散華萌芽/2

Last-modified: 2023-02-27 (月) 20:56:41

伊織が建物から出てくる。彼はそのまままっすぐ歩き出すと、急に止まった。頭上を見上げる。
すると、伊織の目の前に少女が着地した。

「…桜花、伊織。あなたね」
「…?」
その少女は伊織を眺め回した後、自身の名前を言った。
「私は梅園瑞樹。あのお爺さんから話は聞いてないかしら」
「…いや、なんも」
「そう…」

会話終了。暫く経つと、伊織は背中の荷物を背負い直して、
「…話がないなら帰るぞ。じゃあな」
「あっ、待って桜花!」
「何?」

「その…一緒に帰りましょう。家同じだから」
「ん…?」
言われた内容に伊織は困惑する。家が同じ…?
「方向が一緒ってこと?」
「いえ、家よ」
「…???」

それに瑞樹はやれやれといったジェスチャーをし、伊織の腕を引っ張った。
「本当に何も聞いていないのね…帰りながら説明してあげるわ、行きましょう」

彼女はしばらく行くと、急に歩みを止めた。
「…あ、道がわからないわ。教えてくれるかしら」

「ああ…つまり同じ仕事をこなしてもらいたいからこのマンションの隣の部屋に…ってことね」
「そういうことよ」
「同じ家ではないな、うん」

そうなのかしら…と頬に手を当てる瑞樹を尻目に、伊織は荷物を置く。
なんたってここ、伊織の部屋なのだ。

疚しい物が置いてある…というわけではないのだが、女性…しかも同年代を部屋に上げるのには伊織にとって敷居が高い。
相手が今日知り合った相手ならなおのことだ。
まあ、伊織にとっては瑞樹が同じ部屋じゃないことに安堵しきっているのだが。そんな成人向け漫画のようなシチュエーション、羨ましいが実際にあったら大変だろう。

「んで、いつまでここにいるんだ?」
「ああ、確かにそうね。もう帰るわね、ありがとう」


彼女が帰った後、伊織は瑞樹について考えていた。とはいってもそこに下心などはなく、ただの分析のようなものなのだが。
(校舎から飛び降りて無事…なくらいには身体能力は高めなんだろう。妖術使って軽減した…とも捉えれるけど…)
確か校舎は十数メートルある。並みの人間が耐えられるわけがない。
そのほか、伊織は彼女の所作についても考えてみたが、妖術を使う以外の特徴はとうとう見つけられなかった。
手をもっと見ておくべきだったか…と、半ばストーカーのような思考に陥っている伊織だったが、その思考はたった今考えていた人の声によってかき消された。

「桜花、どうしたの?」
「…!?」

どうやって入ってきた、と伊織は言おうとしたが、一足先に瑞樹からその答えが返ってきた。
「鍵、開いてたわよ」
「ああ…で、どうしたんだ?」
「ちょっとわからないことだらけで…教えてもらえるかしら?」

やはりこの女は抜けているところがあるな、と思った伊織であった。

(…今聞けば良いのでは?)
洗面所の仕様を説明しながら伊織は思った。
しかし聞いていいものだろうか…と伊織は迷ってしまう。いいや仕事のためだ…と思いつつも声が出ない。
伊織は諦めて洗面所の説明に戻った。これが終わったら話そう。

と、側から見れば恋心を抱いているかのような態度で接する伊織。それに瑞樹が気づかないわけもなく…
「大丈夫?体調が悪いなら…」
…伊織が抜けていると評したのは的外れではないのかもしれない。
それに伊織は説明を一旦中断し、その質問に大丈夫だと答えた。

説明が終わり、リビングに伊織を招くと瑞樹は彼に問うた。
「もしかして…私が何の妖術を使うのか聞きたかった?」
伊織は心境を言い当てられたことに驚き、それに肯首した。

「私はフィジカルが弱くって…昔から妖術で補ってきたんだけど。ほら、この通り」
そう言うと彼女は手近にあったコップを凍らせてみた。それに伊織が驚く。
本来、水気もないのに物を凍らすのは至難の業なのだ。
そのコップに伊織が手を触れる。冷たい。

「本当に凍ってる…」
「すごいでしょ。母が唯一誉めてくれたことなのよね…」
そう言って寂しそうに笑う瑞樹。直ぐに元の顔に戻ったかと思うと、
「ほら、私も見せたんだからあなたのも見せてよ」
伊織はそう言われると、一瞬呆けたが直ぐに持ち直し、手に持っていたコップに桜の花弁を詰め込んだ。
「桜…季節外れだけれど綺麗ね。徒花…っていうのかしら」
「妖で出した桜が徒花というのかはよくわからないけどな」



しばらく妖術について談笑をしていたのだが、瑞樹は急に立ち上がるととある提案をした。
「ねえ、一回手合わせしてみてはどう?」
一瞬逡巡したが、伊織は宿題をやりたい…と断った。闘争本能が疼いたが成績には勝てない。それに加え今日は白狐に会って妖力を消耗している。
瑞樹にも宿題をやることを勧め、伊織は自分の部屋に帰った。彼女も残念そうだったが、一定の成績を維持しないと伊織も退学になってしまうのだ。



──翌日。
伊織は体の中に空虚さを抱えたまま覚醒した。妖力がうまく回復しなかった時と同じ感覚だ。
(…?)
しっかり眠れたはずなのに、どうして…と伊織は頭を抱えた。
幸にして今日は仕事の予定も入っていないしいいのだが、不快感が凄まじい。

伊織はベッドから這い出ると、おもむろに伸びをし、学校に行く準備を始めた。



「ん…?」

瑞樹がベットから起き上がる。
少し胃もたれのような感覚がするが、一体なんなんだろう…と、首を傾げたが、彼女の頭の中にそれを解決する記憶はなく。
少し不快だが、いつもより動けるような気もする。それで不快感を相殺できるだろうと考え、鼻歌を歌いながら準備に向かった。

「おはよう、桜花」
「先行ってればいいのに…」
「…まだ道を覚えきれてないのよ」

昨日よりも元気だな、と半ば呆れたような目で瑞樹を見つめる。

「…元気がないわね。大丈夫?」
「一応な。じゃ、早く行こう」

そういうと伊織は早足に歩き出した。
そんな彼に瑞樹は小走りで追いかけた。そして問う。

「そうだ、昨日聞いていなかったのだけれど」
「なに?」
「その…武器って何を使っているのかな…って」
「もしかして、昨日模擬戦しようとしたのも…」
「そう」

まあ、教えるだけだしいいか…と彼は考える。逆に教えなかったら共同作戦にあたる時苦労するだろう。
「俺は刀だ」
「刀ね!私は…槍よ。あんまり使うことはないけど」
「氷があるもんな」
瑞樹はそれに頷く。するとさらに質問を問いかけた。

「じゃあ…“仕事”はどのくらいやってるの?」
「どのくらい…俺が記憶してる限りでは半年くらいだけど…わからない。多分もっとやってる」
「記憶してる限りでは?っていうことは記憶を無くしちゃったってこと?」
「そう。少なくとも高一の…始まる前の春休みくらいまで記憶がない」

そう…とまるで自分ごとのように眉を下げる瑞樹。
「どうやって高校に入ったの?」
「そこは…ほら、コネだ」
「!?」

動揺を隠せない。終いには伊織の肩に手を置き、
「ちょっと、あそこに交番があるわよ」
などと脅される始末。しかも交番はそこに存在していない。

「あー…半分嘘。最初の記憶は理事長に拾われたところだ」
「拾われた?」
「そう。あそこの山…ええと、浅上(あさがみ)山。あそこにいたらしい」
伊織は学校の裏手にあるなだらかな山を指差した。
「んで拾われた俺は、身寄りもなかったから桜樹学園に入れられた…それが顛末だ。大雑把に言えばコネだろ?」
「…もっと言い方ちゃんとしなさいよ…」

伊織それに笑って答えると、さっきよりも早足で歩き出した。
「そろそろ時間がまずい。早く行くぞ」
「あっ…うんっ」

初めてまともに笑ってくれた伊織に、次は私の身の上話を聞かせてあげないとな、と思いつつ、仲良くなる計画一歩前進!と内心大歓喜する瑞樹であった。