【花嫁】ペルセポネ【1】
「ねえ、こちらへいらっしゃいません?」 男は何もない道を延々と歩いていた。周囲の空気には温度がなく、景色には色がない。自分がいるのが人の世ではないことを思い知らされる。死して冥府の住人となってしまったのだ。誰かに声をかけられることも、もはやあるまい。そう悲観していると、少女の声が聞こえた。 |
【花嫁】ペルセポネ【2】
「こちらへいらっしゃいな、一緒にお話をしましょう」 男は自分の目を疑った。灰色の景色しかなかった冥府、その一角に色あざやかな場所があるように見える。そこでは自分と同じ冥府の住人たちが笑顔で世間話をしていた。まるで人の世に戻ったようだ。不思議な空間の中心で、一人の少女がこちらを見つめていた。 |
【花嫁】ペルセポネ【3】
「そんな顔をなさらないで、ハーデース様は恐ろしい方ではございませんわ」 少女はペルセポネと名乗った。周りの死者たちの話によると冥界の女王・ハーデースのお気に入りなのだという。彼女の持つ不思議な力が冥府に春の空気をもたらし、ハーデースの心まで和らげているのだ。 |
【花嫁】ペルセポネ
「ザクロを召しませ、甘く熟しておりますのよ」 生前、冥府のザクロを食べてはいけないというおとぎ話を聞いたことがあったが、それは既に死者である男には関係のないことだ。一口含むと、不思議と涙が出た。冥府に来て初めて感じる味、涙の暖かさ。男は冥府でこの少女と巡り合えたことに深く感謝をした。 |