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Warspite

Last-modified: 2017-04-25 (火) 00:19:26
No.239
Fleet information? 了解、待ってて。Warspite (ウォースパイト)Queen Elizabeth級 2番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久72火力72 / 92
装甲72 / 91雷装0
回避26 / 54対空38 / 88
搭載12対潜0
速力低速索敵14 / 48
射程55 / 89
最大消費量
燃料90弾薬110
搭載装備
338.1cm Mk.I連装砲
3未装備
3未装備
3未装備
改造チャート
WarspiteWarspite改(Lv.75)
図鑑説明
Queen Elizabeth Class Battleship 二番艦、Warspiteです。Admiral.よろしくお願いしますね。
生粋の英国生まれ、英国育ちの戦艦です。本国艦隊、地中海、そして、インド洋にも展開しました。
私の名前、Admiral. 是非その胸に刻んでください。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:内田秀、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2016年8月12日アップデートで実装。同日から始まった2016年夏イベント「迎撃!第二次マレー沖海戦」の最深部E-4クリア報酬。初のイギリス艦娘。
  • 戦歴を反映してか、運の初期値が何と55と改装前の雪風を上回っている。不運ネタはかなり多いんだが……
    • 惜しむらくはその高い運を活かす局面が、水雷戦隊系の艦種に比べて少ないことである。
      • ただ運による命中補正も馬鹿にできないため、そういう面では他艦に比べ頭一つ抜けている。
  • 金剛型とほぼ同程度の燃費でありながら性能は改にしなくても充分に高い。しかし金剛型と同じ感覚で使うなら低速戦艦である事には留意したい。
    • ちなみに速力が低速の戦艦の実装は2013年の武蔵から数えて2年半ぶりである。
  • 艦船図鑑ではWarspite(No.239)の隣にIowa(No.240)が位置している。海外艦娘のゲスト枠なのかもしれない
  • 改造にLv75も必要。ついに大和の最高改造レベルが陥落し、またこのレベルは大半の改二改造もできるレベルである。
  • これまでに実装された海外の戦艦は、のいずれも「最新鋭かつ最後に建造された型式」が実装第一号だったが、英国に関してはその法則が崩れている。
    提督たちに根強く信じられていたジンクスや法則の類が新実装にあっさり破られるのは、艦これではよくあること。
  • マンスリー任務「水上打撃部隊」南方へ!」では自由枠扱いとなるので注意。
    この任務の前提任務である「戦艦を主力とした水上打撃部隊を編成せよ!」で大和型・長門型・伊勢型・扶桑型が指定されているため。仕様です。

キャラクター設定について Edit

  • 発音がとにかく流暢。彼女を秘書艦にすると執務室が語学研修の場に早変わり。この機会に英語を本格的に学んでみるのも良いかもしれない。バロシッ
    • 声優さんはなんとこれがデビュー初仕事。*10今後に期待大である。
  • イラストで身につけているのはイギリス王室伝統の王冠・王笏・宝珠の3点セット。ロイヤルなネイビーのロイヤルなクイーンここにあり。
    • レガリア【regalia】(英語発音では“リゲィリア”)と呼ばれる王権象徴のための器物で、日本でいうところの「三種の神器」に相当する。
    • これらの装飾にはマストやブリッジをイメージしたデザインが取り入れられている。
    • 強く人目を惹く「玉座型艤装」*11は、舵を始めとした足回りの不具合に艦歴の最後まで苦しんだ実艦の史実にからめられて「足が不自由」という解釈が二次創作のあちこちでなされていた。が、月刊コンプティーク2016年10月号で素足で立ち上がる設定画が掲載され、ある程度の立ち居が可能な事が判明した。ここからさらに先の解釈は、提督諸兄の艦隊司令部事情に委ねられるべき事柄であろう。
      • ちなみに艤装を接続したまま立ち上がり玉座の背を畳むことで、見た目オーソドックスな「戦闘展開mode」となる模様。
  • 午後9時の時報でZaraPolaに逃げられているのは、史実のマタパン岬沖海戦において両艦が交戦し、姉妹艦とともに彼女たちを撃沈しているため。
  • 午後10時の時報で言いかけているのはドイツの誘導爆弾フリッツXのことと思われる。ItaliaRoma同様にフリッツXによる空襲を受け、ボイラー室大破・航行不能などの被害を受けた。

小ネタ Edit

「戦いのあるところ必ずWarspiteあり、と海軍では言われている」 *12

  • イギリス海軍のクイーン・エリザベス級戦艦2番艦。デヴォンポート海軍工廠にて1913年11月26日進水、1915年3月8日就役。艦番号は「03」。
    第一次・第二次両大戦を戦い抜き、その戦歴から「傷だらけの不沈艦」「オールド・レディ」の異名を持つイギリスきっての、いや世界随一の殊勲艦である。

艦名について Edit

  • Warspite(ウォースパイト)の艦名を持つ艦としては7代目。
    • 最初に命名されたのが1596年のことであり、Warspiteという艦名の正確な由来は今とはなっては不詳である。
      spite(またはdespite)は古い英語で「悪意」「軽蔑的な無視」の意味であり、一般には「戦争を軽蔑する者」の意味と解されている。
      また、キツツキ科のアオゲラの一種をspiteと呼ぶことから、「敵の艦体に穴を開ける」という意味合いもあると思われる。ウォースパイトの正式なシップ・クレスト(各艦毎に定められている紋章)は、緑地に大砲を描いたものであるが、前述の語意からキツツキも非公式なクレストとして用いられ、砲栓と搭載ボートの舳先の造形に取り入れられていた。*13 *14
      • 初代のガレオン船ウォースパイトが建造された16世紀末当時は、スペインと英西戦争の最中であった。「Warspight(Warspite)」という名前は後世一般的になった反戦的な意味合いよりも、敵国スペインに対する軽蔑を込めた命名であったというのが有力な説とされている。*15
      • ウォースパイトのモットーは「Belli dura despicio」、ラテン語で「戦争の辛苦を軽蔑する」である。
  • アンドリュー・カニンガム中将*16が語ったコメントから、「グランド・オールド・レディ」(偉大なる老嬢)とも呼ばれる。決してBBAと呼んではいけない。でないとより高齢の金剛が。
    アンドリュー・カニンガムは1943年に地中海艦隊司令長官から第一海軍卿、すなわち英国海軍武官の最高位のポスト*17に上り詰めた提督であり、それだけ権威のある評価である。
  • 当艦の後は、1967年就役のヴァリアント級原子力潜水艦2番艦(HMS Warspite, S103)にその名が使われたものの、こちらも色々あって衝突と損傷と修理の連続で1991年に退役。しかし放射能の問題があって現在でも解体されずに静かに余生を過ごしている。
そもそもクイーン・エリザベス級戦艦とは?

艦歴について Edit

  • 第一次大戦・第二次大戦ともに数々の戦場で戦った歴戦の軍艦であった。
    非常に長いので一行で纏めるならば「戦艦が簡単に沈むか!!」である。

就役から第一次大戦終結まで Edit

  • 1913年11月26日午後3時15分、デヴォンポート海軍工廠にて海軍大臣や3万人もの観衆が見守る中、ウォースパイトはオースティン・チェンバレン夫人の手によって進水した。天気も良く、時折日の光が差す絶好の天気であったという。しばらく船台上で停止するトラブルがあったものの、すぐに水圧機の力を借りて動き出し、周囲の艦船が鳴らす霧笛やサイレンに祝福されながら偉大な戦艦はこの世に生を受けたのであった。
    彼女が就役したのは、それから1年4ヶ月後の1915年3月8日である。就役した際にはすでに第一次世界大戦が始まっていた。
  • この頃のウォースパイトはドジっ子属性がついていたのか、やたら事故に見舞われている。
    リトル・レディのドジッ子エピソード集
  • この頃のウォースパイトは根拠地であるスカパ・フローに停泊していたが、乗員達は上陸してスポーツやピクニックを楽しんだり、音楽隊の演奏のもとダンスパーティーをしたりして楽しい時を過ごしていた。また、スカパ・フローにはポラック(鱈の仲間)の群れがいたため、手製の敷網と餌のパン屑で捕獲したところ、全乗員に容易く行き渡るほどの量が取れたという話が残っている。
  • しかし、ウォースパイトに待ち受けていたのは生涯で最初の危機であった。
    ユトランド沖海戦
  • 1917年7月9日の夜、スカパ・フローに停泊中の戦艦ヴァンガードが爆発事故によって轟沈した。同じく停泊中だったウォースパイトは仲間を救うべく真っ先にボートを下ろし救助活動にあたった。警備艇や他艦のボートと共に捜索が行われたが、多くが就寝中の事故だったこともあり、観戦武官として乗艦していた日本海軍の江渡恭助大佐を含む843名が死亡、生存者は僅か2名であった。
  • 1918年の3月初日にウォースパイトの機関室の石油供給管から火災が発生し、消火にあたった乗員一人が火傷の重症を負った。幸い大事故には至らなかったが、リード線融解によってまた1ヶ月の修理を施されることになったのであった。
  • 1918年11月11日、ウォースパイトはドイツとの休戦の知らせをフォース湾で聞いた。全艦の全乗員にラム酒が特配され、乗員は踊りや歌で喜びを爆発させた。ウォースパイトや他の艦艇達は、3時間に渡って霧笛やサイレンを鳴らし凱歌を上げたのであった。そして1918年11月12日、ウォースパイトはグランド・フリートの一員として投降したドイツ艦隊を護送した。彼女の最初の大戦は、こうして幕を閉じたのだった。

戦間期 Edit

  • 第一次世界大戦が終わりを告げ、世界が束の間の平和を取り戻した後、ウォースパイトは大戦の戦訓と発達する新技術を盛り込むために二度の改装を受けることとなった。
    二度の改装
  • 1937年6月30日のこと、3月から続く試験や改修による過重な負担が原因で水兵達の間に不満が溜まっていたのだが、休暇と帰艦時間との兼ね合いからとうとうトラブルとなりかけた。報告を受けたクラッチリー艦長は、直ちに乗員を後甲板に集めて彼らの不満に耳を傾け、適切な処置を執り事態を収拾した。しかし後日、事態が新聞社に漏れて騒ぎとなったことで査問委員会が開かれ、副長以下一部の士官が更迭、数名の水兵に除隊もしくは配置転換という処分が下された。ウォースパイトの数少ない反抗エピソードの一つである。
  • 1938年1月14日、マルタ島で対空射撃訓練中に命令の伝達ミスが原因で陸に向ってポンポン砲を誤射する事故を起こしてしまった。市街地に着弾する最悪の事態は避けられたものの、陸軍の射撃場にいた歩兵達が危うく掃射されかけた。陸軍の抗議に対して、艦長と砲術長は司令部へ謝罪に出向くと共に、ポンポン砲の弾で作った記念品と射撃場で機転を利かせたとある伍長を模った肖像を進呈した。そのユーモアのある対応に陸軍側も謝罪を受け入れ、双方ともすっかり打ち解けたという。ドジッ子その2。
  • 艦に問題を抱えているとはいえ、その基本性能と乗員の技量は非常に高かった。同年8月下旬、国際情勢の緊迫化を受けて行われた地中海艦隊の演習に巡洋戦艦フッドなどと共に参加したウォースパイトは、15インチ主砲をきわめて正確に目標へ命中させ、地中海艦隊司令長官パウンド提督の称賛を浴びている。

第二次世界大戦 Edit

  • 第二次世界大戦勃発当初は地中海艦隊旗艦を務めていたが、本国艦隊の根拠地スカパ・フローに潜入したUボート(U-47)により戦艦ロイヤル・オークが撃沈されるとその戦力補充のため本国艦隊へ合流。
    以後、数ヶ月にわたって北海や北大西洋で輸送船団の護衛や哨戒任務に当たることとなった。そして、ようやく地中海へ戻れると思われた矢先に下されたのはノルウェーへの出撃命令だった。
  • 雪と氷の北の海で、ウォースパイトは大勝利を収めることとなる。
    第二次ナルヴィク海戦
  • 1940年5月に地中海艦隊へ戻った後も様々な戦果を挙げることとなるのだが、それらに関してはZaraPolaのページも参考にしていただきたい。
    地中海での奮闘
  • イタリア空軍の空襲に対してはさしたる損傷も受けずにいたウォースパイトだったが、ドイツ空軍に対しては度々苦しめられる事となった。
    • 1941年5月、クレタ島を巡る戦いでドイツ軍機の爆撃により大破。アレキサンドリアに後退して検査したところ、限られた現地の施設では修理が不能のため、スエズ運河を通って紅海、インド洋、ハワイ経由で太平洋を横断し、米本土西海岸のシアトルで修理と改装を行う事になった。アレキサンドリアで停泊中に再び空襲に遭い浸水等の被害が出たものの、その後の航海は無事に進みアメリカへと到着した。
  • 新型レーダーの搭載や消耗した主砲砲身の交換などを行っていたが、この間に状況は激変した。
    • まず1941年11月25日、地中海を航行していた姉妹艦バーラムがU-331の雷撃で轟沈
    • 1941年12月8日、太平洋戦争が勃発。直後に行われたマレー沖海戦で東洋艦隊は壊滅的な打撃を被る。
    • 更に1941年12月19日には、イタリアの人間魚雷*33マイアーレ部隊がアレキサンドリア港に侵入し、停泊していたクイーン・エリザベスとヴァリアントを爆破、両艦は大破・着底してしまう。
  • そのような戦況の中でウォースパイトは防備を固めるべく、新たな戦場 - インド洋へと赴くのであった。
    東洋艦隊旗艦として
  • 再び地中海へ戻って来たウォースパイト。そこで待ち受けていたのは激闘に次ぐ激闘であった。
    「オールド・レディ」
  • 栄光ある異名を受けたウォースパイト。しかし彼女を危機が襲う。
    アヴァランチ作戦
  • 傷ついたオールド・レディ。しかし彼女は休むことなく史上最大の作戦に参加する。
    オーバーロード作戦(ノルマンディー上陸作戦)
  • 二度の大戦を戦い続けた老嬢にも、まもなく最後の時が訪れようとしていた。
    ウォースパイト最後の戦い

第二次大戦後から最期の日まで Edit

  • 大戦中の度重なる酷使によって艦体の全体が傷んでいたウォースパイトは1945年上旬には既に予備艦としてイギリス本国の港に係留され、1946年8月に正式に廃艦が決定。
    偉大なる戦歴を持つウォースパイトを解体させてなるものかと保存運動も起こったが、莫大な戦費と植民地喪失により、戦後の大英帝国国庫は危機的状況だった。
    かつてフランスから鹵獲した栄誉の証である18世紀の木造戦列艦インプラカブル1隻すら維持できず、自沈処分せざるを得なかった状況下である。
    修繕するだけで相当の費用が予想される傷み果てた老朽戦艦を保存する余裕は、もうどこにもなかった。
    結局ウォースパイトは解体処分が決定し、武装を取り外された後係留されていたスピッドヘッドから解体場のあるクライド湾に曳航移送されることとなった。
  • だが曳航移送中に英仏海峡で突風に見舞われて曳航ロープの1本が切断され、ウォースパイトは漂流を始める。
    なんとか突風と闘いながら曳舟が再びロープを渡してウォースパイトを御し、彼女をコーンウォール州のマウント湾に投錨仮泊させることに成功したが、吹き続く突風にウォースパイトの錨鎖はちぎられ、彼女は再び漂流を始めた。*37
    そして最後にマウント湾東部の岩礁地帯(通称「プロシア入江」)に乗り上げるように座礁する。まるで最期のその時まで海の上にあり続けたいと願うかのごとく・・・。解体業者相手にウォースパイト最後の死闘である。
  • ウォースパイトは同地の岩礁の上に、完全に解体される1956年までその姿を留め続けたのであった。悪運艦ここに極まれりである。当時の様子。
    • 現在、プロシア入江を望む高台には小さな記念碑が建てられており、偉大な「オールド・レディ」最期の地を今に伝えている。
      また、クレストや船鐘をはじめとするウォースパイトの多くの備品が、英国各地の博物館に保存されている。
  • 第一次世界大戦ではユトランド沖海戦で死闘を繰り広げ、第二次世界大戦では老体ながら緒戦より北海や地中海で働き続け、晩年は2発のフリッツXを喰らって数名の戦死者だけで済むという武勲と超幸運っぷりは世界中のどの国の艦艇にもない海軍王国イギリスが誇る最高の武勲艦であった。そのため「ウォースパイト」の名は現在では「戦争を軽蔑する者」の意味の他にも「尊厳」や「勇気」の代名詞にもなっている。
    • ウォースパイトが第一次・第二次両大戦を通じて受けた戦功章(バトル・オナー)は、その数15個にのぼる。*38単艦でこれほどの評価を受けた艦は、300年以上の英海軍の歴史の中でウォースパイトただ一隻のみである。*39
      ウォースパイトが解体されてから60年、米海軍のアイオワの除籍に伴い、戦艦という艦種が世界から完全に姿を消して10年が経過した今もなお、世界の歴史家や海軍関係者からウォースパイトへの称賛が止むことはない。
  • 歴史に名を残した多くの英海軍艦艇と同様に、ウォースパイトは度々切手やコインの題材に選ばれている。
    参考:1982年イギリス発行の29ペンス切手「ウォースパイトとカニンガム提督」、1994年ジブラルタル発行の25ジブラルタル・ペンス切手「HMS Warspite」、2005年イギリス発行の5ポンド記念銀貨25ポンド記念金貨
  • ウォースパイトは他の艦艇と比べて、非常に雰囲気のよい艦であったという証言が多数残されている。士官や下士官・兵を問わず、(一部の例外的な事件を除き)温厚で不平不満を言うことなく、規律をよく守るものが多かった。大型艦に多少なりとも存在した下の者へのいじめ行為もほとんどなかったという。驚くべきことに、それは約30年におよぶ長い現役生活の全期間において維持されていた。そのため、ウォースパイトで勤務した者は、艦を降りた後でもウォースパイトへの愛着を持ち続けた。かつての敵国艦とも積極的に交わろうとする温厚な彼女の性格は、艦のそのような雰囲気を反映したものなのかもしれない。
    • ウォースパイトは生涯幾度もひどい損傷を負ったが、その度に決して沈むことなく耐え抜き乗員達を守った。そして乗員達もまた、一致団結し愛するオールド・レディを懸命に守り抜いたのである。
      前述のパッカー艦長も、かつて少壮の士官だった時をウォースパイトで過ごし、最初の危機であったユトランド沖海戦を共に戦った。それから27年の後、サレルノ沖で再びウォースパイトが危機に瀕した時には、彼は主たる艦長として彼女を救ったのだ。
  • イギリスの戦史家V.E.タラント氏は、著書「戦艦ウォースパイト〜第二次大戦で最も活躍した戦艦〜」の前書きでウォースパイトについて次のように賛辞を贈っている。
    第二次大戦を通じて ― 戦闘による損傷がひどかったため海軍工廠で過ごす時間を別とすれば ― ウォースパイトの大砲はほとんど絶え間なく火を吹いていた。ウォースパイトは自分自身の魂を持っていた船であり、乗組員すべてに愛された

余談 Edit

ウォースパイトのペット事情と「エイブル・ドッグ・プルート」

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • こんな言葉をご存じ?「パンが無ければ、フハハ我輩に魂を売ればその石をパンに変えてやろう」いくら味覚音痴でも石はNGって意味よ -- 2017-04-22 (土) 00:10:08 New
    • カービィ「何か問題ある?」 ←ショートコミック劇場でセメント入りの腹持ちいい食べ物食べてた -- 2017-04-22 (土) 08:00:37 New
      • ネタが古く、かつマイナーすぎてわかる人が存在するのかそれ・・・!? -- 俺はじいさんの孫ダダダ大王!? 2017-04-23 (日) 00:40:46 New
  • 姫様「栄光ある孤立?あんまり真に受けないでね?鉄血宰相殿が健在で、フランスやロシアと表立って手を組めなかったときは、ドイツに手も足も出なかったわけだしね。え?君主同士がいとこ?日英同盟?当時は必要なことだったのよ!方針がぶれてたわけじゃないし!」(最近の母国のニュースを観ながら) -- 2017-04-22 (土) 18:42:18 New
    • 割と頻繁に選択ミスる癖に、国難に直結するような重大な選択のときは大抵良い選択(その時はアレでも長期的に見るとよかったりとか)してる国よね、イギリスって -- 2017-04-22 (土) 20:08:57 New
  • T督「伊東に行くなら〜ハトヤ〜」 プリンツ「ウオ―ッ!スパ伊東!!」 -- 2017-04-22 (土) 19:11:55 New
    • エスパー伊藤?(そらま・・・空耳アワー) -- 2017-04-22 (土) 20:37:06 New
  • 4-5攻略中旗艦だったこともあってか1人だけ中破も小破もせずに涼しい顔をしてた姫様。さすがに通してノーダメージってことはなかったけど、やっぱ運の高さなんだろうか。 -- 2017-04-23 (日) 00:34:50 New
  • 彼女は陛下なのか殿下なのか -- 2017-04-23 (日) 07:14:56 New
    • 陛下はお姉様の方だろう -- 2017-04-23 (日) 12:45:59 New
  • 誰か‥ウォー様の4周年ボイスの和訳を‥教えてくれ‥ -- 2017-04-23 (日) 11:30:59 New
    • お祝い申し上げます、かな? -- 2017-04-23 (日) 12:40:32 New
    • B・Sウォースパイト、通称スパ子。戦闘の天才だ。女王陛下でもぶん殴ってみせらぁ。でも、飛行機だけは勘弁な。 -- 2017-04-23 (日) 13:24:26 New
    • I congratulated 4th anniversary (4周年お祝い申し上げます!) -- 2017-04-23 (日) 13:42:55 New
      • "I congratulate it, 4th anniversary!"じゃね? -- 2017-04-23 (日) 17:07:08 New
      • 三枝で合ってると思うけど、congratulateの目的語は人(今回は多分提督でyou)で対象はon 〜(4th anniversary)だから、運英語? このままなら、I congratulated! 4th anniversary! Admiral! のフレーズ連呼の方が良いかもしれない(伊重巡のスペルミスよりはましだけど、多分、運営さん何も考えてないね)。 -- 2017-04-23 (日) 17:50:36 New
      • でも我々提督相手なら、我々の普段の言動的に、蔑んだ目で姫様がit扱いするのもありかもしれない。ご褒美ですね。 -- 二葉? 2017-04-23 (日) 18:01:51 New
    • なっ!何を言うだァ――――ッ!わからんッ! -- 2017-04-23 (日) 20:31:06 New
    • 4thと共にあれ -- 2017-04-23 (日) 21:18:06 New
    • 長々と喋らないシンプルな台詞、最高 -- 2017-04-25 (火) 00:20:22 New!
  • とりあえず祝ってくれてるのはわかった。ありがとうウォー様。 -- 2017-04-23 (日) 14:36:02 New
    • こちらこそありがとうって感じですね。ウォー様は艦これを続ける大きな理由の一つです -- 2017-04-23 (日) 21:20:50 New
  • 久しぶりに中の人の会社案内を聞きに行くか…と思ったら別の動画に更新されてた。 https://www.youtube.com/watch?v=sCWTEchGg1o&feature=youtu.be セリフは全く変わってないみたいだが、動画の部分だけ差し替えなのかなこれは?前のがちょっとパワポ感あったので、今回のは結構いい感じ。 -- 2017-04-23 (日) 14:39:20 New
  • (金剛・アイオワ)ファ!? -- 2017-04-23 (日) 16:43:04 New
  • 次のイギリス艦まだかねー、自分はハーミーズとか欲しいんだが -- 2017-04-23 (日) 20:48:58 New
  • 準備砲撃で後方を潰し、パンジャンドラムで沿岸の敵を蹴散らし、上陸して制圧だ!! 大英帝国ばんざーーーーーーい!!! -- 2017-04-23 (日) 22:29:59 New
    • L85で着剣突撃ですね、解りますw -- 2017-04-24 (月) 18:15:41 New
    • 女王のために〜(不敬罪) -- 2017-04-24 (月) 20:47:01 New
    • 姫様「着剣突撃や準備砲撃はいいけれど、パンジャンドラム、貴方一体何処に突撃しているの?」 -- 2017-04-24 (月) 22:44:09 New!
      • パンジャドラム「ガ○ラ〜、ガ○ラ〜♪」(横回転しながら飛行中) -- 2017-04-24 (月) 23:00:15 New!
  • イギリスは今でも責められてるけど正直もうやめたれと思う。向こうさんからすりゃ、大昔の話だし今更何か出来るわけないし。 -- 2017-04-24 (月) 09:17:33 New
  • この人の薄い本が足りない -- 2017-04-24 (月) 18:41:48 New
    • 知ってるR−18で6冊は出てるけどな -- 2017-04-24 (月) 19:37:30 New
  • ちょいと聞きたいんだが、この子を第1艦隊3番目に置いて補給画面開くと口閉じるって既出? -- 2017-04-24 (月) 20:25:23 New
    • 今試してみたけど、うちのウォー様は閉じないなあ… -- 2017-04-24 (月) 22:10:05 New!
  • 問 東京マルイさんからL85をトイガンとして製品化していただくにはどうすればいいか論ぜよ 私はいらないが -- 2017-04-25 (火) 17:31:37 New!
    • L85を褒めちぎって英国首相に製品化をお願いしてもらう同じく要らないが -- 2017-04-25 (火) 19:05:08 New!
    • 金剛「ワタシのように英国と日本のコラボはうまくいくに決まってるデース! だからL85も日本とコラボすればきっと…いやこればっかりはないな(真顔)」 -- 2017-04-25 (火) 20:03:08 New!
      • 姫様「よりによってあのカエル食いさんたちの国のライフルが、かのメーカーの電動ガン第一号で、しかもG3やM16A1、UZIと名のある銃が次々と消えていく中、いまだ生産中止になっていない...。ぐぬぬ...!」 -- 2017-04-25 (火) 20:19:30 New!
      • Commandant Teste「革新的と奇をてらうだけじゃなく、たしかな価値があるからこそ長く愛される… 料理と同じね♪(余裕の笑み)」 -- 2017-04-25 (火) 20:27:39 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 「そちらに行きます」の意。
*2 「感謝の言葉もない」「なんとお礼を言えばいいかわかりません」等、感謝と感激を両方表す表現。
*3 「付いてきなさい」の意
*4 「良いわね」「素敵だわ」の意
*5 敵艦発見、砲撃準備!
*6 艦隊、帰投しました。
*7 「感謝します」「とても助かります」の意
*8 【indeed】は「とても」「実に」といった強調表現。
*9 「良かったわ。そう思わない?」の意
*10 加えて20歳デビューに対しオーストラリア在住18年の帰国子女である。
*11 腰掛けるタイプの椅子型艤装は伊58が初である。
*12 1944年6月7日 英タブロイド誌「デイリー・ミラー」より
*13 戦史家のV.E.タラント氏は「戦艦ウォースパイト〜第二次大戦で最も活躍した戦艦〜」(元就出版社刊)で次のように解説する。「古い英語では『DESPIGHT』は『軽蔑して扱う』を意味する動詞だった。そして『DESPIGHT』を短縮した『SPIGHT』が『WAR』を前に付けて『戦争を軽蔑して扱う』という意味になった。18世紀初めまでは『WARSPIGHT』が一般的に使われている綴りだった。その後、近代的な形の『WARSPITE』が使われるようになった。しかし『SPIGHT』という言葉は、エリザベス女王時代には別の全く異なった意味を持っていた。つまりGREEN・WOODPECKER(ヨーロッパアオゲラ)の口語体の名前でもあった。このためWOODPECKER(きつつき)がウォースパイトの非公式の飾りとなり、大砲の砲栓とボートの舳先に取り付けられていた」。
*14 なお同じイギリス海軍のブラックスワン級スループの一隻にウッドペッカー(キツツキ)という名の艦があり、こちらもキツツキのクレストを持っていた。
*15 海事ジャーナリストのL.ヴァレンタイン氏によると、「ウォースパイトという名前の語源は明らかではないが、しかし最も有力な説は、『ある者の敵』に対する軽蔑を具現化するために(=当時イギリス人がスペインに対して感じていたことの明確な反映である)、『War(戦争)』の『spite(悪意・侮蔑)』という形で合成して創造されたとするものである。『spight』という言葉はまたヨーロッパアオゲラの口語体であった。『warspight』という名前は、敵艦の木製の船腹に穴を開けてやるという心構えも明確に示していたのであろう」「WARSPITE〜FROM JUTLAND HERO TO COLD WAR WARRIOR〜」(Pen&Sword MARITIME刊)。
*16 Sir Andrew Browne Cunningham(1883〜1963)英国海軍提督・地中海艦隊司令長官。英海軍内ではイニシャルからABCとして知られていた。
*17 帝国海軍の軍令部総長、海上自衛隊の海上幕僚長、アメリカ海軍の作戦本部長に相当する。帝国海軍は海軍大臣も現役武官制だったり、自衛隊やアメリカ軍はさらにその上に統合幕僚長・統合参謀本部長(陸自・陸軍や空自・空軍の出身者が就任することもあるので、海自・海軍出身者だけのポストではないが)がいたりとそれぞれ事情は異なるが、組織のほぼ最高位に当たる職である。
*18 大陸の有力海軍国フランス=世界二位とロシア=世界三位を合計したのと同等以上の海軍力を整備するマジキチ政策。広大な植民地を持っていた大英帝国と言えども経済力を圧迫させる政策だったが、日米の台頭で有名無実に
*19 恐ろしい事に、イギリスとドイツはこの建艦競争を19世紀の終わりから第1次世界大戦が勃発する1914年まで10年以上も続行し、この間に双方が建造した戦艦及び巡洋戦艦は100隻以上(イギリス72隻、ドイツ45隻)にも達する。しかし、ドイツは第1次大戦の敗北でほぼ全てを失い、イギリスもワシントン海軍軍縮条約でクイーン・エリザベス級以前の艦級を全て失ってしまう。
*20 こんなことを考え付いた上に実行できたのは、設計者が「あの」フィッシャー提督で、時の海軍大臣が「あの」チャーチルというコンビだったからである。
*21 12インチ砲を連装砲塔で7基14門も積んだことで有名な戦艦である。元はブラジル海軍向けの「リオ・デ・ジャネイロ」であったが、その後計画変更に伴いオスマン帝国が買い取った。しかし本艦を強制的に接収したことは、オスマン帝国の反英感情を掻き立て最終的に敵側へつかせる一因になった。
*22 戦艦ドレッドノート建造を指揮し、巡洋戦艦や駆逐艦というジャンルを創りだした、英国海軍艦政面における偉大な人物。しかし一方で所謂「英国面」の極北のような艦も多数建造指揮しているお方。なにかと砲火力と速力に拘る傾向がある。
*23 実は金剛型も設計上は中央砲塔配置。ただ彼女の場合は中央砲塔の後ろに障害となる構造物を設けなかったことで、擬似的に背負い式配置を実現している。あの三番砲塔と四番砲塔の間には機関区画がデンと鎮座ましましているのだ。
*24 当初はQE級も中央部主砲塔が計画されていたのだが、重量や艦体構造的な問題で断念された。
*25 ただ、基本設計は優秀だったので後のレナウン級巡洋戦艦やライオン級戦艦(未完成)、ヴァンガードの設計はリヴェンジ級の設計を拡大・流用したものとなっている。
*26 スコットランド東岸にある湾。沿岸にはスコットランド首都エディンバラやロサイス海軍工廠が点在する。
*27 ネームシップのクイーン・エリザベスは当時入渠中。
*28 旗艦に続いて、その時の陣形を維持したまま回頭すること。
*29 例えば翌月のダンケルク撤退において、ドイツ海軍は駆逐艦不足から魚雷艇・Uボート主体の攻撃によるしかなく、撤退する英仏軍の艦艇を十分に妨害することができなかった。
*30 これは「艦砲射撃による移動目標への砲撃命中」においてドイツ戦艦シャルンホルストに次ぐ長距離記録である。
*31 主に同士討ちの危険を恐れたことによる。実際夜戦中にウォースパイトは危うく空母フォーミダブルを主砲で吹っ飛ばしそうになった。
*32 初代キング・ジョージ5世級戦艦2番艦。ワシントン海軍軍縮条約に基づき1924年に装甲・武装を撤去されて標的艦になっていた。ちなみに、第二次大戦中はハリボテの四連装砲を乗せて戦艦アンソン(二代目キング・ジョージ5世級戦艦4番艦)の影武者になっており、船団護衛任務や拠点防衛で地味ながら(「戦艦がいるぞ」という無言の圧力で)活躍した後、1944年6月にノルマンディー上陸作戦での防波堤として自沈させられた。
*33 日本のアレのような特攻兵器ではなく、二人乗りの小型潜水艇で港内に停泊している艦艇に時限爆弾を仕掛けて爆破する。
*34 Sir James Fownes Somerville(1882-1949) 英海軍の著名な提督の一人。H部隊司令官、東洋艦隊司令長官などを歴任。また1927年から1928年までウォースパイトの艦長であった。
*35 現在のモルディブにある環礁。当時イギリス海軍が泊地として整備していたが日本軍はそのことを知らなかった。2015年春イベントE-5「アンズ環礁泊地」の元ネタとされる。
*36 ユリシーズ号のクルーの会話で「オレ達はこき使われて、あの戦艦はどうして出撃しないんだ」と1人がボヤくと、相方が「スキムミルクとトマトニシンの空き缶が戦艦の回りを埋め尽くしていて動けないのさ」と返すやり取りがある。軽妙かつ凝った内容だが、ネタが判らないと理解し難いジョークである。
*37 曳航する場合曳かれる側のエンジンは使わないので、このようなことがよくある。実際、1953年にやはり解体のための曳航中にロープが切れたブラジルの弩級戦艦サンパウロは、現在に至るまで絶賛行方不明中である。
*38 1.ユトランド沖1916年、2.大西洋戦線1939年、3.ナルヴィク1940年、4.ノルウェー1940年、5.カラブリア沖1940年、6.地中海戦線1940-1943年、7.マルタ島輸送船団1941年、8.マタパン岬沖1941年、9.クレタ島1941年、10.シチリア島1943年、11.サレルノ1943年、12.英仏海峡1944年、13.ノルマンディー1944年、14.ビスケー湾1944年、15.ワルヘレン島1944年。
*39 バトル・オナーは初代から代々艦名が受け継がれるごとに蓄積されていくので、航空機修理艦ユニコーンのように合計で15個持つ艦は存在する。ウォースパイトに次いで多数単艦で受勲しているのは、13個を獲得したリアンダー級軽巡洋艦オライオン、J級駆逐艦ジャーヴィス、トライバル級駆逐艦ヌビアンの3隻や12個を獲得したトライバル級駆逐艦ターター程度である。