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小竜景光

Last-modified: 2018-02-18 (日) 12:48:20
77番
主を探し、東へ西へ小竜景光(こりゅうかげみつ)太刀長船
ステータス(MAX)
生存54(61)打撃49(64)
統率58(68)機動43(43)
衝力35(45)範囲
必殺27偵察35(38)
隠蔽21兵装備スロット3
装備可能刀装
軽歩/重歩/盾/軽騎/重騎
ランクアップチャート
小竜景光小竜景光 特(Lv25)
刀帳説明
俺は小竜景光。備前長船派の太刀で、竜の彫り物がチャームポイントさ。
もとはもっと大きな彫り物だったんだが、磨上の際にコンパクトになってしまってね。でも、これはこれでキュートだろう?

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:立花慎之介、イラストレーター:浅島ヨシユキ(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

備前長船派の刀工、景光作の太刀。名は、樋中に倶利伽羅竜が浮彫されていることからついたとされる。
その他にも「楠公景光」や「覗き竜景光」など異名も多い。真の主を探して延々と旅する風来坊。
(公式ツイッター本丸通信:1,2)

現在の入手方法

過去の入手方法

期間限定鍛刀


ステータス

  • 特最大合計値が409とを除く全刀剣男士中で小豆長光と並び1位。
  • 機動、統率、偵察が目立って高く特最大値になると機動が小烏丸小豆長光膝丸 特二に次ぐ太刀4位。統率は数珠丸恒次に次ぐ太刀2位。偵察が太刀トップになるなど全体的に高ステータス。

他の刀剣男士との会話

その他

小ネタ Edit

  • 「太刀 銘備前国長船住景光 元亨二年五月日 (小竜景光) 附 茶皺革包太刀拵」*2
    • 長船長光の子、景光の作。景光は同じ乱れの繰り返しである様な、片落ち互の目を完成したことで名高い。
    • 刃長73.9僉反り3僉元幅2.9僉元重0.7僉∪萇2.0僉∪莉0.5僉∨長3僉茎長17.5僉茎反0.3僉
    • 形状は、鎬造、庵棟、磨上げながら腰反りやや高く、中鋒となる。
    • 鍛えは、小板目最もよくつみ、乱れ映り見事に立つ。
    • 刃文は、小丁子刃、小互の目交じり、足・葉頻りに入り、総体に逆ごころとなり、匂口締まって冴える。帽子は、表裏ともにのたれ込み小丸。
    • 茎は、磨上げ、先浅い栗尻、鑢目は勝手下がり、目釘孔三。
    • 彫物は、佩表の樋中に腰に小さめの真の倶利伽羅、また佩裏には同じく樋中に不動明王の梵字を彫っており見事な書体である。
    • 号の由来は、刀身の腰元に小振りの竜が彫ってあることから。異名が多く、磨り上げた為その竜が鎺の下から覗いた格好になっているので覗き竜景光、楠木正成の佩刀という話が伝わるので楠公景光とも言われる。*3
    • 景光作の中でも最上級の出来。特に景色のよい太刀である。*4
    • 昭和27年11月22日、国宝指定。東京国立博物館蔵。

出来

  • 名刀の条件は匂口(刃文のこと紐状に見える)が上出来であること。匂口の状態で出来の上下を判断する。匂口には冴える/締まる(紐が細い)とフックラ/深い(紐が太い)があり、匂口にムラ(細くなったり太くなったり)があったらアウト。また刀縁(紐の輪郭)がボヤ―としてハッキリしていないのも駄目である。匂口にムラが無く刀縁もハッキリしているのが上出来。
  • 金筋や砂流しや地景などなど刃文の働きの多さは出来不出来と関係ない、刃文の種類(直刃・小乱・重花丁子・濤乱刃など)も関係ない。
  • 匂口は焼入れ温度だけではなく、炭素量や肌のつみや組み合わせ方など諸条件が複雑に絡み合った結果として現れるので、上出来の匂口を毎回作り出すのは神業であり、名工でないとできない。
    長光と景光の親子が古刀期(平安から江戸直前まで)を代表する刀工として名が上がるのは、その作品の全ての匂口が上出来だからである。
  • 昔の日本刀は美術品ではなく武器であり、備前刀が古刀の70%〜80を占める。木炭を手に入れる為に森林伐採し、洪水で壊滅するまで五百年間リコールされなかったからである。これは備前刀の匂口の良さが武器として優れている証明。備前国が日本の武器庫であったのであり、日本刀中で備前刀が最高位に居続けたのはその驚異的な品質ゆえ。
  • 古刀期の本場物は備前刀だけだった。ちなみに新刀期の本場物は肥前刀。*5
  • 小竜景光は肌もよくつみ、乱映りも鮮やかであり、匂口もよく締まる、磨り上げられてしまっているが他は頗る健全。*6
  • 彫物も極めて立派で、古今随一の倶利伽羅である。竜が巻き付いている剣も完璧な造形。竜の姿は斬新で流麗、一方その顔は剣を呑まんと烈しく、四肢は踏張りを強調し力強さを見せているのが素晴らしい。小竜景光の竜ほど力強く見事に四肢を表現したものは他にないと言われている。*7

来歴

  • 江戸末期に至るまで文献に現れず、それ以前の来歴は分からない。だいたいの刀が江戸期に入るまで同時代の史料に表れないのが常である。
  • 天保(1830)の頃、河内の刀屋が農家で発見し、楠木正成の佩刀という触れ込みで江戸の本阿弥家に折紙を貰いに来たが、本阿弥家は信じ難いとして折紙を出さなかった。刀屋を代官の中村八太夫が三島まで追いかけて行って買い取った。
  • 弘化3年(1846)、八太夫が没し網屋という刀屋が買い取り毛利家に売っていたが、本阿弥家が折紙を出さなかった話を聞いた毛利家が返却してきた。
  • 弘化4年(1847)、網屋がさらに山田朝右衛門吉昌に売った。吉昌の義兄弟・三輪徳蔵を召し抱える交換条件として井伊直亮に召し上げられるが、その子の直弼が横死すると山田家へ返却された。
  • 明治6年(1873)、山田朝右衛門吉利から大久保忠寛を通じて宮内省に献上され御物になる。
  • 二次大戦後、東京国立博物館に移管された。

台詞

  • ゲリラ戦、追い詰められてなお勝つのが戦術などなど、持ち主だったと伝わる楠木正成(大楠公)を意識した台詞が伺われる。
    • 大楠公は主である後醍醐帝の無茶振りで、勝てないような少数で何度となく籠城をする羽目にあっていた。そして大楠公は忠義者の代名詞である。立派な主に尽くすのは当たり前、ダメ主に死ぬまで尽くすことを忠義という。絶対に後醍醐帝を裏切らず、最後まで尽くし弟と心臓を刺し貫き合い自害した。*8
  • 斬り捨てようか、その首もらった!などは所有していた山田家に由来すると考えられる。
    • 試し切りや、罪人の首を切る死刑執行人を務めた家。
  • 目利きは得意だけれどねぇ、刀の目利きは前の主譲りでね、などは明治大帝のことと思われる。
    • 愛刀家で、巡幸のおりには各家から名刀が献上されている。
    • サーベル拵えをつけられ大帝の軍刀にされたという逸話が有る。

キャラクターデザイン

ここだな…?コメントの匂いがぷんぷんしてるぜ Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告内に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

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ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 メンテナンス後〜メンテナンス開始まで
*2 拵えの覚書「覚 一、備前国長船住景光太刀 但休鞘ニ入拵 革柄 鐔赤銅桐金紋 切羽六枚 内四枚金着 弐枚赤銅 鞘梨子地桐紋 惣金具赤銅桐金紋 以上」
*3 ここまでの記述「日本刀大百科事典」著・福永酔剣
*4 文化財オンライン
*5 名刀の条件からここまでの記述「刀の鑑賞」著・中原信夫
*6 文化財指定等データベース
*7 日本刀大百科事典
*8 太平記の時代 著・倉山満