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劇場

Last-modified: 2017-08-02 (水) 17:36:46

クローザーが走者を出しながらもリードを守りきる、または無失点でイニングを終える行為。
類義語に「四凡(四者凡退)」がある。
失点して追いつかれた場合(ビハインドの場合失点で点差を広げられる)、劇場ではなく「炎上」となる。


概要 Edit

由来は1999年から福岡ダイエーホークスに所属していたロドニー・ペドラザからだが、ペドラザが炎上常習者になった頃と同時期に台頭した中日ドラゴンズのエディ・ギャラード*1によって「劇場」という言葉が広まった。
これ以降、きっちり三凡で抑えてくれるクローザーへの対義語として「劇場型クローザー」という呼称が登場した。


「劇場王」小林雅英 Edit

2005年、千葉ロッテマリーンズのクローザーで「幕張の防波堤」と称された小林雅英は、本人が「3点差なら2点まで取られてもいい」「ランナーを出そうが点を与えなければいい」という思考の持ち主であり、劇場型クローザーの典型であった*2

 

そのロッテは2005年シーズンを2位で終え、前年にプレーオフで敗北し日本シリーズ出場を逃したシーズン1位・福岡ソフトバンクホークスと対決する。
ロッテが連勝して日本シリーズ出場が懸かった第3戦もロッテ4点リードで終盤に突入。マウンドにはここまで前年からポストシーズン4連続セーブの小林が登板するも4失点して同点、10回裏には小林の後を継いだ藤田宗一も炎上してロッテはサヨナラ負けを喫してしまう*3

翌日も敗れ2勝2敗、最終決戦において1点差ながらリードを保って9回裏までこぎつけ、マウンドには小林が送り込まれる。だが先頭打者の大村直之に四球、続く鳥越裕介の犠打で得点圏に走者を進められてしまう。
しかし、小林は第3戦の再現に怯えるロッテファンをよそに後続の柴原洋・川崎宗則を打ち取ってきっちり四凡を達成、日本シリーズ出場を決めた*4

 

この「選手生命を賭けてプレーオフ全体を使った大劇場『コバマサナイト』」に劇場マニアは賛辞を送り、小林は「劇場王」として君臨することとなったのである*5

余談だが、その後ロッテは伝説的な日本シリーズを戦うことになり、プレーオフ・日本シリーズと立て続けに伝説を打ち立てたのであった。


関連項目 Edit



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*1 2000年入団。同年9月24日の読売ジャイアンツ戦で、最終回4点リードから江藤智の同点満塁弾と次打者の二岡智宏のサヨナラ弾で巨人が試合をひっくり返して優勝を決めた際の投手として有名。
*2 同年は最多セーブ(29S)のタイトルを獲得も、薄氷を踏む展開を見せられたファンからは「幕張の土嚢」「本当の幕張の防波堤は(守備に定評のある)小坂誠」と揶揄された。
*3 NPB 2005年10月15日試合結果
*4 NPB 2005年10月17日試合結果
*5 その後2007年に海外FA権を行使してMLBクリーブランドインディアンズへ移籍、2010年に読売ジャイアンツでNPB復帰。翌年トライアウトを経てオリックスバファローズへ移籍するが同年に引退。2012〜2014年はオリックス、2015年からはロッテで投手コーチを務めている。