クラーケン【1】
「あの船を待っているの?」 高台の岬から海を眺めていた青年が振り向くと、少女が立っていた。青年はこのあたり一帯を領地とする貴族の息子だ。周辺のことはよく知っている。それなのにまったく見覚えのない、しかし美しい顔立ちの少女だった。 |
クラーケン【2】
「へぇ、お兄ちゃん結婚するんだ。おめでとう!」 あどけない少女の笑顔に、青年はいつの間にか、なんとなく心を許していた。海の向こうの島で知り合った女性ともうすぐ結婚式をあげること。その花嫁は、水平線の向こうから姿を現したあの船に乗っていることを、少女に話した。 |
クラーケン【3】
「花嫁さん、見たかったなあ」 青年は少女の言い方に小さな違和感を覚えた。結婚式は数日後に開かれるのだ。花嫁の姿は、その日に教会の前で待っていれば、きっと誰でも見る事ができるだろう。そのことを少女に説明しようとした時、突然、海にうねりが起こった。 |
クラーケン【4】
「花嫁さんは見られないんだよ。だって私、お兄ちゃんのこと気に入っちゃったから」 少女がくすくすと笑う。花嫁を乗せた船は大波に揺れていた。波の中から巨大な触手を持つ怪物が現れ、やがて船は波に飲み込まれる。怪物を呼んだのは少女なのか? 青年が問おうとした時には、少女の姿は消えてしまっていた。 |