人属性/LLR/キロン

Last-modified: 2018-03-15 (木) 00:20:38

キロン【１】

「晩ご飯は結構です、旅立たせていただきます」
不思議そうな顔をするおばばをよそにｷﾛﾝは宿を出た。周囲はすでに暗い。ここは観光地。数時間前に見れば名所絶景だったのだろうが、昼間は本を宿の部屋で読んでいた。いつもの習慣なのでこれは変えられない。

「暗いのは平気です、慣れていますから」
夜は獣が出るから危ない。宿のおばばがそう引きとめる声が、背後から聞こえる。だが、ｷﾛﾝは思索にふけりながら夜道をゆくのが好きだった。獣のあしらいかたは、他の誰よりもよく知っていた。

「日が昇るまでに次の町に着きたいものですね」
夜空の月を見つめながら夜道を行く。太陽の明るさの下ではどうにも考えがまとまらない。世界の名所を明るい中で見られないのは惜しいが、ｷﾛﾝにとっては自分の中で哲学を完成させるほうが重要だった。

「おはようございます、お部屋開いていますか?」
朝一番に飛び込んできた若い女に新たな町の宿の主人は少し驚いたようだ。この町の名所はどうだ、名物はどうだと案内してくれている。だが、恐らくそこへは行かないだろう。昼間は部屋にこもって本を読み、夜にはまた旅立つ。これがｷﾛﾝの人生の旅だった。