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神風

Last-modified: 2017-09-24 (日) 10:39:48
No.271
神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参です!神風(かみかぜ)神風型 1番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久12火力5 / 28
装甲5 / 17雷装12 / 36
回避39 / 80対空5 / 26
搭載0対潜20 / 60
速力高速索敵5 / 18
射程30 / 79
最大消費量
燃料15弾薬15
装備
12cm単装砲
53cm連装魚雷
装備不可
装備不可
改造チャート
神風神風改(Lv50)
図鑑説明
神風型駆逐艦一番艦、神風です。八八艦隊計画の時代に建造された艦隊型駆逐艦、そのネームシップです。
睦月型の前級にあたる私たちだけれど、あの戦いを最後まで駆け抜けたのよ。
私達のことも、覚えていてね。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:川澄綾子、イラストレーター:パセリ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2016/5/3アップデートで開始した2016年春イベントE-3クリア報酬艦。
    • 通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の手段が無い。入手後は装備ともどもロックを忘れずに。
    • 2016年秋イベントでのE2ドロップが報告されている。
  • 耐久12は潜水艦クラスの値で非常に低いが中破判定が6なので、カスダメ(7以下は全ミス)では中破しないという事でもある。とは言え装甲貫通そのものはよく起こる。
  • 資材消費量が少なく睦月型と同値。このため遠征に回すのも有用。
    • 旗艦にする場合はレベルに気をつけよう。特に東京急行(弐)は改造可能レベルである50でも旗艦必要レベルに達していない。


  • 羽黒が身を挺して庇ったこと等で有名な、何かと妙高型と縁のある神風型駆逐艦(2代)の1番艦。
    • このためか、期間限定ボイスや時報(改のみ)で羽黒や足柄のことを気にかけている。
  • 最旧式ながら大戦を最後まで駆け抜けた武勲艦であり、特に潜水艦ホークビルとの戦闘が有名。
    • そんな彼女が最も怖いのは「潜水艦」らしい。武勲を積んだ艦とはいえ、いつどこに潜んでいるかわからない(そして数々の艦たちを屠った)潜水艦はやはり恐怖の対象ということだろうか。

小ネタ Edit

諸元
艦歴
歴代艦長

駆逐艦・神風とは Edit

  • 峯風型を前級に持ち、次級には睦月型が続く「神風型(2代)」駆逐艦。本艦はその1番艦である。1922年(大正11年)12月28日、三菱造船長崎造船所にて竣工。
    実はその前日に空母の母こと鳳翔が竣工しており、お艦との歳の差は1日しか違わない。
  • 当時は八八艦隊計画等による海軍の大増強が計画されていた時代であり、多数計画されていた新規駆逐艦につける艦名が足らなくなることが懸念され、彼女から始まる駆逐艦には番号名が付与されることとなった。
    彼女を含む一等駆逐艦には奇数番号が、小型の二等駆逐艦(後の若竹型・若竹は第二駆逐艦)には偶数番号が振られることになった。この駆逐艦の番号艦名は、吹雪(第三十五号駆逐艦)竣工直前まで続くことになる。
    彼女の当初の艦名は「第一駆逐艦」だった*12が、1924年4月24日に「第一号駆逐艦」へと改称。さらに1928年8月1日には「神風」へと改称された。
    書類上でも竣工日基準でも、名実ともに神風型駆逐艦(2代)の一番艦だった。
    • 大正七年度計画(八六艦隊案)の計画艦の一隻。
      実装済みの艦ではのほか、由良鬼怒阿武隈鳳翔が同期にあたる。
  • 艦首を模した艤装には1と描かれているが、これが第1駆逐艦だからではなく、第1駆逐隊所属艦であることをしめしている。
    艦首には所属駆逐隊番号、艦名は艦体中央部に描くため神風と改名する前は同じ番号が2つ並んでいた。
    なお、同じ番号が2つ並んでいた駆逐艦はもう一隻あり、第5駆逐隊所属第5駆逐艦、後の春風である。
  • 艦名がダブることは世界的に見ても珍しいことではなく、たいがいそれらを区別する時には、例えば「ぜかまし」で知られる方を「島風型駆逐艦島風」、その先代を「峯風型駆逐艦島風」と艦型名で呼び分けることが多い。
    だが、神風については艦型名までがダブっているので「神風型駆逐艦神風」が2隻存在する*13のである。ああ、ややこしい。
  • 初代に続いてのネームシップ(一番艦)であり、一等駆逐艦として建造され、進水・竣工が大正11年、当初の艦名が第一駆逐艦(後に第一号駆逐艦)、神風に改称されたのが1928年8月1日
    太平洋戦争中は一貫して第1駆逐隊所属、戦後特別輸送艦の指定を受けたのが1945年12月1日、また一時は第1航空戦隊に所属したこともあったりと、「1」と妙に縁のある駆逐艦である。いっちばーん!*14
  • 戦間期から第2次大戦を駆け抜け、終戦時にはシンガポールにおいて唯一、ほぼ無傷かつ行動可能な艦として残存
    さらに復員輸送にも従事し、1946年6月7日に御前崎付近で座礁・放棄されるまで活躍を続けた殊勲艦である。
     
  • 「神風」という名を持つ艦としては2代目にあたる。
    神道用語で、神国日本を危機から救うために神が吹かせる風の意。
    用例は古代から見られるが、有名なのは元寇の際に吹き元の船を沈めたとされる風である。
    • 元寇における気象学的な正体は台風だったと考えられている。
    • 元寇は1274年と1281年の2回あったが、その両方で元軍は暴風雨にあったとされる。1回目は上陸後に日本側の頑強な抵抗にあったために、無理な撤退をしてその途上で暴風雨にあって、多数の兵を失った。2回目は、迎撃態勢を整えていた日本軍の抵抗に、まともな上陸すら出来ず2ヶ月ほど海上に足止めされて、そのまま台風の時期になって台風に巻き込まれて大損害を出した。
    • 第二次大戦中、海軍の特別攻撃隊にも神風の名がつけられた。こちらの正確な読みは「しんぷう」である。
    • 「神風が吹いて戦争に勝つ」と云う「風が吹いて桶屋が儲かる」より質の悪い標語が席巻した戦中、実際に神風が吹いたことはあまり知られていないが、その軍事的結果はこちら(と「後日談」)に詳しい。要は駆逐艦が焼け太りして某空母のある場所が縮退した。
      • なお本人はこの場に不在。妹たち(春風朝風松風旗風)が若干の被害を受けた
      • 意外にも、戦前の教科書では、元寇の勝因として、日本側の武士の奮戦を強調しており、暴風雨に関する記述はほとんど見られない。教科書にて「神風」が強調されるのは、戦中の1943年頃からである。
      • 戦後においても、日本の軍事的な成功を憚る空気からか、元寇の勝因は「神風」であり、鎌倉武士の奮戦は軽視される傾向にあり、「一騎打ちに固執した」「集団戦に対応できなかった」という風評もあった。現在では、当時の武士は、元の戦法にも素早く対応し、効果的に元の攻撃を防いだとされる。元軍を退かせた主な要因も、「神風」より、武士の奮戦が主という研究結果が主流であり、教科書でもそのように記述されるようになってきている。
  • なお戦後、海上自衛隊の護衛艦に「かみかぜ」の名は受け継がれていない。神風特別攻撃隊のイメージがあまりにも強いためであろう。
    • 海上護衛戦で名を残した3番艦「春風」の名が、海上自衛隊初の国産護衛艦という特別な意味を持つ艦名に晴れて選ばれたのは、
      武運に恵まれ活躍したにもかかわらず、名前の強烈なイメージから断念されたとも思われる長姉神風の殊勲も汲んでいるのかも知れない。
  • 海上保安庁にはちよかぜ級巡視艇の一隻として「かみかぜ」が1971年の竣工から1994年まで存在していた。
    こちらは最初の配属先が神奈川県であることにちなんだ命名らしい。

峯風系列・神風型(2代)、およびそれらの兵装について Edit

  • 神風型(初代)と神風型(2代)は就役していた時期が比較的近く、被っている艦名もあるため識別に注意を要する。
    以下、特に注釈無く艦型を表記する場合は(2代)のことである。
    • 初代神風型は春雨型駆逐艦の改良型で、日露戦争に備えて多数の駆逐艦が必要だと判断されたため計32隻の大所帯となった。実際には日露戦争に間に合わなかったわけだが・・・
      1936年までに全てが廃艦となっており、その艦名の大半が神風型(2代)以降の第2次大戦期の艦につけられている*15
       
  • 峯風型・神風型・睦月型という一等駆逐艦の3艦型は、八八艦隊計画由来の「峯風系列」なるひとつのシリーズとして考えることができる*16。海軍の基本計画番号も各艦型共通でF41番台となっている。
    計画出力38,500軸馬力級のオールギヤード・タービンエンジンで推進される基準排水量1,200トン前後の船体を基礎として、航洋性と信頼性の向上、武装の強化を逐次実施したものである。
    後の特型駆逐艦と比べると小型で各能力も限られているが、大正〜昭和初期のものとしては十分に強力かつ堅実な艦として仕上がっている。
詳細
 
  • しかし睦月型の雷装を除けば、12cm砲4基4門と53cm魚雷6射線という主兵装は、昭和16年(1941年)の日米開戦時にはすでに旧式そのものだった。
    近代化改修が実施されてはいたものの艦齢は20年前後であり、老朽化も進行していた。往時は最高37.3ノットの俊足を誇った神風も、戦争中はもはや30ノットを下回っていたという。
    神風型の場合はすべての艦が駆逐艦籍のままで活動したが、兵装と機関部に関しては、船団護衛任務と対空・対潜戦闘を意識した撤去ないし更新・追加がおこなわれていたようである。
    各艦の詳細な改装内容は、戦時中ということもありはっきりとしない。
    • 終戦時の神風は、後部の4番砲および3番発射管の撤去と、対空機銃および爆雷とその関連装備の追加搭載が実施されていた可能性が高い。
      さらに電探や逆探、簡易なソナーなども追加されていたという。
      • 毘式40mm連装機銃ないし鹵獲品のボフォース40mm連装機銃を装備していたとも言われたが、この説は機銃研究家の乾氏によって否定されている*22
      • 22号対水上電探に関しては、神風電探員だった雨ノ宮洋之介氏の手記が光人社NF文庫から『駆逐艦「神風」電探戦記』として出版されている。
        なお、乗員たちは古い神風が大きな電探をつけている様子を指して「バアさんに大きなリボン」と評していたという。
        髪をまとめている黄色のリボンはそれかな?
 

神風・艦歴 Edit

  • 神風の戦歴を俯瞰した際に目立つ特徴は、ただ単に行動可能な状態で終戦を迎えただけではなく、そこに至るまでにいくつかの修羅場を潜り抜けている点であろう。
    開戦時、神風は艦齢20年の旧式駆逐艦であり、在籍する第一駆逐隊も大湊要港部所属の警備駆逐隊であり、主に北方海域での警備任務に従事していた。
    だが戦況の悪化とともに、第一駆逐隊所属艦も南方航路護衛に引きぬかれていった。
    昭和20年2月シンガポールの南方戦線に加わってから終戦までわずか半年弱、だがその短い間に幾多の激戦を潜り抜けたのだった。
主な艦歴・戦歴
  • 終戦後の1953年、復員して畑仕事に精を出していた最後の神風艦長・春日均氏の手許に、思いもよらぬ英文の手紙が配達されてきた。
    差出人は、米海軍第1潜水戦隊参謀長F.W.スキャンランド大佐であった。
    • 手紙の内容は、神風とホークビルとの間の戦闘について当時の春日艦長の側からみた事実を知りたいという書き出しから始まり、長い戦闘の記録を載せたもので、「勇敢な艦であり価値ある敵手」であった神風へその技量を讃え敬意を払いつつ純粋に技術的な意見交換を望むものであった。
      • 春日氏は手紙を読み終わった時、心の奥からこみあげてくる爽やかさと深い安堵を覚えたという。後にホークビルについて「今思うと、沈めんでよかった。ほっとした気分です」と語っている。
    • その後、直接対面する事はなかったものの文通する仲となり、神風の描かれた絵を贈呈するなど互いに友情を暖めあった。
       
主な書籍等

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • さすが長姉、扱い慣れてる@4コマ -- 2017-09-01 (金) 15:50:07
    • 書こうと思った感想が先に書かれていた -- 2017-09-01 (金) 18:50:10
  • 旗風さん来たしお姉さんもつけたろと思ったがもう燃料がない -- 2017-09-05 (火) 12:24:02
  • 今は人気あるとは言えないがいつか人気艦になって欲しいね -- 2017-09-06 (水) 04:53:37
  • ぶっちゃけ海防艦出すくらいなら野風型や雑木林型の方が役に立つんじゃないか? -- 2017-09-07 (木) 12:43:31
    • まぁ、選択肢は -- 2017-09-07 (木) 14:42:05
      • 多いに越したことはない。 -- 2017-09-07 (木) 14:42:28
    • 御蔵型以降は素で対潜能力は五十鈴改二上回ってるんじゃ -- 2017-09-10 (日) 12:46:41
  • 「よしっ!」がかわいい。  -- 2017-09-10 (日) 01:41:18
  • ずっと欲しかったからe4いかずにe3堀りのみをしてた。良い風来てる?とかくまりんこやらは片手で数えきれぬほど余裕で来たのに泥せずにメンテへ。秋頑張ろう。……ふて寝するわ -- 2017-09-12 (火) 11:15:10
    • 俺とまったく同じことしてる・・・・・・物欲センサー恐ろしい -- 2017-09-12 (火) 21:58:33
  • うちの神風ちゃん遠征キラ付けで1-1で毎回大破まったく世話のかかる子だぜ -- 2017-09-16 (土) 21:07:52
  • 何気に映画海賊とよばれた男に出演しててワロタ -- 2017-09-19 (火) 02:13:48
  • 神風ちゃんの淹れてくれた温かいものだわーい(目盛りのついた紙コップ) -- 2017-09-19 (火) 13:56:28
    • ガチムチ憲兵「おい、ここに置いといた俺の検尿カップ知らんか?確か中身も入ってたと思うんだが」 -- 2017-09-24 (日) 06:05:27
      • (-人-) -- 2017-10-01 (日) 00:03:06
  • 神風とスキンシップしたいなぁ -- 2017-09-20 (水) 09:02:10
  • 最近、神風のよさに気づいた……スタイルいいよね -- 2017-09-22 (金) 09:31:13
  • 北方漁場を警備って、もしかして神風型?ここのページを読んだ限り、そんな感じがする。 -- 2017-09-23 (土) 18:52:45
    • 艦級ならそうだったのかもしれないけど艦種って言ってるから分らん -- 2017-09-24 (日) 06:14:07
  • 今、海賊と呼ばれた男みてたんだけど、途中で出てくる、復員船、神風だよね、ビックリした。 -- 2017-10-02 (月) 23:47:16
  • 神風型は睦月型より大人びて見える。睦月型二番艦は合法である。よって神風型は合法である。Q.E.D. -- 2017-10-09 (月) 16:25:19
  • 東鳩、今年で20年か・・・あれからずいぶん経ったが、何処かで見たような赤毛娘に、あの時と同じ声が聞こえる。(シミジミ) -- 2017-10-15 (日) 12:13:57
    • 神風「〜♪ 聞こえそうな 機関音(こどう)が恥ずかしいよ」 -- 2017-10-19 (木) 18:58:29 New
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 グレイバック(USS Grayback、SS-208)。
*2 かつての艦長であった渡辺保正大佐。
*3 パーゴ(USS Pargo、SS-264)。
*4 トレンチャント(HMS Trenchant)。
*5 ホークビル(USS Hawkbill、SS-366)。
*6 沼風艦長兼任。
*7 沼風艦長兼任。
*8 波風艦長兼任。
*9 第1駆逐隊司令兼任。
*10 波風艦長兼任。
*11 艦の除籍とともに自動免職。ただし46年7月21日まで復員事務官として同艦上で勤務。
*12 命名以前は「清風」という艦名が予定されていた。
*13 こういった例は戦後の海上自衛隊でも発生し、例えば「あきづき型護衛艦あきづき」も2隻存在する。そして両方とも2番艦が同じ「てるづき」なので「あきづき型護衛艦2番艦てるづき」も2隻存在する。本当にややこしい。
*14 橋本金松艦長の異動先が白露艦長なので全く無縁というわけでもない。
*15 艦これ実装艦では神風・初霜・弥生・如月・白露・白雪・春風・時雨・夕立・三日月・野分・潮・子日・響・初春・若葉・初雪・卯月・長月・菊月・磯波・綾波。
*16 厳密には小型の二等駆逐艦、樅型と若竹型も含む。
*17 磯風型駆逐艦の初代浜風。この子の先代。
*18 前位側から「砲・発射管・後部マスト・発射管・砲」の順だった。
*19 前位側より「発射管・発射管・砲・後部マスト・砲」の順に改正された。
*20 艦幅を拡大し重心位置を改善する手法は後の駆逐艦にも引き継がれるが、やがて初春型において破綻することになる。
*21 砲の旋回角度を、艦橋側の照準装置と各砲間とを結ぶテレメーターで一括指示する。一方で砲の俯仰は、測距儀に通じる伝声管や弾着観測で得た情報に基づき、各砲側で独自におこなう。
*22 日本が鹵獲およびコピーしたボフォース機関砲はいずれも単装型、終戦後米軍に提出された資料には40mm機銃に関する記述が無い、該当装備箇所は25mm連装機銃員の配置だった、など。
*23 なお、リンチや過酷な労働による死者の出た博愛丸事件が作品のモデルになっているが、これは1926年の出来事なので当時まだ北方警備の任についてなかった第1駆逐隊とは実際には関わりない。
*24 結果的に加わることはなかったが、神風が挺身輸送隊に編入されることも検討されていた
*25 当時の日本海軍では、海軍兵学校の卒業成績が一生を決めると言っても過言ではなかった。成績上位者はエリートコースが約束される一方、中より下は小艦艇を渡り歩き、大佐か中佐で特務艦の艦長辺りを務めて予備役編入…というのが通り相場だった。118人中107番だったおヒゲの木村昌福提督が将官に抜擢されたのがいかに異例だったか分かる。
*26 峯風型を一回り小さくした樅型二等駆逐艦。要は神風たちや睦月たちの妹分である。大正10年生まれ。樅型はちっちゃいだけに老朽化や陳腐化が早く、姉妹の殆どは戦争前に除籍廃艦か哨戒艇へ格下げされているが、「蓮」は駆逐艦籍のまま留めおかれた。対馬丸事件にて、対馬丸を護衛していた駆逐艦でもある。米潜水艦の記録では蓮も撃沈したことになっているが実際は回避している。そして終戦時航行可能状態で生き残った、何気に強運艦の1隻である。
*27 輸送作戦任務には陸軍兵力の輸送転用も含まれていたがこれは秘密保持のためか神風の春日艦長には知らされていなかったという。
*28 ただし、英側の記録ではこの頃には神風のことを完全に見失っており、いつ退避したのかも把握していなかった。これらは燃え盛る羽黒に向け集中していた攻撃であった。
*29 神風乗員の証言では、この時B-24を1機撃墜しているとのことであるが、英空軍第159・356飛行隊のレポートでは1機の損害も確認されてない。
*30 この時の激闘や逸話は、エドワード・L・ビーチ海軍大佐の実体験を基にした小説を原作とするアメリカ映画、『深く静かに潜航せよ』(原題:Run Silent, Run Deep)のモデルになったとも言われている。
*31 実際の目的地はカンボジアのハッチェンであった。
*32 Torpedo Data Computer(魚雷照準コンピュータ)。
*33 その日から数十年後、スキャンランド大佐はこの時のことを右のように語っている。「傷ついた潜水艦で攻撃をするより乗員の安全を優先した半世紀前の自分の決断は正しかったと信じている。神風には勝てなかったが、人間はそう簡単に勝利者にはなれない」。
*34 これら潜水艦のうちコッドはそのレポートの中で右のように報告している。「あの神風というのは彼らの神々のご加護を何度も受けたに違いない。今日、3隻の潜水艦から魚雷攻撃を回避し、スコールの雨ごいをすることで我らのレーダーに魔法をかけた。触れることすら叶わなかった!」
*35 神風では負傷者を手厚く治療しセレター到着後に捕虜として第10特別根拠地隊司令部へと引き渡した。しかし不幸にもこの捕虜7名は全て尋問ののちニー・スーン射撃場で処刑されることになり、このことは10根司令部の戦争犯罪として戦後問題となった。
*36 当時は第二復員省。