T49

犬は今日も戦場を駆け、己の吐き出す10発の砲弾で戦場に死体とF-wordの山を築いていた。
力及ばぬこともあったが、それでも悲惨なクズ野郎よりは
よほど戦果を上げてから気分良く倒れることができた。
自分の能力には何の不満もなかった。
思うがままに走り、腑抜けの横腹に噛み付き、エンジンを、弾薬庫を、履帯を噛み砕く。
敵陣奥深くに駆け込み、敵の懐で蝶よ花よと愛でられた自走砲の喉笛に喰らいつき、腹わたを胃に収める。
自分は王者なのだ。軽戦車の王者だ。
己の前に並び立つ者はいない。いるはずがない。

だが、ふと見上げると幾つかの者達が自分よりも上に立っている。
崖から見下ろすその姿。犬が最も嫌う、自分以上の同族。
「WZ-132、1390、RU251、T-54.ltwtッ」
犬は彼らの忌々しい名前を口にし、その度に言いようのない黒い泥が腹の中に積もっていくのを感じた。
「許せん　許せん！
　己は頂点なのだ、米国軽戦車の頂点なのだ！
　それはあらゆる軽戦車の頂点に等しいはずだ！
　己以上の者など、誰であっても許さん！
　己を！見下すな！！」
犬は傲慢さを隠そうともせず、恨み言を吠えながら挑みかかる。

しばらく後、夜の闇に紛れて無様に這いずりながら逃げる犬の姿があった。
自慢のT91E5はへし折れ、もはや砲弾を吐き出すことはできない。
履帯はちぎれ、今やむき出しの転輪を軋ませながら、やっとのことで進んでいる。
132とT-54.ltwtには地力の差で力及ばず。同じリボルバーの1390には耐久の差で撃ち負け。
RU251は姿を見つけることすらできず、好き放題に嬲り犯されてうち捨てられた。
逃げ出そうとする犬の履帯を1390が左右交互に撃ち抜き、
T-54.ltwtと132が身体をぶつけて、犬が悲鳴を上げる様を思う存分楽しんでから解放された。
そう、殺されることなく放されたのだ。
殺す価値もないと思われたのだ。
それが犬にとっては何も変えられない屈辱だった。
いっそ殺してくれるならばその方がどれだけましだったか。

荒れ果てた教会の庭にやっとのことで辿り着き、身を横たえる。
月明かりが爆発しないのが不思議なほど壊されたその身体を照らす。
「思い上がるな、醜い犬よ。軽戦車の王者はTier8だ」
RU251に掛けられた最後の言葉を思い出すたびにレンズが曇り、
時折黒いオイルを血のように吐き出すエンジンから、嗚咽のような軋みが漏れた。
初めて味わう本当の恐怖と屈辱、もう動くことさえできない犬は呪いの言葉を呟く。

「力が欲しい　力が欲しい
　あいつらをただ一撃でぶち壊せる力が
　力さえ手に入れば　他のあらゆる物はいらない
　何もかもぶち殺す力が　力だけが欲しい」
『力が欲しいか？』
「誰だッ」

朽ちた教会の裏手から巨大な、犬と比べると全く巨大な鉄の塊が現れる。
月光の前にのそりと姿を表したそいつは、あまりにも無骨で、洗練とは程遠い。
その赤錆だらけの巨人はKV-2と名乗った。


『とは言え私はここに捨てられた、ただの老いぼれだよ
　ただし、朽ち果てる前に君にこの力を譲り渡すことはできる』

四角四面なその砲塔からは極太の筒にも見える砲が突き出している。
犬のへし曲がった砲とは何もかもが違いすぎた。
それは太く、力強く、全ての敵を消し飛ばすに十分だと思えた。
にじり寄った巨人は、自分に続いて呪いの言葉を榴弾の神に捧げろと犬に促す。
榴弾の神、それは乗員とモジュールを喰らうWoTの呪われし邪神である。
犬も何度かその呪いの力に気圧される事があった。

「口径は」『152mm』
「威力は」『910。HE弾だがね』
「なぜ俺に」
『私と同じ、この世を恨んでいる
　お前に力を与えてやろう
　さあ、これが救済の味だ、152mmだ
　己を憂い、手に入れるか？』
「…あぁ！欲しい！」
『どうだ、本当に欲しいか？』
「欲しい！」
『欲しいか！』
「あぁ！力が欲しい！！」

犬は狂気と熱に浮かされながら、邪な儀式の中で精一杯の強がりを吐く。
「お前の思うようにはならないかもな」
ぎしぎしと気味が悪い軋み笑いを立てながら、力を譲り渡しつつあることで
今まさに錆にまみれて崩れようとしている鉄の巨人が言う。
『なに、すぐに君もこの力に囚われ、神に生け贄を捧げるのさ
　榴弾の魔力に従い全てを壊し―――やがて呪われ、死ぬ』


狂気の宴が終わった後には、かつて巨人であった砂のような錆の山が一つ。
そしていつの間にか赤黒い光を投げかける月の下、その身を変質させた者がいる。
ぶおん、ぶおんと力強くエンジンから排気を噴き出し。
何もかもが変わった己の身を確かめるように、フロントライトを明滅させる。
その砲塔にはあらゆる軽戦車を圧倒する、短いが何よりも太く鈍く輝く砲が突きだしていた。
砲が天を仰ぎ…もはや犬ではなく、変質を遂げて『T49』となった「それ」は
軽戦車を超越した証であるかのように、轟音と共に破壊の嵐を高らかに撃ち出すのだった。