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『龍』とは
ここでいう『龍』とは、厳密には種族ではなく生き様の一つ。
或いは「世界から逸脱した個人」、あるいは「龍の息吹(ドラゴンブレス)を有する者」のことを指す。
種族としての龍人や飛竜などと異なり、獣人や鳥人であっても『龍』になることは可能であり、本質的には『我欲のために世界を敵に回す≒世界にあらたな秩序を求める』存在となったものが『龍』になるとされる。
『龍』と龍種との関係
まず『龍』について語るには、そもそも龍種(ドラゴン)とは何か、という疑問を無視することは出来ない。
龍種とは、龍人や飛竜、甲殻竜などを総称した、獣相ならぬ龍の性質を有する生物の総称である。
そもそも龍種は、動物やその獣相を有する獣人と異なり、そもそも生物学的に大きな差異が存在する。
一般的に見かけることも珍しくない龍人という種ですら、生物学的な見地からみれば異質としか言えない種であり、長命種族の多さをはじめとして、多頭龍族、飛龍族、多眼龍族などといった亜種族類の多様さ、彼らがどのようにしてそのような生態を獲得するまでの進化過程などには謎が多く、根本的に龍人とそうでない獣人や鳥人との間には、身体構造や文化的にも大きな差異が存在する。
考古学的にも龍種は獣人・鳥人などの種族とは異なる独自の社会的集合体を形成していたことが確認されており、同様に古龍言語などの龍種が使ったとされる独自言語の存在も確認されている。また、神代紀においては獣人(ケモノビト)の敵対者、この世界の列強種族であったかもしれないという歴史的推測も存在する。
『龍』は種族ではなく生き様であると前述したが、しかし『龍』と種族である龍種は無縁ではない。
そもそも『龍』とは、神代における龍種が有していたとされる「龍の息吹」に自力で覚醒したもの(※)である。
(※)つまり、獣人であれ鳥人であれ、この「龍の息吹」に覚醒めたものが『龍』とされる。神代龍種の固有能力である「龍の息吹」に、生物学的には龍種と一切関連しない獣人や鳥人が覚醒するのは、そもそも魂そのものに神代の龍種から受け継がれた因子があるからであると推測される。また、これは「異星系における龍種の相当種」から受け継がれた可能性も考えられる。
龍の息吹(ドラゴンブレス)とは
「龍の息吹(ドラゴンブレス)」とは『龍』に覚醒したものだけが持つ固有能力である。
その力の詳細は、今ある世界そのものを資材(リソース)として、その『龍』にとって都合のいい法則・事象・因果を再構築するというものであり、既存の世界法則などに一切縛られない、神代紀の龍種が保有していたとされる生態機能の一種とされる。神代において未だ不安定・未完成だった世界そのものを構築・保守するための機能と推察される。
異界創造の神秘は少なからずあれど、それらは概ね何らかの神秘基盤ないし術者の精神を元とした擬似世界でしかない。だが、龍の息吹によって齎される異界現象は、その成り立ちからして決定的に既存世界とは折り合わず、神代紀ならばともかく今の世界にとっては一種の歪みとして見做される。
それは宇宙開闢に匹敵する熱量や、人知の中でのみ及ぶ全能すらも超越しかねない異端の権能であり、時空や論理といった制約下にある霊長ではまず相対することすら許さない力であり、数多の事象、幾多の因果、無尽蔵の素粒子と無限回の運動、そしてそこから生じる変化と変容と相互作用、それら全てを知覚し、把握し、演算し、再度出力することが可能なもの、すなわち『龍』だけにのみ許された息吹にして祝福であるといえる。
ただし、覚醒したての『龍』では「龍の息吹」を使いこなすことは難しく、そもそも自覚的に「龍の息吹」を使えるようになるだけで、それこそ気が遠くなるほどの年月を要する。しかし、どれだけ下級の『龍』であっても無自覚的には「龍の息吹」による恩恵は受けており、微弱ながらも運命干渉能力やら時空干渉能力を有するとされる。
また、龍の息吹の真価は通常の物理次元で発揮されるものではなく、本来ならば概念的な高位次元領域で発揮されるものであり、戦闘用途での使用については対神戦、対界戦用想定の能力である。
龍となるには
全ての『龍』は、誰かに強制されてなるものではない。
他の誰でもなく、世界のためでもなく、究極的には自分のために、自身の欲望のために『龍』となる。
ありとあらゆる、己が認められえぬ事象を、変えるために。あるいは天上天下に普く存在を救うために、あるいは滅ぼすために。もしくは些細な幸福を守るために、逆にあらゆる希望を撃滅するために。
それぞれが、それぞれの理由で、ただそれだけで、天上天下の悉くを、つまりは世界を敵に回す(もしくはそうなっても構わない)と決断し、戦うこと、抗うこと、守ること――やるべき行動を決めて行動する。そんな連中であるため、基本的に自尊心が高く傍迷惑で身勝手で、周囲に目一杯迷惑をかけるがゆえに、災禍と混乱を巻き起こす。
『龍』は場所、時代、出自、経緯、心情、善悪、正否、聖邪の如何を問わず、現れる。そして、彼らはただただ、己の為したいことを、為すべきことを、為すがままに為す。その全身と全霊を懸けて、認めざる星の道筋(まわりあわせ)、人に、運命に――世界そのものに、己の全てを賭けて反逆する。そのため、世界の側あるいは人の側に属する神仏とは相反する立場にあり、相性が悪い。
ただし、『龍』でありながら神仏でもあるという例外のようなものも存在し、こういった『龍』は、本質的には世界の敵対者でありながら、世界そのものと何らかの取引をした上で世界の側に立った、いわば『龍』としては裏切り者といえる存在である。ただしそれは、世界がその『龍』の存在と願いを限定的ながら承認したという証左でもあり、ある意味では『世界に反逆し、そして打ち克った龍』として崇められることも少なくない。西域ではこういった『龍』のことを『龍神』として区別する傾向にある。
龍と世界の関係、他
そもそも神代紀以降の世界にとって『龍』とは、一部の例外こそあれ、その存在そのものを容認出来ない異端者でしかない。しかし『龍』そのものに対して、世界が直接的な排除を行うことは極めて稀である。これは『龍』が、その存在からして世界そのものの『調停者』ないし『均衡者』としての役割を果たす存在であるためである。
そもそも『龍』の大元である神代の龍種こそ、そもそも神仏と対になる存在であった可能性もあるといわれており、善なる神仏に対する悪龍、悪なる神仏に対する善龍として存在していたとされる。神代において龍種の起源そのものが、世界そのものの『調停』と『均衡』をなす、神仏に対する「対抗存在」であった可能性は高い。
その流れを汲む『龍』もその役割を受け継いでおり、自覚的であれ無自覚的であれ、彼らは自らの我欲のために世界を敵に回して混沌を齎していると同時に、世界そのものの秩序を守っているとされる。陰陽道における陰陽思想にも近い発想だが、そもそも万物は互いに対立する属性を併せ持つがゆえに、その安定を保ちながらも多くの多様性を生むためである。『龍』は世界にとって異端とされる存在でありながら、その世界の安定を一定値以上に保ち、また世界そのものの発展を停滞させないがためのユニットとして使われているともいえる。
『龍』は、その『龍』としての力量によって格付けされることがあり、下位龍(レッサー)、上位龍(グレーター)、古代龍(エルダー)、そして神代龍(エンシェント)の四段階に分けられる。
また個々の『龍』は、その生き様などから付けられる『龍』としての異名が存在する場合がある。これは後世の歴史にも残らないような、いわゆる『龍』同士の間でしか通じない通り名といってもいい。