共和国誕生

Last-modified: 2014-05-05 (月) 12:06:21

”共和国誕生”
 
『新タナル帝国設立宣言ヲ以テ、帝国歴元年トスル』
 
 
 
これは大陸全土に通信を受信できる施設へ無差別に放たれた皇帝の言葉。
同時に、今までの戦争が大きく変化したという歴史的瞬間でもあった。
人ではない、魔導と鋼の兵器の登場によって。
 
 
 
その兵器の名は『魔導機人』新時代の象徴である。
 
 
 
「正気か?」
 
大陸の実質的支配国”中央国”を中心とした連合議会。
各国の代表は突拍子もない、荒唐無稽な無差別通信の言葉に戸惑いを隠せていなかった。
名前こそ帝国といえど、中央国だけで比較すれば五分の一に満たぬ小さき国力。
辺境の小国に過ぎぬ。
 
だが、明らかに何かが妙なのだ。
 
 
 
「静粛に。中央国代表が到着なさいました」
 
眼鏡でスーツ姿の女性が議会の面々に一声。
 
 
 
「やれ、ようやくお出ましか。相変わらず生意気な若造めが」
 
壮年の男性の中でも高齢である白髪の議員がわざと聞こえるような独り言を放つ。
周囲からも賛同、もしくは肯定するかのような雑談や失笑。
 
眼鏡の女性が再び、静粛にと呼びかける瞬間。
 
「どうも!」
 
若干若さを感じる声と共に、スーツ姿の男が入室してきた。
多少年齢をとっているものの、未だ内から溢れ出るエネルギーが目に見える。
 
「これはこれは皆様方、遅くなりまして失礼を」
 
軽く笑いながら、眼鏡の女性から報告書を受け取る。
 
「3分の遅刻だぞ、エンゼビル中央代表殿。小国家とはいえ見過ごせぬ一大事に悠長だな」
 
「それはとんだ失礼を、鉱山管理国代表」
 
「帝国と名乗る連中の隣国故に、心中穏やかでは御座いませんでしょうな」
 
「貴様…」
 
「いや、言い過ぎでしたな。失言、失礼いたしました」
 
中央国代表と呼ばれた男、エンゼビル。
己より年上の気迫に動じるどころか、挑発めいた言葉を投げかけた。
 
 
 
空気が緊迫した。
 
 
 
しかしそれを気にも留めず自席に着席し、書類をちらっと目を通す。
 
「さて、皆様方が揃っているということは、御報告も既に御存知かと思いますが」
 
各国代表からの視線を受けても何ら動じることなく言葉を続ける。
 
「ああ、忌々しいな。魔導兵の持ち出した時の事を思い出すだけで胃が痛い!」
 
 
 
”魔導兵”
 
それは帝国を名乗った国が、去年、突如戦争に投入した人型サイズの魔導人形のことである。
 
人と人の戦いを塗り替えてしまった魔導兵。
倒しても倒しても、次々と押し寄せてくる感情無き兵士の群れ。
一定の材料と高い魔導さえあればほぼ無限に生産できる人工の兵士は悪夢であった。
 
中央国と周辺国家の援軍が無ければ正直危なかった。
押し込まれていた所を何とか押し返す所まで持ち直した。
その後、戦局は膠着、先の見えない戦いに互いに停戦を持ちかける形で終戦。
 
「ええ、胃が痛かったのは私もです」
 
エンゼビルは仰々しい演技で胃の辺りを擦る。
 
「皆さんを説得するのに手間取り、あの時は心底冷えましたよ」
 
エンゼビルが思い出話を語るかの言う。
 
「あ、ああ、そんなこともあったな…」
「もう、いいではないか、あの時の事は」
「あの時は、だな…いや」
 
先程までエンゼビルをあざ笑っていた各国代表たちは急に気まずそうな顔になる。
一番積極的に熱心に説得し援軍を纏め上げたのはエンゼビルで、他の国々は日和見消極的であった。
 
”ああ、そうですか。いやはや残念”
 
”非常に…残念です。あぁ、そうだ。とっておきの情報をお教えしましょう”
 
”…次は”貴国”ですぞ?”
 
と、脅されるまでは。
 
「ええ、実にどうでもいい。大事なのは今ですよ、各国代表殿」
 
エンゼビルは落ち着いた声で、眼鏡の女性である秘書に合図をして書類を配らせる。
 
「これは?」
 
「最新の情報です。念の為に独自の調査隊を潜入させてありますので」
「そんな勝手を」
「情報は鮮度が肝心。遅くては意味が無い」
 
エンゼビルは続ける。
 
「可能な限り接近して帝国の新兵器とやらを調査させました」
 
言葉を挟ませぬように続ける。
 
「魔導兵とは明らかに大きさが違います。直接、人が中に乗りこみ動かしている様子を目撃したとの事」
 
書類には大まかなイラストが描かれていた。
比較用の人と魔導兵のサイズを比べれば、それは明らかに大きい事を示していた。
 
 
 
『荒唐無稽である』と誰もが否定したかった。
 
 
 
だが、具体的な大きさを示す数値、人との比較。
また、動いている様子を細かに表現した文章の前に言葉が出てこない。
 
魔導兵の悪夢を思うと、表情は暗い。
 
だがエンゼビルは唯一人、動じた様子を微塵も見せていない。
彼だけは、半月前に把握済みであったのだ。
この状況はむしろ彼が仕立てたと言っても過言ではない。
 
 
 
「こ、これは、前の講和条約に違反する、のでは、ないかな?」
 
でっぷりと太った海岸国代表が言葉を絞り出す。
 
「そう、魔導兵の生産はしないと、約束させた。これ以上あの国には周囲が干渉しない条件として」
 
周囲もそうだそうだと、その言葉に同意し、少しずつ落ち着きを取り戻す。
 
「ええ。ですので既に抗議の書簡を先程送ってあります。本日の夜には向こうに届くでしょう」
 
「ま、またそんな勝手を…いや、むしろ対応が早い…な」
 
一瞬批判しようとした海岸国代表だったが、言葉を変えた。
ここはエンゼビルに味方した方が良いと途中で思い直した。
 
 
 
「大陸の平和を思えばこそです」
 
間を置いて、待っていたかのようにエンゼビルは言葉を発した。
続けざまに海岸国代表へ向き直る。
 
「先程の言葉、有難きお言葉。御礼申し上げる、海岸国代表殿」
 
頭を深く下げる。
 
「へ、平和の為ならば、賢明な判断を支持させて…もらう」
 
頭を下げたエンゼビルの顔は笑っていた。
彼の筋書き通り議会が進んでいるのだから。
 
有力国家である海岸国の支持を得たならば他の国も靡くと。
再び頭をあげて、一呼吸。
最後の一押し。
 
「それでは、皆様!」
 
議会室の外まで聞こえるよう、大きい声。
 
「向こうからの反応を待ち、改めて正式な報告があり次第、また議会を再開します!」
 
圧倒され始める面々。
ここで反論をさせてはならないと、表情を険しく、言葉を強める。
 
「それまで、しばし御休息を!」
 
「いや、しかし」
 
「出来る事は既に終わっております。不要な議会をするより、皆さまは各国へ御連絡を」
 
しばしの沈黙。
確かにここで議論を重ねてもすでに事は始まっている。
無駄に時間をかけて今度こそ手遅れになれば。
 
「そ、そうだな」「では早く自国へ連絡を!」「馬車を呼べ、領事館へ!」「いそげ!」
「ああ、こんな時期に!」「早馬を用意せよ!」「まずいまずい…可能な通信方法を…」
 
それぞれが慌てて議会を出ていく。
鉱山管理国の白髪の代表は最後まで考えていた。
 
だが、己とエンゼビルしか残っていない事に気付くと他の代表と同じように去っていく。
 
 
 
エンゼビルを一度、睨みつけて。
 
 
 
「お疲れ様です、代表」
 
秘書が水を差しだす。
 
「ありがとう」
 
一飲みし、ようやく表情を緩める。
 
「睨まれておりましたね。鉱山管理国代表の”長老様”に」
 
「仕方あるまい。ま、私の野望の糧になってくれるまでの辛抱だ」
 
眼を閉じて、溜息一つ。
 
 
 
「いい加減、ここらで纏まらないと周辺国家だけではなく中央国にもよろしくない」
 
 
 
議会室の大きな窓、その外を見る。
 
「利用できるものは利用する」
 
手元の書類を丸めて、隅にあるゴミ箱に放り投げる。
 
「”共和国思想”の実現の為に、老人共も、周辺国も、帝国を名乗る国の魔導の怪物もな」
 
ゴミ箱から音がした。
 
「帝国、か。ふざけた名前を」
 
議会の扉上に飾られた大陸地図を睨みつける。
 
「だが、多少箔がある方が、都合が良い。それに」
 
 
 
「勝てばよいのだ」
 
野心丸出しの表情となる。
まるで獲物を狙うかのような猛禽類のような。
 
「ええ、そうなる事を望みますわ」
 
秘書が静かに同意する。
 
「さぁ忙しくなる、私の支援団体と国民へ現状の説明を考えねばならん」
 
「了解致しました」
 
己の野望の実現を確信した彼は笑っていた。
国の危機すらも己の野望の材料に過ぎないと言わんばかりに。
 
 
 
だがしかし。
 
 
 
この時、彼は長い戦いになるとは思ってもいなかった。
 
 
 
数日後。
 
後に帝国との長きにわたる戦争に記される”共和国”が成立。
激しい戦いの幕開けでもあった。
 
大陸に戦火が燻ぶりはじめていた。