「ですから、言ったじゃないですか……」
心配半分、怒り半分と言った様子で、昴は小雨へとそう告げた。
あの後、すぐに小雨と合流した昴だったのだが、さすがは普段からメイドをしているだけあって、洞察力には優れていたらしい。
先ほどの出来ほどを、昴に心配させないために隠し通そうとしていた小雨の嘘を一発で見抜いたのだ。
そして、その傍にいた流に詳細を聞きただし、
「小雨お嬢様もも自分で考えれる年齢ですし、ずっと私についていろ、とは言いませんが……せめてもう少し落ち着きをもって行動してください」
「うぅ……ごめんなさい……」
今に至る。
普段から元気が取り柄な小雨だが、さすがに今回ばかりは自分の非と分かっているらしい。
先ほどから素直に昴の話を聞いているのがいい証拠だ。
元気で時にわがままではあるが、自分の非はしっかりと認める。
それが小雨という少女の美点でもある。
「昴さん……。小雨ちゃんも反省しているようですし、それぐらいで許してあげてはもらえませんか?」
だが、小雨とて被害者なのは間違いない。
故にこのまま責められるのも可哀想と思ったのだろう、流がそう横から声を掛けた。
もちろん、昴だってそれは分かっていた。
今までの説教だって、その小雨を心配するが故のものなのだから。
だから、あまり叱られるのも可哀想、と思う流の気持ちも分かった。
「小雨お嬢様、今度からはもう少し落ち着いて行動するよう、約束してくれますね?」
「……うん。約束、する」
「でしたら、この話はこれでお終いにしましょう」
「昴……」
「それに、あまり時間を掛けては、ご主人様達にも心配を掛けてしまいますからね」
「……う、うんっ!」
言外に、『ご主人様達にはさっきのことは言わないでおきます』という意が込められていたのに小雨も気づいたのだろう。
それでやっと、いつも通りの笑顔に戻った小雨は大きく頷いた。
「それじゃ、早くいこっ! 昴っ!」
「えぇ、分かっています」
と、言いながらも昴は、横にいる流の方へと向いた。
唐突に振り向かれた流は何かと首を傾げる。
「よろしければ、流お嬢様もご一緒しませんか?」
「へ? 私もですか?」
「はい。小雨お嬢様を助けていただいたお礼、というわけでもないですが。よろしければこの後の昼食にご招待しようと思いまして」
「それは……ありがたい話ですけど。いいんですか?」
「構いませんよ。それに、今日は流お嬢様のお父様も屋敷にいらっしゃって食事会をすることになっていまして、それでご主人様からも、出来れば呼んでくるように、と言われていまして。ですから、如何でしょう?」
「お父様が? ……あぁ、今朝出かけるって言ってたのはそういうことですか」
どうやら肝心な『何処へ』の部分が抜けていたのだろう。
その事実を知り、苦笑する流だった。
が、それで迷いも吹っ切れたのだろう。
「では、ご一緒させていただきますね」
にこりと彼女は微笑を浮かべ、頷いたのだった。
……が、そんな安らぐような時間は続くわけではなかった。
あまりにそれまでに起きた出来事が大きすぎて、本来ならば容易に想像できるはずのそれが分からなかったのが二人の敗因か……。
場所は変わり近場のスーパー。
いや、ここは敢えて戦場と言い変えようか。
何故か? それは今そこで起きている騒動を見てみれば分かるだろう。
「昴、昴! お菓子買って!」
「返答前にカゴに入れないでください小雨お嬢様!」
時には何処からか持ってきたお菓子をねだり。
「流ちゃん、流ちゃん! あれ美味しそうだよっ!」
「え、きゃ!? 小雨ちゃん何処へー!? あ、抗えないこの力は何なんですかーっ!?」
時には流を引っ張りあちらこちらへ。
「ひやぁぁぁぁぁーっ!?」
「小雨お嬢様ーっ!?」「小雨ちゃーんっ!?」「お、お客様ーっ!?」
時には足を滑らせ陳列棚に突っ込み。
何ていうかもう、てんやわんやの大騒ぎだった。
ほんの数分前に反省したはずの彼女の言葉は、既に彼女の脳内から家出でもしたのかもしれない。
そう思えるぐらいに。
そうして、店内を大混乱の渦(言いすぎ)に巻き込み、後にする頃には――。
「……んぅ……」
――既に、彼女は深い眠りの中にいた。
「まったく……眠るぐらいまで暴れないで欲しいものですが……」
「あはは……。だけど、やっぱりそれぐらいが小雨ちゃんらしいですよ」
「それは否定しませんが……」
流の言うとおりだ。
先ほどは怒った昴ではあるが、やはり落ち着きのある小雨なんて想像はできない。
端から見ればなんとも迷惑な性質であろうが、昴達はそれが一番小雨に合っていることを理解している。
それに――。
「小雨ちゃんがこうであってくれれば、私達まで元気になるみたいじゃないですか」
――そう微笑みながらいった流の言葉が、全てを表していた。
そしてその流の言葉に昴は軽く笑みを浮かべる。
「そうですね……。その通りかもしれません」
言いながら、昴は肩に乗せられた小雨の顔を見た。
何の曇りもない、安らかな寝顔。
純粋無垢とは、まさにこんな彼女のことを言うのかもしれない。
そんな小雨の顔を見て、昴は思う。
「ですが、やっぱりこうして静かにしている小雨お嬢様の方が、私は好きかも知れませんね」
「暴れないからですか?」
「暴れない、もん……」
「あら」
「小雨ちゃん、起きました?」
「……私は……んぅ……」
「……起きてませんね」
「なんてピンポイントな寝言を……」
そんな、まるで漫画のような寝言を言った小雨に二人は苦笑した。
「昴……流ちゃん……」
「?」
「え?」
「……んぅ、大好き……」
「「……」」
しばしの沈黙。
まさか、寝言でそんなことを言われるとは思っても見なかった。
……だが、
「……できるだけ、ゆっくり帰りましょうか」
「……ふふ、そうですね」
さらに思っても見なかった発言に、二人はもう笑うしかなかった。
そして気がつけば、小雨を気遣うような小声で、そして遅足になっている二人であった。