ウォーターフォール

Last-modified: 2015-06-11 (木) 21:39:31
157 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:56 [ IecOf5Vs ]
ウォーターフォール



1-1

今日こそは、新鮮な肉を食べなければならない。
腕のなかの赤子――母親と同じく片耳が無かった。
母親とは違い、先天的なものであったが――は弱弱しく、キィキィと鳴いている。
もっと乳を与えなければならない。このままでは、三日ともたずに衰弱死する恐れもある。
しかし、母親自身も慢性的な栄養不足に苛まれていた。
街へ行けば、あるいは充分な食糧が手に入るかもしれない。
実際、かつて彼女は街に住んでいた。
街には、文字通り余るほどの食糧があった。
働かずとも――彼女を雇ってくれる職場などなかったが――ゴミ箱を漁れば、
食糧が手に入った。品質に拘らなければ。
しかし、街のいたるところに、危険が刃を研ぎながら、獲物を待ち構えていた。
食虫毒、交通事故、保健所、そして、かつての同属たち・・・・・・。
三人目の子どもの頭蓋を、<かつての同属>にかち割られたとき、彼女は移住を決意した。
現在、住まいとしている、郊外の森である。
狩りは必ずしも成功するとは限らず、ここにも危険はあったが、それでも、なんとかやっていけた。
一人ならば。
実のところ、伴侶さえいれば、状況は改善されるはずだった。
子供ができるということは、その伴侶がいるはずだから、彼女はあまり思い悩んでいなかった。
赤ん坊は、一昨年の春、行きずりの雄に、強姦されて孕んだものだった。
神がいるならば、世界を動かすものが偶然ではなく、必然ならば、
彼女は神に嫌われていた。狙ってやったとしか思えない。
旱魃が森を襲った。
森はもはや、森ではなかった。
ひび割れた土、枯れ木の群れ。
鳥も兎も、もういない。
彼女は虫けらと雑草で糊口をしのいだ。
数日前から乳がでなくなった。
彼女は意を決して森を出・・・・・・ようとした。
ただの偶然か、神が哀れんだのか、あるいは罠への誘いか。
新鮮な、生きた肉が、彼女の目の前に現れた。
それは<かつての同属>の赤子だった。
ごくり。
「この子の親はきっと心配しているだろう」という思いもあったが、
圧倒的な上と母性本能の絶叫が、そのかすかな囁き声をかき消した。
喰らった。
うまかった。
新鮮な肉の味。血の味。
痛み。
痛いほどの旨さ。
これで赤子も助かる。彼女は、意識の片隅でそう思った。

158 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:56 [ IecOf5Vs ]
1-2

神聖な任務をひとつ達成するたびに、聖なる御身に近づく。
<Mの教え>にそうあった。
これは神聖な任務なのだろうか?
彼女は、ことあるごとに、何度もそう思ってきた。
それが反逆、涜聖であることを知っている。
しかし・・・・・・。
眼下に横たわるは<かつての同属>、否<許されざるもの>
「キィィィィィ!! キィィィィィ!! タフュ・・・ケフェ・・・・・・」
頭部への強打を、雨のように浴びた<許されざるもの>は、のた打ち回りながら、
許しを懇願した。悲しいかな、がたがたの言語中核は、歪んだ発音しか出力できない。
涙誘う名文を吟じることができたとしても、その運命は変わらないだろうが。
彼女も、一撃を被虐者に加えた。
気が進まなかったが、聖なる任務を怠けたものは白い目で見られる。
自分だけではなく、夫――まさに天からの賜りもの。彼女の属する秩序においては、
滅多に得ることができない――に迷惑がかかる。
「ブフィィィ!! ブブフヒィィィィィ!!」
「うふふ。まるで豚の鳴き声ね。ゴミ喰らいにはお似合いよ」
同胞の一人が、酷薄な笑みを浮かべて、被虐者を嘲る。
「<M>の名において消えちゃえ! この蛆虫!」
別の同胞の一人が、懇親の力を込めた強打を打ち込む。
これが現世との絆を断つ一撃となった。
もう動かない。
もうわめかない。
<許されざるもの>は死んだ。
「ちょっとお~、そんな簡単にとどめさしたらだめじゃないの~」
同胞のひとりが非難した。
「そうそう、もっと苦しめてから、罪の苦味を味あわせてから殺さなきゃ」
合いの手が付け加えられる。
「すみません・・・・・・。まだ日が浅いもので・・・・・・」
介錯者は、ただ平謝りに謝った。
「ま・・・・・・いいけどね。でも早く慣れてよ」
糾弾をこれで締めくくり、しくじった同胞は、<吊るし首の縄>から下ろされた。
ぎろり、と彼女を睨みつける。
あたかも「あんたの余計な一撃のせいで、私がしくじったのよ」といわんばかりに。
気分が悪い。
実のところ、彼女は出産間近だった。
それでも、この<聖なる任務>・・・・・・襲撃→私刑に同行した。
彼女の種族は、臨月でも遊びに出歩く者がいるほど、<無頓着>であったが、
彼女の属する集団は、街に住む一派と違い、常に貧窮していた。
手が足りないのだ。
それでも、最後方に配置するだけの配慮は与えられたが、血の匂いと、自分に似たものの死は
母体によからぬ影響を与えたようだ。
早く、街のものが知らない谷にある、部落へ帰ろう。

159 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ]
1-3

四日分の食糧と、羊皮紙の古い地図。
鎧通し、巨大なやっとこ、皮袋、防腐剤――麗しくない道具の数々。
準備は整った。
馬を飛ばせば二日で辿りつくはずだ。
「すぐに戻るから、ちゃんと寝ているんだぞ?」
妻にしばしの――しばしであってほしい!――別れを告げ、彼は旅立つ。
目指すは、『人のごとく振舞う猫に似た種族』が住むという<知られざる谷>。
噂では、件の種族は、街に行けばいくらでも見つけられると聞く。
しかし、この村から街へは遠すぎる。通行料を払う余裕も無い。
彼の妻は病気だった。
薬草師の彼は、少しは病についての知識があったが、まったく見たことも、聞いたことも無い、病だった。
最初は、ちょっとした奇行を繰り返すことから始まった。
他愛も無い悪戯。
飯に虫をいれるとか、戸に桶(墨入り)を仕掛けておくとか。
それが、川下りのごとく勢いをまし、自殺未遂は数え切れぬほど、彼も何度か殺されかけた。
そして、激しい熱。
彼の妻は、激しい熱にうかされながら、始終うわごとをつぶやきながら、寝たきりの身となった。
村人たちの視線も痛い。
「悪霊につかれたのでは?」と露骨に尋ねる者も現れた。
普段は、物分りの良い名主様も、悪霊を信じているらしく、その態度は厳しかった。
もはや一刻の猶予もない。
馬にまたがると、鞭をあたえ、全速力で走りだした。

160 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ]
2-1-1

例のあの<かつての同胞>の赤子を、無我夢中で食べたときから、嫌な予感はしていた。
それはすぐに実体を得て、彼女の目の前に現れた。
<処罰者たち>は昼頃、赤子に乳を与えているそのときに、彼女が住処としている洞穴に現れた。
床には、件の赤子の骨が散らばっていた。うかつだった。
<処罰者たち>は怒りに燃えていた。
汚らわしい<許されざるもの>の巣穴から、行方不明になっていた部落の赤子の骨が見つかった。
<許されざるもの>の分際で、優れた種族の赤子をさらい、喰らったのだ。
「覚悟は・・・・・・できているでしょうね?」
「ア・・・・・・ア・・・・・・」
声が出ない。逃げようにも、入り口はふさがれている。
相手は五匹。とても掻い潜れない。
「コノ・・・・・・コノコダケハ・・・・・・コロサナイデ・・・・・・」
「それは、あなた次第ね」
ニヤニヤ、クスクス。
<処罰者たち>は自分よりも弱いものに、恐怖や苦痛を与えることを、心の底から喜んでいた。
だが、責められるだろうか? <処罰者たち>もまた、より強いものから虐げられてきたのだ。
果てしない連鎖。苦痛の連鎖。虐の鎖。
虐げられしものが弱きものを虐げ、その虐げられしものがまた、さらに弱きものを虐げる。
「じゃあ・・・・・・とりあえず、指折ってみて」
「エ・・・・・・?」
「自分の指を自分で折ってみてって、言ってるのよ。ホントあんたたちって馬鹿よねぇ」
彼女は、自身の指を折ろうと、力を込めた。
しかし、どだい無理な話である。
「デキ・・・・・・マセン・・・・・・」
「じゃあ、代わりにあなたが生んだ、汚らわしいゴミ虫の指を折るわね♪」
太った、いや妊娠している<処罰者>は、すでに取り上げられていた、彼女の赤子の指を、容赦なく折る。
この小隊は、彼女が指揮官のようだ。
「キィィィィィ!! キィキィ!!」
「ヤメテェェェェェェェ!!」
「ついでにこうしちゃえ、えい!」
<処罰者>は折った指を引きちぎった。
「キィィィィィ!! キィ・・・・・・キィ・・・・・・」
赤子は泡を吹いて気絶した。
「ソンナ・・・・・・ヒドイ・・・・・・」
「早く自分の指を折って見せてよ。さもないともっと酷いことしちゃおっかなあ♪」
妊娠した<処罰者>は嫌味なほどに明るい口調で通告する。
「アアアアア・・・・・・キィィィアアアアアア!!」
それは渾身の力。本能、母性本能がもたらした力。
彼女は、彼女自身の指を折った。
意思の力。本能の力。子供を守るための力。
しかして、真の災害、真の暴力、真の不条理に抗うには弱すぎる力。
「あはははは!! 馬鹿みたい! こいつ自分で自分の指折ってるよ!」
五人の<処罰者たち>は、彼女を指差し、嘲笑う。
「ほらほら! あとがつっかえてるわよ! 早く、全部の指を折りなさい!」
地獄。まさに地獄。
十の門を持つ地獄。
涙が流れた。脂汗が流れた。血が流れた。
片手の指を全部折ると、足を使って、もう片手の指も折った。
「キィィィィ・・・・・・キィィィィィ・・・・・・」
「まあ、足の指は許してあげましょうか。それじゃ、次は自分のおめめを潰してみて」

161 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ]
2-1-2

暗闇。
夜行性、昼行性問わず、視力を持つ生き物は闇を恐怖するだろう。
嗅覚、聴覚に優れても、視力のもたらす情報は、生存に不可欠である。
失明、その恐怖。それは計り知れない。
「道具なんて必要ないよね。あなたのばっちい指と爪で、できるでしょ?」
逆らえば、赤子の目を潰すつもりだ。
かわいい赤ちゃん。私のあかちゃん。かわいいちっちゃなおめめ・・・・・・。
覚悟を決めた。再び、<力>が湧き上がってきた。
むなしき力。自分を傷つけるために使われる力。
ズビュ! ズリュ! ズルジュ!
眼球に指を突き刺し、抉り出す。
生暖かさ、粘っこさ。
昔まだ、<処罰者たち>と同じ種族だったころ、幸せだった頃、
あの頃ビーダマで遊んだことがあったっけ。
まるでビーダマみたいだ。しゃぶって唾液でドロドロのビーダマ。
汚いけど愛しいビーダマ・・・・・・。
「虫けらにも五分の魂って感じぃ? あ、もうひとつもよろしくね♪」
完全な闇。
愛しい我が子の顔も二度と見えない。
たとえ助かったとしても――まず、それはないだろうが――生物として、狩猟動物として、もはやおしまいだ。
餌を取れなくなる。生きていけなくなる。
「キィ・・・キィ・・・」
赤子の声、かすかな声が聞こえた。
守らなければ、命に代えても。
再び、いとわしい効果音。悪夢の演奏。
もう、なにも見えない。
痛みもさることながら、絶対的な恐怖感が彼女を捕らえていた。
「それじゃあ、鬼ごっこでもしましょうか」

162 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:58 [ IecOf5Vs ]
2-1-3

<処罰者たち>は駆け出した。妊娠した<処罰者>を先頭に、彼女の子供を携えて。
「キィ! キィィィ!」
彼女は追いかけた。石につまづき、枯れ木にぶつかった。
「ほらほら~! こっちよこっち! 鬼さんこちら♪ 手の鳴るほうへ♪」
<処罰者たち>は手を鳴らした。
着かず離れず、ぎりぎりの距離を保ちながら、逃げ続けた。手を鳴らしながら。
「鬼さんこちら♪ 手の鳴るほうへ♪」
「アアウウ・・・・・・アウウ・・・・・・」
奇妙なレース。おぞましく、しかし滑稽ですらある鬼ごっこ。
追いかけるものと、追いかけられるもの。
追いかけるものが強者とは、追いかけるものが優位とは、追いかけるものが楽しんでいるとは、限らない。
ざああああああ・・・・・・。
しばらく、<鬼ごっこ>を続けているうちに、水の音が聞こえてきた。
水の音はどんどん大きくなっていく。水のある場所――おそらくは川に近づいているのだ。
「早く追いつかないと、この粗大ゴミを川に投げ捨てちゃうぞ~」
「キャハハ!」
「キィィィィィィ!!」
声にならない声、悲鳴と絶叫を発しながら、音のする方へよたよたと進む。
全身は傷だらけ、倒れた拍子に木の枝が、胸に突き刺さり、肺にダメージを与えている。
他にもほっておけば致命傷になる傷がいくつか。<鬼ごっこ>は彼女を死の淵へと追い詰めていった。
最後のステップ、踏み込んだ足が沈んだ。
一瞬、体が重力から解放される。そしてなにかに叩きつけられる感触。沈み込む感触。
息を吸おうとしたら、水が流れ込んできた。
「ガボ! ゴボ! ゲボ!」
もがく、もがく、もがく。
旱魃の打撃から立ち直った、川の流れは速かった。
流されていく、どこまでも。
「キャハハハハハハ!! ホンモノの馬鹿~! 川に飛び込んでやんの!」
「あったま悪~い! 目の前に川が見えていたのにね!」
「もしかして、目が不自由なおかた、だったんじゃないの~?」
「キャハハハハハハハ!! もう最高!」
<処罰者たち>は流されていく、<許されざるもの>を見て、笑った。
<許されざるもの>が視界から消えても、笑い続けた。
「ねえ、それどうすんの?」
「これ? めんどいからこうするわ」
妊娠した<処罰者>は、かつての同属の幼生を、川に投げ込んだ。
「キィ・・・・・・キィ・・・・・・」
赤子は、あっという間に見えなくなった。
「あ~すっきりした」

163 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:59 [ IecOf5Vs ]
2-2-1

しばらくの間、<聖なる任務>を休むつもりだった。
しかし、親交の深い同胞の、行方不明になっていた赤子が、
<許されざるもの>に食べられたという、目撃情報を得たとき、
居ても立っても居られなくなった。
友人は、その報告を聞いて失神した。
部落には医者が居ない。医療技術はほとんどなかった。
ましてや、心に受けた傷を治す方法など、知るよしもない。
せめて仇を取ろう。そう誓った。
これから子を持つ身として、友人の痛みが我がことのようにわかった。
そして、襲撃部隊を組み、探索を行い、罪人を発見し、首尾よく制裁を加えることに成功した。
<許されざるもの>にも、生意気なことに子供がいた。
かのものは、高等な種族の汚れなき赤子の命を、汚れしものの命に変換したのだ。
許されざる大逆だった。
しかし、その悪の芽も摘むことができた。
あとは、部落に帰るだけである。
帰るだけだった。
激流を渡す唯一の橋。
突然、壊れた。
先頭を進み、最初に渡りきった彼女だけが生き残った。
皮肉なことに、先刻、他者に与えた運命を、今度は自分たちが与えられるはめになった。
幸い、陣痛こそなかったが、疲労もあり、突如として多くの仲間を失った精神的打撃も
重くのしかかり、その足取りは重かった。
ドドドドドド・・・・・・。
彼女も、この音は聞き覚えがあった。馬の蹄の音である。
背後から騎者が迫ってきていたのだ。
「とまってぇぇ~!」
両手を振り、騎者にコンタクトを行う。
馬の揺れは、おなかの子供によくないかもしれないが、とにかく乗せてもらえれば早く帰れる。
果たして、馬はとまった。
彼女よりも遥かに寸高い、異種族の男が、馬の主だった。
「おながい! 私の村まで乗せていって!」
彼女は、彼女としては最大の礼儀をはらって、男に頼み込んだ。
しかし、男は返事をしない。
彼女を見て、呆然としているだけだ。
「ちょっと! 聞いてるの? かわいいこの私が、頼んでいるのよ!」
「おお・・・・・・神よ・・・・・・。山の神よ、海の神よ、森の神よ・・・・・・。
ああ、なんという・・・・・・この僥倖・・・・・・これは天恵! これは奇跡だ!」
男の返事はあまりに奇妙、あまりに脈絡の無いものだった。
男は呆然としていたかと思うと、やにわに小躍りせんばかりに喜びはじめた。

164 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:59 [ IecOf5Vs ]
2-2-2

「な、なんなの?」
「あははは! あははは! これで助かる! 妻が助かる! しかもこんなに早く!」
「いいから、私のはなしを聞きなさいよ!」
男は突然、憑き物が落ちたように、静かになった。
しばらく考えてから、喋り始めた。
「ああ、すまない。えーと、どこまで乗せていけばいいんだい?」
「谷よ! 谷! 私たちしか知らない谷! そこに私たちの村があるのよ!」
「もしかして、ここのことかな?」
男は、古い羊皮紙の地図を、彼女にしめした。
「えー、難しいのはよくわかんないよう。でもたぶん、ここのことだと思うよ。早く連れて行って!」
「どうやら、間違いない・・・・・・。ところで喉は渇いていないかい? 出発するまえに一杯どうかな?」
「甘いのじゃないといやよ。すっぱいのでもいいけど」
「甘い飲み物だよ。果実をすりつぶして、こしたものだよ」
「ちょうだい!」
男は腰から水筒をはずして、彼女に渡した。
「おじさん、ありがとね!」
彼女は、まったく遠慮せずに、水筒の中身を一気に呷った。
「ふーう、おいしかったー。こういうものがあるなら、もっと早く出してよね!」
男は馬の横に括りつけた荷物から、なにかいろいろな器具を取り出している。
「ちょっと、なにしているの? 早く村に連れて帰ってよ!」
「ああ、少しまってね。もうすぐ終わるから。・・・・・・ところで気分はどうだい?」
「あれ? そういえば、なんだか・・・・・・体が重いような・・・・・・」
男は、大股で彼女に近づいてきた。手に刃物を持って。
「ちょ、ちょっと!どういうつもり!」
彼女は逃げようとするが、体に力が入らない。
立っていることすらままならず、その場にへたり込んでしまった。
「このまま、何も知らないまま死んでいくのは可哀想だから、説明してあげるよ。
まず、さっき飲んでもらった水は、実は痺れ薬なんだ。
とてもすまないことに、痛覚はそのまま残ってしまう薬なんだよね。
本当は、完全な麻酔にすべきだったんだろうけど、生憎と持ち合わせがなくてね。
本当にすまない」
「な、なんなのよう! 私をどうするつもりなのよう!」
彼女はじたばたともがくが、陸に上がった蛸のように、まったく動けない。
「単刀直入に言おう。君のおなかを切り開いて、あかちゃんを取り出させてもらう」
「しっ! しぃぃぃぃぃぃぃぃ!! なんで! なんで、そんんあことするのよおう!?」
男は済まなそうに<説明>を続けた。
「実はね、私の妻は病気なんだよ。それもとっても重い病気なんだ。
いろいろ試してみたけど、治らなかった。
でも、古い古文書に、『人のごとく振舞う猫に似た種族』の胎児を食せば治る、と書いてあったんだ。
それで、藁にもすがる気分で、君たちの里を目指したんだけど、その途中で、しかも、妊娠している、
『人のごとく振舞う猫に似た種族』に出会えるとは! 神の恵みに違いない!」
「いやよ! いやよおう! だれかあ、たすけてぇぇぇ!」
「すまない! 楽に死なせたあと胎児を取り出す方法もあるんだけど、古文書には、母親が生きた状態で
取り出さないと、効果がないと書いてあったんだ。本当にすまない!」

165 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 05:00 [ IecOf5Vs ]
2-2-3

男は、帝王切開の要領で、彼女の腹を切り裂いた!
「あじぃぃぃぃいぃううううぃぃぃぃ!!!!!!」
彼女は泡を吹きながら、悲鳴を上げた。
想像を絶する痛み。しかし、薬の副作用なのか、気絶することができない!
痛みもまったく和らぐ様子がない。
男は、彼女と胎児をつなぐ、臍の尾をはさみで切断すると、大きなやっとこのような器具で、
胎児を掴み、彼女の胎内から摘出しようとする!
「ぎゃばじしぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁあああああ!!!!」
胎児はなかなか外に出ず、男は引き抜こうと、力任せにひっぱった。
それが彼女に、すさまじい激痛を与える。
このままでは引き抜けないと悟った、男は“へら”のような器具で、<産道>を広げようと試みた。
男の乱雑なへら使いは、彼女の腹をかき回し、新たな苦痛を与える。
「ひゃばじぃぃぃ!! ばはじしぃぃぃ!!!!」
しかし、苦闘の末、男はついに、胎児を抜き取ることに成功した。
「やった! これで助かる!」
胎児を防腐効果を持つ薬液に浸し、皮袋に詰め込む。
「すまなかった! 本当にすまなかった! 私は、急いで村に帰らなければならない!
とどめを刺してあげたいところだが、その寸暇もおしい。では、さらば!
君にも、神々の恵みがありますように!」
男は馬に乗り、現れたときよりも、速く、風のごとく速さで去っていった。
「はふぃえ・・・・・・はひぃえ・・・・・・わはしの・・・・・・あふぁちゃ・・・・・・ん・・・・・・」
彼女が絶命するのには、まだしばらく時間が必要のようだ。

166 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 05:00 [ IecOf5Vs ]
2-3

探求の旅から帰ってきた、彼を待っていたのは奇妙なモニュメントだった。
辺りはすでに暗く、よく見えないが、それは赤黒かった。
そして、辺りに立ち込める血の匂い・・・・・・。
彼は、恐る恐る、<モニュメント>に近づいた。
突然、辺りが光で満たされた。
まぶしさに彼は目を覆った。
「な、なんだあ!?」
彼は、ゆっくりと目を開いた。
そこには、妻がいた。
ただし、吊り下げられていて、要所要所に金属の楔が打ち込まれていて、全身の皮をはがされていたが。
そして、村人たちが、<モニュメント>と彼を囲んでいた。
「あ、あの・・・・・・これは、一体、何なんですか?」
彼は、村人たちに――とくに村長に対して質問した。もっともな質問を。
「悪霊払いじゃ」
村長は率直に答えた。
「おまえの妻は悪霊に憑かれていた。放っておけば、どんな禍が招かれることか、想像もつかぬ」
「村長! 奴の馬からこんなものが!」
村人のひとりが、ひとつの皮袋を村長に手渡す。
村長は中身を確認し、うっと呻く。
「皆の衆! よく見よ! これぞ、人に似て人にあらぬ生物の胎児よ!
邪道の秘薬! 悪霊使役のための触媒よ!」
彼は、なにもいえなかった。
「それは違う」、「濡れ衣だ」、あるいは、「迷信に支配された愚者どもめ」など、いいたいことは
たくさんあった。
だが、なにもいえなかった。
村人はじりじりと<輪>を狭めていく。
じりじりと。