Top > 霞

Last-modified: 2016-05-24 (火) 20:00:14
No.090
霞よ。ガンガン行くわよ。ついてらっしゃい。霞(かすみ)朝潮型 10番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲6 / 19雷装24 / 69
回避43 / 79対空9 / 39
搭載0対潜21 / 49
速力高速索敵5 / 19
射程15 / 59
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
未装備
装備不可
装備不可
改造チャート
霞改(Lv20) → 霞改二(Lv75) *1 霞改二乙(Lv88)
図鑑説明
歴戦の主力駆逐艦として奮戦したわ。
最後は戦艦大和と共に坊ノ岬沖海戦で米艦載機の猛攻と戦ったの。
負けないわ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:宮川若菜、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

目次 Edit

(クリックで開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 基本的な能力は他の朝潮型に準ずるが、戦歴を反映してか運の値のみ20と高く設定されている。
    • 長らく駆逐艦改二の有力候補とされていたが、2015年12月14日の公式ツイートにより翌年最初の改二実装が内定、1月19日に本実装された。
      • 「礼号作戦」の旗艦を務めた朝潮型駆逐艦と言えば、該当するのは霞を置いて他にいない。
      • なお改二予告ではそれとなくぼかした書き方が多い中、一報目でここまでピンポイントに誰の事かわかるのは稀である。
    • 更に2016年1月9日の公式ツイートにより、駆逐艦では初となるコンバート改装になることが発表された。
      • 「極めて高いレベル」が必要ではあるが、先の翔鶴型姉妹とは異なり設計図などの特別なアイテムは必要ない
  • バランス型の「改二」と防空に特化した「改二乙」へのコンバート改装となっており、前者は75、後者は88と共に駆逐艦最高レベルが必要。
    • この違いは、後述する「礼号作戦時」と「天一号作戦時」をそれぞれ意識しているものと考えられる。
  • 台詞には一切のデレがなく、終止怒り気味で高圧的。この性格を苦手とする提督も多いようだ。だがそれが良い。
    • しかし元ネタの史実を覗くと見方が変わる……かもしれない。
    • よく聞くとむやみやたらと怒っているわけではなく、口は悪いながらもかなり世話焼きな一面があることがわかる。このため「ダメ提督更生機」の渾名で呼ばれることも。
      だからといってクズは言い過ぎな気もしなくもないが
    • 最近の期間限定ボイスではほんの僅かながらデレを見せるようになったが、それを残念がる提督もいるとかいないとか
  • 朝潮型で唯一、ソックスに軍艦旗のワンポイントがあしらわれている。
  • 以下に挙げる九つもの編成・出撃任務で必要となる。
    • 2013年12月11日のアップデートにて追加の『「第1水雷戦隊」を編成せよ!』
    • 2014年1月15日のアップデートにて追加の『「第十八駆逐隊」を編成せよ!』『「第十八駆逐隊」出撃せよ!』
    • 2014年12月26日のアップデートにて追加の『軽快な「水上反撃部隊」を編成せよ!』(霞を旗艦に据える必要有り)
    • 2015年1月23日のアップデートにて追加の『「那智戦隊」抜錨せよ!』
    • 2015年12月8日のアップデートにて追加の『精強な「水上反撃部隊」を再編成せよ!』『「礼号作戦」実施せよ!』
    • 2016年1月19日のアップデートにて追加の『旗艦「霞」北方海域を哨戒せよ!』『旗艦「霞」出撃!敵艦隊を撃滅せよ!』(いずれも霞改二を旗艦に据える必要有り)
  • 2015年5月29日のアップデートで第六駆逐隊関連のクエストが大量に追加され、駆逐艦の任務必要数トップの座は明け渡したが、2016年1月19日のアップデートで2つ追加されたため、現在の駆逐艦トップは霞と響が9つで並んでいる。
    • ただ、必要となる他の艦の顔ぶれは霞が霰・陽炎・不知火・足柄・大淀・朝霜・清霜・阿武隈・曙・潮・那智・初霜で12、響は暁・雷・電・阿武隈・初霜・若葉・五月雨・島風・夕雲・長波・秋雲で11と霞のほうが多かったりする(改二は同一艦とみなす)
    • 史実においても4つの駆逐隊を渡り歩き、一水戦と二水戦の旗艦を歴任するなど、特に戦争末期において次々と所属を変え転戦した艦である。
  • 2015年5月18日のアップデートにて鎮守府カウンターバーの機能が強化され、戦闘糧食勢であることが発覚。清霜の時報とあわせ、安定のおにぎり推しである。
  • 2015年9月10日発売のコンプティーク2015年10月号の表紙を矢矧と共に飾った。朝潮型が公式絵師の描き下ろしで書籍の表紙を務めたのは、大潮に続き2度目となる。
  • 2015年9月8日のアップデートで期間限定ボイスが追加。その中で、礼号作戦について触れている。
  • 2016年2月10日からの期間限定イベント「出撃!礼号作戦」において、ゲーム画面下の情報欄で同イベントを告知するバナーに、カイゼル髭を付けて帽子と双眼鏡を身に着けた提督のような姿の霞と思しきデフォルメキャラ(妖精さん?)が描かれている。
    霞に縁のあるカイゼル髭を生やした提督といえば、もちろん礼号作戦を指揮したあのお方(小ネタ参照)。

小ネタ Edit

  • 「霞」とは気象的には霧やもやのことだが、これは気象用語ではなく文学用語で、特に春の霧などを霞と言うそうである。

艦歴 Edit

略歴
  • 真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、レイテ沖海戦、オルモック輸送作戦、ミンドロ沖海戦、北号作戦などに参加。
    とにかく大規模な物から末期の無謀すぎる物まで様々な作戦に参加してきた古豪の艦。まるで鬼軍曹のよう彼女の叱咤の数々は、この辺の実績に裏打ちされたものと言える。

第一水雷戦隊所属 機動部隊護衛 Edit

  • 第二水雷戦隊所属として「神通」のもとで訓練に励んでいたところ、昭和十六年機動部隊に編入され、「阿武隈」の第一水雷戦隊の所属となった。
    同11月24日、行き先も告げられないまま到着した単冠湾で初めてハワイ空襲を知らされる。
  • 12月8日開戦。「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」の航空母艦の護衛として真珠湾攻撃に参加。
    護衛水雷戦隊には旗艦「阿武隈」、第十八駆逐隊のほかに第十七駆逐隊と「秋雲」がいた(「秋雲」は翌年まで第十八駆逐隊の指揮下にあった)。
    「霞」達はその後も空母機動部隊と共に各地を転戦し、最前線で破竹の快進撃を支えることとなる。

第十八駆逐隊の悲劇 朝もやの強襲 Edit

  • 「霞」「」「陽炎」「不知火」で史実の第十八駆逐隊を組める。艦これのラインナップはこれを意識したのかもしれない。
  • 第十八駆逐隊は「神通」率いるあの「華の二水戦」所属。四隻いずれも新鋭艦かつ最高の練度を有する、日本海軍最強の駆逐隊の一つであった。
  • しかし、第十八駆逐隊は濃霧のためやむなくキスカ沖で停泊していたところ潜水艦グロウラーの奇襲を受け、「霰」が轟沈し「霞」と「不知火」は艦体切断の重傷を負う。
    「霞」と共に生き残った「不知火」はこの件について非難の矢面に立たされ陰口を叩かれ、結果「不知火」座乗の宮坂司令が責任をとって切腹自決を図るという悲劇を迎え、駆逐隊は解隊。霞は呉鎮守府附の予備艦に移された。
    • 第十八駆逐隊はミッドウェー海戦以来不休で働き詰めであり、将兵たちの疲労が激しかった。そこで、霧に包まれた停泊中ぐらいは部下たちをゆっくり休ませてやろうと、宮坂司令は錨地変更時刻を午前5時と遅めに設定した。
      ところが午前3時ごろになると霧が晴れ始まり、潜水艦からは絶好の目標となってしまっていたのである。
      部下たちを思いやる宮坂司令の優しさが、最悪の事態を招いてしまったのであった。
      • 艦首の無くなった「霞」の船体は、幌筵片岡湾までは「」、幌筵から北海道石狩湾までは「」、その後舞鶴までは富士山丸と、交代で曳航・護衛して連れ帰った
    • 解隊された第十八駆逐隊は後に第五艦隊の第一水雷戦隊で復活した。
    • 「用があるなら目を見て言いなさいな!」「だから何よ?」「はぁ!?それで逆ギレ?だらしないったら!」、これらのセリフ、彼女が浴びた非難と陰口の数々や、それによる司令の自決といった過去を考えると、まことにヘビーである。
    • 森田友幸「霞」元水雷長(後に「天津風」艦長)はその著書で、当時の対潜戦闘について次のように述べている。
      水中測的兵器を装備して積極的に対潜戦を行おうという着意が開戦前後の海軍に無く、そのため多くの駆逐艦が犠牲となり、ほどこすすべがなかった。
      昭和十七年の時点で駆逐艦の対潜戦はまったくの目算と勘によるほかなく(水中探信儀のような兵器が装備されていなかった)、「これによってやられる潜水艦があればよほど運の悪い奴」だったという。
      「霞」はその後、修理を機に初めて九三式水中探信儀を装備したのだった。*3 タイミングおかしいったら!
    • ちなみに宮坂義登司令は九死に一生を得て助かっており、昭和52年に亡くなられている。

北の海の怪 白雲と霞 Edit

  • 霞も他の武勲艦たちと同様、必然的に多くの仲間たちの最期を看取ってきた艦でもある。
    中でも第9駆逐隊時代の僚艦、駆逐艦「白雲」(特儀拭μぜ汰)が最期を迎えた際、「霞」の乗員は不可思議な現象に遭遇している。
    • 昭和19年3月16日夜、北方海域で船団護衛中のことである。護衛中の輸送船が、突如「白雲」を敵潜水艦と勘違いし砲撃を始めた。
      これに対し「白雲」は識別灯を点灯、「ワレシラクモ」と発光信号を発し始めた。潜水艦の潜む闇夜の海上では自殺行為に等しく、歴戦の白雲艦長らしくもない行動だった。
      案の定、間もなく「白雲」には魚雷が命中し、火柱を噴き上げて瞬時にして轟沈してしまった。
      続行する「霞」は海上に数名の生存者がいることを確認したが、いつまた襲撃を受けるかわからない状況で、守るべき船団を放置して停止救助することなど不可能だった。
      凍てつく北の海で、「白雲」の生存者たちは間もなく姿が見えなくなった。
    • その後、どうにか任を終えた「霞」乗員が暗澹たる気分で大湊に帰投し、士官たちが贔屓の料亭に入った時のことである。
      店の女たちが「白雲と一緒に戻ったんでしょ。あちらの士官さんも顔を見せるわね」「というのも白雲のことでおかしなことがあったから」と語り始めた。
      数日前の夜のこと、店の前で「おーい、今帰って来たぞッ!」と、まごうことなき「白雲」の士官たちの陽気な怒鳴り声が聞こえた。
      早速返事をして店の玄関を開けたものの、そこには人っ子一人、足あと一つなかった。他に客もない夜更けのこと、聞き間違えるはずがない。
      そしてその声が聞こえた時刻が、なんと16日夜、まさに「白雲」が轟沈した時間であったという。
      白雲轟沈は軍機であり、彼女たちが知るはずがない。女たちが首を傾げている横で、霞の士官たちは愕然となっている。*4

一水戦旗艦・霞 離別と奮闘の記録 (あるいは霞の一番長い一箇月) Edit

(←クリックで本文が開きます)昭和19年10月、霞は第一水雷戦隊の旗艦となる。戦局はいよいよ厳しく、共に戦ってきた仲間たちが日々失われていく。そしてついにレイテ沖を舞台に、制空権のない海域を突破する危険な輸送任務・多号作戦が発動する。霞の一番長い一箇月がはじまる。

礼号作戦発動 日本海軍最後の勝利 Edit

  • マニラ脱出後「霞」たちが停泊することになるリンガ泊地は燃料の入手が容易で、訓練には持ってこいの泊地だった。*18
    11月20日以降、「榛名」「羽黒」「清霜」などもリンガに集結し、それぞれリンガにいる間毎日、それまでの戦訓を反映させた猛訓練を行っていたという。
    • 礼号作戦後の昭和二十年1月から2月までの例では、夜間、「霞」は「朝霜」ら(恐らく「初霜」)とともに「伊勢」「日向」「足柄」「大淀」を敵艦隊と想定して襲撃。
      対する大型艦は「霞」たち駆逐艦隊を敵高速魚雷艇とみなして突入戦の技を練った。このような訓練が「アキアキ」するほど(「大淀」乗員の感想である)続けられていたのだった。*19
  • 昭和19年11月20日、一水戦司令官だった木村少将の第二水雷戦隊司令官就任と共に、当時の木村司令官の乗艦だった「霞」が二水戦旗艦となる。
    本来は「矢矧」が正式な旗艦に指定されていたのだが、「矢矧」は当時日本本土に帰還していて、南方にいた木村司令官は着任できなかったのだ。
    • ただし、木村司令官はその後すぐ「」や「清霜」、「朝霜」を転々として、12月14日からは「大淀」に将旗を掲げており、そのまま礼号作戦発動の日を迎えている。
      かつては精強を誇った第二水雷戦隊も、レイテ沖海戦で軽巡「能代」、多号作戦で駆逐艦「島風」と旗艦が相次いで撃沈され、さらに前任の司令官早川幹夫少将の戦死、多号作戦での駆逐艦大損害でぼろぼろの状態であり、解隊した第一水雷戦隊から司令官と駆逐艦を引き継いで再建するほどに追いつめられていた。
      • 元一水戦参謀曰く、実態は「一水戦から二水戦への名義替え」であった。
  • 12月初頭、「霞」は「初霜」と共に「榛名」を台湾まで護衛(「榛名」はこの後内地で終戦を迎える)。礼号作戦の計画はちょうどこの頃に始まっていた。
  • 12月半ば「」と共に内地へ回航する途中だった「妙高」が敵潜水艦の魚雷を浴び大破艦尾切断の重傷を負う。
    内地で修理の必要な「」に代わって「霞」「初霜」が救援に駆けつけ、「初霜」の警戒のもと「霞」が曳航してシンガポールへ回航しようとしたが、さすがに無理だった。
    仕方なく「羽黒」を呼び出し曳航してもらうこととなったが、その途上、木村提督により特に名指しで礼号作戦参加の要請を受けたため、後を「初霜」に託して任務に向かうこととなった。
  • 礼号作戦には同行した重巡「足柄」や軽巡「大淀」らを差し置いて、「霞」が二水戦司令官木村昌福少将の旗艦として参加、米輸送船団に砲雷撃を浴びせた。
    • 指揮通信機能が充実した「大淀」や、当時第五艦隊旗艦だった「足柄」ではなく何故「霞」が旗艦に選ばれたのか。
      それは、木村司令官にとって「霞」は第五艦隊時代から馴染みが深く、乗員との意思疎通が容易だったことや、港湾突入ということで、狭い湾内では大型艦が邪魔になる可能性があったこと(日向伊勢はこれと低速であるという理由で突入参加しなかった)、二水戦司令官である木村少将にとって、「足柄」・「大淀」は南西方面艦隊からの「借り物」であった為などの理由もあるが・・・
    • もっとも、前述の通り礼号作戦発動までは「大淀」が第二水雷戦隊旗艦であり、出撃前日の木村司令官による「礼号作戦実施要領」の発令と、参加艦艇の指揮官を招集した作戦打ち合わせも大淀で行われている。
      大淀が借り物だから忌避したというよりは、待機時の旗艦は司令部設備に優れた大淀、危険な敵地突入に際しては軽快な小型艦で一水戦時代から慣れ親しんだ歴戦の霞(朝霜や清霜、松型3隻は竣工して日が浅い)と使い分けたのだろう。*20
    • 木村司令官が「大淀」から「霞」に将旗を移したのは、出撃一時間前の12月24日午前8時のことである。
    • 戦後、木村提督はインタビューにこう答えたという。「だって君、僕は駆逐艦乗りだよ?」生粋の水雷屋である。
  • 礼号作戦の編成は以下のとおり。
    • 第二水雷戦隊旗艦「霞」・第二駆逐隊「清霜」「朝霜」・第四三駆逐隊「榧」・第五二駆逐隊「杉」「樫」・付属「足柄」「大淀」・第二遊撃部隊(後方支援、実戦参加せず)「日向」・「伊勢
    • この内、第二駆逐隊は木村少将の二水戦所属になってまだ日も浅く、四三駆逐隊と五二駆逐隊は対潜護衛部隊である第三一戦隊からの出向組で、「足柄」と「大淀」は南西方面艦隊からであり、いわば敗残の寄せ集め艦隊だった。
    • それでも木村艦隊はフィリピンのサン・ホセ泊地に突入し、奇襲成功。敵の激しい反撃を受けながらも殴り込み作戦を完遂した。
  • この戦いで撃沈された駆逐艦清霜乗員の救助に、旗艦「霞」が自らあたり、危険海域で機関を止めて救助を実行。
    この時「足柄」らは「霞」の「清霜の救助は私と朝霜がやるわ!あなた達は先に帰りなさい!*21という命令により退避しており、2時間もの間「霞」と「朝霜」は護衛もなしに身を挺して敵機や魚雷艇がいる中救助を続けた。
    • また、退避北上していた「足柄」らは基地攻撃の報により南下してきた魚雷艇2隻を発見し照射射撃を敢行、見事これを撃退した。この働きがなければ「霞」「朝霜」の救助は成功しなかったかもしれない。
  • 帰投時、重油不足(松型は従来の駆逐艦に比べて航続距離が短い)で速力がでない「榧」、「樫」、「杉」を含む艦隊は潜水艦と爆撃機の追撃を受けていた。このような場合「足柄」や「大淀」のような大型艦艇は狙われやすい。そのためやむなくこの3隻を残し高速の4隻は帰路を急いだ。
    • その後ベトナムのカムラン湾に着いた霞らは第二遊撃部隊の司令部より同サンジャックへの回航を命じられる。
       しかしこれを「霞」乗艦の木村少将は握りつぶし残り3隻が到着するまで待った。
      • 「霞」、「朝霜」、「足柄」、「大淀」がカムラン湾に帰還したのは28日午後6時30分。その直後の午後8時、木村司令官は「大淀」に再び将旗を移し、残る3隻の到着を待った。
        帰りが遅れた「榧」、「樫」、「杉」がカムラン湾に到着したのは、翌29日午前11時30分。
        木村司令官はすぐに3隻の帰還を関係各所に報告、そして3隻には「諸子の勇戦敢闘により今次作戦の目的を達し得たるは本職の最も欣快とするところなり。茲に諸子の敢闘を多とす。戦死者の英霊に対しては深く哀悼の意を表す。緊迫せる戦局に鑑み今後の健闘と武運長久を祈る」との電報を発し、ここに礼号作戦は完了した。
  • 結果、各艦の活躍の甲斐あって、木村艦隊は損失を清霜一隻のみにとどめ無事戦場を離脱、礼号作戦は成功に終わる。そしてこれが第二水雷戦隊、日本海軍水上部隊最後の勝利となった。
    • 昭和二十年元旦、「伊勢」「日向」が突入艦隊を出迎え、正月用の餅を配ったという。(しかし少なくとも「大淀」に配られた分は傷んですっぱくなってしまっていた)*22
  • ゲームにおいて、イベント「出撃!礼号作戦」が実施された際に、それを告知するバナーで立派な髭を生やした霞そっくりなキャラが描かれている。
    このカイゼル髭こそ、木村提督のトレードマークであった。ちなみに、戦争が終わった後は綺麗さっぱり剃り落としてしまったという。

運命の沖縄特攻 霞、最期の戦い Edit

  • 年が明けた昭和20年1月、第二水雷戦隊司令官は木村昌福少将から古村啓蔵少将に交代する。
    「霞」は1月1日から二水戦旗艦に復帰しており、木村少将の司令官退任と古村少将への引き継ぎはシンガポールに停泊する「霞」で行われた。前述の通り、二水戦旗艦になるはずの「矢矧」が日本にいたためである。
  • 2月、北号作戦で「日向」以下四航戦を護衛しつつ2月20日呉に帰還を果たし、この時持ち帰った燃料で最期の戦いに赴くことになった。*23
    • 北号作戦に参加した駆逐艦は、「霞」(7駆)・「初霜」(21駆)・「朝霜」(2駆)と所属駆逐隊が別々だったが、北号作戦開始時の2月に「朝霜」、そして3月に「霞」が第二十一駆逐隊に転属となった。
      なお、この時点で3隻とも姉妹艦をすべて失っており、艦型がバラバラの寄せ集め部隊となった。
    • 途中の仮泊地で、「日向」から燃料補給を受けているが、この時「日向」とごっつんこしていたりする。ただ、艦に重大損傷はなく、作戦を全うできた。
    • 北号作戦の成功により「霞」が乗せた第二水雷戦隊司令部は無事呉に辿り着き、2月23日第二水雷戦隊旗艦は「霞」から「矢矧」へと移った。
  • 2月末から3月、呉では第二水雷戦隊の一員として、同じ第七駆逐隊となっていた「響」らと肩を並べて改修工事を行う。
    • 寄せ集め二水戦を統合するための訓練期間と、電探対潜装備等の兵器改善工期とを天秤にかけ、司令部は兵器改善が数箇月の訓練に優ると判断、訓練期間の短縮を敢えて忍んだ。*24
    • 「響」とは第七駆逐隊の中では短い付き合いだったが、第二十一駆逐隊に移った後も同じ呉にあり、3月19日呉空襲で「冬月」「涼月」と共に「大和」と合同して対空戦闘を行うなどしている。
      • なお「潮」は戦時日誌によれば2月から4月にかけて横須賀にあり、「霞」とは南西方面での別れが最後の別れとなった模様。
  • 大和」の沖縄特攻にも随伴艦として参加したが、米軍艦載機の爆撃を受けて大破。機械室で炸裂した爆弾は横腹に大穴を開け、ボイラーは破裂し煙突も吹き飛び航行不能となったが、戦闘終了まで沈没せず持ちこたえた。
    • 「霞」の救援には「冬月」(未実装)が向かった。この時の冬月艦長は、奇しくも1ヶ月程前まで「霞」の艦長だった山名寛雄中佐であった。
      乗員たちは「艦長が来た!」と喜び、山名艦長ならきっと「霞」を曳航して救ってくれるかと願ったが、山名中佐は「霞」の大被害を一瞥して救援不能との判断を下し、「霞」を放棄するよう告げた。
    • 「霞」の乗員は横付けした「冬月」に救助された。乗員達は開戦からずっと「霞」と共に戦ってきた者が多く、最後まで戦い抜きやれることは全てやったという自負を持ち、まるで凱旋将軍のように胸を張って誇りを持ちながら退艦したと言われている。
      性格の元ネタにはこの自負もあるのだろう。実際それに見合うだけの戦歴を持っている。
    • なおこの時、「霞」の松本正平艦長は「霞」砲術長に対し「士官室の金庫に入っているカネを持って移れ」と命令していた。
      これにより一円札ざっと三万枚の詰まった袋が運び出されたのである。それは後に、生き残った「霞」乗員達への掴み金の餞別として使われることとなる。
      転勤命令を受けた元乗員達はこの餞別を渡されながら互いに健闘を約し、去っていった。
      士官に対しては一銭も渡されなかったこのカネこそ、松本艦長と士官達そして「霞」が霞乗員に最後に残したものだったと言えよう。艦と共に沈んだはずの簿外のカネだからと、渡し放しだったという。*25
    • 「冬月」は乗員を全員収容したのち、「霞」の雷撃処分を行った。
      愛する「霞」に沈んでほしくない、沈むところを見たくないという乗員たちの願いが通じたか、「霞」は魚雷命中の大水柱が消え去ると、もはや海中に没し去っていたという。
      歴戦の勇士にふさわしく、何人にも死に際を見せない見事な最期だったと伝えられている。
      「霞」の戦没により、朝潮型はついに全滅した。*26
    • 映画「連合艦隊」の大和特攻出撃に際して作戦会議が開かれた場面で、伊藤第二艦隊長官から意見を求められた艦長・駆逐隊司令の中で真っ先に発言するのが「霞」の松本艦長であり、草鹿連合艦隊参謀長の面前で作戦を批判する台詞がなかなかに痛烈である。
       
    • ここで時間を出撃前に巻き戻す。作戦直前、死出の旅に不要な艦内物件を陸揚げしていた際、一人の下士官が「霞」後甲板にある特級酒の扱いを「霞」砲術長に問うた。
      砲術長はこれに答えて「帰ってきてから皆で飲むから、そのまま陸揚げしないで積んでおけ」と指示したのである。と、その場に居合わせた「霞」水雷長は主張している。(砲術長の記憶は曖昧*27
      そして時間を雷撃処分に戻す。「霞」水雷長の観測によると、「冬月」の魚雷は「霞」の後甲板、ちょうど特級酒の真下に命中したのだという。かくして「霞」は特級酒黒松白鹿を抱いて沈むこととなった。*28
       
    • 最後に沖縄特攻における「霞」のエピソードを記しておく。米軍艦載機との戦闘が始まる一、ニ時間ほど前、「大和」始め護衛艦は各自早めの昼食をとった。
      戦闘食は普通、握り飯にタクアンと相場が決まっており、この時も各艦でこれが配られた。しかし何故か「霞」だけはカレーライスだった。*29 「だっだから何よ?」

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 俺は春イベを心配してない 霞に礼号組もいるからのう -- 2016-04-30 (土) 03:14:49
  • アケで動く霞ちゃんが可愛いすぎて生きてるのが楽しい。憎まれ口叩かれながら母港で突っつき回して司令官の頬は緩みっぱなしで我ながらキモいです -- 2016-05-01 (日) 06:36:10
    • 今日いくよ…かーちゃんごめん・・・かーちゃんの輝く姿と嫁が欲しい・・・ -- 2016-05-03 (火) 06:09:44
  • 今更知ったんだけど… 霞の改二実装って、俺の誕生日と同じ日付だったんだな…育成に本腰入れるか -- 2016-05-01 (日) 10:19:41
  • 霞出なかったよアーケード・・・改二強いから絞られてるのかね・・・ -- 2016-05-04 (水) 15:35:28
    • 序盤の追撃戦あたりがいいんじゃない? -- 2016-05-07 (土) 22:42:01
      • 田舎だから一回しかやれなくてね…でもそこで出来た友人に出てきたら頂く約束を交わしたから・・・ -- 2016-05-07 (土) 23:27:23
    • 追撃戦で霞出たぞー ホロ中破だけど流石に母港では脱いではくれない チッ -- 2016-05-08 (日) 18:31:03
      • 追撃戦で露出に見えた -- 2016-05-26 (木) 10:44:54
  • 家から祖母の家に行く時「霞橋」という橋を渡る必要があるんだ。・・・閃いた -- 2016-05-08 (日) 18:59:20
    • 通行した -- 2016-05-12 (木) 18:13:32
      • ワロタ -- 2016-05-13 (金) 08:29:01
  • いつ静で完部隊回始まった!霞改二だよ!可愛いよ! -- 2016-05-14 (土) 00:30:54
  • 艦アケの霞ゲットしたぜ… 司令部レベル22になるまで手に入らなかったよハルトォ… -- 2016-05-18 (水) 16:51:02
  • レベリング飽きたから遠征組に編入させました。さぁ霞、燃料と弾薬を回収してくるのです! -- 2016-05-18 (水) 19:30:27
  • しねはやめようよ! -- 2016-05-18 (水) 19:47:45
  • この子のセリフ聞いてるとSMバーみたいなツンデレのメイドさんがいるメイド喫茶を思い出すなぁ。興奮してきた。 -- 2016-05-19 (木) 07:34:06
  • 霞のアーケードグラが一番と言っていいほどクオリティ高くて嬉しい 問題は持ってないことだ -- 2016-05-21 (土) 17:46:44
  • 某動画サイトの某戦闘曲まとめで、礼号作戦のBGMのときに霞のコンプの絵がアップで映るんだが、おぎゃってる提督が多くて人気が出るのはいいがなんか複雑な心境(霞が背中を預けるに足る相棒的な意味で嫁にしてる提督並感) -- 2016-05-23 (月) 21:27:58
    • 正直霞にバブみを感じる提督が分からない…(霞を養子としてケッコンした提督並感) -- 2016-05-27 (金) 00:17:15 New
  • 丙だけどE-7 突破したらLv99に上がったからケッコンしてきた! -- 2016-05-24 (火) 21:44:08
  • 霞殿に生涯忠誠!命懸けて!闘魂!闘魂!闘魂! -- 2016-05-24 (火) 22:21:29
  • 射程:短が射程:短気に見えた (^^; -- 2016-05-27 (金) 22:04:56 New
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*1 資材の消費だけで、改二と改二乙をいつでも変更可能
*2 最初の1音はミュートされていて聞こえないが、「死ねばいいのに」と言っているものと思われる
*3 『25歳の艦長海戦記』森田友幸
*4 『歴史から消された兵士の記録』所収、霞哨戒長田中正吾中尉の回想より
*5 『地獄のレイテ輸送作戦―敵制空権下の多号作戦の全貌』岸見勇美29頁
*6 『艦長たちの太平洋戦争 続篇』佐藤和正
*7 『撃沈戦記』木俣滋郎165-166頁
*8 『撃沈戦記』177頁
*9 『地獄のレイテ輸送作戦―敵制空権下の多号作戦の全貌』39-40頁
*10 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030087600、昭和19年9月1日〜昭和19年11月11日 第1水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」画像48
*11 以上2件『地獄のレイテ輸送作戦 敵制空権下の多号作戦の全貌』
*12 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030087600、昭和19年9月1日〜昭和19年11月11日 第1水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」画像48
*13 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030087600、昭和19年9月1日〜昭和19年11月11日 第1水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」画像34
*14 『地獄のレイテ輸送作戦 敵制空権下の多号作戦の全貌』49頁
*15 『地獄のレイテ輸送作戦 敵制空権下の多号作戦の全貌』53頁
*16 『第二水雷戦隊突入す』59-60頁
*17 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030087300、昭和19年9月1日〜昭和19年11月11日 第1水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」画像56以降
*18 『第二水雷戦隊突入す』27頁
*19 『巡洋艦「大淀」16歳の海戦』
*20 水雷戦隊司令官が、敵地への突入作戦や輸送作戦に際して、軽巡から降りて駆逐艦に乗り換えるのはソロモン戦における第二、第三、第四水雷戦隊や第十戦隊でも見られ、礼号作戦時の木村提督に限った話ではない。
*21 命令の原文は「第二挺身隊及榧、樫、杉ハC点ニ向ハシム、爾余ヲ率ヰ清霜救難ニ向フ」。(C点は帰路の途中に指定されていた点) 第二挺身隊とは足柄、大淀のことで、爾余とはそのほかの意。そのほかと言っても8隻の編成だったので、残っているのは霞と朝霜だけである。
*22 『巡洋艦「大淀」16歳の海戦』
*23 重油を輸送したのではなく、「伊勢」と「日向」に多く残っていた燃料を転用
*24 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030103000、昭和20年2月1日〜昭和20年4月10日 第2水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」画像49
*25 日本工業倶楽部会報一七九号「戦艦「大和」と共に」より。元就出版社「私観大東亜戦争」三浦節(元霞砲術長)収録
*26 21駆の僚艦朝霜も撃沈され、生き残った初霜は第2水雷戦隊の解散を経て第17駆逐隊へと移されている。
*27 特攻作戦直前にそう言ったとすると妙な話だが、言われてみると出発前、ほどなく死ぬんだという実感があまり湧かなかったのも事実。とは砲術長の言
*28 日本工業倶楽部会報一七九号「戦艦「大和」と共に」より
*29 光人社NF文庫「特攻大和艦隊」183ページ、庄司水雷長(大尉)の証言より。