アケローン【1】
「今日はいっそう、数が多いわね」 河で水を浴びながら、アケローンは船着き場に集う死者たちを数えた。この河は現世と冥府とを分かつ境界の河。そしてアケローンは、この河の精である。 |
アケローン【2】
「あの子は銅貨を持たせてもらえなかったのね、かわいそうに」 冥府に渡る船が船着き場に到着して、乗せてもらえない者もいる。旅立つとき、遺族に渡し賃の銅貨一枚を供えてもらえなかった者だ。渡し守のアケローンは堅物であり、どんな事情があろうと銅貨がなければ船には乗せない主義だった。 |
アケローン【3】
「これからの二百年は、あの子たちにとって永遠に近い時間なのでしょうね」 渡し賃の銅貨を持っていなかった者は、この川辺を二百年の間さまようことになる。二百年をすぎると、ようやく無賃でも乗ることのできる船がやってくるのだ。死者の魂にとって、それはあまりに無意味で空虚な時間だった。 |
アケローン【4】
「あの子、親と一緒に渡れたのね」 数日後、あの子供の両親が追って来た。渡し賃を持って、親子で一緒に船に乗り、冥府へと渡っていく。それが喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのかはわからない。アケローンには河の流れとともに、死者たちの姿を見守ることしかできなかった。 |