「やぁ、ひさしぶり。元気。」
「あ、いらっしゃい…」
めったに店に人が入ってこないので大和は少しおどろいた。
この店は建前上は八百屋としてフレッシャベジタブルを売っているのだが、本当は…
「武器かい?」
そう、ここは荒れはてた時代の深い深い闇。武器ならなんでも扱う便利屋である。今店の中にいる二人も、また…
「野菜がほしいだけよ」
無論野菜も売っている。
「何…!?野菜を?」
「ああ、売ってるんだろう?」
「少しばかり必要でな」
「この俺たち…封神十傑集がな!」
8人の怪しげな人物が店内に入り込んできた。
「改めて紹介しておこう!俺は"百界獣王虎牙"!」
勇王は魔族に牙をむき、
「儂のことは覚えておるか?儂は"極上たるヤナギサワ"よ…」
極上の生き血をすすりつつ、
「私のことを忘れてもらっては困るな。この"真宵の明星"を!」
天空の明星に復讐を誓う。
「次は儂の番だな。儂は"衝動のアーベルジュ"だ」
正義の衝動にこの身は震え、
「………我は"正系の夜鬼"だ…」
やがて、夜の鬼と成り果てよう。
「私からも言っておこう…"明け暮れる妖鬼"である」
幾千のいくさに明け暮れて、
「俺も紹介してやろう。この俺こそ、"頼もしきディッツラカルド"だ!」
頼もしさをこの心に宿し、
「ワタシの番ですかな…?ワタシは"誘惑のクレアンテス"ですよ」
いかなる誘惑にもなびかない。
「…ん、俺もか?仕方ない。俺が"ヘッド・ザ・レッド"だぜ」
赤頭をひっさげ駆ける。
「十人十色。そのシメは私だ。"命の鈴の行徳寺"」
その背に命の鈴が鳴り響く!
「「「「「「「「「「我等最強十傑集!!」」」」」」」」」」
……
…決まった。完璧に決まった。
「それで、どの野菜がご入り用かな?」
「…ぬぅ、儂らにびくとも動じぬとは、流石は神炎院と言ったところか、雷よ」
「恐ろしいスルー力じゃのう…」
ヤナギサワの額に冷や汗が走る。
「我らは欲す……」
「北海道のタマネギと、鹿児島のサツマイモをあるだけ」
「北海道、鹿児島だと…!?」
雷の額に冷や汗が走る。
「おや、ないのですか?八百屋なのに?」
「品揃えが悪いな。店ごと真っ二つにしてやろうか?」
「ま、待て!両方ある!あることにはあるが…!」
「どうしたのです?金ならばいくらでもはらえますが?」
「わからないのか?北海道・九州の野菜、しかもよりによってタマネギとサツマイモだぞ?
それらは国でA級の重要監視対象になっている。法でそれらの取引きは禁じられている。」
「問題はありません。封神は国の機関に対して強い影響力がある。」
「そこまでしてタマネギとサツマイモを手に入れようというのか…」
雷は彼らに嫌悪感すら抱いていた。
「今さら何を言うんです?封神の暗部でもあった貴方が…」
「だまれ。過去をもちだして俺をゆさぶろうとしても無駄だ。」
「とにかく、いくら貴方でも封神を敵に回すことはできないハズです。
おとなしくサツマイモとタマネギをいただけませんか?」
雷はこれに従うしかなかった。さすがに手練を十人も相手にはできない。こんな八百屋に大人数で来たのはこのためか。
彼らはダンボールいっぱいにタマネギとサツマイモを入れると、去っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、魔法学校の朝。邪素血巣は自室で目を覚ました。
魔法学校は寮制。邪素血巣もここの寮で暮らしている。
「昨日は大変だったなー」
あのあと河流羅にニヤニヤされながら教室をかたづけ、チェスの駒をさがし、そして舞花と河流羅の二人からチェスでボコされた。
邪素血巣は身支度を整えると、朝食へと出かけた。
広間にはすでに朝食をとりに来た生徒たちでにぎわっていた。
「お兄ちゃん、こっち」
河流羅から声をかけられる。どうやら席を確保してくれていたらしい。
「早いな。別にお前は生徒でもないんだし、朝起きすることはなかったんじゃないか?」
そう、河流羅はもうここの生徒ではない。2年前に卒業して封神へと就職した。
この魔法学校は20歳以下で試験を通過すればだれでも入学できる。河流羅は俺よりずっと前に試験に受かって、そして卒業していた。
それで今回は久しぶりの母校ということで、しばらく有休をとって、魔法学校にいることにしたのだ。
「ああそうそう、昨日の襲撃の調査とかのために封神の人が今日くるらしいよ」
「お前は手伝わなくていいのか?」
「へーき、有休だし。そういえば…舞花は?」
「あー、あいつはな、朝に弱いから…今日も遅刻」
「ふーん、そっか」
「つーかお前、昨日は舞花のところに泊まってたんじゃなかったのか?」
「なんかね、ちょっとかっこいい男の人が夜に来て、そのまま舞花はついていっちゃったんだよね。
それからずーっと見ないなぁ。あの男の人は誰だったんだろうね?仲良さそうだったなー」
「な…なぬ?」
「というのは冗談で、実は舞花がいるの忘れて一人で支度して出てきちゃった」
「お前、ヒドイ奴だな。きっとあいつ、お前が一緒だと思って安心してずーっと寝てるんじゃないのか?」
「そう言うお兄ちゃん、なんか楽しそうだよ?」
「まあ、あいつは物理と回復魔術の時しか起きてないし、たまには痛い目見た方がいいんだよ。
よく考えると、あいつって常に寝てないか?」
「苦労してるんだよ、きっと。まあ、お兄ちゃんの相手するくらいだからね。」
「失敬な!」
「お、楽しそうだな!」
ジャスティスは声があった方に向かって振り向く。だがそこにはだれもいない。
「うひょー、こっちこっち」
いつのまにか愚王が目の前にいた。さすが音速先輩!
「おはようジャスティス」
「おはようございます、愚王先輩。」
「あいかわらず早いですね!100m何秒ですっけ?」
と隣が付けくわえる。
「0.42。まだまだのびるよ。」
愚王はスピードをつかさどる能力者。彼をとらえきることはまず不可能だ。
ジャスティスは彼が手元に持ってるものに気付く。
「先輩それ何ですか?」
「あぁ、タマネギだよ。うちのじじいがくれた。」
「ずいぶんしんせんですね。まさか北海道産!?」
「ハハッ、そんな馬鹿な…。でもこのタマネギをもっていると妙に力がわいてくるんだ。」
「そりゃあのタマネギだからな。しかしよくタマネギなんか手に入ったな。」
「封神に入ってから長いからな、僕も。野菜業者にコネがあるんだ」
「で、今回は魔法学校の調査に来たんですよね?」
「そうだよ。昨日はいろいろと大変だったようだね。
でも河流羅がいたから割と楽に戦えたんじゃないか?」
「私は特に協力してない」
河流羅が言った。
「そうなのかい?でもどうして――」
と言いかけたところで、どうやら愚王は理解したようで、
「君も大変だねぇ」
と言った。
「しかし河流羅、ちゃんと仕事はしようね」
「私は封神から『現場を見て適切な処理をせよ。』としか言われてない。だから平気。」
あいかわらず俺や舞花以外にはぶっきらぼうな態度の河流羅。
でもなぜか色んな人から好かれるんだよな。
「そういえば調査員は先輩一人だけですか?」
「いや、もう一人いるんだが今どこに――」
「おおお!邪素血巣じゃん!!ひさしぶりネー!!」
そう言うと声の主は円運動をしながらやってきた。
「やあ!!元気してたかい!!」
このやたらテンションが高い男は緑川森霊。
「これはこれは河流羅ちゃん!!あいかわらずお美しい!!メアド交換しないかい?!」
そしてこいつは河流羅にベタ惚れである。
「うざい。最悪。」
そして片思いだ!哀れな森霊。
「まだ素直になれないのかーい?!ま!さびしくなったらここにメールしてくれよな!」
と言って名刺を河流羅にわたす。それを河流羅はやぶり捨てる。
でも森霊本人はツンデレの一種であると勘違いしたままである。
「あっはっはっは!!相変わらず手厳しいなぁ、河流羅ちゃん!!
でも、そんなクールな所がベリーグーだよ!!」
腰をくねらせ、内股ダンスで喜びを表現する森霊。
うざいを通り越して気持ち悪い、と河流羅は思った。
「あ、邪素血巣先輩、トゥース!!いや、義兄さんでしたね!
ボクとしたことがうっかり!サーセン!!
邪竜なんとかの卑鬼を倒したんですって!?いや、さすがっすね、義兄さん!!
ボクもハナが高いなあ!!だよねー、河流羅ちゃーん!!
ねー?ねー!?ねー!!?ね!!!?
…ああ、シカトされるのもたまらない!!その豚を見るような目!!
ボクは豚なんだ!!その氷柱のように美しい脚でボクを、豚を踏んで下さいまし!!
ブヒィ!ブ、ブヒィ!
プギャ、プギィィィィ!!プギィィィィィィ!!
プギィィィィあ、待って、氷柱のようなって言ったけど、本当に氷柱にしないで!!
そんな鋭いモノで踏まれたら、さすがに冗談きついよ!?…ウッ!!」
無様に倒れた豚もとい森霊を見て、キモいを通り越して哀れだ、と邪素血巣は思った。
俺たちは哀れな豚から離れるため、部屋を移動した。
「先輩は魔法学校に具体的には何をしに来たんですか?」
「魔法学校は封神に属する高等教育機関だ。そんな場所にいとも簡単に敵に侵入されてしまった。
その原因の調査と改善のために来たんだよ。
今後こんなことがあっては封神の信頼にも関わってくるからね。今回の調査はとても重要なんだよ。」
「ま!俺がいれば安心ですから!」
「ところで邪素血巣、卑鬼と一人で戦ったみたいだけど、内容はどうだったんだい?」
河流羅が口を開いた。
「良くはない。今回は運も味方してなんとか勝てただけ。
卑鬼はこの学校のセキュリティを突破するために力の大半を使っていたみたいで充分な魔力を発揮できていなかった。
本来ならば負けていたところ。」
「あいつ弱っていたのかよ?!」
邪素血巣はにわかには信じられなかった。
「雷龍の威力も今ひとつだったし、動きにキレもなかった」
たしかに四天王のわりには弱かったと思うこともあった。そういうわけだったのか。
「それと…」
河流羅は続ける。
「あれだけ簡単に割り込み詠唱されるのはちょっと致命的」
そこには触れてほしくなかったのに……ってか、
「見てたのかよ」
「まあ…術のまきぞえになるのも嫌だし。
それにあの場面で来た方がありがたみがあると思ったので…見物してました!」
「き…貴様」
「そんなことより、なんで割り込まれたの?卑鬼は弱ってた。
あれくらいの割り込みだったら教科書にある対干渉魔術でも防げたはずだよ」
実際のところ俺は魔術の干渉と被干渉などの分野が昔からとても苦手だった。
「魔術におけるセキュリティの概念を知るためには膨大な量の公式や文法を修めないといけないからね。
魔術の中でも高度な分野だよね」
「それにしてもお兄ちゃんはできなさすぎ。ちゃんと勉強してよね」
「たしかその手の分野は舞花が得意だったよーな…」
「そうなんだ?でも物理と回復魔術以外は寝てるんじゃなかったっけ?」
「あいつにはな、分からなくて寝てる授業と分かっていて退屈して寝る授業の二つがあるんだ。
んで、あいつはいつも『うまー』なんて言ってるが、実はかなり論理的な思考ができる。
意外すぎる一面も持っているんだ。」
「意外すぎて悪かったね!」
いつのまにか舞花が後ろに立っていた。俺は舞花に約5分間、チェスのナイトで殴られ続けた。
「痛い…いつもフォークされてはタダ取りされるルークの気持ちが少しわかったような気がする……」
「彼女が君の言っていた舞花という子かい?
君はたしか…お父さんが有名な魔術師だったよね?」
「そうです」
「やっぱりね、おもかげが残っているよ。
彼はとても優秀な魔術師だった――」
舞花の父はかつて国内で起きた魔術師間での内戦で亡くなっている。
その時から舞花は回復魔術の道に進むと決めたのだ。
ちなみに舞花には生き分れた兄がいるらしいのだが、現在消息がわからないでいる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方その頃、
「ぐっ…!」
裏通りのビルの陰でうごめくモノがあった。
「傷が大分深いな…このままでは幾分も、もたない、か…」
その苦しそうにうめく黒い影は、数歩進んだ後、おもむろにビルの壁に倒れかかった。
「ここまで…か……憎たらしい、邪素血巣め…!」
「そんな所でくたばるつもりですか、卑鬼。
いや、桜吹雪…」
「何者だ?出てこい」
「こっち」
「?!」
「卑鬼の正面にある街灯の上に一人の女が腰かけていた。
「久しぶりね卑鬼」
「死にかけの俺をそんな場所から見物か?
あいかわらず悪趣味な奴だな、雨恵菜。」
「あら、ひどいのね?卑鬼…」
そう言う彼女はどこか面白そうに笑っている。
しかしその表情からは何も読みとることはできない。
「何をしに来た?この俺を封神に引き渡しでもするのか?」
「うーん…それはそれで面白そうだけど…
私は別に封神に味方しているわけじゃないし…
それに貴方が封神に渡ると少々めんどうなことになるのよね。」
「雷のことか?」
「そう。彼はこちら側にとって大きな障害になりうるからね。
雷を無力化しておくためにも貴方に死んでもらっては困るのだけれど…
一般の生徒に負けるようでは世話ないわね。」
「封神からの増援に邪魔されたのでな。
そう…あれはたしかお前の妹だったな。
ずいぶんと優秀な妹を持っているじゃないか。」
「まあたしかに…未開拓である氷の魔術を少しは使いこなせているみたいだけど…
妖水鏡の名を語るにはまだまだね」
「久しく会っていないのに妹のことはよく知っているようだな。」
「あの子も封神では有名になったからね。情報はこちら側にもよく流れてくるのよ」
「本当に他人のように語るのだな。実の妹がかわいくはないのか?」
「それは逆に私が聞きたいわね。
邪竜四天王にまでなって、貴方は何がしたかったのかしら?」
「舞花のことは口にするな…!」
「そうもいかないのよね。貴方の願いは今も変わっていない。妹を守るために生きている。
そして私はそんな貴方の願いがついえてしまわないように貴方を助けに来たのだから。」
「本当に悪趣味な奴だ…」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魔法学校での出来事。
「うまー!!」
またしても舞花の楽しそうな声が教室にひびきわたる。
「バ…バカな?!俺のディフェンスはあの難攻不落の『シシリアンディフェンス』のハズなのに…!!」
「残念だったね邪素血巣。定石も結局は戦いを有利に進めるための手段。
使う人によって強くも弱くもなるものだよ。」
そしてその次の物理の自習の時間も…
「うまー!!」
やっぱり舞花のいまいましい声を聞くこととなった。
「バカな…!!序盤戦は俺の『ジオッコ・ピアノ』が炸裂して優位に事を進めていたというのに…!!」
「ここのアイソレーテッドポーンを補わずにルークを移動させたのが邪素血巣の敗因ね。
馬のフォークばかりを警戒するあまりビショップに対する意識が薄れていたよね。」
さらにその次の昼休みでも…
「うまー!!」
「そ…そんな!!まさかあの時からこの手を読んでいたというのか…?!」
「まあそういうことになるね。ここのディスカバードアタックは釣りだったんだよね。
本当のねらいは馬によるフォーク。」
「こ…この俺が…負けるなんて…ウ…ウソだろ?!」
「卑鬼と戦った時のセリフはいいから。それに毎日負けてるからね。」
「く…くそおおお!!」
と、今日はさんざんな日だった俺。
しかもゆううつなことに今日から河流羅と舞花と愚王先輩による「魔術の干渉と被干渉の補習」が始まる。
「俺は放課後の教室へと入っていった。」
「来たぞー」
「あ、来た来た~」
「お兄ちゃん遅いよ」
「なんか元気無さそうだね。どうしたんだい?」
ああ、先輩だけは俺に優しいなぁ。
その存在は警察の取調べで出されるカツドンのようなものだった。
「さて始めるとしようか。今日の内容はこの本の内容全部だよ」
そう言った先輩の横にはやたらとゴツい広辞苑みたいな本が1…2…3…4冊あった。
「終わるんですか?」
「死ぬ気で終わらせる。」
きっと朝には廃人になってるだろうな、俺。