木々の葉が色づく頃になると、必ず思い出す光景がある。
透き通るように紅葉したヤマモミジと、その下で泣いている少女の姿。
年齢は7~8歳くらいだろうか、刺繍の入った一枚布のような民族衣装を着ている。健康的な褐色の肌の、可愛らしいょぅι゛ょだ。
(どうしていっちゃうの?)
少女が泣きながら言う。腰まで伸びた髪が、風にゆれてサラサラと音を立てた。
(ずっと遠くへいっちゃうの? お兄ちゃんとはもう会えないの?)
涙をいっぱいに溜めた目で見つめるょぅι゛ょに、お兄ちゃんと呼ばれた少年は優しく微笑んだ。
(そんなことはないよ。また会えるよ。呼んでくれればいつだって会いに行くよ)
(本当に?)
(本当だよ)
(じゃあお兄ちゃん、約束してくれる?--が呼んだら必ず来てくれるって)
(約束するよ)
燃えるように赤く、そして恐ろしいほど美しく紅葉したヤマモミジの下で、少女と少年は約束した。
その少年の手には、血を吸ってすっかり重くなってしまったバンダナが握り締められていた。
--目が覚めると室内は暗かった。
「・・・・また、あの時の夢・・・か。」
年の頃は17くらいだろうか。腰まであるストレートの髪と、どこかまだあどけなさの残った、それでいて整った顔立ちは陶器製の人形を思わせる。
「この時期になると決まって思い出しちゃうなぁ・・・」
一瞬だけ少し憂いを含んだ表情をし、すぐに振り払うように首を振って立ち上がった。
まだ薄暗い表からは、鈴虫達が嬉しそうに夜を謳歌する声が聞こえてくる。
少しぼーっとしてから、部屋を出て飲み物を取りに台所に向かった。
断じてごぼうの千切りをしようと思い立ったわけではない。
一階に降りると、父の部屋に灯りがついているのが見えた。
「またやってる・・・・はぁ。」
溜息をつきながら、その灯りのほうに足を向ける。
村のばっちゃ(占い師)の話では、もうすぐ救世主が現れると云う。
のはいいのだが、父は最近ずっと夜遅くまで、その救世主に与える『試練』の準備を試行錯誤しているのだ。
「まだやってるの?お父さん」
「あぁ、起こしてしまったかい?すまないね」
声をかけながら部屋に入ると、60くらいの好々爺が汗をぬぐいながら振り返った。心なしか嬉しそうである。
何をしていたのかと手元を覗き込んで見ると、どこから取ってきたのか、ひどく不思議な色をしたヘビが10匹くらいうねうねと動いていた。
さらにそのヘビのそばには、いつの時代ともしれない幾何学的な文様の施された箱も転がっている。
どうやらこれにヘビ達を押し込めようと格闘していたらしい。
「お父さん・・・これ、なんのヘビ?」
聞いてはいけないような気はしたが、好奇心のほうが勝ったので眉をひそめながら聞いてみた。
「よくぞ聞いてくれた!このヘビこそは対救世主用試練兵器『タイガースネーク・改』だ!
なんと僅か0.6mgで致死量に達する猛毒を持つんじゃぞ!これならきっと救世主もイチコロじゃ!」
なにやら興奮した様子で力説してくる父は、なんというか・・・やたらと無駄に元気だった。
もうなんといったものかと、こめかみに思わず人差し指をあててしまう。
「あのね・・・試練はいいけど、殺してどうするの!それは試練じゃなくて即死トラップでしょうっ!!」
とりあえずツッコんでおく。溜息が出るのは仕方ないところだろう。また熱中しすぎて初心を忘れてしまっているようだ。
父は数秒固まってから、何やら咳払いし
「・・・あー、これはその・・・救世主を助けるためにじゃな・・・その・・・」
「何でもいいけど、明日もあるんだから早く寝なきゃダメよ」
途中で遮り、溜息をつきながら部屋をあとにした。背中からかかる哀れっぽい声は当然黙殺する。
よくわからない疲労感も手伝って、部屋に戻るなりベッドに倒れこむ。
視界に入った、テーブル脇においたバンダナをなんとなく手でいじりながら、あの日の少年の事を思い出す。
彼のお気に入りのバンダナ。洋服も作るのは苦手だったが、苦心しながらもあわせて自分で作った。
「世界の為・・・って言われてもピンとこないけど、私は私に出来ることをしよう。」
きっと救世主さんはお父さんの試練で困ってしまうので、ついていって手伝えるように明日お父さんに言おう。
そんな事を考えていると、心地よい睡魔がやってきた。
--明日は、きっと晴れ。
著:me-mi