【歌劇】イオカステ【1】
「坊や、我慢しないでお泣きなさい」 馬車の前に飛び出して轢かれかけた少年がいた。 家来たちは怒り少年を怒鳴りつけたが、女王は彼を胸に抱きよせ、慈しみ深くそう囁いた。 麗しい香り、滑らかな肌触りに包まれた少年は、その後、遠く見えなくなるまで女王の背中を見つめていたという。 |
【歌劇】イオカステ【2】
「覚えていますわ、大きくなりましたのね」 兵士として王宮にあがった青年に、女王はそう声をかけた。 その兵士がかつて女王に救われた少年であったということを理解していたのは、青年本人と女王だけであった。 かつて堪えた涙が、青年の頬を伝った。 |
【歌劇】イオカステ【3】
「当然ですわ、国の民は皆、私の子供なのですもの」 女王は、涙の伝う青年の頬をそっと撫でる。 優しく心を包み込む、暖かな心遣いはもちろん、その掌の優しさもまた、あの日と何も変わらないものだった。 |
【歌劇】イオカステ【4】
「私のためではなく、貴方の幸せのために生きなさい」 女王のために戦うと剣に誓おうとした青年を、女王自身がそう叱った。 この国に生まれて幸福だ、と青年は笑い、けれどその表情のまま彼は女王への反逆を誓う。 ーー必ず貴女のために戦い、貴女のために死のう。 |