【剣聖】夜叉【1】
「虚名だ、そんな腕前は持ち合わせていない」 探し出した女剣士は峠の茶屋で湯漬けを食べていた。武士は手合せを願ったが、そっけなく断られる。夜叉とうたわれる女剣士がこの峠の近くに住んでいると聞いてやってきたのだが、ただのうわさだったのだろうか? 武士は首をかしげた。 |
【剣聖】夜叉【2】
「いくら私を見たところで、期待には応えられんぞ」 武士が背後から送り続けている視線に女剣士は気付いていたようだ。和服姿に艶やかな髪、頭には二本の角。世間に流れる剣聖・夜叉のうわさ、その通りのいでたちだ。だが、それ以上に女として背姿までもが美しい。 |
【剣聖】夜叉【3】
「女を無理やり連れだして、どうするつもりだ」 夜叉のくぐもったような声に、武士は自分が心にちらつかせた煩悩を悟られたのかと思った。だがそれは違った。野盗の一団がこの峠の茶屋にあがりこんできたのだ。野盗たちは茶屋の娘を無理やりさらおうとしていた。 |
【剣聖】夜叉【4】
「虚名だっただろう? この通りたいした腕ではないのだ」 涼しい顔で湯漬けを食べながら、女剣士はそうささやいた。店内には、斬られた野盗たちが倒れている。立ち回りの中で、一粒のほこりを湯漬けに入れてしまった事を女剣士は己の未熟と感じているらしい。うわさの剣聖が目の前にいることを武士は確信した。 |