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占守

Last-modified: 2017-08-10 (木) 21:00:55
No.317
占守型海防艦一番艦! 占守っす!占守(しむしゅ)占守型 1番艦 海防艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久9火力4 / 18
装甲4 / 16雷装0
回避42 / 83対空7 / 24
搭載0対潜32 / 72
速力低速索敵3 / 13
射程40 / 79
最大消費量
燃料10弾薬10
装備
12cm単装砲
25mm連装機銃
装備不可
装備不可
改造チャート
占守占守改(Lv.40)
図鑑説明
沿岸警備や北方漁場警備のために建造された甲型海防艦、その一番艦っす。千島列島最北端*1の占守島の名前をもらったっす!
平時には漁場や漁民を守るため、小さい体だけど、大事な役目も証も
あったっす。
戦いが厳しくなって、船団護衛や対潜哨戒にも全力っす。
全てが終わった後、みんなを連れて帰るとっても大切な役目も果たしたっす。*2
占守、その名、きっと憶えてほしいっしゅ。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:咲々木瞳、イラストレーター:UGUME (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2017年5月2日にイベント「出撃!北東方面 第五艦隊」で先行実装。同日実装された新艦種「海防艦」に属する艦娘。語尾が「っす」「っしゅ」と独特。一部セリフで語尾が「っす」になるのは嵐改がいるが、口癖として「っす」を常用する艦娘はおそらく艦これ初。
    • 同イベントで実装された海防艦には他に国後択捉がいる。

海防艦の特徴 Edit

  • 駆逐艦と異なり魚雷、缶、タービン、探照灯照明弾ドラム缶(輸送用)は装備できない。
    • 低速であり特にタービン&缶が一切装備できないため一切高速化不可能
  • 雷装値0なので雷撃戦参加不可。
  • 未改造のまるゆに次いで全艦中同率2位の燃費で、遠征要員としても優秀。先制対潜攻撃も可能なためキラ付けも比較的しやすいが、艦種制限には気を付けたい。
    • 一部遠征は駆逐枠の代わりに使える報告があるが…要検証。
  • 駆逐・軽巡等に比べ先制対潜攻撃に必要な対潜値のボーダーラインが低く、素対潜+装備対潜が60以上で先制対潜攻撃を行い始める。
    • 占守の場合は初期値32なのでLV10になればもう四式ソナー2個で先制対潜攻撃可能になる。
    • またソナー無しでも装備対潜値4以上を含む対潜値75以上で先制対潜攻撃を始める。
      • MVP調整等が無い限り爆雷単独装備は無いと思うが…
  • ルート固定での扱いは現状不明な為要検証。
  • 水上/機動連合艦隊編成時はその他枠として扱われる。
    • 輸送連合に限り駆逐枠として利用可能。もっとも輸送装備は装備不可なので、第二艦隊で先制対潜攻撃ぐらいか?
  • 艦種別ソートにすると一番最後になる。
  • 耐久が低く、修理時の艦種倍率が潜水艦と同値の為、修理時間が短い。
    • 同Lvで同じだけHPを削られた場合、駆逐艦の半分の時間で済む。

キャラクター設定について Edit

  • UGUME氏が新規実装艦娘を描いたのはこれが初である。
  • 袖口など見ると、この娘の制服は耐寒仕様と思われる。占守型で唯一南方を主戦場とした彼女にはさぞやきつかろう・・・
  • しむしゅしゅしゅっ〜

諸元 Edit

竣工時

来歴 Edit

年表

小ネタ Edit

艦名について Edit

  • 千島列島の最東端(本人が言っている「最北端」は誤り)に位置する占守島(しゅむしゅとう)に由来する。
    • 占守型から鵜来型までの海防艦には島・島嶼に因む名前が付けられている。中には戦艦の命名に使われる律令国名と重なる名を持つもの(佐渡、壱岐、対馬、隠岐、淡路)もあるが、これらは国名ではなく島の名前から取られたものである。
      • その後に大量建造された740tクラスの丙型、丁型海防艦は『第◯号海防艦』という番号艦名が付けられた。
    • 占守島の領有権は江戸時代から日本とロシアの間で揺れており、1875年の樺太・千島交換条約で日本の領有が確定された。日本が1945年8月15日にポツダム宣言を受け入れて降伏した後の8月18日に、日ソ中立条約を破りソ連軍が上陸侵攻、武装解除された日本陸軍守備隊を制圧して占領する。これが、17年春イベント出撃!北東方面 第五艦隊の元ネタとなった占守島の戦いである。以降、占守島はソビエト・ロシアが実効支配している。
    • 島の名前は、正確には「しゅむしゅ」。アイヌ語由来地名という事は分かっているが、その意味は諸説あり確定していない*5。ロシア語表記は「Шумшу」で、国際的にはこれをラテン字転写した"Shumshu"と呼ばれる。「占守島の戦い」も「しゅむしゅとうのたたかい」という表記が一般的であるが、北海道地理小誌読本字引http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763144/11など占守に「しむしゅ」とふりがなを付けている資料も見られるので、かつては普通に「しむしゅ」という表記が使われていたようである。海防艦占守については海軍省昭和14年11月6日付 達 第190号で「海防艦 占守(シムシユ)」と命名されたので「しむしゅ」で合っている。
    • 占守型は、占守、国後、石垣、八丈の4隻が建造された。国後のボイスでハチと話しかけているものがあり、これは4番艦八丈のことと思われ、今後妹が増える…かもしれない。
Q.そもそも海防艦って何?

占守型について Edit

建造の目的
占守型の特徴

「軍艦」占守 Edit

  • 占守型も建造当初はオホーツク海での漁業権を巡ってソ連海軍と交渉する必要があった事から軍艦と類別されていた。
    • それまで同任務を担っていた駆逐艦は定義上軍艦ではなく「艦艇」であり、艦長も少佐が基本。国際交渉上あまり押しはきかない。
      なりは小さくとも、「軍艦」の行動は即ち大日本帝国政府の意思。艦首の菊の御紋章や艦長の中佐・大佐の階級章をチラつかせるのはそれだけ有利なのである。*8
      だが、太平洋戦争開戦後も大半の艦船や部署が占守型の存在を知らなかった事や、船体が小さい為に駆逐艦等から欠礼される事もあった。
  • また、占守型が建造されるまでは海防艦と言えば旧式の戦艦や巡洋艦を類別したものだったので、860tの排水量を8600tと担当者が誤解して修正・発表されるハプニングがあった。

警備艦艇として Edit

  • 占守型は4隻建造され、2番艦以降は当初予定通り北方警備の任に就き、終戦まで任地を動かなかったが、一番艦「占守」のみ、就役早々南方に配属され、警備任務などに従事している。
    • 海防艦の目的は警備任務から駆逐艦を解放することであり、その需要は当然北方ばかりではない。帝国海軍は完成した新型艦を南方でも使い、今後の運用に備えたテストベッドにしたものと伺える。
    • 占守型はかなり強力な送風能力を備えていたが…やはり艦内は暑くてたまらず、居住性は悪かったと伝えられる。この件に限らず、占守が南方で得た貴重な知見はその後の護衛艦艇建造計画に数多く反映されるのである。
    • 占守型は本来の目的の北方警備艦としては大変優秀であり、ソ連の砲艦を何度も追い払い、漁船員達にとっては文字通り守護神であった。
      • 海防艦はその後も増強が予定され、昭和25年頃までに10隻程を就役させる構想だった。

護衛艦艇として Edit

  • 上記の通り、占守型は本来大量に建造することは想定していなかった。複雑な構造や装備も、当初の想定通りであれば問題視されるようなものではなかったと言える。
  • しかし戦争の機運が高まり、特に蘭印方面への進出が求められるようになると、海防艦を護衛艦艇として用いる構想が持ち上がった。
    • 従来の日本は中国近海やフィリピン周辺を主な戦場と考えていたため、駆潜艇や敷設艇などの600トン級の小艇を護衛任務にも充当する予定だったが、はるばる蘭印まで足を伸ばすとなると、このクラスでは性能不足が明らかだった。
    • そこで白羽の矢がたったのが、900トン級の海防艦である。日本はこのクラスを主力護衛艦に定め、さしあたりマル急計画で一挙30隻の量産を決定する。
    • しかしここで占守型の複雑な構造がネックとなった*9。明らかに量産に向かない本級を護衛艦のベースとした弊害は直ちに現れ、日本は護衛艦の充実まで貴重な時間を浪費するのである。

戦歴について Edit

  • 1940年6月30日に竣工。直後の7月15日に第2遣支艦隊に編入された。
    これ以降、戦争末期の1945年4月2日に大湊へ派遣されるまで、ずっと南方海域で行動することになった。
    北方警備用に設計されたネームシップなのに、南方でばかり活動するはめになったのである。艦内が暑くてそれはそれは大変だったという。
  • 開戦時は南方艦隊に所属し、シンガポール進駐第一陣の一隻であった。
    • シンガポールでは、暫くの間、菊花紋章をもつ軍艦は、香椎と占守の2隻しかいなかった。
  • 戦争中は文字通り休むヒマもなく船団護衛に投入され続け、大小数え切れない数の船団を護った。
    • その中で煮え湯を飲まされることもあった。
      1944年2月のヒ40船団はタンカー南京丸、国栄丸、一洋丸、日輪丸、南邦丸、そして貨物船浅間丸の6隻で編成されていた。
      そして肝心の護衛は占守1隻だけ。いくら護衛艦艇の数が足りないとはいえ、立案者の頭を疑うレベルの無茶振りであった。
      案の定、この船団は運悪く敵潜水艦群に捕捉される。占守だけで対潜攻撃をしつつ広範囲の遭難者救助もしろというのは、何をどうしたって無理な話であった。
      この船団は執拗な襲撃の結果、タンカー5隻全て沈没、浅間丸も小破するという悲惨な結果に終わっている。
  • 1944年10月〜12月にかけての多号作戦、すなわち地獄のオルモック輸送には第2次と第4次の2度参加している。
    • 10月30日〜11月4日にかけての第2次作戦では旗艦をつとめ、直接護衛部隊総指揮官として海防艦沖縄、第11号、第13号を率いた。
      支援護衛部隊はヒゲの木村提督率いる第1水雷戦隊があたり、旗艦の指揮のもと沖波初春初霜が参加。
      この作戦は陸軍四式戦闘機隊による決死の上空援護*10と巧妙な煙幕戦法の甲斐もあってほぼ揚陸を完遂、輸送船能登丸沈没のみという成功を収めた。
    • 11月8日〜11日にかけて行われた第4次作戦は海防艦沖縄旗艦のもと第11号、第13号とともに直接護衛を担当。
      この時の支援護衛部隊は前回と同じく1水戦、旗艦霞の指揮により潮、長波、秋霜、朝霜、若月が参加。
      しかし、この作戦は受け入れ側の大発準備不足というまさかの事態によって、地点に辿り着いたはいいが遅々として揚陸が進まなかった。
      加えて、前回作戦からたった4日で制空権・制海権は完全に失われ、夜間は不眠不休の対魚雷艇戦闘、昼間は過酷な対空戦闘と悪戦苦闘を強いられた。
      結局、第11号海防艦と香椎丸、高津丸が被爆沈没し、人員と軽火器類しか揚陸できず、重火器や食糧弾薬類の大半が失われ、大失敗に終わった。
      • オルモックから帰還後の木村提督のメモには「大発準備無ク無念」と記されていた。
        また霞の三浦砲術長によれば、作戦帰還後の司令部への報告に際し、星野通信参謀が憤怒の形相で大発不備を難詰していたという。
      • この作戦の帰途、進撃途上の第3次作戦部隊(第4次の方が先に実施された)とすれ違うことになり、朝霜、長波、若月が急遽合流し揚陸地へ取って返していった。
        指揮官は第2水雷戦隊旗艦島風。詳細は彼女の史実を参照してほしい。この第3次作戦部隊から生きて帰ってきたのは朝霜だけだった。
  • 1944年11月25日、マニラ湾口にて浮上潜水艦を発見し攻撃に向かうも、逆に雷撃を受け艦首を破損した。
    • 占守はできるだけ接近し砲撃してから爆雷制圧しようと向かったが、敵もさるもの、占守の接近をいち早く察知して急速潜航した。
      10分、15分経ち、水中探信儀の反応が一向になく、てっきり逃げられたかと思いきや、敵潜水艦は息を殺して待ち構えていたのである。
    • 突如放たれた左前方2000メートルからの雷撃4本を緊急取舵一杯でかわし、爆雷投射のため突撃に移ったその直後、1000メートルを切る位置から更なる魚雷が発射された。
      気負い込んで制圧に向かってきた艦の喉笛を至近で掻き切るという、が沈められ神風がやられかけた、米潜水艦の常套戦法であった。
    • 島村艦長はもはやかわす余裕は無いと判断、とっさに占守の艦首を魚雷の真正面へと向けた。
      次の瞬間、轟音とともに凄まじいショックが占守を襲った。艦長は羅針儀に叩きつけられ、操舵員長も艦橋天蓋に頭を強打し失神したほどだったという。
      艦首の主砲は外れて横倒しに転がり、機関も一時停止、兵員3名が水柱に飲まれて行方不明となった。
      しかし、真正面からぶち当たったお陰で被害は限定的で応急処置も容易であり、速力12ノットに落ちたものの浸水は間もなく止まった。
    • この時、僚艦の第13号海防艦は占守の大水柱を望見し、てっきり占守が敵潜水艦を撃沈したものと思っていた。
      しかし緊急信号で事態を悟るや急行、すぐさま敵潜水艦を制圧しそれ以上の攻撃行動を断念させ、占守の危機を救った。
      島村艦長は、第13号海防艦を命の恩人であると回想している。
    • なおこの潜水艦、朝風を討ったハッド(USS Haddo/SS-255)である。
  • キャビテと馬公で応急修理をしたのち、タモ35船団の護衛として基隆から門司へ向かう。もはや損傷した艦ですら護衛として使わねばならない戦況であった。
  • 舞鶴工廠で修理後、ソ連参戦に備えて稚内へ移動する。千島方面の陸軍部隊を本土決戦に備えての引き上げ作戦と、警備が目的であった。
  • 8月15日の朝に稚内港に入港する。そこで乗組員は終戦を知らされた。
  • 8月17日より19日まで大泊と稚内を往復して、樺太在住の日本人の引き上げを行う。
    だが占守には800人程度しか乗れず、ついに大泊市外にソ連軍が押し寄せこれ以上は無理となった最後の出港時もまだ、桟橋の上は人波でいっぱいであった。
    婦女子を優先して乗艦させたため、親と子、夫と妻が泣き叫んで別れを告げる絶叫が渦巻く中、断腸の思いで出航するほかなかった。
    そして、これが今生の別れとなってしまった人々も多かったという。*11
  • その後は、復員輸送に従事。1947年7月5日ナホトカにて賠償艦としてソ連に引き渡される。この時同時に、椎、榧、海防艦34号、105号、196号、227号も引き渡された。
    • 彼女たち賠償艦艇の旅立ちと引渡しの光景については、井上長承氏が『世界の艦船』1974年7月〜10月号に連載した「終戦私記 賠償艦艇回航の思い出」に詳しい。
      元海軍将兵と艦艇たちの慟哭が聞こえてくるような、痛切な手記である。機会があればぜひ目を通してほしい。
  • ソ連海軍では護衛艦に類別され「EK-31」との名を与えられた。その後、1948年に通報船へ類別変更され「PS-25」と改名された。
    しかし実際の所1947年から1953年までは保管状態となっており、本来の通報船に改造されカムチャッカの艦隊司令部の通信局に配備されたのは1954年になった。
    1957年には工作船に改造され「PM-74」とさらに改名された後、1959年5月16日に退役し、解体されたという。

その他 Edit

  • しむしゅしゅしゅ〜
    • 「金比羅船々(こんぴらふねふね) 追風(おいて)に帆かけて しゅらしゅしゅしゅー♪
       まわれば四国は 讃州那珂の郡(こおり) 象頭山金比羅大権現 一度まわれば♪」
      香川県仲多度郡琴平町の象頭山にある金刀比羅宮、その参詣の楽しさを歌った民謡『金比羅船々』は明快な曲調と特徴的な歌詞で広く知られている。
      • 昭和十年代に日本海軍の宴席で歌われていたものには次のようなバージョンも。
        「金比羅お宮の 御札を掲げりゃ しゅらしゅしゅしゅー♪
         逆巻く怒濤も いつしか鎮まり マストに輝く軍艦旗♪」
    • 金刀比羅宮は古くから海上交通の守り神として崇敬され、漁船から商船、護衛艦、巡視船、宇宙船に至るまで、およそ船と名のつくもの全ての守護神である。
      • 元はインド神話の川の神である鰐・クベーラ神を源流とし、それが中世日本で神仏習合の末に「金毘羅大権現」として根付いたものとされる。
      • 特に江戸時代、「○に金」の文字を入れた団扇を配布することで参詣者を全国的に増やすことに成功し、金刀比羅宮への参詣を目的とする“金毘羅講”と呼ばれる同好会が各地で開かれた。
        さらには、犬に金刀比羅宮への寄進を背負わせる「こんぴら狗」、酒樽に賽銭などの寄進を詰めて流す「流し樽」といった、拾った人間の善意を当てにした参拝方法も広まっている。*12
      • 明治維新以後は、神仏分離令とそれに伴う廃仏毀釈の結果、もともとの松尾寺金光院は廃寺に追い込まれたうえ神社に改組されて仏教色が薄まり、現在のような固有の神宮となった。
    • 日本海軍関連の慰霊祭も開かれているほか、朝鮮戦争で殉職した海上保安庁特別掃海隊の慰霊碑も同神社にあり、毎年その慰霊祭が開かれている。
      また、高松沖を通過する艦船は航海の安全を祈って流し樽を奉納するのが慣わしだが、絵馬殿に並ぶ樽の中には練習艦しらゆきかしまのものも確認できる。
    • なにはともあれ、海上護衛を担う海防艦の口ぐせとしては、まことにめでたくふさわしい……かもしれない。
      「お宮は金比羅 船神さまだよ キラキララー♪
       時化(しけ)でも無事だよ 雪洞(ぼんぼり)ゃ明るい 錨をおろして遊ばんせ♪」

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の30件を表示しています。 コメントページを参照

  • この子らを育てておくと、イベの水上戦マップでルート固定要員にされた時の選択肢が増えるかも知れないな。そこまでして固定するほどのルートが作られるかは疑問だが・・・ -- 2017-07-23 (日) 22:58:46
  • しむしゅにデコピンしたい -- 2017-07-25 (火) 00:18:44
    • 弱めにやって「ムシュ~~」ですね -- 2017-07-25 (火) 14:18:11
    • 普通の強さで「あいたー」 -- 2017-07-25 (火) 15:53:54
    • 全力デコピンだと何も言わずに目に涙を浮かべながら見つめ返してくる -- 2017-07-29 (土) 21:19:43
  • 占守ちゃんにち絞りをさせたい。しゅしゅしゅっしゅ! -- 2017-07-26 (水) 16:00:01
    • 占守「言われたとおり、ディスポーザーに突っ込むっしゅ!」 -- 2017-07-26 (水) 17:02:25
  • ♪し し 占守 占守の庭は つ つ 月夜だみんなしむしゅしゅしゅ〜 -- 2017-07-26 (水) 17:26:11
  • 語尾がタテジワネズミっぽい -- 2017-07-26 (水) 22:37:37
  • とうとう98になっちまった!海防三隻ローテで入渠短いから愛用してたのに…どうすればいいっしゅか? -- 2017-07-27 (木) 02:49:42
    • 構わん (150まで)いけ(DIO面) -- 2017-07-27 (木) 03:10:09
      • は…はいいィィィィィィィ〜〜〜!!(DMMポイントチャージ -- 2017-07-27 (木) 14:04:40
      • DiMMo様「飛ばせ」提督「はいいいーっ」\ドドドドド/ 潜水カ・ヨ・ソ級「ギャアアアア」 -- 2017-07-29 (土) 20:42:49
  • っすとっしゅの使い分けがわからない -- 2017-07-29 (土) 13:25:41
    • っすは敬語 っしゅはタメ口 -- 2017-07-29 (土) 22:06:01
  • しゅっしゅっすっすしゅっしゅしゅしゅって、何かをこすってるような音させやがって……ウッ……フゥ -- 2017-07-31 (月) 21:21:12
  • 艦これから1年離れてる間に海防艦実装されてて驚き -- 2017-08-01 (火) 19:44:16
  • 占守「占守の着替えの所にいつもの白いタイツじゃなくて黒いのが入ってたっしゅ。他に無いから履くっしゅけど...」 -- 2017-08-01 (火) 21:17:29
  • しゅううううううううううううううううううううううう!!! -- 2017-08-01 (火) 21:32:23
    • ズズウウン… -- 2017-08-03 (木) 22:43:21
    • 超!エキサイティン!! -- 2017-08-04 (金) 13:25:40
    • 潜水艦に爆雷をしゅぅーー!! -- 2017-08-05 (土) 21:28:47
  • 占守ちゃん、いつも息子と遊んでくれてありがとう。おかげで毎日寝つきがいいんだよ。今度息子が搾ってきたミルクをご馳走するね。 -- 2017-08-01 (火) 22:33:20
  • しゅ -- 2017-08-02 (水) 14:53:11
  • 皆の衆、ハイエース(母港)は増産したか? 来週はイベントだぞ。幼女艦を取逃がさないよう、ハイエースの準備を怠るなよ。 -- 2017-08-02 (水) 15:54:50
    • 了解しゅ…あれ・? -- 2017-08-02 (水) 16:04:20
  • 占守ちゃん今日も可愛いね。うちの事務所で独占インタビューさせてよ。大丈夫、僕は君の鎮守の司令官とは友達なんだ。独占インタビューの許可も取ってあるよ。さあこのハイエースに乗って。 -- 2017-08-04 (金) 15:06:35
    • 占守「その前に司令にはこの(ガチムチの)お友達が乗ってる全面鑑張りの車に乗ってほしいっしゅ」 -- 2017-08-04 (金) 21:14:21
  • し!む!しゅ!の!塩!!!(汗的な意味で) -- 2017-08-04 (金) 17:43:56
    • 夏場の塩分ミネラル補給に良いかも。ところでこの商品は液体?固体? -- 2017-08-04 (金) 19:10:38
      • 気体じゃないかな? -- 2017-08-04 (金) 21:01:19
      • ペドい塩分に期待が膨らむ? -- 2017-08-05 (土) 09:28:07
  • 占守「どうして占守は十勝平野なんしゅかーーっ!!」 -- 2017-08-04 (金) 21:16:16
    • 占守「考えてみたらクナもエトも平野だったっしゅ。」 -- 2017-08-04 (金) 21:42:03
      • 択捉「…私はお二人よりもあると思うんですが」 -- 2017-08-05 (土) 09:47:03
  • E1でクナと会えるかな。 -- 2017-08-05 (土) 17:41:22
    • シリと会えます。 -- 2017-08-06 (日) 21:35:39
      • 変提「Siri、どうすれば海防艦をprprできる?」Siri「通報しました」 -- 2017-08-07 (月) 14:15:58
  • 占守「エトだけ三越ずるいっしゅーっ!!占守も三越行きたいっしゅーっ!!」 -- 2017-08-06 (日) 09:36:40
    • 変提督「僕がね連れってあげるよ。大丈夫だよ。僕はね、君の司令官とは友達なんだよ。さあ乗って。」 -- 2017-08-06 (日) 13:42:30
      • ラブホテル三越へGo! -- 2017-08-06 (日) 13:44:27
      • 憲兵「検問でーす」 -- 2017-08-06 (日) 14:07:37
      • 変提督「憲兵はリベと神威の検便でもしてろ!」 -- 2017-08-06 (日) 20:05:26
      • 憲兵2「先輩、こいつ鎮守府侵入容疑のかかっている者と顔が似ています!!」 -- 2017-08-06 (日) 21:46:41
      • 貴様がバスに乗るのが先だ! -- 2017-08-08 (火) 17:31:44
  • 海防艦自体はちっこくても、艦首に輝く十六菊で「この紋所が目に入らぬか!」をやっていたわけか。 -- 2017-08-06 (日) 22:22:27
    • 駆逐艦娘にだって菊門はあるよ。リベ、尻出せ! -- 2017-08-07 (月) 11:14:30
  • しゅむしゅの海防艦の思いきりのある水着ってどんなんだろ?マイクロビキニ?紐みたいなやつ? -- 2017-08-07 (月) 10:48:22
    • つ絆創膏  -- 2017-08-07 (月) 15:32:38
    • 貝殻とか? -- 2017-08-08 (火) 21:44:20
    • ヒトデ を推す -- 2017-08-10 (木) 17:52:26
  • この子日本艦だけど銀髪碧眼でロシア人っぽいカラーリングだよね -- 2017-08-09 (水) 10:16:05
    • (`0言0́*)ヴェアアアアアアアア!!シムチャントラレルウウウウウウウ!!!  -- 2017-08-10 (木) 14:43:39
    • ロシア人というかギャルゲっぽい -- 2017-08-10 (木) 19:00:12
  • 占守ちゃんの菊門が見たいな...。とりあえずパンツを脱がそう! -- 2017-08-10 (木) 15:07:15
  • 憲兵「北方四島言えるよな?」提督「国後、択捉、色丹・・・しゅむしゅ!」 -- 2017-08-10 (木) 23:34:58
    • 歯舞「解せぬ」 -- 2017-08-12 (土) 01:23:54
  • Richelieu「りしゅしゅー!」 -- 2017-08-12 (土) 13:25:02
    • 名前ネタかぶりっす!やばいっす!!! -- 2017-08-12 (土) 17:19:34
  • 占守ちゃんの追加・・・今回のイベでは見送り……なのか。松輪ちゃんが出てきたのに・・・orz -- 2017-08-12 (土) 19:14:03
  • しむっしゅむらむら という単語が天から降りてきた -- 2017-08-13 (日) 21:43:41
  • 【しむしゅしゅ宗】 -- 2017-08-14 (月) 17:19:53 New
  • 今日、占守島での調査のニュースが入りました。新しくソ連兵50人と日本兵3人の遺骨が見つかったそうです。先の戦争でなくなった全ての方に合掌…。 -- 2017-08-16 (水) 09:09:42 New
  • (⎾・◡・`)⏋<しむしゅしゅしゅ〜 -- 2017-08-18 (金) 20:34:37 New!
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*1 本人は勘違いしているらしいが、実は占守島は千島列島最東端。千島列島最北端の島は阿頼度島である
*2 「全てが終わった後、みんなを連れて帰るとっても大切な役目も果たしたっす」の部分はテキストでは表示されず、ボイスのみ
*3 グレイバック(USS Grayback:SS-208)、ジャック(USS Jack:SS-259)
*4 ハッド(USS Haddo:SS-255)
*5 アイヌ語の中でも他と大分言語体系が異なる滅亡語「千島アイヌ語」由来なのでもはや意味が解らないのだとか
*6 分類はCoast Diffence Shipのままであり、日本国内で生まれた造語である。
*7 ただし海軍の常として真水は貴重品なため、海水風呂ではある。
*8 戦前、各国が競って中国に小さな河川砲艦を駐屯させていたのもこれ。海防艦よりもさらに小さいおもちゃみたいな武装のいわゆる「下駄船」、駆逐艦と撃ち合えば一瞬で轟沈するような船だが、レッキとした「軍艦」。「このフネに手を出したらどうなるか分かってんだろうな」という威圧感を背景に、居留民保護や国際交渉に絶大な威力を発揮していたのである。
*9 建造工数10万2500、建造工期1年9ヶ月
*10 P-38戦闘機との熾烈な空中戦の結果相討ちになり、敵味方ともに全滅したという
*11 国鉄稚泊連絡船や民間船などによる大泊からの緊急疎開輸送については国籍不明潜水艦による雷撃被害を受けつつも19日以降も続けられ、ソ連軍より海上航行禁止令が出された23日の夜に、定員の約6倍の4500人を乗せた稚泊連絡船宗谷丸を始めとする3隻が(禁止令を半ば無視する形で)出航し、これが最後の疎開輸送になると共に国鉄稚泊航路の最終便ともなった。だが、この最後の3隻が出航した時点でも乗船を待つ人々は桟橋に溢れていたという。
*12 寄進物を拾った人は、その中身を金刀比羅宮へ届けることで、寄進者も届け人も一緒に御利益にあやかれるとされた。