想刻のジャスティス ~Hellfire Alchemist~/第一章 一話

Last-modified: 2020-04-04 (土) 00:53:45

 -序章(ハジマリノトキ)-


「うまー!」


黒のキングとクイーンに、白のナイトがフォークをかけた。これで、黒サイドの勝利は絶望的となった。
「……降参だ。」
「やった!勝った!これで十連勝だよー!」


少年のギブアップ宣言を受け、白サイドの少女は喜び、叫んだ。教室中の注目が彼女に集まる。


…ここは魔法学校(ルーンアカデミー)。千葉県内にある歴史の長い学園である。先刻、少年と少女がチェスに興じていたのは、この学園の教室内だったのだ。
たった今、敗北を喫した少年の名は、神炎院(ヘルファイア) 邪素血巣(ジャスティス)。魔法学校に通う、もの静かな男児だ。
 その一方で、勝利に酔いしれている少女の名は、桜吹雪 舞花(まい)。邪素血巣と一緒に魔法学校に通う、元気一杯な女学生である。
 二人は、チェスという共通の趣味を持っており、学園内で行われる昼休み時のチェスは、日々の習慣となっているだった。


「やっぱ、フォークを決めて勝つのは嬉しいよねー」


 舞花のその言葉に、この俺――神炎院邪素血巣は深くため息をついた。


「本当に、舞花はフォークだけは得意だよな。フォークだけは。」
「何かそれって、私がフォークしか、とりえのない娘みたいな言い草だね…」
「いや、そういうつもりで言ったんだけど。」
「えー、それはひどいよー、邪素血巣。」


俺がこうして舞花をからかうのも、毎日のことだ。コイツはからかいがいのあるやつだ。特に、怒ったときに頬をふくらませるのなんて、最高におかしい。…俺の数少ない、心をゆるせる親友だ。
 しかし、いつまでも舞花をいじめて遊んではいられない。ふと時計の方を見やると、長針はすでに15分をさしていた。授業の始まる5分前だ。


「さて、そろそろ授業始まるから、チェス片づけるぞ」
「あ、うん。えっと、次の時間は何だったっけ?。」
「次は、確か、日本史だったかな。」


 駒と盤を片付け終わった、ちょうどそのとき、日本史の教師がやって来た。


「よぉし、席に着けぇ。えー、それではぁ、授業を始めるぞぉ。えー、教科書のぉ、にひゃくさんじゅうページぃ、さっさと開けぇ。あ、じゃあまずぅ、本文を読んでいくからぁ、ちゃんと耳かっぽじって聞けよぉ。
 今日から近代史に入るぞぉ。」


 21世紀初頭、世界は混迷の渦中にあった。経済の危機、相次ぐ争い、汚職、悲惨な事件。そして、日本に大きな痛手を与えたのは、2017年に大流行した虫インフルエンザ。
虫を媒介して感染するこの病は、近幾地方を中心に大きく広がった。そして、パンデミック防止のために、近幾周囲に広大な壁が建設され、近幾地方は人の立ち入らない魔境となった。さらに、東日本と西日本は分断され、
2023年に、日本全土で起こった、謎の大停電の後、東日本は西日本と連絡が取れなくなり、西日本は暗黒の地と化した。
また同年、青函トンネルが何者かに破壊され、ブリザードが北海道を包み、北海道と本島間の交通網は実質的になくなった。このブリザードは現在2033年まで、10年間、一度も止まずに吹き続けている。
2023~2033年の間、東北地方では地獄生物「なまはげ」が大量発生。人々はなまはげに食いつくされてしまった。
同時に福島県から勢力を拡大しはじめた、赤べこは北のなまはげ勢力、南の群馬・栃木の二勢力への進出をもくろんでいる。
 一方南の楽園九州はというと、阿蘇山の噴火により、あとかたもなく吹き飛んでしまった。この事態を日本の先制攻撃と勘違いした某北の将軍の国「チョウセン」は、日本の両国国技館へ爆撃を行い、
日本とチョウセンは第二次日朝戦争へと突入したのだった。反チョウセン国家である韓国、ドイツ・イタリアは日本と連合を組み参戦。
しかし、ヨーロッパ諸国、アメリカなどの新資本主義国家はチョウセンへの武力制裁に反発。国連は日本の連合軍(枢軸国)に対し、停戦を勧告した。
しかし枢軸国はこの勧告を無視しチョウセンとの戦争を続けた。
8年後、チョウセンからのテポドン・ノドンによるコンビネーション攻撃、国連からの武力制裁により、不利な状況に。これを受けた韓国は以前の韓国併合の借りを返さんとばかりに新資本主義国家へと寝返った。
しかし、それこそが日本の真のねらいであった。韓国を目の上のたんこぶだと感じていた日本にとって韓国の日朝戦争参戦はじゃまだったのだ。
日本が不利になれば必ず韓国は裏切ってくる。そのために日本は不利な状況を演じていたが、韓国が敵になったことで日本は遠慮がいらなくなった。
日本はIAEAにかくれて作っていた新核兵器「黄金右衛門(ゴエモン)」を使い、戦争に勝利し、みごと朝鮮半島を手にした。


「とまぁこのよぉにぃしてぇ日本はぁできたってゆうかぁ↓」


あいかわらずのスイーツ口調で授業は進んでゆく。


「じゃあ↓おわるってゆうか↓」


こうして授業は終了した。


「授業おわったぞー、起きろー」
「んあ?」


アホな声を出して起きる舞花。こいつが授業中起きているのを俺は見たことがない。


「あはは、いつのまにか寝ちゃってたー」
「ちなみにそれを言うのは本日四回目だ。そして今、四時間目がおわったところだ。」
「"回復魔術"と"物理"のときは起きてるよ。」
「すくねーよ」
「しかし…ついにやつらが来たようだな。」
「ふむ、さすがは、神炎院 邪素血巣。私の気配に気付いたか」


俺の前には邪竜四天王の一人、外道院 卑鬼が立っていた。


「邪素血巣。お前には消えてもらうとしよう。」


卑鬼は一瞬で背後へ回りこんできた。卑鬼の手から雷撃がほとばしり、射出される。
が、邪素血巣はそれを避けなかった。雷撃が邪素血巣の体中を走り、苛む。


「ぐわああっ!」
「邪素血巣!」


泣きそうな顔をした舞花が駆け寄り、


「邪素血巣!邪素血巣、大丈夫!?今、回復まほうを…」
「止めろ、俺に構うな。それよりも、教室の皆を外へ避難させろ」
「そんな、あなたを置いて行くなんて、そんなこと…」
「いいから、速く!……ここは俺に任せろ」
「…信じるからね。一生に一度の約束だよ。」


舞花は、きゅっと、くちびるをかみ、震え上がっているクラスメイト達を連れ、走っていった。


「クックック…とんだ茶番だな」
「何だと?」


邪素血巣は、卑鬼を睨みすえる。


「私の放った雷撃、あれをオマエが避けていれば、あの舞花とかいう女に直撃していた。
 ただそれだけで済むことだろうに、あろうことかオマエはかばった!人間の犠牲精神とでもいうのか?まったく、下らなすぎて笑えてくるわ」


教室中に卑鬼の哄笑が響く。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ…!」
「あの世で私を恨むが良い!」
「塵に帰せ!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うわあああっ!!」


卑鬼の放った雷迅が邪素血巣の体を貫いた。邪素血巣の口内から血があふれ、膝がガクガクと震えた。


「この程度か、神殺しのヘルファイアよ…」


つまらない、とでも言いたげな表情。
肩を落とし、嘆息する。
卑鬼は、退屈していた。力の差は歴然としていた。


(何だ、こいつは…!?今まで戦ってきた奴等とは比べようがない…!)


動揺、不安、恐怖。それら全てが、邪素血巣の足を縛りつけている。まるで下半身が石のようであった。


「クククク…私が恐いか?圧倒的な力におびえているのか?」
「黙れ…!黙れぇっ!」


邪素血巣の必死の抵抗、真紅の炎の障壁は、徐々にその勢いが弱まりつつある。


「ふん…もう良いだろう。あの世で私を恨むが良い!」
「…くっ!」


その時、教室中が闇に包まれ、雷光が四方を巡る。
部屋の中心に奇怪な文様が現れ、魔力が満ちる。
――これが、魔法陣と呼ばれるものである。


「詠唱…魔法だと!?」


卑鬼の不敵な笑みに、戦慄が走る。


「我が手に炎を。その形は剣。その役は断罪。灰は灰に。塵は塵に。吸血殺しの紅十字!!我が身を喰らいて降臨せよ!魔女狩りの王イノケンティウス!!」
「右目にモコシ、左目にオグン。雷を宿し、風を宿し、堕ちた神王(エンヴィー)は森羅万象をなぎ払う。喰らえ!"雷王領域(イグナ・ゾーネ)"!」


 そして、双方の魔法(チカラ)がぶつかりあい、部屋は光に満たされる。窓ガラスは粉々に砕け散り、机と椅子は吹き飛ばされ、チェスの駒が宙を舞う。


「ば…ばかな!!魔術自体のレベルはこちらが上のハズなのに…!!」
「割り込み詠唱さ。」


卑鬼は言った。


「割り込み詠唱…だと?!」
「貴様の呪文に干渉し俺自身の術式の力を増大させてもらったぜ。これにより、オレの魔法の威力は通常の2.66倍になったのさ…!!」
「オレの呪文を上回るなんて…!!う…ウソだろ?!」
「さて、貴様とのおしゃべりにも飽きてきたぜ。ジ・エンドだ。」


卑鬼の指先から雷龍(ヒュドラ)が飛ぶ!!


(俺ももはやこれまでか…!!舞花、河流羅、お前たちともっと一緒にいたかった…
 そして父さん、母さん、一目会いたかった…)


だが邪素血巣は死んでいなかった!!邪素血巣の前には一人の少女がたたずんでいた。


「河流羅…?!」
「封神の人事派遣部門でのごたごたのせいで遅れちゃったんだけど…もう少しうまく戦っていてくれてると思ってた…」


いきなり河流羅にダメ出しされる俺。河流羅は俺の義妹であり、俺と同じ「封神」のメンバーである。


「ここからは私にまかせて。お兄ちゃんは後ろでチェスでもしてて下さいな」
「いや、チェスはすでに卑鬼の攻撃のせいで駒がいくつか紛失してるから…って、いきなり戦力外通告?!」
「ちゃんと私の本音をわかってくれる所がお兄ちゃんの良いトコだよね!」


さりげなく扱い、ひどくない?


「それにその様子だと魔力もあまり残っていないよね?」
「ぐ…!!そんなことはないぞ?魔女狩りの王(イノケンティウス)で魔力のほとんどを使ってたりはしないぞ?」
「魔女狩りの王を使ったってことはもう魔力残ってないじゃん!」
「しかも割り込まれたし…」


舞花が何か言っているが、俺には聞こえない。


「茶番もそこまでとしたいのだがね?2人まとめて消し去ってくれる!」


卑鬼の指先から雷龍が飛ぶ!しかしそれを河流羅は氷の壁で防いだ。


「ふむ、氷の魔術者か。おもしろい」


河流羅は部分冷却を使って相手の足本に氷を発生させ、足を氷でつかまえようとする。
それを卑鬼は飛んでかわす。
空中の卑鬼に対し河流羅は氷製の飛び道具で攻撃する。


「身動きのとれない空中をねらってくるとは…だが!」


卑鬼は雷龍で飛び道具を撃ち落とす。そしてそのまま雷龍で河流羅に攻撃する。
が、それはまたしても氷の壁を盾にされて防がれる。


「なるほど、その氷の盾は少々やっかいだな。範囲も生成速度も申し分ない。それに透明であるからガード中も相手の様子がわかる…」


本当に河流羅はすごいやつだ。普通あれだけの魔術を使い続ければ魔力はすぐになくなってしまうのだが、彼女は魔力の調合がうまいからそうならないのだ。
河流羅にまかせておけばこの戦いも勝てるのだろう。
だが…それは兄として、いや、主人公としてのプライドが許さなかった。


「河流羅…お前は十分にがんばった。あとは俺にまかせておけ。」


俺はそう口走っていた。


「へ?いやこれからが勝負なんだけど…?」


河流羅は困惑しているようだ。


(お前、少し空気読めよ。これじゃ主人公である俺の立場がだな…)


河流羅にそう耳打ちする。


(まあ…わからなくもないけど、勝算はあるんだよね?)
(………)
(もういいよ、わかったよ。見栄張りたいなら勝手にして。)


さすが俺の妹、兄のことをよくわかってるじゃないか。
河流羅は、


「あー、私も実際のところ魔力の限界近くてギリギリだったんだよねー。これ以上は無理だから、お兄ちゃん助けて―」


と、わざとらしく言うと、戦闘から離脱。氷の魔術でチェス板と駒をつくり出すと、そのまま舞花とチェスをし始めてしまった。


「どうやらあの小娘も魔力の限界だったようだな。結局俺の相手は貴様一人のようだな。」


卑鬼は余裕の表情を見せる。


「貴様が私に勝てる可能性は0に近い…」
「俺は…舞花や河流羅のためにも…負けるワケにはいかない!
 たとえ1%の勝機だったとしても、俺はそいつにすべてを賭ける!」
「ほう、言うようになったな小童が。では、その1%の勝機とやらを…現実にしてみろ」


卑鬼が雷龍を飛ばす!!
と同時に舞花と河流羅も序盤戦を終え、はげしい戦いをくり広げていた。


「ふむ…このポーンを取ってしまうと相手に有利な展開になってしまう…
 だけどこのままだとルークか馬が取られてしまう…こんな手が存在するとはー」


俺は卑鬼の攻撃の間をぬいつつ、炎で攻撃をする。
と、卑鬼がいきなり俺との間をつめて、電流を帯びた手刀で攻撃してくる。俺はとっさにそれをよけたが、続け様に打ってきた雷龍が命中!
俺はふきとばされた。


「うまー!」
「ぐぬぬ。ここに来て馬のフォークとはー…すべて読み切りだったのか…!」


さきほどの河流羅との戦闘のせいか、雷龍にさきほどまでの威力はないようだ。俺はかろうじて持ち直した。


「言ったであろう。貴様と私では実力差がありすぎる。1%の勝機など所詮弱者の夢物語だったのだよ。」


俺はいまだに1%の勝機を見出せずにいた。奴にも何か弱点があるハズなのだが…


「なんですと?!そんな手が…そうか!ここの読みが抜けていた!」
「さっきの馬にはヒヤリとさせられましたが…これで私のポーン1つのアドバンテージです。」


やはり奴をたおすには「魔女狩りの王」しかない。だがそれには呪文の詠唱が必要不可欠。
俺の実力では奴からの割り込み詠唱は防げない…。
ならばプロテクト用の魔法陣で魔術をプロテクトすればいいが…。
そんなものを今から書いていてはスキができてしまうし、奴に気付かれてしまう。


「さあ、どうした、神殺しのヘルファイア。万策つきたか?」


卑鬼が飛びかかってくる。
俺はそれをギリギリでかわし、炎弾で反撃する。
しかしそれも卑鬼にかわされてしまった。


「もうコレしかない!」


俺は魔力を全て使い切り、呪文を詠唱する。


「灰は灰に、塵は塵に…」
「ふん、またそれか。さきほどの二の舞になるのがわからんか?!右目にモコシ、左目に……」


卑鬼は割り込みをしようとする。
しかし、卑鬼には違和感があった。


「なに…!!割り込めないだと?!」
(奴では俺からの割り込みは防げないハズ…それにプロテクト用の魔法陣もないのに……)


しかし魔法陣は卑鬼のすぐそばに存在した。さきほどの邪素血巣の反撃のための炎…それがプロテクト用の魔法陣をえがいていた。


「あの炎は反撃のためではなく…はじめから魔法陣を書くのを目的としていたというのか…!?」
「外道院卑鬼、少し俺を見くびりすぎたようだな」


邪素血巣はすでに「魔女狩りの王」の詠唱を終えていた。


「俺の1%の勝機がお前を上回ったようだな。終わりだ!」


邪素血巣の魔術が卑鬼にクリーンヒットした。


「ぎゃああああああ!!」


教室中が熱気につつまれる。


「ぎゃーチェス板が溶けたよ?!」
「せっかくの名勝負がー」


などと言っているうちに卑鬼は倒れた。


「仲間への思いが、また俺を強くしてくれたようだ。
 どんな優れた魔術も、人の思いの前では何の役にも立たないのさ」


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その頃、邪神竜社(イルンダ)本部――


「どうやら、卑鬼のやつは倒されたようだな」
「仕方ねぇなぁ。そこまで雑魚だとは思わなかったぜ。」
「まぁ、あの方は邪竜四天王の中でも最弱ですからね。しょせん、その程度でしょうな」