検挙され軍事裁判を受けて服役した。関根は小菅刑務所に収監され、彼は留守を藤田卯一郎に任せた。藤田は新たに「藤田組」を結成し組織の存続を図った。しかし昭和24年3月、藤田組はGHQによる団体等規正令により解散を命じられて消滅し、同じく関根組も解散を命じられて消滅した。昭和28年4月に関根組幹部だった久野益義・田山芳徳・木津政雄・和泉武志・武井紀義・山中吾一らと共に旧関根組と旧藤田組の組員を集めて松葉会を結成し初代会長には藤田が就任した。松葉会の名称は関根組長のかつての親分「河合徳三郎」の家紋が「松葉」であった所から名付けられた。昭和32年の2月、藤田は「児玉誉士夫*1」や関根賢の勧めに従い松葉会を「政治結社松葉会」として届け出た。同年9月15日に松葉会は発会式を行い、結成趣意書・四か条からなる綱領・役員人事を発表した。発会式は児玉誉士夫や三浦義一、5人の自民党代議士など約2500人が集まった。
稲川総裁曰く「横山の親分のような人間」と言わしめる物静かで義を重んじる義侠。戦争での空襲や原爆によって民間人が多数死んだ事に心を痛め、行く宛を失った人間を性別国籍問わず自身の組に引き入れて面倒を見て来た。彼の侠道は人の"義"を背負う事にあり、己の義に外れた事をする相手には一歩も退かず、義の為ならば自身が先頭に立って抗争すらも起こして見せる事からヤクザにもカタギにも慕われる男。場合によっては稲川総裁にすらズバッと物を言う事もあり、上下関係厳守の極道界に於いては処罰対象になりかねないが稲川は「堂々と諫言する下が居てこそ成長出来る」とし彼の気質を高く評価している。これは幼少期に母親から「男とは筋を通す為なら命を掛けるもの」と教わったもので、若い頃から権力でものを言わせる相手には例え強大な組織や大親分が相手でも立ち向かい何度も啖呵を切って見せた*2。関根組時代は組長・関根賢の右腕として辣腕を振るい戦前には当時異例の10万を越える構成員を擁し「関根組にあらずんば極道にあらず」とまで言わしめる一大勢力の組に伸し上げた。一例として偽組員が出たためバッジ制度を設けたものの偽バッジが作られたり、上野駅で列車が汽笛を鳴らすと「セキネグミー」と聞こえた等、数々の伝説を遺した。また戦争で亡くなった殉国者の為に必ず週一回は靖国神社へ趣き参拝をしている。とは言えヤクザはヤクザなので聖人君子ではなく、敵対する極道や半グレ、シノギを妨害するチンピラ、場合によっては義に背いた組員にも無慈悲な制裁を下し、昭和35年4月2日には自民党議員と松葉会の腐れ縁を捏造した事に対する報復として「毎春新聞」本社を組員に命じ襲撃させたりしている*3。また、靖国神社を始め寺社仏閣に悪戯をしたクソガキや外人*4を日中でも日本刀で堂々と殺害する程苛烈で容赦がない。
刃の分厚い日本刀「同田貫」を振るう稲川会の剣豪で、西洋甲冑を纏った人間を甲冑ごと容易く両断する破壊力を持ち、ガードしようとする事がそのまま自殺行為になる。しかも相当な重量のある同田貫を片手で振るい、残った片手で炸裂弾や手裏剣を繰り出したり空手の技を交える為、戦闘における引き出しが非常に多く、剣を嫌えば手裏剣と炸裂弾の餌食になり、剣と拳を織り交ぜた斬撃と打撃のコンビネーションと言った一流暗殺者のそれがやる技術も見せている。肉体的耐久力や精神力も常人のそれではなく、かつて日本で最も治安と環境の悪い網走刑務所に投獄されても割と飄々とした態度で働いていたという。

台詞

  • 「これが落とし前だ。来世は真っ当に生きれるといいな」
  • 「極道に暴力は必要かもしれん。だが何でもかんでも粛清じゃあ恨みを買うだけだ。仁義を守り任侠に生きる事が極道に繋がるのだ」
  • 「死者の魂を汚すなら死んでも文句はねぇな。人間の魂を侮辱する者は人ではない!死んどけ外道がぁ!」
  • 「不退とは退かず、正式に言えば正しさを持って退かず。一貫して筋の通る戦いをしなければならぬ。だが一つの正しさに囚われ罪の無い人間を貶める者は外道だ。近頃はその様な若者が増えている。愚かな事よ」

変質異能【正面突破(ノーガード)

位階:S等級:classⅤ系統:ジョーカー

真正面から受ける攻撃"のみ"を全て無効化する。同じ異能だろうが何だろうが真正面からであればノーダメージであり、ダメージを与える為には背後か側面から攻撃する必要がある。真正面のみという点を理解している為、戦闘では相手に対して必ず真正面になるように陣取り、そのまま突っ込んで押し切るゴリ押し戦法を得意とする。正に不退の軍治の名に恥じない異能と言える。

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Tag: 帝愛 あべを


*1 当時の日本社会のフィクサー
*2 かつて親分衆の会合にて、ある組織の大親分に不運を託っている舎弟を男にしてやりたいという思いから末席に加えてくれるように誠心誠意頼み込んだが大親分が横柄な態度で返答。礼儀正しかった藤田は一変して火のような啖呵と凄まじい眼力で睨み続け親分は要件を呑んだという。会合場所には他にも錚々たる名親分が揃っており、そこで啖呵を切った藤田は「流石は関根の軍治よ」と褒め称えられた
*3 組員20名が発煙筒を焚き、机や椅子を投げ、書類を荒らしまわり、社員に暴行を加え、輪転機に砂を掛けるなど暴れ回った。実際には会社側に非があり、毎春新聞が亡くなった藤田の妻の葬儀で友人関係にあった自民党の政治家が個人的に花輪を送った事を「政治家の花輪ずらり松葉会親分夫人の葬式“くされ縁”に批判」と茶化すような記事を書いた為であり、藤田からして見れば「死者を弔う葬式という神聖な行為を金稼ぎの為に利用した」「彼らは自分とは友人関係であり、義理人情を重んじただけである。個人的に花輪を送る事はスキャンダルとは言わない」という至極全うな理由から襲撃を命じただけである
*4 やるのは主に中国の迷惑系YouTuber