魅惑の妖精亭

Last-modified: 2006-10-28 (土) 11:31:17

「さぁ~みなさぁ~ん!いよいよお待ちかねのこの日がやってきたわ!」
店長のスカロンが怪しく腰をくねらせながら激を飛ばした。
「はい!ミ・マドモワゼル!」
全員が直立不動の姿勢のまま口を大きく開き叫んだ。
「はりきりチップレースの始まりよ~♪」
拍手と歓声が開店前の店内に大きく響いた。
「優勝者には…この」
と小舞台横の紐を勢い良く引くと、観音開きの薄手の幕が開いた!
「我が家の家宝!この魅惑の妖精のパンツを進呈しちゃうわ~♪」
舞台の中心には、どうみても代わり映えのしないパンツが鎮座していた。
「このパンツにはね♪な~んと『魅了』の魔法が掛けられているの♪」
「素敵です!ミ・マドモワゼル!」
全員が声を揃えて囃し立てる!
「んん~トレビア~ン♪」
スカロンは妙な格好でパンツに向ってポーズをとった。
「このパンツさえ穿けば…どんな相手でも魅了の魔力でメロメロよ♪」
「さぁみんな!頑張るのよ~♪」
「はい!ミ・マドモワゼル」
「よろしい!では皆さん…そろそろ開店の時間よ!」
一呼吸置いて…
「お客さまをお迎えする準備を!しっかりね♪」
入り口を挟む形で整列する一同。本日一番のお客様のお出迎えだ!
かくして『魅惑の妖精亭』はオープンの時間となった。

店は繁盛していた!
チップレース期間中は宣伝にも力が入り、店の外ではマリコルヌが
看板を持って…街の隅々まで宣伝活動に精を出していた。

初日第一号の客はモンモランシーだった。
従業員全員に出迎えられ、少し顔を上げ…満足気に絨毯の上を歩いた。
品定めするように一同を見渡し…やがて目を留め1人の手を取った。
「アナタを指名するわ」
仰々しく頭を下げギーシュは答えた。
「いつも指名ありがとう♪僕の愛しいモンモランシー♪」
「お世辞はいいわ!席にエスコートして頂戴」
ギーシュはモンモランシーの手を取り…テーブルに着いた。
ヘルプ役のヴェルダンデが素早くお絞りを用意する…「モキュ♪」
「飲み物はいつも通りでいいのかな?」
「えぇ構わないわ」
ギーシュは手際よくウェイターに告げると隣に座り談笑を始めた。

2人目の客はキュルケだった。タバサを従えズカズカと入ってきた。
キョロキョロと見渡したと思うと
「ダーリンはドコ?」
と聞いた。タバサは興味無さ気に隣で本を読んでいる。
従業員が答える前にタバサがポツリと言った
「…今日は同伴」
「え~そうなの?ざぁ~んねぇ~ん!って?何でアンタが知ってんのよ」
「…先週言ってた」
「あっそう…じゃ仕方無いわね。今日はコルベールを指名するわ♪」
落ち着いた余裕のある雰囲気で進み出たコロベールを引きずる様に
キュルケはテーブルに着いた。
「アンタどうすんの?」タバサに尋ねる。
「…このままでいい」隣で本を読みながら視線も逸らさず答える。
「ミス・タバサは相変わらずですね」
目を細めて笑うコルベールの顔を無理やり自分に向けさせて…
「私の事だけ見ていればいいの♪ねぇコルちゃん♪」
「お飲み物は…」と言い掛けると
「いつものやって見せて♪」と、胸元を人差し指でグリグリした。
音楽などで騒然としている…そういう時にウェイターを呼ぶ合図。
普通は手を掲げライターなどを付ける!古いが定番の方法だ。
コルベールが手を挙げ指を弾くと青白い綺麗な炎が上がった!
「いつ見ても綺麗でステキだわぁ♪」頭をなでながらケラケラと笑うと
呼ばれたウエイターに…最高級のワインを注文した。

店内にケティが入ってきた時には一瞬空気が凍りついた…。
彼女のお気に入りのギーシュの隣には既にモンモランシーがいたからだ。
彼女は2人に一瞥をくれると、何事も無かったようにワルドを氏名した。
「ご指名ありがとう♪僕の可愛いケティ♪」
「まぁお上手♪やっぱりオトナの殿方は違いますわね♪」
わざと大声でギーシュに聞こえる様に嫌味を込めて言い放った。
「まぁまぁレディがそんな大声を出してはいけませんよ♪」
「まぁレディだなんて♪」
「良いシャンパンを取り寄せたんですが…いかがでしょう?」
「えぇ頂くわ♪」

初来店のミス・ロングビルは躊躇していた…誰を指名しようかしら?
思いつかないまま彼女は「指名は無しで…おまかせします」と言った。
テーブルに案内され「しばらくお待ち下さい」と座らされ緊張した。
やがて…「ようこそ♪いらっしゃいませ♪」と1人の男性が現れ、
「本日ご相手を務めさせて頂きます…オールド・オスマンです♪」
そこには白く長い髪と口ひげをたくわえた老人が立っていた…。
ミス・ロングビルは絶句した。
指名をせず店に任せたのは自分だ…これも仕方ない…と我慢した。
「ミス…いやミセスですかな?本日はご来店感謝致しますぞ♪」
「ミ…ミセス?この私が?まだまだミスですわ!」
「それは失礼!ここに来られたのは独り身が寂しいからですかな?」
と言いながら…ロングビルの太股と尻を堂々と撫で回す。
「な、なにをするんですか?!」
「そんなに怒りなさんな…そんな事だから男運に恵まれず…」
彼女はとうとう湧き上がる怒りを抑えきれず、老人を蹴り倒し!
ゲシゲシと何度も足で踏みつけた!
「あ、ごめん、やめて、痛い!あ、ご無体な…許して!」

周囲は…あ、またやってる…オスマンはこの商売向いて無いな!
と…日常の風景と言った感じで見ていた。
もしかして、あの爺さん…ああいうプレイが好きなんじゃないか?
その手の店に移ればいいのに…と失笑を買っていた。

アンリエッタが現れた時…誰もがその美しさに目を奪われた…
その身なりや立ち振る舞いに、ただならぬものを感じ取った皆は、
我先にと指名を取るべく取り囲んだ!
くるりと見回した後…アンリエッタは静かに尋ねた
「ウェールズ…ウェールズ・テューダーはいるかしら?」
「承知致しました…」
彼女は手を引かれVIP席へと案内された。
「ようこそ♪僕のアンリエッタ♪」
「あぁ逢いたかったわ…」
「君はまるで…どこかの国の姫君のように美しい」
「あなたこそ…どこかの国の王子様のように凛々しいですわ」
「今夜はゆっくりしていけるんだろ?」
「えぇ…そのつもり…ゆっくり話を…したいわ」
パチン!と指を鳴らすとあらかじめ用意されていたワインがやってくる。
それを慣れた手付きでグラスに注ぎ…ヘルプの男にこう告げた…
「他のヘルプに付くといい。今宵は彼女と2人きりで語り明かしたい」
アンリエッタは頬を染め…静かに乾杯した後、それに口を付けた。

ジュリオ・チェザーレはこの店のナンバーワンだった。
端正な顔立ちに左右の目の色が違う月目…その容姿に似つかわしくない
気さくな性格…その接客ぶりが人気の所以だった。
その日も彼は同時に数人の女性の相手をそつなくこなしていた。
「世の女性は等しく美しく…その恩恵を受けるに値するんだ♪」
歯の浮くようなセリフもここでは当たり前の言葉。
「僕は動物達と話すことが出来るんだ…心が判るんだよ♪」
「まぁステキ♪」
「女性の心はとても繊細で難しい…でもある程度は読めるよ♪」
「まぁ…では私の心を読んでくださいまし♪」
「そうだね…う~ん…そうだね…君は僕を独占したいと思っているね♪」
「きゃぁ!いやぁ~ん♪」顔を赤らめ「バレちゃったぁ」と大騒ぎ。
彼の周囲はいつも笑顔で溢れ賑やかだった。

「その本はよぉ!」
「300年程前のアイオケの賢者が書いたもんを復刻した物だ!」
「…そう」
「続編もあるんだぜぇ!」
「…どこに?」
「知りたいかぁネェちゃん?」
「…知りたい」
「今はトリスタニアの書庫にあるはずだぁ!この前の客から聞いた!」
「…ありがとう」と言った後、ふと思い出したように
「150年程前の本なのだけど…」
「俺にわかる事なら何でも聞いてくれぇ!」
デルフリンガーとタバサは、それなりに話が弾んで(?)いた。

その時だった…
まるで店中の喧騒を打ち破らんばかりの勢いで同伴組みが現れた!

才人とルイズの同伴出勤は珍しくなかったが、必ずと言っていいほど
毎度…口論をしながらの賑やかな登場である。
「だからぁ!ちゃんとエスコートしなさいってば!」
「してるじゃねぇか」
入り口の扉を開けたきり、なかなか入って来ない2人の姿が見えた。
「ただ連れ歩くのはエスコートって言わないの!」
「ちゃんと扉は開けてやったろ?いいから早く入れよ」
頬をぷっくり膨らませ、突っ立ったまま頑としてその場を動かない!
しなやかな動きで片手を差し出しながら
「手を引いて!」
「はぁ?」
「手を引きなさいよ!」
「なんで?」
「だぁかぁらぁ!手を引いてエスコートしなさいっての!」
しぶしぶと手を取ると店内へとエスコートする。
「一々面倒臭ぇなぁ」
途中何度かウエイターに席を確認し…中央奥のテーブルへと付いた。
「アンタ全然慣れないのね?!」
「しょうがねぇだろ!媚を売るのは苦手なんだよ」
「そんな人がなんでこんな仕事をやってるのかしら?」
「嫌味かよ?」
才人は店内では一番の新人で、女性の扱いも決して上手い方では無い。
本来ならまだまだ他のホストのヘルプ役の下働きなのだが…
ぶっきらぼうな物言いと媚を売らない態度が女性受けするのだろうか、
一部の物好きな固定客が付き、そこそこの人気だった。
ルイズもその中の一人で、文句を言いながらも指名を繰り返していた。
今日は、そのルイズとの同伴出勤日という訳である。
「何度教えてもちゃんと出来ないんだから」
「ちゃんとやってるだろうが」
「この前のキュルケの時はちゃんと出来てたじゃない!」
「キュルケは文句言わねぇからな」
「わ、私が悪いって言うの?」
「そうは言わねぇけど」
「私が相手じゃ不満だっていうのね?」
「そうやって、いちいち突っかかるからだろ?」
ルイズは注がれた酒を一気に飲み干すとテーブルにダンッ!と置いた。
「毎回せっかく指名してあげてるのに!」
もう一杯注げとグラスを前に突き出しながら言った。
「もう少し何とかならないもんかしら?!」
片手でグラスに注ぎながら才人が聞く。
「何とかって?なんだよ?」
才人から視線を逸らし…ほんの少しだけ頬を赤らめて…
「だ、だから…もう少し…優しく…とか」
「はぁ?もう酔ったのか?」
「バカ!無神経!鈍感!」
「もしかして俺に優しくして欲しいのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど」
「どっちなんだよ」
「だから…毎回指名してるんだから…少しは…」
「ハッキリしねぇな」
「な、なによ!その言い方!」
「別に、無理して指名してくれなくたっていいんだぜ」
「べ、別に無理して指名してる訳じゃないわよ!」
「他にいい男はい~っぱいいるだろ?いつもなんで俺なんだよ?」
「そ、そ、そ、それは…」
「それは~?」
才人が悪戯っぽくルイズに聞いたと同時に突然店内に大声が轟いた!
「才人さんを指名します!」
店の扉を両手で開け放ったシエスタが開口一番発した言葉であった。
案内役が歩み寄り…丁寧に対応をする。
「才人くんは既に指名されて接客中です。もし宜しければ僕が…」
「宜しくありません!才人さんをお願いします!」
「でも彼は今日同伴の固定客が付いているので…お待ち頂くしか…」
「誰ですか?」
「は?」
「同伴した相手は誰なんですか?」
腰に手を当てて一歩も引く気配を見せないシエスタに圧倒されながら
「ミス・ヴァリエール…ルイズ嬢ですが…」
「…やっぱり」
自分の手には負えないと思ったか…他の従業員達に助けを求めるが、
誰も目を合わせようとしない。
ルイズとシエスタとの才人指名争奪戦は、もはや誰にも止められない。
「同席します!」
ルイズは上客で今日は才人も同伴出勤だ。少し待って貰って掛け持ち、
なら何とかなるだろうが…同席は難しい。
「それは困ります…今日は同伴してますし…少し時間を頂ければ」
「頂けません!同席します!」
相手の言葉尻を否定し、シエスタは譲らない。
「少々お待ち下さい…伺って参ります」と言うのが精一杯だった。

「あら?あの子また来てるのね?」
キュルケがワインを飲みながら楽しそうに言った。
「同席できるくらいなら私が先にしてるわよ♪」
コルベールが少し不安そうな顔で見つめる…
キュルケはその頭をペシペシと叩きながら妖艶な微笑を浮かべる。
「安心して…今日はアナタを指名したんだから♪」
「ありがとう…キュルケ…」
隣で本を読んでいたタバサが言葉を繰り返す。
「今日『は』…」
コルベールは苦笑いをした。

モンモランシーは女の子が来店する度に余所見をするギーシュに対して、
得々と説教を始めていた。そんな最中でも余所見をするギーシュ…。
シエスタを見たギーシュの「彼女また来たんだ♪」というその一言に、
モンモランシーはとうとうマジギレ…
「ふざけてると一服盛るわよ!」と脅しまで掛けられてしまった。
彼女の「一服盛る」は危険である…と察したギーシュは渋々ながらも、
真面目にモンモランシーの相手を務めるしかなかった。

ルイズが来てからというもの…ワルドは落ち着かない…
「ワルドさま?」
「あ、あぁすまないケティ♪」
ケティは目ざとくワルドの視線の先にルイズを見て取ると言った。
「ワルドさまは…あの手のツンデレがお好み?」
「な、何を突然!」
「それとも未成熟な子がお好きなのかしら?」
「ば、ば、ば、バカな事を言うもんじゃないよ…」
ケティは下から見上げる視線で…一語一語ゆっくりと言った。
「ロ リ コ ン ♪」
核心を突かれ絶句するワルドに追い討ちを掛ける!
「私知っていますのよ♪」
「な、何のことかな?」
「ワルドさまが小さな子を…お騙しになるのが…お得意なコト」
「き、き、き、君は誤解をしているよ」
「若い子に気を持たせて…捨てては乗り換える…イケナイ人…」
「だから誤解だと…」
「決して惚れてはいけない人…裏切りのワルド…有名ですわ♪」
「い…嫌な評判だね…」
「そうお思いなら…余所見などなさいません事ですわ♪」
「すまなかった…古い友人に良く似ていたものでね」
「まぁ…そうでしたの?勘違いしてごめんなさい…」
「いや忠告ありがとう…今宵は君だけが僕の全てだと誓うよ!」
(ふん所詮は小娘…ガキはチョロイな!用が済んだら次の子だ)
「まぁ嬉しいことですわ♪」
(あ~ぁ私って男運悪いのかなぁ?また浮気男…しかもロリコン)
「さぁ飲んで…ケティ」
(この調子なら次回も指名が取れそうだな…)
「えぇ頂くわ♪」
(あれで誤魔化したつもり?もう二度と指名するもんですか!)
「君の美しさに乾杯」(決まったな!)
「…乾杯♪」(うわ、キモッ!)

VIP席で2人の世界に入り込んでいるアンリエッタとウェールズ。
「君はいつも僕を指名をしてくれる…でも…」
「でも?…でも…何ですか?」
「僕がいない時…出勤していない時はどうしているんだい?」
「決まっていますわ!そのまま帰ります」
驚いた顔をしてウェールズは言った。
「他の人を指名してくれてもいいんだよ?!」
「そんな…私にはアナタだけ…他の人など…考えた事も…」
つまり…自分がいない時に…このVIP対応の客は帰ってしまっている。
それは「『美味しい客』を逃がしている」事以外の何物でも無かった。
ウェールズは少し瞳に涙を浮かべながら言葉を噤んだ…
「とても悲しい事だけれど…もし、もし、僕が居ないなら…」
「居ないなら?」
「君には他の人を指名して貰いたい!君に寂しい思いをさせたくない」
「そんな…私…」
「僕の願いは君の笑顔…寂しそうな顔は…見たくないんだ」
「寂しくなんて…」
「君がここで楽しんでくれれば…僕も嬉しい…そう思える…」
「でも…他の人など…」
「…君を帰し…独りにさせるなんて…心が痛むんだ…」
「そんな…」
「君には…僕だけでなく…新しい人との楽しみも味わって貰いたい…」
「アナタがそう言うのでしたら…次からは…」
「ありがとう…僕のアンリエッタ」
「その代わり…」
「その代わり?」
「誓って下さいますか?永遠の変わらぬ愛を…」
こんな店に来て何を言ってるんだ?これだからお嬢様育ちは面倒なんだ。
まぁそれだからVIPでもあるんだが…みすみす上客を逃すのも困る。
「私は誓います…永遠の変わらぬ愛を」
「愛と言う言葉を軽々しく口にするものではないよ…」
「私は…たとえ他の人を指名したとしても…この心はアナタにだけ…」
「わかった…ありがとう…気持ちは有り難く受け取っておくよ」
ウェールズの胸元に頭を付け…すがり付くようにして言う。
「お慕い申し上げておりますわ…」
「あぁ…その気持ちは…僕も同じだよ」
「嬉しい…」「でも…」「誓っては下さらないのね…」
「…………」(あくまでも商売ですので…後々の面倒は困るんすよ…)

              *つづく*