■壱
何故、あの人を憎むのか。
そう問われた際、彼女はこう答えた。
【魔王の娘】
「あなたには、もう予想もついてるんでしょう」
「あなたがあの人を慕うように、私はあの人を認められないだけ」
「あのひとが、父親らしいことを何一つとしてしないくせに、父親と名乗ったことが許せない。
お母様を愛してもいないのに、一方的に弄んで、その人生を台無しにしたことが許せない。
――でもね、そんなものは違う、もっと根本的なところで、私はあの人を認められない」
「あの人が『龍』だから」
「あの人はいつだって現実を見ていない。絶対に叶えられない理想のためだけに生きている。それがどれだけ不毛で、浅ましくて、醜悪で、意地汚くて、惨めなのか分かっていて、それでも止まろうとしない」
「そんな男の身勝手と気まぐれで、私の母は弄ばれて、純潔だけでなく心まで奪われた」
「いつも母が言ってました。『あなたは龍の娘――あなたの父親は私を世界で一番愛してくれる、世界で一番素敵な龍なの』って」
「あの頃の私は、そんな幻想を恥ずかしげもなく語る母親のいうことを、無邪気に信じていたけれど、今になって思えば、どれだけ愚劣だったんでしょうね。母も、私も」
「だから、憎むんです」
「あのひとが、現実を、今を見ようとしないから。だから、母は殺された。
あのひとが、未来に一切の興味を持っていないから。だから、私は道具にされた。
あのひとはいつだって、もうどうにもならない昔だけを見続けているから。だから――」
「だから、憎むんです。だから、あの人の敵になると決めたんです」
「忠告しておきます。あなたもこのままでは、いずれ私の母と同じ目にあう」
「そもそもの話――龍と人との間に、愛情なんて成立するはずがない。価値観が違うのだから」
「それでも、あの人を慕い、忠誠を捧げるというのなら」
「私は、しかたがないけれど、あなたも敵と見做します」