157 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:56 [ IecOf5Vs ] ウォーターフォール 1-1 今日こそは、新鮮な肉を食べなければならない。 腕のなかの赤子――母親と同じく片耳が無かった。 母親とは違い、先天的なものであったが――は弱弱しく、キィキィと鳴いている。 もっと乳を与えなければならない。このままでは、三日ともたずに衰弱死する恐れもある。 しかし、母親自身も慢性的な栄養不足に苛まれていた。 街へ行けば、あるいは充分な食糧が手に入るかもしれない。 実際、かつて彼女は街に住んでいた。 街には、文字通り余るほどの食糧があった。 働かずとも――彼女を雇ってくれる職場などなかったが――ゴミ箱を漁れば、 食糧が手に入った。品質に拘らなければ。 しかし、街のいたるところに、危険が刃を研ぎながら、獲物を待ち構えていた。 食虫毒、交通事故、保健所、そして、かつての同属たち・・・・・・。 三人目の子どもの頭蓋を、<かつての同属>にかち割られたとき、彼女は移住を決意した。 現在、住まいとしている、郊外の森である。 狩りは必ずしも成功するとは限らず、ここにも危険はあったが、それでも、なんとかやっていけた。 一人ならば。 実のところ、伴侶さえいれば、状況は改善されるはずだった。 子供ができるということは、その伴侶がいるはずだから、彼女はあまり思い悩んでいなかった。 赤ん坊は、一昨年の春、行きずりの雄に、強姦されて孕んだものだった。 神がいるならば、世界を動かすものが偶然ではなく、必然ならば、 彼女は神に嫌われていた。狙ってやったとしか思えない。 旱魃が森を襲った。 森はもはや、森ではなかった。 ひび割れた土、枯れ木の群れ。 鳥も兎も、もういない。 彼女は虫けらと雑草で糊口をしのいだ。 数日前から乳がでなくなった。 彼女は意を決して森を出・・・・・・ようとした。 ただの偶然か、神が哀れんだのか、あるいは罠への誘いか。 新鮮な、生きた肉が、彼女の目の前に現れた。 それは<かつての同属>の赤子だった。 ごくり。 「この子の親はきっと心配しているだろう」という思いもあったが、 圧倒的な上と母性本能の絶叫が、そのかすかな囁き声をかき消した。 喰らった。 うまかった。 新鮮な肉の味。血の味。 痛み。 痛いほどの旨さ。 これで赤子も助かる。彼女は、意識の片隅でそう思った。 158 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:56 [ IecOf5Vs ] 1-2 神聖な任務をひとつ達成するたびに、聖なる御身に近づく。 <Mの教え>にそうあった。 これは神聖な任務なのだろうか? 彼女は、ことあるごとに、何度もそう思ってきた。 それが反逆、涜聖であることを知っている。 しかし・・・・・・。 眼下に横たわるは<かつての同属>、否<許されざるもの> 「キィィィィィ!! キィィィィィ!! タフュ・・・ケフェ・・・・・・」 頭部への強打を、雨のように浴びた<許されざるもの>は、のた打ち回りながら、 許しを懇願した。悲しいかな、がたがたの言語中核は、歪んだ発音しか出力できない。 涙誘う名文を吟じることができたとしても、その運命は変わらないだろうが。 彼女も、一撃を被虐者に加えた。 気が進まなかったが、聖なる任務を怠けたものは白い目で見られる。 自分だけではなく、夫――まさに天からの賜りもの。彼女の属する秩序においては、 滅多に得ることができない――に迷惑がかかる。 「ブフィィィ!! ブブフヒィィィィィ!!」 「うふふ。まるで豚の鳴き声ね。ゴミ喰らいにはお似合いよ」 同胞の一人が、酷薄な笑みを浮かべて、被虐者を嘲る。 「<M>の名において消えちゃえ! この蛆虫!」 別の同胞の一人が、懇親の力を込めた強打を打ち込む。 これが現世との絆を断つ一撃となった。 もう動かない。 もうわめかない。 <許されざるもの>は死んだ。 「ちょっとお~、そんな簡単にとどめさしたらだめじゃないの~」 同胞のひとりが非難した。 「そうそう、もっと苦しめてから、罪の苦味を味あわせてから殺さなきゃ」 合いの手が付け加えられる。 「すみません・・・・・・。まだ日が浅いもので・・・・・・」 介錯者は、ただ平謝りに謝った。 「ま・・・・・・いいけどね。でも早く慣れてよ」 糾弾をこれで締めくくり、しくじった同胞は、<吊るし首の縄>から下ろされた。 ぎろり、と彼女を睨みつける。 あたかも「あんたの余計な一撃のせいで、私がしくじったのよ」といわんばかりに。 気分が悪い。 実のところ、彼女は出産間近だった。 それでも、この<聖なる任務>・・・・・・襲撃→私刑に同行した。 彼女の種族は、臨月でも遊びに出歩く者がいるほど、<無頓着>であったが、 彼女の属する集団は、街に住む一派と違い、常に貧窮していた。 手が足りないのだ。 それでも、最後方に配置するだけの配慮は与えられたが、血の匂いと、自分に似たものの死は 母体によからぬ影響を与えたようだ。 早く、街のものが知らない谷にある、部落へ帰ろう。 159 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ] 1-3 四日分の食糧と、羊皮紙の古い地図。 鎧通し、巨大なやっとこ、皮袋、防腐剤――麗しくない道具の数々。 準備は整った。 馬を飛ばせば二日で辿りつくはずだ。 「すぐに戻るから、ちゃんと寝ているんだぞ?」 妻にしばしの――しばしであってほしい!――別れを告げ、彼は旅立つ。 目指すは、『人のごとく振舞う猫に似た種族』が住むという<知られざる谷>。 噂では、件の種族は、街に行けばいくらでも見つけられると聞く。 しかし、この村から街へは遠すぎる。通行料を払う余裕も無い。 彼の妻は病気だった。 薬草師の彼は、少しは病についての知識があったが、まったく見たことも、聞いたことも無い、病だった。 最初は、ちょっとした奇行を繰り返すことから始まった。 他愛も無い悪戯。 飯に虫をいれるとか、戸に桶(墨入り)を仕掛けておくとか。 それが、川下りのごとく勢いをまし、自殺未遂は数え切れぬほど、彼も何度か殺されかけた。 そして、激しい熱。 彼の妻は、激しい熱にうかされながら、始終うわごとをつぶやきながら、寝たきりの身となった。 村人たちの視線も痛い。 「悪霊につかれたのでは?」と露骨に尋ねる者も現れた。 普段は、物分りの良い名主様も、悪霊を信じているらしく、その態度は厳しかった。 もはや一刻の猶予もない。 馬にまたがると、鞭をあたえ、全速力で走りだした。 160 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ] 2-1-1 例のあの<かつての同胞>の赤子を、無我夢中で食べたときから、嫌な予感はしていた。 それはすぐに実体を得て、彼女の目の前に現れた。 <処罰者たち>は昼頃、赤子に乳を与えているそのときに、彼女が住処としている洞穴に現れた。 床には、件の赤子の骨が散らばっていた。うかつだった。 <処罰者たち>は怒りに燃えていた。 汚らわしい<許されざるもの>の巣穴から、行方不明になっていた部落の赤子の骨が見つかった。 <許されざるもの>の分際で、優れた種族の赤子をさらい、喰らったのだ。 「覚悟は・・・・・・できているでしょうね?」 「ア・・・・・・ア・・・・・・」 声が出ない。逃げようにも、入り口はふさがれている。 相手は五匹。とても掻い潜れない。 「コノ・・・・・・コノコダケハ・・・・・・コロサナイデ・・・・・・」 「それは、あなた次第ね」 ニヤニヤ、クスクス。 <処罰者たち>は自分よりも弱いものに、恐怖や苦痛を与えることを、心の底から喜んでいた。 だが、責められるだろうか? <処罰者たち>もまた、より強いものから虐げられてきたのだ。 果てしない連鎖。苦痛の連鎖。虐の鎖。 虐げられしものが弱きものを虐げ、その虐げられしものがまた、さらに弱きものを虐げる。 「じゃあ・・・・・・とりあえず、指折ってみて」 「エ・・・・・・?」 「自分の指を自分で折ってみてって、言ってるのよ。ホントあんたたちって馬鹿よねぇ」 彼女は、自身の指を折ろうと、力を込めた。 しかし、どだい無理な話である。 「デキ・・・・・・マセン・・・・・・」 「じゃあ、代わりにあなたが生んだ、汚らわしいゴミ虫の指を折るわね♪」 太った、いや妊娠している<処罰者>は、すでに取り上げられていた、彼女の赤子の指を、容赦なく折る。 この小隊は、彼女が指揮官のようだ。 「キィィィィィ!! キィキィ!!」 「ヤメテェェェェェェェ!!」 「ついでにこうしちゃえ、えい!」 <処罰者>は折った指を引きちぎった。 「キィィィィィ!! キィ・・・・・・キィ・・・・・・」 赤子は泡を吹いて気絶した。 「ソンナ・・・・・・ヒドイ・・・・・・」 「早く自分の指を折って見せてよ。さもないともっと酷いことしちゃおっかなあ♪」 妊娠した<処罰者>は嫌味なほどに明るい口調で通告する。 「アアアアア・・・・・・キィィィアアアアアア!!」 それは渾身の力。本能、母性本能がもたらした力。 彼女は、彼女自身の指を折った。 意思の力。本能の力。子供を守るための力。 しかして、真の災害、真の暴力、真の不条理に抗うには弱すぎる力。 「あはははは!! 馬鹿みたい! こいつ自分で自分の指折ってるよ!」 五人の<処罰者たち>は、彼女を指差し、嘲笑う。 「ほらほら! あとがつっかえてるわよ! 早く、全部の指を折りなさい!」 地獄。まさに地獄。 十の門を持つ地獄。 涙が流れた。脂汗が流れた。血が流れた。 片手の指を全部折ると、足を使って、もう片手の指も折った。 「キィィィィ・・・・・・キィィィィィ・・・・・・」 「まあ、足の指は許してあげましょうか。それじゃ、次は自分のおめめを潰してみて」 161 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:57 [ IecOf5Vs ] 2-1-2 暗闇。 夜行性、昼行性問わず、視力を持つ生き物は闇を恐怖するだろう。 嗅覚、聴覚に優れても、視力のもたらす情報は、生存に不可欠である。 失明、その恐怖。それは計り知れない。 「道具なんて必要ないよね。あなたのばっちい指と爪で、できるでしょ?」 逆らえば、赤子の目を潰すつもりだ。 かわいい赤ちゃん。私のあかちゃん。かわいいちっちゃなおめめ・・・・・・。 覚悟を決めた。再び、<力>が湧き上がってきた。 むなしき力。自分を傷つけるために使われる力。 ズビュ! ズリュ! ズルジュ! 眼球に指を突き刺し、抉り出す。 生暖かさ、粘っこさ。 昔まだ、<処罰者たち>と同じ種族だったころ、幸せだった頃、 あの頃ビーダマで遊んだことがあったっけ。 まるでビーダマみたいだ。しゃぶって唾液でドロドロのビーダマ。 汚いけど愛しいビーダマ・・・・・・。 「虫けらにも五分の魂って感じぃ? あ、もうひとつもよろしくね♪」 完全な闇。 愛しい我が子の顔も二度と見えない。 たとえ助かったとしても――まず、それはないだろうが――生物として、狩猟動物として、もはやおしまいだ。 餌を取れなくなる。生きていけなくなる。 「キィ・・・キィ・・・」 赤子の声、かすかな声が聞こえた。 守らなければ、命に代えても。 再び、いとわしい効果音。悪夢の演奏。 もう、なにも見えない。 痛みもさることながら、絶対的な恐怖感が彼女を捕らえていた。 「それじゃあ、鬼ごっこでもしましょうか」 162 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:58 [ IecOf5Vs ] 2-1-3 <処罰者たち>は駆け出した。妊娠した<処罰者>を先頭に、彼女の子供を携えて。 「キィ! キィィィ!」 彼女は追いかけた。石につまづき、枯れ木にぶつかった。 「ほらほら~! こっちよこっち! 鬼さんこちら♪ 手の鳴るほうへ♪」 <処罰者たち>は手を鳴らした。 着かず離れず、ぎりぎりの距離を保ちながら、逃げ続けた。手を鳴らしながら。 「鬼さんこちら♪ 手の鳴るほうへ♪」 「アアウウ・・・・・・アウウ・・・・・・」 奇妙なレース。おぞましく、しかし滑稽ですらある鬼ごっこ。 追いかけるものと、追いかけられるもの。 追いかけるものが強者とは、追いかけるものが優位とは、追いかけるものが楽しんでいるとは、限らない。 ざああああああ・・・・・・。 しばらく、<鬼ごっこ>を続けているうちに、水の音が聞こえてきた。 水の音はどんどん大きくなっていく。水のある場所――おそらくは川に近づいているのだ。 「早く追いつかないと、この粗大ゴミを川に投げ捨てちゃうぞ~」 「キャハハ!」 「キィィィィィィ!!」 声にならない声、悲鳴と絶叫を発しながら、音のする方へよたよたと進む。 全身は傷だらけ、倒れた拍子に木の枝が、胸に突き刺さり、肺にダメージを与えている。 他にもほっておけば致命傷になる傷がいくつか。<鬼ごっこ>は彼女を死の淵へと追い詰めていった。 最後のステップ、踏み込んだ足が沈んだ。 一瞬、体が重力から解放される。そしてなにかに叩きつけられる感触。沈み込む感触。 息を吸おうとしたら、水が流れ込んできた。 「ガボ! ゴボ! ゲボ!」 もがく、もがく、もがく。 旱魃の打撃から立ち直った、川の流れは速かった。 流されていく、どこまでも。 「キャハハハハハハ!! ホンモノの馬鹿~! 川に飛び込んでやんの!」 「あったま悪~い! 目の前に川が見えていたのにね!」 「もしかして、目が不自由なおかた、だったんじゃないの~?」 「キャハハハハハハハ!! もう最高!」 <処罰者たち>は流されていく、<許されざるもの>を見て、笑った。 <許されざるもの>が視界から消えても、笑い続けた。 「ねえ、それどうすんの?」 「これ? めんどいからこうするわ」 妊娠した<処罰者>は、かつての同属の幼生を、川に投げ込んだ。 「キィ・・・・・・キィ・・・・・・」 赤子は、あっという間に見えなくなった。 「あ~すっきりした」 163 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:59 [ IecOf5Vs ] 2-2-1 しばらくの間、<聖なる任務>を休むつもりだった。 しかし、親交の深い同胞の、行方不明になっていた赤子が、 <許されざるもの>に食べられたという、目撃情報を得たとき、 居ても立っても居られなくなった。 友人は、その報告を聞いて失神した。 部落には医者が居ない。医療技術はほとんどなかった。 ましてや、心に受けた傷を治す方法など、知るよしもない。 せめて仇を取ろう。そう誓った。 これから子を持つ身として、友人の痛みが我がことのようにわかった。 そして、襲撃部隊を組み、探索を行い、罪人を発見し、首尾よく制裁を加えることに成功した。 <許されざるもの>にも、生意気なことに子供がいた。 かのものは、高等な種族の汚れなき赤子の命を、汚れしものの命に変換したのだ。 許されざる大逆だった。 しかし、その悪の芽も摘むことができた。 あとは、部落に帰るだけである。 帰るだけだった。 激流を渡す唯一の橋。 突然、壊れた。 先頭を進み、最初に渡りきった彼女だけが生き残った。 皮肉なことに、先刻、他者に与えた運命を、今度は自分たちが与えられるはめになった。 幸い、陣痛こそなかったが、疲労もあり、突如として多くの仲間を失った精神的打撃も 重くのしかかり、その足取りは重かった。 ドドドドドド・・・・・・。 彼女も、この音は聞き覚えがあった。馬の蹄の音である。 背後から騎者が迫ってきていたのだ。 「とまってぇぇ~!」 両手を振り、騎者にコンタクトを行う。 馬の揺れは、おなかの子供によくないかもしれないが、とにかく乗せてもらえれば早く帰れる。 果たして、馬はとまった。 彼女よりも遥かに寸高い、異種族の男が、馬の主だった。 「おながい! 私の村まで乗せていって!」 彼女は、彼女としては最大の礼儀をはらって、男に頼み込んだ。 しかし、男は返事をしない。 彼女を見て、呆然としているだけだ。 「ちょっと! 聞いてるの? かわいいこの私が、頼んでいるのよ!」 「おお・・・・・・神よ・・・・・・。山の神よ、海の神よ、森の神よ・・・・・・。 ああ、なんという・・・・・・この僥倖・・・・・・これは天恵! これは奇跡だ!」 男の返事はあまりに奇妙、あまりに脈絡の無いものだった。 男は呆然としていたかと思うと、やにわに小躍りせんばかりに喜びはじめた。 164 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 04:59 [ IecOf5Vs ] 2-2-2 「な、なんなの?」 「あははは! あははは! これで助かる! 妻が助かる! しかもこんなに早く!」 「いいから、私のはなしを聞きなさいよ!」 男は突然、憑き物が落ちたように、静かになった。 しばらく考えてから、喋り始めた。 「ああ、すまない。えーと、どこまで乗せていけばいいんだい?」 「谷よ! 谷! 私たちしか知らない谷! そこに私たちの村があるのよ!」 「もしかして、ここのことかな?」 男は、古い羊皮紙の地図を、彼女にしめした。 「えー、難しいのはよくわかんないよう。でもたぶん、ここのことだと思うよ。早く連れて行って!」 「どうやら、間違いない・・・・・・。ところで喉は渇いていないかい? 出発するまえに一杯どうかな?」 「甘いのじゃないといやよ。すっぱいのでもいいけど」 「甘い飲み物だよ。果実をすりつぶして、こしたものだよ」 「ちょうだい!」 男は腰から水筒をはずして、彼女に渡した。 「おじさん、ありがとね!」 彼女は、まったく遠慮せずに、水筒の中身を一気に呷った。 「ふーう、おいしかったー。こういうものがあるなら、もっと早く出してよね!」 男は馬の横に括りつけた荷物から、なにかいろいろな器具を取り出している。 「ちょっと、なにしているの? 早く村に連れて帰ってよ!」 「ああ、少しまってね。もうすぐ終わるから。・・・・・・ところで気分はどうだい?」 「あれ? そういえば、なんだか・・・・・・体が重いような・・・・・・」 男は、大股で彼女に近づいてきた。手に刃物を持って。 「ちょ、ちょっと!どういうつもり!」 彼女は逃げようとするが、体に力が入らない。 立っていることすらままならず、その場にへたり込んでしまった。 「このまま、何も知らないまま死んでいくのは可哀想だから、説明してあげるよ。 まず、さっき飲んでもらった水は、実は痺れ薬なんだ。 とてもすまないことに、痛覚はそのまま残ってしまう薬なんだよね。 本当は、完全な麻酔にすべきだったんだろうけど、生憎と持ち合わせがなくてね。 本当にすまない」 「な、なんなのよう! 私をどうするつもりなのよう!」 彼女はじたばたともがくが、陸に上がった蛸のように、まったく動けない。 「単刀直入に言おう。君のおなかを切り開いて、あかちゃんを取り出させてもらう」 「しっ! しぃぃぃぃぃぃぃぃ!! なんで! なんで、そんんあことするのよおう!?」 男は済まなそうに<説明>を続けた。 「実はね、私の妻は病気なんだよ。それもとっても重い病気なんだ。 いろいろ試してみたけど、治らなかった。 でも、古い古文書に、『人のごとく振舞う猫に似た種族』の胎児を食せば治る、と書いてあったんだ。 それで、藁にもすがる気分で、君たちの里を目指したんだけど、その途中で、しかも、妊娠している、 『人のごとく振舞う猫に似た種族』に出会えるとは! 神の恵みに違いない!」 「いやよ! いやよおう! だれかあ、たすけてぇぇぇ!」 「すまない! 楽に死なせたあと胎児を取り出す方法もあるんだけど、古文書には、母親が生きた状態で 取り出さないと、効果がないと書いてあったんだ。本当にすまない!」 165 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 05:00 [ IecOf5Vs ] 2-2-3 男は、帝王切開の要領で、彼女の腹を切り裂いた! 「あじぃぃぃぃいぃううううぃぃぃぃ!!!!!!」 彼女は泡を吹きながら、悲鳴を上げた。 想像を絶する痛み。しかし、薬の副作用なのか、気絶することができない! 痛みもまったく和らぐ様子がない。 男は、彼女と胎児をつなぐ、臍の尾をはさみで切断すると、大きなやっとこのような器具で、 胎児を掴み、彼女の胎内から摘出しようとする! 「ぎゃばじしぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁあああああ!!!!」 胎児はなかなか外に出ず、男は引き抜こうと、力任せにひっぱった。 それが彼女に、すさまじい激痛を与える。 このままでは引き抜けないと悟った、男は“へら”のような器具で、<産道>を広げようと試みた。 男の乱雑なへら使いは、彼女の腹をかき回し、新たな苦痛を与える。 「ひゃばじぃぃぃ!! ばはじしぃぃぃ!!!!」 しかし、苦闘の末、男はついに、胎児を抜き取ることに成功した。 「やった! これで助かる!」 胎児を防腐効果を持つ薬液に浸し、皮袋に詰め込む。 「すまなかった! 本当にすまなかった! 私は、急いで村に帰らなければならない! とどめを刺してあげたいところだが、その寸暇もおしい。では、さらば! 君にも、神々の恵みがありますように!」 男は馬に乗り、現れたときよりも、速く、風のごとく速さで去っていった。 「はふぃえ・・・・・・はひぃえ・・・・・・わはしの・・・・・・あふぁちゃ・・・・・・ん・・・・・・」 彼女が絶命するのには、まだしばらく時間が必要のようだ。 166 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/07(月) 05:00 [ IecOf5Vs ] 2-3 探求の旅から帰ってきた、彼を待っていたのは奇妙なモニュメントだった。 辺りはすでに暗く、よく見えないが、それは赤黒かった。 そして、辺りに立ち込める血の匂い・・・・・・。 彼は、恐る恐る、<モニュメント>に近づいた。 突然、辺りが光で満たされた。 まぶしさに彼は目を覆った。 「な、なんだあ!?」 彼は、ゆっくりと目を開いた。 そこには、妻がいた。 ただし、吊り下げられていて、要所要所に金属の楔が打ち込まれていて、全身の皮をはがされていたが。 そして、村人たちが、<モニュメント>と彼を囲んでいた。 「あ、あの・・・・・・これは、一体、何なんですか?」 彼は、村人たちに――とくに村長に対して質問した。もっともな質問を。 「悪霊払いじゃ」 村長は率直に答えた。 「おまえの妻は悪霊に憑かれていた。放っておけば、どんな禍が招かれることか、想像もつかぬ」 「村長! 奴の馬からこんなものが!」 村人のひとりが、ひとつの皮袋を村長に手渡す。 村長は中身を確認し、うっと呻く。 「皆の衆! よく見よ! これぞ、人に似て人にあらぬ生物の胎児よ! 邪道の秘薬! 悪霊使役のための触媒よ!」 彼は、なにもいえなかった。 「それは違う」、「濡れ衣だ」、あるいは、「迷信に支配された愚者どもめ」など、いいたいことは たくさんあった。 だが、なにもいえなかった。 村人はじりじりと<輪>を狭めていく。 じりじりと。