音ゲー探偵「L」プロローグ

Last-modified: 2017-01-18 (水) 04:26:50

ある探偵は全てを食らいつくし、推理した。
ある探偵はハイギフテッドを活用し推理した。
ある探偵はただ真実を届けるために推理した。
ある探偵は眠たげな目をこすりながら推理した。
ある探偵は慌ただしくも10分で推理した。
ある探偵は自ら裁き、断罪し、推理した。

しかしてその探偵は―――。



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某日未明。
カラオケボックスにて殺人事件が起きた。
被害者は「噛瀬犬羊男(かませいぬきゃぷりこーん)」。
男子トイレ内で糞尿をまき散らしながら死んでいるところを発見された。
ナイフにより腹部を刺されたことが死因だと鑑識は説明している。

容疑者はカラオケボックスを利用していた4名のみ。
従業員は全て居眠りしていたのが監視カメラで確認された。

懸命な捜査が行われているが、真相は謎に包まれていた……。



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「ふむ、どうやら事は動きそうにありませんな。」

この場を取り仕切る警部が嘆息する。事件が起きてから既に3時間。
現場に残ってもらった容疑者も、捜査官も、そして自分自身も、疲れがたまってきている。

「皆様、捜査に協力していただき感謝します。時間も時間ですし、もうお帰りください。」

ひとまず容疑者達には帰ってもらおう。警部はそう判断した。

「おっ?もういいのか?やれやれ、こんなことに巻き込まれるとはな……」

「わたくしもうヘトヘトですわ……」

「でもでも!こんな経験なかなかないよねっ!?」

「そうでゲスよ!不謹慎かもしれないけどレアな経験でゲスよ~!?」

容疑者達が帰宅の用意をしはじめる。
―――その時。

「ちょっと待ったーーーーッス!」

不意に現れた一陣の風。彼女こそは……!

「だ、誰かね君は?」

「あ、こういう者ッス。どもどもッス。」

警部に名刺を手渡す少女。
名刺には「音ゲー探偵 L」と記されていた。
右下には手書きで「スイリって呼んでほしいッス」とある。

そう、彼女こそは音ゲー探偵「L」!二階堂スイリその人である!

「音ゲー探偵……L……?とすると、君は……」

「そうッス!音ゲーをしていたら何やら事件の音が聞こえてきたので、こうして駆けつけてきたッス!!」

実はこれは彼女の能力、「コネクトオール」によるものである。
音ゲー中にフルコンボを達成。その結果として聴力を強化。
そして、このカラオケボックスへと辿り着いたわけである。警部にはそれを知る由もないのだが。

「では、Lさん。あなたがこの事件を」

「スイリって呼んでほしいッス!」

「……では、スイリさん。あなたがこの事件を解決してくれるとでも?」

「モチのロンッス!」

現場中から疑惑の目で見られるスイリ。
突然無名の探偵がやってきて自分に任せろと言うのだ。疑われても仕方がない。
しかし、スイリは臆せずニコニコと営業スマイルを浮かべている。

「ふむ……」

まともな考えの持ち主であれば、こんなどこの馬の骨とも知れない探偵はすぐに追い払うべきである。
だが、彼等は疲れていた。故に気まぐれを起こすこともある。
何か一石を投じることで起きる変化。そんな期待から生じた気まぐれ。

―――何より、警部は探偵が、ミステリーが、大好きだった。

「それでは頼みましたよ、探偵さん」



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「被害者の噛瀬犬羊男は男子トイレの中で殺害されました。
個室の中におり、鍵がかかっていました。天井もあり、頭上からの干渉は不可能。いわゆる密室ですな。
死亡推定時刻は今から4時間前。腹部をナイフで一突きです。」

警部が捜査状況を説明する。スイリのためである。

「容疑者はこの4名。7時間前からずっとここで歌い続けていたそうです。
……というのも、たまたま彼等の部屋の監視カメラだけ故障していたようでして。
他の利用客は全てアリバイが確認されているのですが、彼等だけ行動が不透明なのです。」

警部が容疑者達を呼び寄せる。

「まずは火の精霊バンバンドさん」

「言っとくけどな!オレは殺しなんかしてねえぞ!ここで歌いつづけてたぜ!
JAM PROJECT10連唱だ!!!」

「次に水の精霊リリリナスさん」

「わたくしも、人様を手にかけるようなことは致しません。皆様ずっと部屋におりました。
あとバンさんは歌いすぎです。わたくし達にも歌わせてください……」

「次に風の精霊エメキャンさん」

「誰もトイレに行かなかったもんね!精霊だし!……もし出歩いてたら廊下の監視カメラに映ってるよね?
まだ犯人わからないってことは映ってなかったんでしょ?アタシ達?」

「最後に土の精霊ヒュラリアさん」

「ヒィ~ッ!?オイラじゃないでゲス!きっと不幸な事故に違いないでゲス!
ウンコまみれで死ぬなんて哀れでゲス!ゲースゲスゲスゲス!!」

「……とまあ、このように皆一様にずっと部屋にいた、誰も外に出ていないとおっしゃっいまして……。
……スイリさん?ちょっとスイリさん?
……おい!!!!!!」

「んん?今推理が繋がりそうなんだから邪魔しないでほしいっす。」

「何が推理だ!!ゲームして遊んでるんじゃない!!」

あろうことかこの少女、スイリ!警部が長々と説明している間ひたすら音ゲーをしていた!
何たる傍若無人!不敵!





―――「コネクトオール」
音ゲーでフルコンボすることにより推理力を高めるスイリの能力である。
捜査状況を聞きながらプレイすることで推理するのがスイリのいつもの行動パターン。
……なのだが、そのことは当然警部には知る由もない。
予め説明しておかなかったスイリが悪い。迂闊!

「はい、Trancing Pulseフルコンボ~ッス♪ちょっとスコア低いけど、この曲も安定してきたッスね。」

「やかましい!遊びに来たのなら出ていきなさい!」

「ノンノン。心配ご無用ッス。
……犯人ならもうわかったッス。トリックもッス
この程度なら☆6程度の難易度ッスね」

警部の目が見開かれる。ただ遊んでいるようにしか見えなかったが、あれで推理していたというのか。
探偵の行動というのは全く常識では推し量ることができないものである。

「それじゃあ攻略していくッスよ?」

スイリが、音ゲー探偵が、その場の全員を見やり、満足そうに微笑む。

「Are You Ready?…ッス!」



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「さて、今回の事件。トイレで殺害されたという羊男さん。
トイレでの密室殺人とのことッスが……。
皆さん、犯人はカラオケの途中でトイレに行ったと思っていませんか?
そこがそもそもの間違い……思い込みッス。」

「何だと?ではどうやって犯行に及んだというのかね?」

「ん~、それを説明する前にまず犯人さんから言っちゃいましょうかね。
……犯人は、お前ッス!!」

スイリが迷うことなく1人の人物を指し示す。
その人物とは―――





「ゲ、ゲスーーーッ!?」

「あなたッス!土の精霊ヒュラリアさん」

そう、容疑者の内の1人、土の精霊ヒュラリア!

「な、何ですって!?」

「ウソだろヒュラリア?仲間思いのお前が……!くっ騙されたぜ!」

「ち、違うでゲス~!人違いでゲス~!そこの小娘が適当こいてるだけでゲス~!」

慌てふためく土の精霊ヒュラリア。何たる見苦しさ!無様!

「さて、本当に適当こいてるだけッスかね……?
順を追って説明していくッスよ」

コホン、と咳払いするスイリ。

「まず、羊男さんはトイレの個室で用を足していたッス。
この直後、殺害されたわけッスが……
皆さん、歌っている途中で地震が起きませんでしたか?」

「そ、そういえばかなり大きく揺れてましたわね。テーブルの上のグラスが割れてしまいましたわ」

「オレも思わず歌うのを止めるくらいだったな!」

その反応に、警部は驚かされた。この人達は何を言っているのか。

「ま、待ってください。この近辺で地震があったなどという知らせはありませんよ!?
ましてや、そのような大きい規模の地震など!」

「どういうこと?アタシ達確かに地震だーって騒いで……というか事件と何か関係あるの?」

「フッフッフ……ッス。
それこそがこの事件を繋ぐ上での難所ッス。
地震……揺れ……土属性。
土の精霊ヒュラリアさん。あなた、このカラオケボックスを揺らしたッスね?」

「ゲ、ゲス!?」

「羊男さんがウンコまみれだったと聞いてピンと来たっス。
普通刺されて暴れたくらいではウンコまみれになんてならないッスよ。
便器の中のウンコが溢れ出すくらいの強い振動……地震が人為的に起こされたと見るべきッス。
そこで土の精霊と繋がったッス。」

推理ショーはさらに続く。

「『土はピエロみたいなので揺らす』
よく言われている土属性の特徴ッス。
ヒュラリアさん。あなたはピエロッスね?」

「ゲ、ゲス~!?」

「どうやら図星のようッスね。
あなたはまず土の精霊の力で地震を起こし、羊男さんの態勢を崩したッス。
トイレからウンコと一緒に滑り落ち、仰向けになった無防備な羊男さん。
そこにピエロの力を利用して、瞬間移動ナイフを落としたッス。
ナイフ個室内に出現し、そのまま落下、腹に鋭く刺さる。そして絶命。密室殺人の完成。
……これが事件の真相ッス!」

ドヤ顔をキメるスイリ。
こうしてまた1つ事件を繋いでしまった……。







「ん?ちょっと待ってください。」

「どうしたッスか?警部さん。」

「今の推理、仮に正しいとしても……証拠はどこにあるんです?人為的地震と瞬間移動ナイフの証拠は。」

「……へ?」

「いや、へ、ではなくて。」

何ということか!先ほどフルコンボは確かに成立した。
だが、スコアが低く、推理に穴ができてしまったのだ!
証拠を挙げ忘れるという推理モノにあるまじき穴!
何たるドジっ子!失態!

「……少し待ってほしいッス!
もう一度推理し直すッスから!
私は狙おうと思えばスコアも出せるんで!
さっきはフルコンボ優先にしてただけなんで!
ちょっと油断してただけ」

「その必要はない。」

スイリの言い訳を遮る声。こ、これは……

「そうだ、私が、土の精霊ヒュアラリアが真犯人だ。こうなった以上もう愚者を演じる必要もないだろう……」

「な、何ですって!?」

「ウソだろヒュラリア?仲間思いのお前が……!くっまた騙されたぜ!」

豹変!推理モノによくあるアレだ!
ま、待て!ヒュラリア!自分が何を言っているのかわかっているのか!?

「その推理は正しい。証拠がないからといっても見つからないなどという保証はない。
それならば、推理を聞いたものを全員抹殺すればいいだけの話だ……」

人為的地震と瞬間移動ナイフの証拠などどうやって挙げればいいのか?
そんなこと誰にもわからない!私にもわからない!
それに気づかず武力行使とは、何たる脳筋!浅慮!

「まずは貴様からだ……音ゲー探偵 L。
俺の人為的地震能力で貴様は身動きも取れなくなるだろう。
そこに俺の瞬間移動ナイフが容赦なく襲いかかる。
俺の地震とナイフ投げが合わされば無敵だ揺れて死ね。」

ヒュラリアの地震と瞬間移動ナイフの雨がスイリを飲みこもうとする!
危うし、スイリ!



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DDR。Dance Dance Revolution。
スポーツジムにも置いてあるトレーニング器具である。
一般的にはダンスゲームだと思われているが、それは誤りである。

DDRは体幹、バランス感覚、脚力を鍛えることを目的とした演武用マシーンなのだ。
高速で足を動かし、自身の重心を保つ。少しでも気を抜けば遠心力で吹き飛ばされ死に至る。
DDRの周りでは常に震度5弱の揺れが起きているが、音ゲーマーの多くはものともしない。
バランス感覚が鍛えられているからだ。

そして、スイリはDDRの達人、足神さま。
そのバランス感覚は、神の域に達している。



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「こんなナイフ弾幕、あくびしてても避けられるッスよ。
☆1にも満たないチュートリアルレベルッスね。あと私のことはLじゃなくてスイリって呼んでほしいッス。」

「何だと!?何故この揺れのなか動ける!?」

「こんな揺れ、ポゼDP鬼に比べれば屁でもないッスね。
この程度で私が動けなくなるとでも思ってたッスか?」

軽々とナイフを避け、ヒュラリアとの距離を詰めていくスイリ。
ヒュラリアがナイフを投げる。スイリが避ける。
投げる。避ける。投げる。揺らす。避ける。投げる。避ける。揺らす。投げる。投げる。避ける。
一向にナイフは当たらない。
ヒュラリアの眼前にスイリが現れる。



スイリが蹴りを放つ。

「アバーッ!?」 1Hit!

スイリが蹴りを放つ。

「グワーッ!?」 2Hit!

スイリが蹴りを放つ。

「ウオーッ!?」 3Hit!

スイリが蹴りを放つ。

「グエーッ!?」 4Hit!

「これでフルコンボ、ッス!」

スイリが蹴りを放つ。

「ギェーッ!?」 5Hit! Full Combo!!

ヒュラリアが断末魔をあげ、倒れ伏す。
足神さまの脚力から放たれる蹴りは凶器と化す。
あのムエタイ戦士、チャンプア・ゲッソンリットの黄金の左ミドルに勝るとも劣らない威力である。
いかな土の精霊と云えども食らえば昏倒は免れないだろう。

「ふぅ……何とかなったッスね。
間違えてもカバーすればオッケー。
推理も音ゲーも繋いだもん勝ちッス。」

ドヤ顔をキメるスイリ。
こうしてまた1つ事件を繋いでしまった……。



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ある探偵は全てを食らいつくし、推理した。
ある探偵はハイギフテッドを活用し推理した。
ある探偵はただ真実を届けるために推理した。
ある探偵は眠たげな目をこすりながら推理した。
ある探偵は慌ただしくも10分で推理した。
ある探偵は自ら裁き、断罪し、推理した。

しかしてその探偵は、音ゲーをやりつつ推理した。

彼女の名は音ゲー探偵 L。またの名を二階堂スイリ。

「Hey Hey Bon Bon、平凡、凡……
どこかに地力の上がりそうな難事件はないッスかね~。」

ある難事件を解決したときは後光暴龍天になった。
ある難事件を解決したときはEX皆伝を取得した。
次はどの難事件を解決するのだろうか。

「とりあえずお腹すいたし、ラーメン食べてからまたゲーセン行くッスかね~。」

頑張れスイリちゃん。闘えスイリちゃん。
刷りすぎた名刺を使い切るまで。
全白(犯罪撲滅)のその日まで。



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YES / NO