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厚藤四郎

Last-modified: 2017-09-20 (水) 13:52:42
33番
おう、どうしたよ大将!厚藤四郎(あつしとうしろう)短刀粟田口
ステータス(MAX)
生存29(32)打撃18(28)
統率28(38)機動29(54)
衝力16(26)範囲
必殺35偵察34(43)
隠蔽34兵装備スロット1
装備可能刀装
投石/弓/銃/軽歩/重歩
ランクアップチャート
厚藤四郎厚藤四郎 特(Lv20)→ 厚藤四郎 極(Lv60)
刀帳説明
よっ……と。オレは、厚藤四郎。刃がまっすぐ、かつ厚いのが特徴で、兄弟の中だと鎧通しに分類されるんだ。
自慢じゃないけど、歴代の主は名将が多くて、なかなかの有名人ばかりだぜ。
名前は文献によってアツとアツシでマチマチだけど、オレはオレだ。気にすんなって

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:山下大輝、イラストレーター:汲田(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

現在の入手方法


過去の入手方法

  • イベントドロップ

ステータス

  • 初期値
    • 短刀内では生存・打撃・統率・機動が高めで、衝力・必殺・偵察・隠蔽が低めという極端なステータスの持ち主だが、合計値は7位(信濃藤四郎と同率)と悪くはない。
    • 低いと言っても短刀は全刀種内で必殺・偵察・隠蔽が高めの設定なため、それほど気にする部分ではないかもしれない。
  • 最大値
    • 初期値とほぼ変わらず。
      • まだ生存・偵察の最大値が不明な男士がいるため、判明し次第順位の変動あり。
  • ランクアップ後のステータスは厚藤四郎 特を参照

他の刀剣男士との会話

  • 五虎退と一緒に出陣すると、回想其の10が発生する。
  • 内番「手合せ」を一期一振との組み合わせで行うと、通常と異なる内番台詞を聞くことができる。

その他

  • サービス開始当初の読み方は「あつ とうしろう」だったが、2015/8/25のメンテナンスで「あつし とうしろう」に変更された。またメンテナンスに伴い刀帳説明の後半部「名前は文献によって〜」が追加された。
  • サービス開始当初「本丸(負傷時)」のセリフは二種類存在したが、2015/02/18時点で一種類しか再生されなくなったことがユーザーにより確認されている。
    なお、消されたセリフは「いっちち、消毒がしみる〜」(←要反転) 今後再び聞けるようになるかは不明。

小ネタ Edit

  • 「短刀 銘 吉光 (名物 厚藤四郎)」 刃長七寸二分(21.8cm)
    鎌倉時代中期の刀工、粟田口吉光の作
    • 重ね(刀身の厚さ)が厚く、四分(約1.2cm)もある。そのため厚藤四郎と呼ばれた。
      このような身幅が狭く重ねが極端に厚い、頑丈な造り込みの短刀は鎧通しと呼ばれる。反りがほとんど見られないのもこの類の刀に共通する特徴。
      • 組み合った際に鎧の隙間に刃をくぐらせ敵を刺突する役割を持つ。戦場においては瞬時に使用できるよう、右腰に逆差しにされたという。
    • 1956年(昭和31年)6月28日に国宝指定された。東京国立博物館所蔵。
  • 「あつとうしろう」・「あつしとうしろう」、文献やデータベースによって表記揺れがある。意味するところは同じ。
  • 五虎退との回想其の10について
    • この回想は「三方ヶ原の戦いで敵軍に追いかけられた家康が岩切藤四郎吉光という脇差で切腹しようとしたが腹に立たず、仕方ないので退却した後に刀を岩に突き立てると難なく立った、これぞ神君家康の強運である」という逸話(『松雲公御夜話』記載)を踏まえるとより楽しめる。
    • 上記の逸話や薬研藤四郎の逸話により各大名がこぞって吉光の刀を求めた為ににせものも横行した、と佐藤寒山『新・日本名刀100選』にある。
      この回想が気になった方は是非成書で詳しい解説をご確認ください。

来歴

  • 室町幕府の将軍足利家に伝来し、緑髪将軍と渾名される足利義尚が六角高頼征伐の際に差していた短刀とされる。
  • 足利家を出た経緯は不明だが、堺の商人が所持していたものを刀剣鑑定家と知られる本阿弥光徳が購入し、一柳直末に譲る。
  • その後短期間のうちに黒田如水、時の関白豊臣秀次へと主が変わる。秀次の死後は太閤豊臣秀吉の手に渡るが、程なくして毛利秀元に下賜された。
  • ただし毛利秀元の手に厚藤四郎がいつ渡ったかに関しては複数の説がある。
    • 1598年の秀吉の死去による形見分けの際に秀元が拝領したとする説
      こちらの説をとる場合、謀反の罪で秀次が自害する際(1595年)に、彼の小姓であった山田三十郎が厚藤四郎を拝領し自らの腹を切り殉死したという逸話がある
    • 1592年に秀吉と面会した秀元が拝領したとする説
      こちらの説の場合は秀次自害の時点で既に厚藤四郎は毛利家の所有となっている
  • 毛利家へ渡ったのち、江戸時代に入って秀元の孫綱元が四代将軍徳川家綱へ献上するに至った。
    • 家綱へ献上された際に毛利家へ支払われた代金は金千枚。現代の貨幣価値に置き換えるのは難しいが、恐らくは数千万円単位である。*1
  • 近代以降は一橋家(一橋徳川家)所有となる。昭和初期に帝室博物館(現東京国立博物館)が購入し、国の所有物として現在も同館に所蔵されている。
    • 一橋家ではなく、同じく徳川御三卿である田安家(田安徳川家)の所有となったという説もある。

キャラクターデザイン

何をコメントするのか決まってるのか、大将? Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

2015/02/02に設定されました当wikiガイドラインに基づき、入手・ダブり報告【のみ】・未入手の愚痴【のみ】のコメントはおやめ下さい。

ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 金一枚とは即ち大判の事。