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燭台切光忠

Last-modified: 2017-09-21 (木) 11:58:42
73番
格好は常に整えておくべきだよ。いつ誰が見ているかわからないからね。燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)太刀長船
ステータス(MAX)
生存52(59)打撃51(67)
統率51(66)機動28(28)
衝力38(47)範囲
必殺30偵察28(31)
隠蔽24兵装備スロット2
装備可能刀装
軽歩/重歩/盾/軽騎/重騎
ランクアップチャート
燭台切光忠燭台切光忠 特(Lv25)
刀帳説明
僕は、燭台切光忠。伊達政宗公が使ってた刀なんだ。
政宗公に対して悪い感情はないけど、名前の由来が、人を斬った時にそばの燭台まで一緒に切れたから、ってのはねえ……。
いくら青銅の燭台とは言え、もうちょっと強そうなものだったらカッコ良かったんだけど

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:佐藤拓也、イラストレーター:藤未都也(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

現在の入手方法

過去の入手方法

イベント報酬


ステータス

他の刀剣男士との会話

その他

  • サービス開始当初「本丸(負傷時)」のセリフは二種類存在したが、2015/02/18時点で一種類しか再生されなくなったことがユーザーにより確認されている。
    なお、消されたセリフは「早く治さないと…格好悪いよね」(←要反転) 今後再び聞けるようになるかは不明。
  • 修行見送り時の台詞が実装当初は音声と文章でまったく異なるものが表示されていた。
    せっかく彼が君のために着飾ってくるっていうんだ。期待して待たないとね」(←要反転)
  • 本丸で聞ける「長谷部くんとは〜」の台詞の語尾は「合わないや」「合わないか」等で意見が分かれている。正確な記述は公式の発表を待ちたい。

小ネタ Edit

  • 備前光忠刀号燭台、無銘、長二尺二寸三厘、元九分九厘、横手下七分三厘、厚二分二厘、反五分(武庫刀纂より)、長二尺二寸八分(英雄と佩刀より)、長二尺三寸(大日本刀剣史より)
  • 大日本刀剣史によれば蕨手丁子の変り出来の光忠とされている。茎に目釘孔は二個。
    • 磨上げの可能性について所蔵先のミュージアムトークの質疑応答で言及された。
      • 長船光忠は在銘のものよりも磨上げ無銘極めものの方が刃紋が華やかで出来がいいと言われる。
  • 号の謂われは政宗が家臣を切った時に切っ先余って側の燭台まで切り落とされたからとも、燭台の陰に隠れた家臣を燭台もろとも切り捨てたからともいわれる。
    • 武庫刀纂では銅の燭台、刀剣録では鉄の燭台とされている。
  • 刀剣古伝書では近忠が始祖と言われるが、近忠には現存作品がないことから、子と伝える光忠が長船派の事実上の祖として考えられている。
  • 右目の眼帯、料理が出来る旨の台詞、格好良さや身だしなみを気にかける台詞など、伊達政宗の個性や逸話を意識したらしき要素が幾つかある。
  • 本丸セリフに出てくる太鼓鐘貞宗は燭台切光忠と同じく伊達家の刀。相州貞宗の短刀でも最も小振りと言われる名物である。
    ...
  • 織田信長は豪壮華麗な光忠を特に愛用し集めていたとされ、武辺咄聞書*2や常山紀談*3にはその数は25腰と書かれている。
    • 燭台切が元は信長の所有だとする説は大日本刀剣史(原田道寛)に見られるが出典は不明。信長が所有していた光忠については数振以外は伝承がはっきりしない。

来歴

  • (豊臣秀吉?→)伊達政宗→水戸徳川家とされる。
    • 政宗以前は号がなかった事もあり確認困難。
      ...
  • 水戸行きについては普通に譲渡された説は江戸の文献にあるが、嫁入り説・婿入り説・持ち逃げしたのを持ち逃げされた説は明治以降の創作である。また、政宗から水戸徳川家に渡った際に、受け取ったのは光圀説と頼房説がある。
    ...
  • 江戸時代は小石川の屋敷に置かれていたと思われる。明治以降は徳川侯爵家の本邸となった本所に他の刀と共に移り、大正12年(1923)9月1日関東大震災で被災し、焼けてしまった。
    ...
  • 現在は徳川ミュージアムに鉋切長光、児手柏、銘宗近の脇差ら他の水戸徳川家伝来の刀と共に保管されている。

キャラクターデザイン

  • 右目の眼帯と黒手袋は現在公開されている立ち絵では全て着用している。
  • 2016年4月時点で立ち絵の刀が修正されている事がユーザーにより確認されている。現存していた刀の燭台切光忠と同様に樋先の上がった棒樋に描き変えられた。
  • 黒服や右肩の袖、右腰の草摺は以前の主である伊達政宗の鉄黒漆塗五枚胴具足をイメージした物だろうか。

格好よくコメントしたいよね Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告内に、
ドロップ報告に関してはステージドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。

2015/02/02に設定されました当wikiガイドラインに基づき、入手・ダブり報告【のみ】・未入手の愚痴【のみ】のコメントはおやめ下さい。

ガイドライン周知のため、暫定的に折りたたんであります。




*1 メンテナンス後〜メンテナンス前
*2 武辺咄聞書(国枝清軒 編)江戸時代前期に編纂された逸話集
*3 常山紀談:著者は儒学者の湯浅常山、江戸時代中期に成立した逸話集。近代デジタルライブラリーで閲覧可
*4 成実記:伊達政宗の従弟叔父(成実の父が政宗の祖父の弟・母が政宗の父の妹)である伊達藤五郎成実が記した記録。様々な版があるが伊達日記は群書類従に収録、成実記は仙台叢書第3巻に収録、政宗記は戦国史料叢書10「伊達史料集上」に収録されている。件のエピソードは伊達日記では群書類従. 第拾四輯(塙保己一編)経済雑誌社、1893-1894。のp338に記載されている。近代デジタルライブラリーで閲覧可能。成実記では仙台叢書第3巻P296に記載されている。
*5 水戸の刀匠(関山豊正 著)郷土史研究会 昭和35年
*6 皇室・将軍家・大名家刀剣目録(福永酔剣 著)雄山閣 平成9年
*7 武庫刀纂:文政年間(1818-1830)に編纂された水戸藩の文献。徳川ミュージアム彰考館文庫に収蔵されている
*8 日本刀大百科事典(福永酔剣 著)雄山閣出版、1993年
*9 刀剣録(青山延光 著)慶応3年 天保年間に編纂された
*10 貞山公治家記録:仙台藩の正史である伊達治家記録の内、四代綱村が編纂させた政宗の事績の記録
*11 刀剣談(高瀬真卿 著)日報社、明治43年。東京日々新聞の連載などを編集し出版されたもの。燭台切光忠の話はp68-69。多数の刀剣の逸話が書かれているが一期一振の伝来を織田→細川→秀吉とするなど通説と異なる記載もあり、他文献と併せて参照したい。近代デジタルライブラリーで閲覧可能
*12 英雄と佩刀(羽皐隠史 著)崇山房、大正1年。こちらも新聞連載をまとめた物。近代デジタルライブラリーで閲覧可能
*13 大正茶道記 甲子(高橋 義雄(箒庵)著)大正14年出版。大正13年分の記事を編集したもの。p7-13
*14 罹災美術品目録(国華倶楽部 編)吉川忠志、昭和8年:関東大震災での美術品罹災の記録。水戸徳川家の記載はp209-211 近代デジタルライブラリーで閲覧可能
*15 享保名物帳:八代将軍吉宗が本阿弥光忠に命じて編纂させた。後に注釈付きで出版された詳註刀剣名物帳(羽皐隠史 著)嵩山堂、大正8年は近代デジタルライブラリーで閲覧可能