後の(すずフィルター)である

Last-modified: 2022-07-03 (日) 21:49:57

私の素晴らしき生誕祭から数日。
いまだに牧野さんから本屋へのお誘いの連絡がありませんわ!
まったく、レディを待たせるとは不届き者ですわね。こうなれば手段はひとつ。そう、直談判ですわ!
そう意気込んで、執務室の扉の前までやってまいりました。
でもここで焦ってガンガンノックする私ではありません。あくまでも優雅に。
こんこんこん、ですわ。

「はい、どうぞ」

よかった、ちゃんといましたわね。

「すずですわ。失礼いたしますわね」

扉もキチンと音もなく閉めますわ。これも淑女のたしなみですわね。

「お疲れ様。今日はずいぶんと早いな」
「お疲れ様ですわ」

むむむ、私の顔を見ても全然察した様子はありませんわね…。
ならば直球で参りましょう。

「先日、本屋へ行く約束をしていましたわよね」
「え?ああ、そうだったな…。でも、まだそんなに日も経ってないだろ?」
「そういう問題ではありませんわ!そうやってはぐらかしてうやむやになさるおつもりでしょう!」
「いやそんなことはないが、忙しいのはわかってるだろう?」

なかなか手強いですわね。

「それならばせめて、誠意を見せていただきたいですわ!」
「誠意って言われてもな…」
「何かありませんの!?」
「うーん、それなら…ちょっと待っててくれ」

そう言って奥に引っ込んで行ったと思えば、すぐさま戻ってきましたわね。

「すず」

そう言って、私の前にかがみこんでくる牧野さん。
な、何やら真剣な面持ちですわね…?

「は、はい。一体何なのです?」
「少し、目を閉じていてくれないか」

え、えええええええ!?何ですの!?何をする気ですの!?
つい言われるがままに目を閉じてしまいましたが、これは最近読んだ小説のような展開ですの!?

「そのまま」
「は、はい…」

ごくり。
目を閉じているせいで見えないですが、確かに牧野さんが近づいてくる気配を感じますわ…!
これは、もしやこのままちゅーする流れですわね!?

「…ん?」

近づいては来たものの、顔に触れられるようなことはなく。
何やら私の耳を触っていますわね。

「よし。もう目を開けていいぞ」
「えっと、一体何を…」
「ほら、これ」

鏡を手渡されましたわ。先ほど触られていた辺りをこの鏡で見てみましょう。

「え、これは…」

見覚えがありますわ。いいえ、この私が見間違えるはずがありません。
これは、麻奈様の…。

「麻奈がデビューライブの時に付けていたイヤリング、と同じものだ。
 手持ちで思いつくものがこれくらいしか無くてな…。実物は本人が持っていたから」
「いいえ、素晴らしい贈り物ですわ!でも、こんな大事な物をいただいてよろしいのですか?」
「ん?ああ、同じのがまだいくつもあるから」

あっけらかんとした顔で言われてしまいました。

「麻奈がことあるごとに同じのを買って来てたんだよな。
 『いつでもあのライブと同じスタイルで歌えるように、常に持ってること!』なんて言って。
 そう言えばこのイヤリング、俺が最初に選ばされたんだったな。
 『私に一番似合うのを選んでね、マネージャーなんだから』って言われて小一時間くらい店先でてんやわんやだったなぁ」
「へー…そうなんですのー…」

これはあれですわね。ナチュラルにデートの惚気を聞かされていますわね…。

「ん?あれ、気に入らなかったか?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。大事にさせていただきますとも」

なんだかちょっとだけ、モヤっとするような気もしますが。

「今日のところは麻奈様に免じて引き下がってさしあげますわ。でも、本屋にもちゃんと連れていってくださいましね」
「ああ、わかってる。時間は作るから待っててくれ」
「ええ、期待させていただきますわね」

後日。
きちんと約束を守って本屋へ連れて行っていただいたのはよかったのですが。
結局お金が無くて買えずにいた小説の続きをまとめ買いしてもらってしまいましたわ…。
ま、まあ期待していた以上に面白かったので、これはこれでよしといたしましょう。
今度、牧野さんにも1巻から貸して差し上げようかしら。
そして一番面白いところでネタバレを食らわせてやるのですわ!ふっふっふ…覚悟しておいてくださいまし!

終わり