散華萌芽/1

Last-modified: 2023-02-04 (土) 20:20:13

「…っはー!今日もようやく終わったぁ」
「おーおーよかったなー」
桜樹学園高等部。進学校と名高く、国公立狙いの猛者が集まる…所謂お嬢様学校。とは言っても共学なのだが。
「俺は帰るぜ!じゃあな、伊織」
「さいなら~」

この学校の1年生に属する伊織。彼も国公立狙い…と言うわけではなく。
しばらく座っていた伊織だったが、人もまばらになるとおもむろに立ち上がり、歩き始めた。

(確か今日は…)
すると急に進路を変え、高校職員室に向かった。

高校職員室に着いた伊織は、ノックをし扉を開ける。
中にいた先生はチラリと一瞥したものの、また目線を各々のやるべきことに向けた。
伊織はそれを確認すると、後ろ手に扉を閉めながら内に入った。誰も咎めない。
そのまま職員室のど真ん中を突っ切っていき、奥まったところにある扉に手をかけた。
ノブを傾けると、重い音を立てて扉が開いていった。

すると、地下室に続く階段が現れた。学校の先生らも行こうとしない、曰く付きのもの。
伊織はその階段を下っていく。
1番奥の突き当たり…ただのコンクリートの箱に到着すると、伊織は手を横に突き出した。
彼の手先は桜に包まれ…あるものを形作った。否、彼の手に転送(・・)した。

…刀だ。
彼はそれを鞘から抜くと、無駄のない動きで振り上げた。

「断絶」

刀の軌跡を中心にに薄い水面のような…それでいて、行く先をはっきりと映し出しているポータルが顕現した。
華麗な動きで刀を鞘に納めた彼がそれに入ると、それには波紋が広がり、やがて空中に希釈した。

「来たか、“桜花”」

「…今日の仕事は」

彼は最も奥まった場所に座っている…桜樹学園理事長の前に立っていた。

「やる気なのはいいことだ。では今日はここに行ってもらおう」
そう言って理事長が指した場所は地図上は学校近郊。しかし伊織は、
「遠くないですか?流石にこの距離を移動するのは…」
「いいや。大丈夫だ。今回の件は戦闘ではないしな」
「…何をすれば?」
「“白狐”にコンタクトを取れ。近々『百鬼夜行』が起こる」
理事長がそう言うと伊織は動揺したように、
「また…いえ、そうですか。わかりました、至急行って参ります」
「気をつけてな」
「言われなくとも」

そう言うと伊織は後ろのドアから出る。そこには学校の廊下─と言っても桜樹学園のものではないが─が広がっていた。
この完全木造の構造物に伊織はよく疑問を抱く。…なぜ燃えないのか、と。
この学校は妖術を教える学校。攻撃術でスタンダードなのは炎のはずだが…

そんな考えを振り払うように、彼は歩き出す。
木の軋む音を立て、昇降口まで行くと彼は既に佩いていた刀を抜き、斜めに振り抜いた。

「断裂」

彼はその裂け目に入った。


「おや…よく来たの、坊主」
「会いたくはなかったんだがな…」
「そのようなことを言うでない…親のようなものではないか」
「生憎産んでもらった覚えはないんでね」
「ふふ、そうかえ」

裂け目から出ると、目の前には白い毛の塊が。
否…伊織は白狐の屋敷の庭に出て、白い塊は白狐その人(人?)である。

「して、今日はどんな面白いことが?」
「爺さんが…『百鬼夜行が起こる』、と」
伊織がそう言うと、自分の尻尾から出て来た狐は鋭い視線を投げかける。

「…最近、間隔が短いような気がするのは気の所為ではないかの」
「それはこっちが言いたい」
「ふん…」

暫くの静寂。狐は何かを考えている様子だったが、
「仕方ない。こちらから出向こう」
「霊域が壊れるけどいいのか」
そう言って池の水面に浮かんだ大量の桜の花弁を見る伊織。
しかし、白狐はそれを一蹴した。
「よいよい…どうせ後で創り直せる」

暫し支度をするから待っておれ、と言い残して彼女は屋敷の奥へ戻っていった。
伊織はやることもないので縁側に座り、舞う花弁をただ眺めていた。

─彼は国公立を狙っている身ではない。彼はただ、理事長に拾われた身なのです。ですから…
─黙らんか。彼奴は私の孫だ。何度言えばわかる?

ふと、つい最近とある先生と理事長が話していた声が甦る。
(拾われた身…)
下手したら本当に…

「何をしておる。行くぞ」
その声に思わず立ち上がる。
「元気じゃの」
「びっくりしただけだ」
「吃驚するくらいだったら刀を抜くぐらいせい。死んでも知らんぞ」
「ここにはあんたしかいないからな、油断くらいさせてくれ」
「見栄っ張りめ」

悪戯っぽく笑われる。それに伊織は抗議したものの、取り合ってもらえない。

「ほれ、我が一緒に行ってやる。良かったの、お主は何もしなくても良いぞ」
「…わかった、ありがとう」

すると狐はポータルを展開した。背中を押され伊織は入る。


「─よし、出られたの」
狐がそう言うと、出てきたポータルに罅が入って、砕け散り霧散した。

「ほら、早よ行かんか。すぐそこじゃろ?」

伊織が歩き出すと、白狐はそれについて行った。
「それにしてもここに来るのは久方振りじゃの。彼奴も元気にしておるじゃろうか」
「元気だよ。前なんか先生と喧嘩してたし」
「もう散るのに元気じゃの…全く」

妖怪からして“もう”なんだろうと伊織は思うことにした。

「さて、ここだね」
「有難う。もう良いぞ」
頷くと、白狐は部屋に入っていった。理事長が驚く声がしたが、すぐさま扉が閉まり、その後は聞こえなかった。

それを見届けると、伊織は元の世界に戻った。


──断絶。