想刻のジャスティス ~Hellfire Alchemist~/第三章 六話

Last-modified: 2020-04-04 (土) 02:13:12

「父さーん!!」
「ハハハッどうしたんだ邪素血巣」
「今日も一緒に遊ぼうよ!!」
「邪素血巣は父さんと遊ぶのが大好きなんだな!!よし、あの大きな木までかけっこだ!
 いくぞ、よーい…どん!!」
「まってよ父さーん!!」


 僕と父さんはかけっこで競った。
でも、こういった勝負でいつも勝っていたのは父さんだった。


「父さんひどいよ。僕が父さんに勝てるわけないじゃないか…」
「どうしてそんなことが言えるんだい?」


 父さんは言った。


「だって…父さんは大人で、僕は子供だから……」


 そう言いかけた時、父さんは真剣な顔で僕に言った。


「邪素血巣、それは後からつけられた、ただの言いわけでしかないんだ。
 自分を信じることができなくて、一体何ができるっていうんだ…?」
「はっ……僕…まちがってたよ。
 僕はまだ子供だけど、そんな理由のために自分の可能性を閉ざすことは…ちがってたんだ!」
「そうだ、邪素血巣。お前も父さんに似て素直で心優しい人間に育ってくれて私もうれしいぞ。」


 時刻はすでに午前2時をまわっていた。それでも僕と父さんは高らかに笑い続けた。
夜が明ける直前になって、父さんは急に僕にこう言った。


「邪素血巣、今から競争をしよう。」
「え…もう夜明け前なのに?」
「そんなこと関係ないさ。男と男の勝負に時間も場所も関係なしだ。」
「そうだね父さん。で、何で勝負するの?」
「これは真剣勝負だ。だから…今までの通り、かけっこだな!!」
「かけっこ…」


 邪素血巣は恐れた。なぜならば、かけっこは父の最も得意とする競技。
勝てる見こみは薄い。だが、


「やるよ、父さん。僕はあなたを越えてみせる!」
「よく言ったぞ、邪素血巣」


 一迅の風が吹き、木の葉が舞い上がる。
そして、程なくして一枚の葉が地面に落ちる。
 瞬間、二人は走り出した。どこまでも、どこまでも、あの地平線の彼方を目指して…
 二人は休まなかった。追いつ追われつの死闘が続く。


「けど、僕は、こんなところで諦めるわけにはいかないんだ!」
「……」


 秋が来て、冬は去り、春を迎え、夏がまたやって来た。
二人は走った。ただ、走った。
三年が過ぎた頃、彼らは音速を越え、
五年が過ぎた頃、彼らは光速を越え、大気圏を突破した。
そして、何十年経ったかどうかさえ、わからなくなった頃、
邪素血巣と美来鳥は太陽系の末端にたどり着いた。


「これで、良かったんだ…」
「父さん…?」


 突然、崩れ落ちる美来鳥。かけ寄る邪素血巣。


「私はここまでのようだな。年はとりたくないものだ。
 持病のガンが悪化しすぎた…」
「いやだ、いやだよ!…そんなことって…!」
「お前は、光速を越えた。今なら、お前にも光の矢が使えるはず…さ…。
 頼んだ…ぞ…」
「父さん?!父さん!!死んじゃだめだよ。あの日父さんは僕に言ったじゃないか。
 『かっこよく死ぬことなんて考えるな。どんなにみにくくても、どんなにみじめでも、しぶとく生き続けろ』って……」
「ハハハ……父さんの言葉、忘れないで……いてくれたみたいだな。
 男だったら『でも』とか『だって』とか言っちゃあいけない。いつでもまっすぐ、強くなきゃな。
 でもな、これは別れだが別れじゃないんだよ。」
「どういうこと…?」
「父さんは…いつでも…お前のことを、見守っているのさ。
 天国にいる恵古那様と一緒に………ぐっ…!!」


 どうやら会話中にガンが肝臓に転移したらしい。


「邪…素血…巣…もうじき父さんは消えるだろう…
 だから…これがお前への最後の頼みだ……」
「ぐすっ…ぐすっ…父さん…僕、父さんのためにも…きっと強くなる!!
 父さん、僕になんでも頼んでよ…!!」
「この、退魔の力を持つ、……光の矢…これを…正しい心をもって…使い…世界を救ってく…れ…
 お前は…父さんの子だ…きっと…でき…る…」


 こうして美来鳥は息絶えた。


「父さん…天国から見守っていて……」


 美来鳥の遺体は冥王星の引力に引き寄せられ、邪素血巣からはなれていった。
邪素血巣には、父を失った悲しみと、太陽系の惑星からはずされた冥王星の気持ちは同じなんじゃないかと思った。
そう思うと冥王星も父の冥福を祈ってくれている、そう感じた。
そう、これが後の冥王星の名前のゆらいとなることも知らずに……。
光の矢、それは邪素血巣の父美来鳥が遺した「十七の道具(ビクトリー・アイテム)」のうちの一つ。
その恐るべき力が…今、解き放たれようとしている。