おさけははたちになってから。

Last-modified: 2022-07-03 (日) 18:09:19

みんなの努力の成果もあり、サニピのライブは大成功に終わった。
星見寮に戻ってきたみんなを労うため、今日は完全オフにしての打ち上げだ。
寮のリビングのテーブルには注文したオードブルやデザートなどが並べられ、準備は万端。
本当は月ストのみんなも参加できればよかったんだが、あいにく東京でのレッスンに出てしまっている。

「みんな、お疲れ様!凄くいいライブだった。お客さんにも成長した姿を見てもらえたと思う」

そう言いながら、ぐるりとみんなの顔を見渡す。
疲労の色はあるが、それぞれに満足している部分と自分なりの課題をしっかり見据えているように思える。
この気持ちがある限り、彼女たちはもっともっと成長していけるだろう。

「ごめんなさいね、こんなに…」

すまなそうに言うのは遙子さんだ。
自分たちで準備すると言っていたが、ここはマネージャーとして休んでもらうことを優先した。

「いえ、みんなが頑張った後の打ち上げなんですから。これくらいはさせてください」
「…うん、ありがとう」
「カッコつけて言ってますけど、これほとんどタケミヤの皆さんのご厚意ですよね」

ジト目なのは、怜だ。
そう、今回の料理の数々は、元バイト先のスーパータケミヤさんで買ったものだ。
イベントなどで俺の顔も覚えられていたようで、みんなの打ち上げのための料理を買いに来た旨を告げると、
怜を可愛がっていた皆さんがこぞってあれもこれもとオマケを付けてくれたのだ。
(店長さんすいません…)

「はは…面目ない。まあ、こうして愛されてることもアイドルの資質だと思ってくれ」
「まったく…」
「まあまあ怜ちゃん。さ、みんなコップ持って!乾杯しよ!」

呆れ顔の怜を横目に仕切るのはさくらだ。こういうところでもユニットのセンターらしさが出てくるものなんだな。

「ん、千紗ちゃん、ジュースどうぞ」
「わわ、ありがとう、雫ちゃん」

こっちはほほえましいな…。

「牧野くんはどうする?ワイン開けちゃうけど、一緒に飲む?」
「もう開けてますよね!」

遙子さんは既にグラスに赤ワインを注いで準備万端だ。

「後で三枝さんに今回のライブの報告をしないといけないんで、その後なら…。
 周りみんな未成年なんですから、自重してくださいね」
「はーい。相変わらずお堅いんだから」

それまでに潰れているだろうから、介抱できるようにしておかないとな…。

「それじゃ、牧野さんもジュースでいいですか?」
「ああ、ありがとう」

さくらからオレンジジュースが注がれたコップを受け取る。

「さくら、乾杯の音頭を頼む」
「え、私ですか?そういうのは牧野さんの方が…」
「俺がしゃべると、微妙に説教臭くなりそうだからな」
「ふふ、言えてるかもしれませんね」

怜が茶化してくる。なんだかんだ楽しんでいるのかな。

「えっと、それじゃ…。みんな、お疲れ様!今回のライブも凄く楽しくて、胸がどきどきして…。
 また次も、素敵なライブができるように頑張ろうね!乾杯!」

さくららしい、素直な気持ちがこもった音頭だった。
一斉に「乾杯」の声を上げ、飲み物で喉を湿らせる。
思い思いに料理に舌鼓をうち、飲み、歌い、笑い。あっという間に大騒ぎだ。
そんな姿を見ながら、俺は部屋の隅で一人、呟いた。

「麻奈、見てくれたか?みんな頑張ってるぞ」

打ち上げが始まってからしばらく経った頃。

「そういえばぁ~。ワインと一緒にぃ~。おばさんが送ってくれたチョコがあるのぉ~」

すっかり出来上がった遙子さんがそう言いながらテーブルにチョコレートの箱を置いた。

「わ、すごい。なんか高級そう!」
「これ、食べちゃっていいんですか…?」

遠慮がちな千紗に、「いいのよぉ~いっぱいあるしみんなで食べましょ~」と返す遙子さん。
みんな結構食べた後だけど、カロリーとか大丈夫だろうか…。
そんな表情を読み取られたのだろうか。

「大丈夫。今日食べた分、明日、消化する」

びし!っと親指を立てる雫。
まあ、体型維持もある意味アイドルの仕事のうちか…。

「ほどほどにな」
「おけ、任せて」

みんなもう食べる気満々だったようで、一斉にチョコに手を伸ばした。

「いただきまーす!はむ」
「いただきます。…っ!?これってまさか…」

?なんだ?怜が慌てた様子で箱を確認している。

「ちょっと、遙子さん!これアルコール入ってますよ!」
「すやぁ…」

…まさか、チョコのアルコールで限界突破したのか?完全に寝落ちしている。

「あー…仕方ない、部屋まで運ぼうか」
「乙女の部屋に入るつもりですか!?私が運びますから、他の子見ててください。
 私もちょっと気分が優れないので、少し部屋で休んできます」
「は、はい…」

勢いに気圧されてしまった…。怜は遙子さんを肩で担ぎ上げると、そのまま歩いていく。
スーパーでバイトしていたからか、結構力持ちなんだな。

「あははー!はるこちゃんかわいいですよねーまきのさーん」
「!?さ、さくら?」
「なんかー、すっごいたのしいですー!」

こっちはこっちで酔っ払いか。笑い上戸…というか、いつもの数倍のテンションになっている。

「いちばんさくら!ぬぎまーす!」
「脱ぐな!?傷!傷が見えてるからボタン閉めて!ちょっと待て、水持ってくるから!座ってて!」
「えー!」

ぶーぶー言っているが、この際無視だ。
勝っておいたミネラルウォーターを新しいコップに注ぎ、さくらに手渡す。
しぶしぶ水を飲み干すと、疲れもあってかそのまま寝てしまった。

「ふう…これで落ち着いたかな」
「…牧野さん?」
「…ち、千紗…?」

恐る恐る振り返る。なんだか千紗の様子が…。
いつものおどおどした雰囲気は消え失せ、どこか淫靡な…いや17歳の女の子にその表現はどうなんだ。
とにかく、普通じゃないことは間違いない。

「私…変なんです…胸が苦しくて…切なくて…」
「あ、ああ…」
「ドキドキが止まらないんです…?触って、確かめてみて、くれませんか…?」

言うが早いか、両手でしっかりと俺の右手を掴む千紗。

「待て待て!何を…」
「私のこと、触るの、嫌ですか…?そうですよね、私なんて、こんなちんちくりんですし…」
「いや、そんなこと言っていないから…」
「あ、それともぉ…私の方からぁ…触っちゃいましょうか…?」
「何を!?」
「えぇ~?言わせたいんですかぁ~?」
「そういうことじゃないから!?」

これは…マズイ。色々な意味で!
そうこうしているうちに、千紗がどんどんと近づいてくる。

「ま、待ってくれ…頼むから…!」

逃げるに逃げられない。突き飛ばすわけにもいかないし、どうする…?
と逡巡していたら…。

「…すぅ…」
「あ…」

あわやというところで限界が来たらしい。
寝落ちして倒れ込んできた千紗の身体を受け止める。

「はぁ…危ないところだった…」

さくらもだが、部屋まで運ぶのはさっき怜に釘を刺されているからやめておこう。
ひとまずソファーに寝かせておこうか。

「よっ…と」

抱きかかえるようにして、ぶつからないように千紗とさくらをソファーに横たわらせた。
今度こそ落ち着いたか…。あれ、そういえば。

「雫?ずっと黙ってるけど大丈夫か?」

さっきまでの大騒ぎにも一切絡んでこなかったな。
様子を窺うと、変わらずテーブルに座ったままだ。

「雫ー…?」
「なに」

思わずぞくり…と背筋が凍るかと思った。いまだかつてないような、冷たい反応だ。
こちらを見もしないまま、ひたすらチョコを食べ続けている。
顔は真っ赤になっているから、完全に酔ってそうだが…。

「って、いくつ食べたんだ…」
「6個目」
「そんなに…大丈夫なのか?」
「平気」

返事はしてくれるものの、いつも以上に口数が少ない。

「なんか…怒ってる?」
「怒ってない」

どう見ても怒っている人の反応だよな…。

「えーと…その辺にしとかないか?」
「…そうする。気持ち悪く、なってきた…」
「無理に食べるから…。どうする?横になるか?」
「そこまでは、いい…でも、ちょっと休みたい」

立ち上がってソファーに向かおうとしたが、ふらついていた。
慌てて手を取って助け起こすが、まっすぐ歩けそうに無いな。

「運んでやるから、無理に歩かなくていい」
「…うん」

急に素直になったな。雫を抱きかかえると、ソファーに運んでやった。
そのまま座らせようとしたが…。

「そのまま、座って」
「?ああ」

よくわからないが、言われたままソファーに腰を下ろす。
すると、もぞもぞと腕の中で動いたかと思うと、そのまま俺の上にちょこんと座った。
それからゆっくりと体をもたれかけてきて、俺は体温や重みで雫の存在を感じた。

「…どうしたんだ?」
「別に…。千紗ちゃんとさくらちゃんを見てたら、なんとなく」
「琴乃や沙季がいたら大目玉だぞ」
「ん。だから、今だけ…」

名前を出さなかっただけで、怜はいるんだけどな…。

「なんか、安心する」
「…少しだけだぞ。
 片付けもしないといけないし、さっきも言ったけど三枝さんに連絡もしないといけないからな」
「わかってる」

まあ、頑張ったご褒美ということにしておこうか。
俺はなんとなく、雫の頭を撫でてやる。

「ライブの時、歌やダンスもだけど、トークもよく頑張ってたな。偉いぞ」
「お、おおお…!」

なんかすごい声が。

「わ、悪い!嫌だったか?」
「ち、違う…!してほしい、って思ってた。…心、読まれた?」

位置的に表情は見えないが、嫌がられていなかったならよかった。

「そういうわけじゃないけど、なんか褒めてやりたい気持ちになった」
「う…あう…」

数秒硬直したかと思うと、ぴょんと横に降りた。

「これ以上は不公平、だから、おしまい」
「ん、そうか」
「あ、急に動いたら…気持ち悪い…」
「おいおい…水持ってくるからちょっと待っててくれ」
「ごめん、お願い、します…」

俺は雫を置いて、冷蔵庫へ向かおうとした。

「…牧野さん、ちょっとお話が」

すごい顔をした怜と目が合った。

終わり

頭が痛い…。気持ち悪い…。
…ちょっと、やりすぎた。千紗ちゃんとさくらちゃんがうらやましかったのは、事実。
とはいえ、あれはない。これじゃまるで…まるで…?
どうして、だろう。牧野さんが二人を抱きかかえた時に感じた、胸の痛み。
考えが上手く、まとまらない。酔ってるせい?
…頭、撫でてくれた。嬉しかった。もっと、してほしかったな…。
もっともっと頑張れば、また、してもらえる、かな。
…あれ、何か、聞こえる…。
!?怜ちゃんに、見られてた…!?
あああ、どうしよう。恥ずかしい。死ぬ。ハラキリしてお詫び?
…ちょっとおかしくなってる。寝よう。寝て忘れよう。
おやすみなさい…。