イシュハラ【1】
「あの世を見たことはあるか?」 とある帝王にそう問いかけたのは、謎に包まれた女神イシュハラ。ただ一つだけ彼女について分かることは、冥界の門の鍵を持っていること。イシュハラの問いに帝王は答える。あの世など見たことがない、私は死んだことがないからだ。女神は答える。そうか、とだけ。 |
イシュハラ【2】
「死と空は似ている。全てにおいて平等な点において、だ」 不吉なほどに真っ黒い雲が徐々に晴れていく空を見上げながら、イシュハラは言った。先程は凄まじい嵐だった。まだ強めの風が吹く。死が恐ろしいか。再び女神は帝王へ聞いた。恐ろしくはないが嫌なものだ。その答えに、またも女神は頷くのみ。 |
イシュハラ【3】
「死んだ者と生ける者、お前はどちらが幸福であると思うか?」 イシュハラの質問は続く。生ける者に決まっているだろう。帝王は答える。あの世を見たこともないのになぜそう言えるのか。女神は問う。帝王は押し黙った。空は青く晴れ渡る。雲の合間から太陽の光が降り注ぎ始めた。 |
イシュハラ【4】
「さぁ逝こうか。お前のために鍵を開けないといけない」 緩やかにイシュハラが腰を上げた。何事かと訝しむ帝王に女神は告げる。お前は死んでいるのだと。空を穢した罰として天空神に裁かれたのだと。その証拠に、帝王の足元には影がなかった。そしてイシュハラは、冥府の門の鍵を掲げるーー。 |