:【SS】極道たちの挽歌その弐

Last-modified: 2025-04-17 (木) 10:30:50

概要

バグ大形式で進むので1話が長くなってページ容量が圧迫されまくってるのでその弐を作り申した。

山王会です

狂人夜桜の姉貴…その過去とは。「武中、死ねよぉ」

俺の名前は似鳥隆三。
 
夜桜「似鳥口開けぇ!天津飯唐揚げ盛り一気食いやぁ!」
似鳥「新手のメシハラ~!」
 
夜桜一家の飲み会に出席した山王会の若衆や。


さて、この居酒屋では夜桜一家による飲み会が行われとる。そこに何故か俺も参加する事になったんや。
 
夜桜「木島、カミさん出来たんやってなあ」
木島「はい!不祥ながらこの木島、このたび結婚させて頂きました!」
似鳥「兄貴、おめでとうございます!」
木島「へへっ、お前も何時か家庭を持つ時が来るやろ。しっかり俺を見習うんやぞ!」
似鳥「はい!頭の天辺から足元まで見習わせて頂きます!」
 
隣に居るのは木島の兄貴。姉貴が擁する夜桜一家所属で若手ながら幹部を務めとるらしい。普段は礼儀正しいんやが…
 
木島「セツダンディズ~ム!」
「グベェェェ!!!」
木島「チェンソーとチョリソーを見間違えた事あるか?俺はある!」
「ギャァァァァァ!!」
 
抗争になると意味不明な事を言いながらチェーンソーで人を斬る狂人なんや!因みに夜桜一家はこの手の狂人が断トツで多い。友は類を呼ぶって奴やろうか…
そんな木島の兄貴が酒の入りからこんな質問を姉貴にぶつけた。
 
木島「そう言えば親分はどんなご家庭で育ったんです?」
夜桜「親父は戦死、お袋はガキの時に殺された。あと彼氏は出来た試しがあらへん」
木島「じゃあ処〇では…」
夜桜「ブーッ!!こんガンタレが!!」
木島「わあああああ!!すんまへええええん!!」
似鳥「(性格的に気にせんタイプやと思っとったわ…)」
 
サラリと姉貴もとんでもない事をカミングアウトしたんや。あと余計な事を言うた木島の兄貴は〆られた。
 
木島「し…失礼ですが、もっとお伺いしてもええですか?」
夜桜「カミさん大事にするんなら構わへんわ」
 
そうして姉貴が自身の歴史を語り始めた。


別府市のある村で姉貴は産まれた。本名は平尾朱音。父親は平尾国人…夜桜一家の初代で通称は夜桜銀次と言うらしい。
 
銀次「おお、見ろ!立派な女の子だ!」
妻「桜の様に綺麗な子供に育って欲しいですね」
 
平尾家は忍の一族の末裔…先祖はあの黒駒勝蔵の一家の幹部やったらしい。姉貴は父親より幼少期から戦闘技術を叩き込まれた。
 
朱音「やぁぁ!!」
ドシュッ!
銀次「筋がいい!そこを刺せば一発で絶命だ!」
朱音「投げる時は…脱力!」
ビシュゥッ!
銀次「そうだ脱力だ!だが力が入っている!もっと脱力出来る筈だ!」
 
姉貴は忍の才能を開花させ武闘派としての屋台骨を作ったんや。しかし一家を悲劇が襲う。
 
朱「母さん?何で寝てはるん?ねぇ、帰って来たよ?」
妻「」
銀次「うおおおおおお!!何で妻が殺されるんじゃぁぁああああ!!!」
 
学校から帰って来た姉貴が見たのは母の死体。せやけど当時、それが死んでるとは分からなかったようや。
父の銀次は初代夜桜一家の総長…要は姉貴と同じヤクザの組長で二代目山王会の幹部だったのや。
 
銀次「愚連隊風情が…ヤクザ舐めすぎたのお」
「ひぃぃぃ!」
「た、助けてくれ!金ならありますから!!」
銀次「駄目だな。お前らは骨の髄まで腐っとる」
 
親父はんはある愚連隊を潰したんやが、それで恨みを買うたらしく奴らは報復として無力な妻に手を出したんや。
 
愚連隊「へっ、少しはスカッとしたぜ!銀次の野郎ザマァ見さらせ!」
 
更に姉貴に追い討ちが掛かる。
 
銀次「ごめんな朱音。俺、国の為に戦う事になったんだ」
朱「え?父さん何処行くん?」
銀次「大丈夫だ朱!父さんは強い!必ず帰って来るからな!そしたら腹一杯食わせてやる!」
 
親父はんは若かったから姉貴が11の時に徴兵されて戦地で亡くなってもうたんや。
 
夜桜「父さん、何で帰って来ないんや…お腹空いたで…」
 
そして姉貴の人生に転機が訪れた。終戦や。街は焼け焦げ、全てが消え去った。そこに出来た闇市から盗みを繰り返して生活してはったんや。
 
闇市主「待てこのガキ!おい誰か捕まえろ!!」
用心棒「このガキが!金無い癖に食える訳ないだろうが!!」
ドカッ!ゴッ!!
夜桜「ぐっ!離す…もんか…」
 
せやけどバレれば用心棒による強烈な暴力に会った。
 
用心棒「ガキが。二度とツラ見せんじゃねぇぞ」
夜桜「…う…あ…(金ある奴だけが食えるなんて不公平やないか…何でサツはウチらを放って飯食うとるんや…?)」
闇市主「ほんま官僚は金払いがええなぁ。ガキと違うて」
警察「うんめ!うめ!あと一杯くれ!」ガツガツ
 
ほんで今度は孤児院に引き取られるんやが、そこの職員も捻じ曲がったクソやった。
 
職員A「そんじゃ、夜のお楽しみやでぇ。最近、楽しみがこれしかないんよなぁ」
夜桜「もう嫌やぁ…やめてぇなぁ…あっ…」
 
酷い時は夜の相手までさせられたという。
 
職員A「あいつらは身なし子や。例え何匹死んでもサツは動かへん。ある程度育ったら適当に売り飛ばして金にしたりましょうや」
職員B「せやな!それにあーいうガキの為に頑張ってますって言えば簡単に金も集まるし!」
職員C「今は戦災孤児が沢山おりまっからなぁ。適当に保護して高値で売り飛ばす…孤児は金のなる木ですわ」
職員A「だが女はあんま売り過ぎんなよ?俺らの下半身の熱を止める奴がおらんと困るからなぁ」
職員B「孕んだらどうするんです?」
職員C「適当に堕胎させりゃええやろ。腹でもぶん殴ってな!内臓やなくてガキ飛び出るんちゃうか?はははははは!!」
夜桜「(何やコイツら…ホンマに人間なんか…?)」
 
せやから姉貴が狂うのも無理は無かった。
 
夜桜「父さん。今の時代、綺麗事じゃ生きれへんよ…」
(銀次「いいか夜桜!俺たちの力は人を守る為にある!気安くその技術や力を使ってはいかんぞ!」)
夜桜「簡単や…この力で人を殺して奪えばええ。金も食い物も強い奴が手に入れる。簡単な話やないか」
 
姉貴の中に黒くドロリとした何かが産まれた。山王会の悪魔が産まれた瞬間やった。そして姉貴は職員を包丁で…
 
夜桜「お前らのせいや…!!責任取って死んでやぁぁぁ!!」
ザクゥゥッ!
職員A「な!このガ…グギャァァァ!!」
夜桜「人を刺すのって気持ちいいんやねぇ!夜にお前らがやってるあれが分かった気がする!」
職員B「ひっ!やめ…ウゲァァァァァァァ!!!」
グサグサグサグサ!!
夜桜「お前の腹には何があるんかなぁぁ!?お腹裂いて見てあげる!!!」
ブチブチブチィィッ!
職員C「ィ!?ィアァアァァァァァァァアア!!!????」
 
1人は首を斬り落とされ…1人は滅多刺し…1人は腹の刺し傷を素手で引き裂かれて壮絶に死んだ。
 
夜桜「えへへへへへ…!べぇーっ…だ!」
 
姉貴には殺しの才能があった。


夜桜「その後はグレにグレてケンカと殺人三昧じゃあ」
似鳥「命を捨ててまで真面目に生きる人間なんておらへんですし、そうなりますよね」
木島「命がかかっとる以上はしゃーないでしょうなぁ」
夜桜「ほんでウチは地元のヤクザの門を叩いて極道になったんや」


ヤクザとなった姉貴は地元の組で頭角を表す。そして当時の姉貴は今以上の狂人やったらしい。
 
夜桜「ボンボンの人間を見るとムカつくんじゃあ!ウチをムカつかせた罪で腹殴りの刑や!」
ドゴッ!!
男「ムカッパラ!!」
夜桜「くる年!行く年!車から新年のお年玉をどうぞー!!」
バンバンバン!
幹部「ナマリダマ!!」
警察「夜桜!!何してやがるんや!!」
夜桜「火だるまさんが転んだ!クソ官僚ども焼けてまえやぁ!略して焼けクソ!!」
警察「ギエァァァァァァ!!!」
 
カタギに因縁つけて殴ったり出所直後で厳戒態勢の中で警察ごと敵幹部を襲撃したりしとった。他にも…
 
政治家「な、何の用かな?夜桜くん…」
夜桜「あんだけ選挙工作して落ちはるとはな。用は落ち目なんやお前。アンタの遺産はウチが有効活用したるから。安心して死んどくれ」
政治家「ま、待て…ぐわぁぁぁぁぁ!!」
舎弟「ええんですか?殺しはマズイですって…」
夜桜「政治家のジジイなんぞ金のなる木や。金を産まななったら切ればええ。オモチャやて壊れたら捨てるやろ」
 
官僚やろうが容赦なし。せやけどこれは国民からすればヒーローみたいなもんやろな。
 
資産家「おお夜桜はん、その別嬪さんは?」
夜桜「こいつホス狂いでウチの組の闇金から借金しとんねん。ほんで返せへん言うからなぁ。800万で買うてくれへん?」
資産家「顔も体も夜の相手として申し分ないな。分かった。800万で買うたるわ」
夜桜「まいどおおきに。ホラ、今日からアンタのご主人様や。しっかりご奉仕したるんやぞ?」
女「はい…」
 
当時の姉貴は金と暴力が全て。後に組が山王会の傘下になってから姉貴の噂は大きく広まった。ほんで私生活も破天荒極まり…
 
夜桜「労働で疲労の下級国民。ウチは上級国民~♪」
「おい、アイツ山王会の…」
「マジかよ!あの羽織500万以上する上物やないけ」
「かっけぇなぁ!」
「腕もある、金もある、別嬪さん…高嶺の華やねえ…」
 
夜は繁華街を飲み歩き、深夜になれば賭場に出入りしとったそうや。その姿は正にヤクザの華。カタギにも不良にも姉貴に憧れる人間が多かった。
 
夜桜「…チッ」パサッ…
親分「!?あの刺青…夜桜やないか!」
博徒「しかも懐にコルト…ヤバいて…」
 
賭場では負けが込むと自慢の夜桜の刺青とリボルバーをチラつかせて威嚇し、朝方まで博奕にふけっとると。
ほんで彼女は羽振りも良ければ金切りも良いから山王会どころか関西裏社会全体で一躍有名人になったんや。その知名度は組長以上だったらしいで。
 
夜桜「事務所が血の海!これぞ海の家やな!」
敵組長「たった1人であの人数を!化物が!!」
夜桜「オヤジ、2000万あります。お納め下さい」
組長「お前は本当に優秀やなぁ」
 
武闘派として一騎当千…遊び人ながら会費も他人の倍以上を納めていて異例のスピードで組内で出世して行った。
 
夜桜「なぁ松岡ぁ。700万貸してくれや」
松岡「またですか!?」
 
この時代、特に姉貴が懇意にしとった人間に松岡っちゅう人がおった。その松岡のお陰で生活もシノギも好調やったんやって。
 
夜桜「アンタが稼いだ金の大元は誰が工面したと思っとるのや。ウチやろうがい!顔面破壊愛好会!!」
ドガッ!!
松岡「酷い扱い!格差社会!!」
夜桜「松岡ぁ。融資の件を忘れたとは言わさへんどぉ」
 
松岡は炭鉱の経営者で、破産しかかっていた所を姉貴が金融業者に融資の口利きをして助けた事があった。
 
夜桜「コラ…融資出来へんのか?せやったら薬指も逝っとくか?」
業者「わ、分かりました!!分かりましたからもう指切らへんで下さいぃぃ!!」
夜桜「ん、それでええんや。ざっと7000万融資してくれりゃええからね。あ、サツにチクったら地獄の果てまで追って殺すから。…チクるんじゃねぇぞ。ほな、よろしくな~」
業者「はいー!…(コイツ無茶苦茶や!!マジに殺される…!)」
 
ほんで松岡は破産を免れたんや。せやから姉貴は度々、博多へ行っては松岡を強請り、遊ぶ金やシノギ用の金を工面して貰てたらしいで。
 
松岡「あれ…?あんなに稼いでた金がもう殆ど無い……どうすればいいんだ……」
夜桜「ま・つ・お・か~!また来たでぇー!」
松岡「あ、ああ夜桜さん…これ、700万…」
夜桜「んー…そう言えば金融の謝礼って一割って聞いてはったんけど一割は安いらしいねん。ほんでな?相場は二割と聞いたんやが…」
松岡「え?」
夜桜「もう700万出してくれ」
 
姉貴はとんでもない事を言いはった。
 
松岡「待ってくれ!話が違う!それに俺は…」
ドゴォッ!
夜桜「おい。誰のお陰で飯食えとるの?ウチやないんかい!?黙って700万出さんかいガキぁぁぁ!!」
ドガッ!バキッ!!ゴッ!!
松岡「ぐほっ!うげっ…!ま…まってくだ…ざい…もう…お金が…これじがなぐ…で…」
夜桜「あーそうなんか。そら大変やなぁ…せやったら分割払いでもええよ」
 
何処まで行っても金蔓で食いついたら離さなかった。松岡もストレスから家庭内で不和になり…
 
手紙「もう耐えきれません。私は出て行かせて貰います。妻」
松岡「何だよこれ…出て行くって…俺どうしたら良いんだ…?子供まで置いて行きやがって!(アイツが体売ってたお陰で何とかなってたようなものだぞ…!)」
赤ん坊「だぁだ!」
 
妻に逃げられ姉貴への借金と養育費もあって松岡はマトモな金を稼げなくなった。それに限界が来た松岡はとうとう姉貴の暗殺を企てた。
 
松岡「夜桜さん、これ10万です。50万は後ほど支払います(もう家財も殆ど質に出しちまった…此処で夜桜を殺る!)」
夜桜「おお、今日は気前がええなぁ。ま、そうやって頑張ってくれや?ウチのお財布はん♪」
松岡「(このクソ野郎…絶対ぶち殺してやる!)」
 
ほんで松岡は50万で姉貴に恨みを持つ鳥巣組に暗殺を依頼しはった。
 
松岡「50万です。これで夜桜を殺してくれませんでしょうか?」
鳥巣「分かった。ウチの上部団体の宮本組も賭場の件でやられとる」
鳥巣(弟)「兵隊を80人ほど送りましょう。暗殺部隊、追跡部隊、監視部隊と分けて確実に殺してやります」
 
そして運命の日…
 
ドガァッ!
鳥巣組員「夜桜ぁ!博多がお前の終焉の地じゃあ!桜の季節はもう終わっとるんじゃボケぇ!!」
夜桜「あら、ようこそ。お茶でも飲みます~?」
 
せやけど鳥巣組員80人は姉貴に返り討ちとなった。姉貴自身も生きるか死ぬかの大怪我やったらしい。
 
夜桜「誰の差し金や…ゴフッ…はよ言わんかい…」
鳥巣組員「へ…へへ、言うかよ…俺らもヤクザやってんだ…」
バァン!
夜桜「もしもし伊豆はん…?ゴフッ…鳥巣組に襲われて返り討ちにしたんや…グブッ…!アカンお花畑見えて来よった…」
伊豆「どうした夜桜!何があったんや!」
 
ほんで現直参組長で姉貴の兄弟分の伊豆の兄貴に頼んで報復の準備。治療後に真犯人の松岡も突き止めたんやけど…
 
夜桜「おら松岡ぁ!とうとう本性表したなぁ!首出したらんか…は?」
松岡「」
夜桜「松岡、何死んどんねん…」
赤ん坊「ばぁぶ!」
夜桜「しかも子供おったんかいな…」
 
松岡は自殺してたんや。子供残してやで。流石に姉貴も少しおかしい事を自覚したようや。
 
夜桜「カタギの人生ぶっ壊してまでやる必要あったんか…?堪忍な松岡。やりすぎたみたいやわ」


夜桜「あん時はホンマイカれとったからなあ。反省しとるわ」
似鳥「今やったら拷問される奴やないですかぁ…」
木島「何と言うか…昭和ってのは壮絶ですね…」
夜桜「ある意味フリーダムだった時代やからな。今以上にヤクザが活気づいとったんや」
似鳥「ほんでどうしてあの孤児院と関係を持つようになったんですか?」
夜桜「罪滅ぼし言うたらちゃうけど…子供が辛い思いするんは心苦しいからなぁ」

小西一家の新事務所…グランドバレー。まるでアミューズメントパーク

俺の名前は入江孝。
 
入江「なんじゃありゃあっ!」
小西「どや?凄いやろ!」
 
総長の事務所に腰を抜かす小西一家の若衆や。


時は2002年にまで遡る。この日、同僚の山内と愚痴っていたんや。
 
入江「はぁ…」
山内「何やため息なんてついて景気の悪い」
入江「バブル終わって景気悪くなっとるやろうがい!いや、俺なんかもう、分からんのやわ」
山内「何がや」
入江「親父の事や。最近ウチの組、朝から晩まで毎日金カネ金カネ金カネ金カネ金…」
 
三年前から親父の方針で金稼ぎに力を入れてるのや。せやけど何に使うんか明確やない。ただ系列の闇金組織やフロント企業もフル活用しとるらしい。
 
入江「とにもかくにも金やないか。実際俺ら、えらいシノギあげとるし」
山内「ええやないか。何するんにも金や。元から本部に納めたアガリはボンノさんの菅谷組とツートップやし」
 
ウチら小西一家は山王会内でもシノギに長けた組織や。菅谷組とは常に勝って負けてを繰り返しとる。ほんで小西の親父とボンノさんは共に全国進出の先兵で活躍された武闘派でもあんねん。
 
入江「いや、そこまではええんや。山内はおかしいと思わへんのか?この事務所!」
山内「何がやねん」
入江「アガリツートップの小西一家の事務所がこーんなボロボロっちゅう事や!」
山内「あぁ、そういう事かいな。確かに此処はボロいなぁ。月三万や」
 
そんな小西一家の事務所は古いビルの中を少し改装しただけのボロい物件。ぶっちゃけるとボンノさんみたいにデカい屋敷や豪邸でも構えたらええのに何故かこんなボロいビルが事務所なんや。
 
小西「おう!何駄弁っとんじゃお前ら!」
入江「お、親父!」
山内「お疲れ様です!!」
 
そうこう雑談しとると小西の親父が姿を現した。俺らが金の用途を聞こうとしたが
 
入江「あの、親父…」
小西「何や後にせぇ!ワシゃあ忙しいんや!今からデカいシノギの話つけに行くからのう!ほな、ちゃんと戸締まりしとけよ!」
バタン!
入江「総長自ら駆けずり回って金集めて…親父は何がしたいんやろ?」


2002年某日
相変わらず金を集める毎日…そろそろ我慢の限界が近づいとった。俺がヤクザになったんは男になるため…決してこんな事やないのや。
 
小西「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな…よっしゃ、額に間違いあらへんな」
入江「はい。今月の本部へのアガリはウチの組がトップ間違い無しです」
小西「ようやったでお前ら!この調子でガンガン稼ぐでぇ!!」
 
このタイミングで遂に俺は切り出した。

入江「あの…親父」
小西「あ、何や?」
入江「ウチらの組、めっちゃシノギあげてますよね?山王会四天王とか呼ばれてますし…事務所の箔付けしてもええんやないですか?ヤクザは見栄張ってナンボやないですか。なら…」
 
せやけどその返答は冷たいものやった。しかも圧まで掛けて来よる…めっちゃ怖いで。
 
小西「じゃかあしい!」
入江「うっ!」
小西「ヤクザは見栄張ってナンボやと…お前みたいな若造がいっぱしの口利くヒマあったらもっと稼がんかい!」
山内「親父!コイツは組の事を思って…!」
 
山内が助け舟を出してくれた。だが俺の腹は決まっていた。
 
小西「組の為とか焼肉のタレとか知らんが、今は金稼ぎが方針なんや」
入江「ほうですか親父。なら俺はもう親父について行けません」
山内「!?何を言うんや入江!」
入江「金ばっか積み上げて親父は何がしたいんですか!バブルのせいで変わってもうたんですか!!」
山内「おい!待たんかい!」
小西「ほっとけや。下っ端の代わりなんぞ幾らでもおるし」
 
俺はそのまま事務所を飛び出した。この時は早とちりして親父が金に溺れたんかと思っとったからな。
そして俺は夜の街をうろついとったんや。
 
入江「くそっ!俺は金の為にヤクザになったんやない…男として名を上げる為になったん…あ?」
 
そうしてブツブツ言っとると後ろから何かが迫ってたんや!
次の瞬間…
 
ドカァァァン!!
 
入江「グォォォォォォ!!」
 
俺は車に轢かれたんや!狙いすました不意打ち…腹の中の物が全部飛び出たかと思う衝撃やった!そして次に来たのは…
 
入江「がはあっ!?」
 
アスファルトに叩きつけられる痛み。アカン、これ内臓破裂しとんとちゃうか?
俺を取り囲む奴等…その顔には見覚えがあった。
 
「こいつがお前らをやった腐れヤクザか?」
「はい!」
「コイツらいきなり俺らのシマを奪って!」
 
数日前に〆た半グレの残党共や。ウチらの組の隣地区の店は半グレが勝手にケツ持ちしとってな、ほんで俺らはそいつらから利権を奪ってやったんや。
 
入江「半グレ如きが店のケツ持ちしとるんやないど!強制退去じゃあ!」
ドゴォ!
「ぐぇぇェェェ!!」
山内「お前らみたいな社会のクズをカタギが受け入れる訳ないやろ」
ザクッッッ!
「ゴェォォォッッ!!」
入江「これからはウチら小西一家がケツ持ちしたります。コイツらより余程、役に立ちますさかい」
店主「その言葉、信じてええんですね?」
 
その件で逆恨みしとった半グレ共は俺を袋叩きにしやがったんや!
 
「オラ!死ねええ!クソヤクザが!!」
ドカ!ゴッ!バキン!
入江「がっ!ぐえっ!(体が動かへん!)」
「小西一家さんよぉ!山王会か何か知らねぇけど調子乗り過ぎなんだボケッ!!」
入江「がはっ!ぐっ!」
「テメェは見せしめで殺したるわぁ!!」
 
この状態で鉄パイプに金属バットか。外道が…殺す気やな。そうして意識が沈み掛けていると笛の音が聞こえて来たんや。
 
~♪~♪
「あ!?何じゃい、ピーピーうるせぇな!」
入江「(笛の音か?とうとうお迎えか…)」
~♪…バァン!
「がっ!」
「!な、何だ!?何が起きた!?」
 
だが次の刹那…半グレの一人が頭を撃ち抜かれた!この笛と銃撃…心当たりしかない。そこに駆け付けて来たんは…
 
芳香「~♪…ごきげんよう半グレの皆様?親父、入江のバカもいましたよ」
「なっ!松尾兄妹の芳香!!」
小西「ったく…世話の焼ける子分やで」
「こ、小西だと!?何で山王会の最高幹部がこんな所にいるんだ!!」
入江「お、親父!それに皆も!」
山内「このアホが!心配掛けさせよって!」
 
勝手に飛び出した俺を親父たちは探してくれてたんや。こんな下っ端なのにや。そして目の前の半グレ共は親父を見て一気に狼狽える。
 
小西「シマ取られて下っ端相手に返しか。お猪口よりちっさい器やのう、お前ぇ…」
「くっ!」
小西「こんな手の掛かるアホでもウチの兵隊や。手ぇ出したからには…覚悟出来とんのやろ?」
  
親父の睨みはホンマに凄い。猛獣そのものと思う程の圧…空気すら変わるレベルや。
 
「黙れ!総長が出て来たんなら好都合だ!まとめてぶっ殺してやるよ!」
 
リーダーの言葉を皮切りに親父と芳香さんへ攻撃を仕掛ける半グレ共。せやけどな、地力が違い過ぎるわ。
 
「俺は戦場上がりだ!テメェもこのナイフの錆にしてやるよ!」
ヒュッ!ヒュッ!
小西「戦場か球場か知らへんけど遅過ぎるわ。当てるまで何年掛かるねん」
「クソ!何でただのヤクザが!」
小西「気合いが入っとらんなぁ。本物の攻撃は…こういうもんを言うのや」
バチィィッッッ!!
「ゴべェェェェェェッッッ!!」
 
親父が繰り出した扇子の一撃は半グレの頭をU字にへこませてしもうた。あの扇子、鉄扇言う暗器なんや。
 
芳香「君らに奏でる曲はない。早々に地獄へ送ってあげる…」
「「がぁぁぁぁっ!!」」
山内「誰に手を出したと思っとんのや!地獄で後悔せえ!」
「うげぇぇぇぇっ!!」
 
半グレ共はあっさりと血の海に沈んだ。あっさり壊滅させられたリーダーは完全に逃げ腰や。
 
「ひ、ひぇぇぇぇぇ!!」
小西「お前なんぞ殺した所で何の手柄にもならへん。おい、コイツ連れてけ」
組員「へい」
「お、おい!俺を何処へ連れて行くんだ!おい!答えろ!うわあああああああああ!!」
 
恐らくコイツはタコ部屋に放り込まれるか漁船行きのどっちかやな。
 
山内「こんのドアホが!勝手に飛び出して死にかけて、どこまでアホかい!」
入江「すまん…でも俺…」
芳香「親父、どうします?」
小西「チッ!!しゃあないのう…ホントはもうちょい内緒にしときたかったんやけどなぁ」
入江「?」
小西「お前ら付いて来いや!ええもん見せたるわ!」


この時は親父の言葉がまるで分からなかった。せやけど親父が何かどデカいもんを隠しとるのだけは明らかやった。
 
入江「此処って…コンテナ船やないですか。」
小西「ただのコンテナ船やないで?」
山内「これが見せたかったもんですか?」
芳香「面白いのはここから…ですよね」
小西「せや!お前ら腰抜かすんやないど!それ、オープンじゃあ!」
 
俺らが連れて来られたのは今は使われとらん港にあるエラくデカいコンテナ船やった。親父の合図で目の前の門がゆっくりと開いて行く…その先にあったのは
 
images (7).jpeg
 
入江「な、な、何じゃあこりゃあぁぁぁっ!!」
山内「うぉぉ…何ちゅう…これは何ちゅう…巨大なテーマパークやないか!?」
芳香「案の定、腰抜かしてますよコイツら」
 
言葉では言い表せないアミューズメントパークの様な歓楽街!まさか、金を集めてたのはこの為やったんか!?
 
小西「どや?あの一番、奥のやつ」
入江「大阪城みたいやないですか!」
小西「巨大コンテナ船に大阪城を盛った大人のアミューズメントパーク!名付けてグランドバレーじゃあ!!」
山内「おぉぉぉぉぉ!!!」
小西「今日から此処がワシらの…小西一家本家の事務所や!」
入江「じゃあ、今まで稼いだ金はこの為に?」
小西「せや。三年前に海外で使われなくなったコンテナ船を買い叩いてな。ほんでコンテナ船改造してグランドバレー建設計画を進めとったんや。これらは最高幹部にしか教えとらへんトップシークレットで進めてたんやで?」
入江「規格外過ぎて目眩がして来ますで…」
小西「おうよ。日本広しと言えど、こーんなゴッツイ根城を持った極道は他におらへんやろ。ククク…ボンノや柳川が目ん玉飛び出す様が目に浮かぶで」
 
改めて思った。この人は化物や。闇の錬金術師という異名の片鱗を垣間見た瞬間やった。
 
小西「ほな少し説明したる。見ての通り此処は事務所兼金を産み出す夜の街や。グランドバレーの売りは無制限の自由っちゅうとこかな」
山内「無制限…ですか」
小西「飲む打つ買うは当たり前。基本的に遊びに来るんはVIPの方々や。無論、何をしてもええ」
入江「でもそれって…サツに手入れされたら」
小西「ドアホ!こーんなゴッツイテーマパークやで?政財界の人間が遊ばん訳ないやろが!それに根回しは既に出来とるでな!」
芳香「流石です」
小西「ただし客は携帯の持ち込み禁止や。撮影・録音がOKやった自由に遊べへんからな」
入江「これで法の目も届きませんね!」
 
親父は何から何まで計算して事を進めとったんや。こんなどデカいドッキリは産まれて初めてやねん。
 
小西「他にも特殊な性癖を持つVIPや山王会組員も此処で欲求を満たせる。欲望をぶつけられるんはギャンブルで首が回らん奴や捕らえた半グレの連中や」
山内「じゃあ半グレを捕まえろって命令もこの為に?」
小西「せやね。半グレ言うても殺すんやもったいない。やったら奴隷として扱き使う方が労働力確保の面でも効率的やしな。他にも闘技場や銭湯、風俗と何でもござれや!」
入江「親父、俺が間違ってました!やっぱり親父は最高の親父です!!」
山内「俺ら一生、親父に付いて行きます!!」
 
ホンマあん時の自分が恥ずかしゅうなるわ。まさかこんなもんを計画しとるとは思わへんし。
 
小西「これを目の当たりにして誰が山王会に逆らおうと思う?これはワシだけでなく山王会の「力」でもあるんや!」
入江「すっげぇぇぇぇ!!」
小西「ヤクザは見栄張ってナンボ…っちゅう事や。よう覚えとけ」

修羅の群れ

絶縁されたヤクザを殺す。可愛がった舎弟を…消す

俺の名前は外堀和夫。
 
外堀「おい、何やってんだお前!?」
猫「ニャン!ニャ!?」
舎弟「へへへ…回れ…回れ!!」
 
今日も組内のトラブルに苦しむリーマン上がりの極道だ。


カタギからは傍若無人の代名詞みたいに言われている極道だが…
 
外堀「お疲れ様です!」
稲原「おう」
舎弟「お、お疲れ様です!」
 
内側から見ると細かな所まで厳格な掟が存在する。先ず上下関係が厳しい。
 
外堀「おうタバコ!言われる前に火ぃ出せ!」
舎弟「す…すいません!!」
 
余程仲が良くなければ兄貴分は基本的に恐ろしい存在だ。
次に極道は男の看板を売る生き物なので絶対に舐められてはいけない。
 
外堀「半グレに負けたぁ!?何やっとんじゃテメェは!!」
バシッ!バシッ!
舎弟「ヒィィィ!すみませぇぇん!!」
 
組の看板に泥を塗れば、その重さを体で知る事になる。
 
???「外堀ぃ、お前は甘いなぁ…甘王なの?イチゴなの?博多出身なの?」
外堀「う…モロッコさん…」
 
この人は六代目綱島一家の総長…出口辰夫ことモロッコの辰さんだ。この人はマジでヤバい。
 
出口「Are you japanese?」
外堀「イェス…Ia…ゴベェェッッッ!」
出口「無能な脳味噌デストローイ!」
 
元ボクサー上がりの極道でパンチの威力が半端じゃない。ミスをすれば顎が砕けるパンチがすっ飛んで来る…
そして親分に命じられればどんな理不尽な事でも達成しなければならない。出来ない、そんな言葉を吐けば殺される。
 
稲原「林、外堀。ハマで違法風俗やってる半グレを潰して来い」
林「了解しました。ただちに地獄へ落とします」
外堀「はい、粛清致します」
 
この人は林一家総長の林喜一郎さんだ。元はモロッコの辰と共に横浜愚連隊四天王と呼ばれた男だったとか。
 
林「いつまでも、あると思うな親と腕ぇぇぇ!!」
「ギャァァァ!!」
林「あんま本職舐めるなよ…もう廃業にしろ。次は挽き肉にするから」
「がぁぁぁ…」
 
林の兄貴に狙われたらジ・エンドだ。
しかしウチの総裁は極道の中でも穏健派なんだ。
 
稲原「お前ら。今度、草野球に行って来い。カタギさんとも交流が深まるだろうからな」
外堀「はい!」
 
兄貴達と違い、余程の事が無ければ協調と平和を愛するいい親分と言える。それにウチの組織は関東最大なので、よく仲裁や手打ち盃の後見人になったりもする。
 
稲原「神成と今田が手打ちを望んでるか」
会長「どうするんです?総裁」
稲原「受けるさ。アイツらも血を流し過ぎた。カタギさんの心配も収まるだろうからな」
 
山王会の田岡和雄と並んで極道社会じゃ二大巨頭と呼ばれる超大物だ。そんな尊敬出来る総裁だが、一つだけ困った事がある。
 
稲原「にゃ?にゃぁにゃ!にゃ~ん!」
 
それは飼い猫のアイを異様に愛している事だ。個人の趣味だからどうこう言うのは筋違いなんだが…
 
舎弟「あれが無ければいい総裁なんですけどねぇ…」
外堀「バカ!滅多な事言うんじゃねえ!」
 
大組織の頭を張っている人間かと思うと気が抜けちまうのは確かだ。
そんなおり総裁宛に関西から葬儀の案内が来たらしい。
 
会長「行かれるんですか?」
稲原「ああ、故人には世話になったらな。義理を欠く訳にはいかん」
 
この辺は人との縁を大切にする総裁らしい。しかしこの参加に関しては猫の世話のいう問題があったのだが…
 
稲原「ところでアイの世話なんだが、お前の舎弟に頼んだからな」
外堀「……はっ!?」サァァ…
 
顔が青褪める!なんと稲原総裁があの面倒臭がりに大事な猫の世話を任せたと言うのだ!時間にルーズで仕事も大雑把…あんな野郎に動物の世話が出来る訳がねぇ!
 
稲原「今どき珍しい若い奴だ。そろそろ私の身の回りの世話も経験させてやらんとな」
外堀「……はい」
 
だが総裁の命令に異を唱えるには俺のカンベは低過ぎた…
こうして総裁が旅立ち舎弟の飼育生活が始まったのだが
 
舎弟「はい…もしもぉし…?」
外堀「何やってんだ!!散歩の時間だろうが!!」
 
アイの生活リズムを変えない為に朝6時に俺が奴にモーニングコールを行い…
 
舎弟「えっと…適当に二杯くらい?」
外堀「ここに分量が書いてあんだろうが!ちゃんとしろよボケ!!」
 
アイに与えるエサの量が適正であるか目を光らせ…

舎弟「兄貴!ネコが総裁の部屋で粗相を!?」
外堀「ちゃんと見とけって言っただろうが!」
 
次々と生まれるトラブルの後始末に俺は奔走する。これを通常の仕事の合間にやらなければいかんのだ。
 
外堀「あぁ…総裁、なんでペットホテルに預けてくんねぇんすか…」
 
はっきり言って地獄だ。とは言え生き物ってのはしっかり世話をしないと死ぬ。
 
外堀「お前しっかりしろよ…アイに何かあったらエンコじゃ済まねぇぞ…」
舎弟「すみません…」
 
だがこのバカが俺の舎弟である以上は監督責任が付いて回るから仕方がない。舎弟の方も生き物を飼う事に慣れてないからか
 
舎弟「だりぃ…面倒くせえ…何で俺がこんな事を……」
外堀「文句言うな」
 
かなりストレスが溜まってるようだ。総裁の身の回りの世話が出世のチャンスだと気付いていないのだろう。
 
外堀「俺が三下の時は喜んでやったんだがなぁ…」
 
なんとも勿体ない事である。小さなトラブルはあったものの総裁が帰る2日前まで漕ぎ着けたが…
 
外堀「それじゃあ行ってくる。ちゃんとやっとけよ」
舎弟「うす…」
 
その日、俺はどうしても外せない会合があって舎弟と別れる事になってしまった。会合の方は上手く事が運び、新たに政治家二人を稲原会のタニマチに出来、新しいシノギの目処も付いた。
 
政治家「外堀さん。どうですか?これから一杯」
外堀「申し訳ありません。これから予定がありまして…」
 
バカ舎弟とアイの事が気になった俺は相手先の誘いも断って総裁宅へ帰った。帰ってみると何故か宿直係の舎弟が見当たらない。
 
外堀「そういやアイの姿もねぇ…何処に行った?」
 
不思議に思ってると億の方から洗濯機の回す音が聞こえて来た。最初はアイが粗相したのかと思ったが、極道としての勘なのか嫌な予感がする。
 
外堀「な!何やってんだぁ!?」
 
そんな胸騒ぎに押されるまま進んだ俺はとんでもないものを見た。なんと舎弟の奴は事もあろうに洗濯機にアイを入れて回してたのだ!
 
舎弟「回れオラぁ!綺麗になぁれ!ヒャヒャヒャヒャ!!」
猫「にゃん!にゃっ!!ウギィィ!」
 
舎弟の目が明らかにイッてるがそんな事気にしてる場合じゃない!俺は舎弟を押しのけると直ぐにアイを救い出した。
 
舎弟「何するんすか!躾っすよ躾!」
外堀「こんな躾のやり方あるかボケが!」
 
今はバカに構ってる暇はない!アイが死んだら連帯責任で俺まで殺される!!藁にも縋る思いで獣医に駆け込んだ結果…
 
獣医「溺れる寸前だし毛も相当抜かれとる…一体何をしたんだ君は?」
外堀「すんません…バカが無茶をしまして…」
 
辛うじて命は助かったものの自慢の毛並みはボロボロだ。関西から帰って来た総裁は怒り狂って舎弟を絶縁…
 
稲原「外堀ぃ…テメェ若いもんにどういう教育してやがったぁ!なぁぁ!?」
外堀「ず…ずいばぜ……ん…」
 
俺も監督不行届で生きるか死ぬかのヤキを喰らった…しかし総裁の怒りはそれで収まる事は無かった。
 
稲原「外堀、お前の舎弟だ。しっかりケジメ付けて来い」
外堀「ケジメですか?」
稲原「殺れ」
 
俺に舎弟を殺す様に命じて来たのだ。物覚えも悪いし短気だが殺す程のものなのだろうか?
 
稲原「奴は親の命令に逆らった上に私のアイまで殺しかけた。絶縁程度じゃあ下に示しがつかん」
外堀「……」
稲原「死体の処理は手はずを付けてやる。出来るよな?」
 
けれど親がクロと言えばクロになるのが極道の掟だ。


次の日の深夜、俺は舎弟を呼び出した。
 
舎弟「本当、総裁も酷いっすよ。ネコ如きで絶縁にするなんて」クチャクチャ…
外堀「そうだな…」
 
基本の掟すら理解出来てないとは。コイツは極道に向いてなかったんだな。
そうして酔っ払った所で俺は奴を一目の無い路地裏へ引っ張った。
 
舎弟「え…?兄貴、冗談ですよね」
外堀「冗談に見えるか?」
 
此処なら誰にも見えない。殺すにはうってつけの場所だ。こっちが本気だと気づいた舎弟は絶望の表情で後退する。
 
外堀「お前はネコ如きって言ってたがな…極道の世界じゃ親の命令は絶対なんだ。だから俺は命令を守ってお前を殺す。そして命令を破ったお前は此処で死ぬ…」
舎弟「い……あぁぁ…!」
 
バァン!!
 
前に総裁を人格者と言ったが怒らせちまえば…そこはやはり極道だ。
 
外堀「親の不興を買えば簡単に消えちまう…軽いな極道の命は…」
 
いつかは俺もこんな風に死体も残らず消されちまうのだろうか…

色んなヤクザ

親の七光り…名門ヤクザの息子。親の威光でやりたい放題

俺の名前は小野寺数正。
 
???「助けてくれ…助けてくれよぉ…」
小野寺「力のない極道は死ねばいいんだろ?」
 
手前の吐いた言葉には責任を取らせる人情派の極道だ。


俺が所属しているのは奈良の極道組織…人呼んで「法隆会」という団体だ。その名跡は江戸時代中期の侠客「早河國次郎」という人物が始まりらしい。そこの組織で俺は理事長補佐の役職に就いている。
そんな名門の極道組織だが、現在一つの厄介な問題がある。
 
?「飲め飲めぇ!遠慮はいらねぇぞ!」
部下「ヒャッハー!流石は英希さんだ!」
 
それはとある馬鹿が暴れている事だ。本来ならそんな阿呆は粛清するのだが…
 
従業員「お客様、かなり飲んでらっしゃいますが、そろそろご料金の方を…」
英希「ああっ?」
 
今回ばかりはとある理由から手が出せないでいる。その理由とは…
 
英希「誰にもの言ってんだテメェ!俺は法隆会会長の息子で法隆会本部長だぞ!!」
ドガッ!
従業員「ぐはあっ!?」
 
このクソがウチの親父の息子で本部長という事だ。この早河英希って野郎は親の七光りで出世した虎の威を借る狐だ。
 
早河「血筋が正義なんだよ!お前ら負け組は黙って従えやw」
 
問題なのは借りている狐が法隆会の看板って事だ。英希のクソはウチの親父と姐さんから大層甘やかされて育った様で
 
組員「若、学校へ到着致しました」
英希「ご苦労」
 
ガキの頃はロールスロイスで学校へ送り迎え。小学5年になると地元の競輪場へ通い詰めるという有様だったようだ。
 
英希「400万ある。そこの車券、全部寄越せ」
窓口「は!?」
警察A「あのガキ、頭おかしくねぇか?」
警察B「アイツは法隆会の御曹司だからなぁ。しっかし、めちゃくちゃやりやがる」
 
しかもオッズが変わるレベルの大口買いをしたせいで地元の警察からマークされてた事もあったと聞く…
 
英希「ヒャッハー!どけやクソババァ!」
婆「うっ!」
舎弟「けっ!ノロノロ歩いて亀かテメェは!」
 
中学になるとジョーカーズというバイカー集団で暴走行為。カタギもマトに掛ける完全な仁義外れだった。
 
英希「父さん!あれ買って!」
親父「よぉし!パパが買ってあげるぞ!」
英希「ママ!あれ食べたい!」
姐「しょうがないわねぇ」
 
他にも欲しいものは全て手に入り、組員を扱き使える立場のコイツは、それはもうクソみたいな世間知らずのガキに成長した。
 
英希「実業家は無理だな…親父に口利きしてヤクザにでもなるか!」
 
高校卒業後は実業家になる事を目指して大学へ進学したらしいが、こんなボンボンのクソガキ如きに務まる職業じゃねぇ。案の定、挫折して親の威光に縋れるヤクザになったって訳だ。
 
親父「これから法隆会の一員になる英希だ。みんなよろしく頼むわ」
英希「手柄上げたら俺にもくれよな」
 
そして間もなく英希のバカはウチの下部団体の組に修行へ出されるのだが…
 
兄貴A「オラ!しゃきっとせんかいボケ!」
兄貴B「そんなんだったらヤクザ辞めてしまえや!!」
英希「くぅぅぅ!!(親父の下っ端共が偉そうにしやがって!!)」
英希「アイツらは俺を正当に評価してねえ!やってられっか!帰る!」
 
此処でも挫折して2ヶ月後には逃げ帰ったってよ。組の親分は一応、上部団体の親父の息子という事でヤキ入れ無しの叱責だけという甘い対応をしたらしい。それでも英希のバカは甲斐性なく逃げ出すってんだから情けねえ。
 
親父「ったく英希は仕方のねえヤツだ。取り敢えず俺の秘書として渡世のイロハを学べ」
英希「へ~い」
 
ウチの早河裕行こと早河の親父は筋金入りの親バカだった事から英希の醜態を咎めず、それどころか秘書に取り立てちまったんだ。躾くらいちゃんとして下さいよ…
そして3年後には信じられねえ事に…
 
裕行「英希、お前を法隆会本部長に任命する。しっかり責務を果たしてくれ!」
英希「へい!(ヤクザってこんなにヌルいのかwヤクザになってよかったわw)」
親分「おめでとうございます(こんな奴が本部長だ!?なに考えてんだ!)」
 
27の時には異例の本部長に任命されたってんだ。こんなクソ無能を本部長に任命した所で役立つ訳ねぇだろ!ってのはほぼ全ての組員、親分衆の意見だ。そして本部長になった事でいよいよコイツは組に実害を与えるクソ虫になった。
 
英希「お前、なんか早死にしそうだよなw」
小野寺「」シラ~
 
正直に言わなくても法隆会の汚点のコイツを今すぐブチ殺してやりたい。
 
小野寺「理事長!あのボケナスなんとか出来ねえんスか!?」
理事長「堪えろ…俺でも流石にオヤジの実子をタコには出来ねえ」
 
だが極道の世界で親は絶対だ。例え身分が下でも勝手にその血縁へ手を出す事は出来ない。俺達がそうやって我慢している中でもあの馬鹿はシマで好き勝手しやがる。
 
英希「オラ!もっとサービスしろや!」
嬢「きゃあっ!?」
英希「法隆会が黙ってねえぞ!!」
 
そして何かあれば法隆会の名を出して相手を黙らせる。ヤツの傍若無人の被害はケツ持ちの店にまで及び…
 
店主「守って貰う筈の法隆会に店を荒らされたんじゃたまったもんじゃない!!」
小野寺「すいません!本当に申し訳もない!!」
 
俺達はひたすらに頭を下げるだけ…何か土下座も板に付いて来た…そしてバカは親の七光りでその後も出世して行き
 
裕行「お前もそろそろ組を立ち上げてもいいだろう。シマは工面してやるから頑張って稼いでくれ」
英希「マジかよ!俺もとうとう組持ちか!」
 
30にして二次団体の組長になったんだ。それだけなら問題は無かったが、問題は構成員のスカウトにあった。
 
親分「英希さん、何故ウチの組織から断り無しに引き抜いたんです!」
英希「あぁ!?俺に逆らうのか?」
親分「そういう問題じゃありません!勝手に人員を引き抜かれちゃ業務に支障が出るんです!ましてや同じ組織の組員を…」
英希「うるせえ!テメェは沢山人いるだろ!少し引き抜いた程度でピーチクパーチク…ガキかテメェ」
ドカッ!
親分「くっ!(今すぐブチ殺してやりてえ…)」
 
信じられない事に身内の他組織から人員を無理矢理引き抜いて勢力を広げたそうだ。本来なら即刻破門でもおかしくない暴挙…親分衆の中でも大問題になった。
 
親分A「この前、20人ほど引き抜かれた…英希のクソ野郎」
親分B「親の威光で好き勝手しやがる!自身はチンピラの癖によ!」
親分C「ならいっそ暗殺でもしちまうか…?」
 
議題の中で暗殺が出る程だったのだから英希がどれだけクソバカなのか分かるだろう。
そしてある日、俺はクソバカの付き人として京都の高級料亭に居た。
 
男「これからもご贔屓にさせて下さい、白神会長」
女「えぇ勿論です。何かお困りであれば頼って下さいまし」
小野寺「(アイツまさか会津虎鉄か!?)」
 
そこに居合わせたのは山王会若頭補佐で京都の老舗極道組織…会津虎鉄会四代目会長の白神澪奈だった!隣に居るのは京都府知事だ。どうやら会合の最中らしいが、クソバカはとんでもねえ事を口走りやがった!
 
英希「おい小野寺、あそこにいる奴って会津虎鉄会の会長だよな?」
小野寺「はい、そうですが…」
英希「俺の所まで挨拶しに来る様に言ってこい」
小野寺「はっ!!?」
 
相手は京都最大の名門だぞ!?しかもそのトップ相手に挨拶しに来いだぁ!?勘違いも大概にしろよ!!だが悔しい事に俺じゃ逆らえねえ…死を覚悟で俺は2人の大物の所へ向う。
 
組員(会津)「あ?ウチの会長に何の用や!!」
小野寺「突然の所、失礼致します…」
知事「何だね君は」
白神「あんさん、状況分かっとります?」
 
案の定、白神が睨み付けて来る!これだけで俺は心臓バクバク、小便もちびりそうだ!それでも俺は恐怖心を抑えて話を切り出す。
 
小野寺「お、私は法隆会…の理事長補佐の…小野寺と申します!!失礼な事は承知しておりますが、一つ話を聞いて頂けませんでしょうか!!?」
知事「白神さん、どうされます?」
組員「何ふざけた事抜かしとんじゃ!!会長、こいつ…っ!」
白神「アンタら大人しくしとき。…少しだけならええです。そこの若衆、要件は何ではりますの」
 
俺は覚悟を決めて洗いざらい話した。その場で殺されるかもしれないと思っていたが、予想外にも彼女は応対してくれた。
 
白神「あんさん所の先代には恩がありますさかい、そのお孫さんに挨拶しておくのもええ機会どすな」
小野寺「(マジか…殺されるかと思った…)」
 
そうして白神と英希が対面したのだが…そこでも奴は白神に対してふざけた真似をしやがった!
 
小野寺「英希さん、白神会長が挨拶したいとの事です」
白神「四代目会津虎鉄…白神澪奈です」
英希「あ、そう。にしてもお前、見てくればっか綺麗だが5年したら俺の下で鎖に繋いでやるからな。それまで待ってろよ」
 
いきなり白神相手に喧嘩を売りやがった!こんな下らない事で会津虎鉄会と戦争なんざ死んでもごめんだ!!相手の勢力は4万近い上に虎鉄十人衆という武闘派までいる!ウチは虎鉄会の1/10!勝ち目がねえ!
 
小野寺「ちょ!」
白神「これはこれは随分とお口が達者なようで…」
英希「俺のじいちゃんに恩があんだろ?なら俺の言う事も聞けるよな?」
白神「先代には恩がありますが、あんさんはあんさんでしょう。年端もない若の言葉を聞く義理はありまへん」
 
その言葉を舐められたと感じたのか英希のバカはついに一線を越えちまった!
 
英希「俺は若じゃねぇ!本部長だ!!」
ベチッ!
白神「っ…」
英希「舐めやがってこの野郎!口の利き方に気ぃ付けやがれ!」
ブゥッ!
白神「では、これでお暇させて頂きます」
 
白神に平手打ち!あまつにさえ口に含んだ酒を吹き掛ける凶行!!おいおいコイツ死ぬ気なのか!?白神は完全に赤っ恥をかかされる形になったんだ。だがそれでも白神は一礼して去る大人の対応を見せた。流石に大親分は器量が違う。
 
小野寺「英希さん!あれは完全に虎鉄会を敵に回す行為ですよ!?何故あんな真似を!」
英希「済まし顔で気に入らなかったんだよ。あの女…完全に俺を舐めてやがる!」
小野寺「(舐めてんのはテメェだろうが!!)」


俺達がそんな我慢の日々を続けていたある日の事だ。
 
舎弟「兄貴、大変です!あのバカボンが!」
小野寺「あの野郎!また何かやりやがったのか!?」
 
また英希のバカが問題を起こしやがった!急いで駆け付けたのだが、それはとんでもない問題だった
 
小野寺「英希さん、今度は何やったんすか!?」
英希「ちょっと人を殺っちまった」
 
これを聞いた時は眼の前が一瞬、真っ暗になった。思わず絶句する俺を気にもせずクソバカはとんでもねえ事を言い出す。
 
英希「それでよ、チャチャっと死体の処理を頼むわw」
舎弟「兄貴。コイツ殺して俺も死にます」
小野寺「アホ。それ無駄死に」
 
その後、俺が聞き出した事情はこんな物だった。
 
英希「ひゃははははは!おい、お前!脱げよ!」
部下「おっ!流石は英希さん!」
嬢「む…無理です…」
 
あのバカ野郎は今日も店にガッツリ迷惑掛けながら騒いでいた。だが店は貸し切りじゃない。迷惑に思う客だっている。
 
「うるせぇぞボケ!」
「周りでも飲んどるんじゃあ!ガキが!」
 
今日はマズイ事にその客が極道だったのだ。子分共を率いていたバカボンは奴等へ噛み付いた。
 
英希「テメェ…俺を誰だと思ってんだ?法隆会会長の息子で法隆会本部長だぞ?」
極道「それがどうした?テメェはどう見ても三下のチンピラだ」
 
相手はバカボンの脅しを歯牙にかけなかった。そうなれば場所を変えて喧嘩になるのだが…
 
部下「オラァ!隙だらけだぜぇ!!」
英希「背中ガラ空きー!」
ビリリリリリ!!
極道A「グガガガガがっ!?」
極道B「ぐおおおおおおっ!?」
 
なんと奴等は道中…背後から棒状のスタンガンで不意打ちしたらしい。さらに動けない極道を袋叩きにした。
 
英希「俺を安く見んなよ!法隆会なんざ足掛かりなんだよ!!」
ドガッ!ドゴッ!!
部下「何だよコイツら、焼き豚だぜぇ!!」
 
喧嘩にルールは無いとは言え動機がクズ過ぎる。そして頭に血が昇った奴等はやり過ぎてしまう。
 
部下「英希さん…コイツら息してません…」
英希「クソザコが死ぬなよ!手前かけさせやがる!」
 
そう。ヤクザ達を殺してしまったのだ。
本当に…本当ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉにいい加減にしろよ!このクソッタレが!!
 
小野寺「それで殺ったのはどこの組の者なんすか?」
英希「知らねえよ。そこの奥で寝てるから始末する時にテメェらで調べろや」
小野寺「テメェなあっ!?」
英希「何だぁ?俺に楯突くのは親父に楯突くのと一緒だぞ」
 
クソッタレ…このキツネ野郎が!!
 
舎弟「兄貴、殺害命令を…でないと俺が狂います」
小野寺「OKと言いそうだ」
 
そして去り際にバカボンはこんな事を言った。
 
英希「弱ぇ奴に生きる価値はねぇんだよwテメェも気を付けろやw」
小野寺「……ぐうッッッ!?」
 
怒りを噛み殺しながら路地裏に向うと極道2人の死体が転がっていた。
 
舎弟「マズイですよ…コイツら会津虎鉄会だ」
小野寺「冗談だろ…」
 
英希は白神会長との一件で虎鉄会に恨まれたも同然だってのに…また虎鉄会に粉掛けたのか!ふざけんじゃねえよ…今度ばかりは戦争になりかねねえ!
とは言え今回の殺しはホトケを処理したので表向きには明るみに出なかった。
 
理事長「小野寺、シマで虎鉄会の連中が何か嗅ぎ回ってるぞ?」
小野寺「ち…くそっ!」
 
だが組員が消えれば虎鉄会の連中は気付く。しかもバカボンはシマと虎鉄会に悪い意味で目立っている。
 
小野寺「どうします…虎鉄会の奴等、バカの仕業だって掴んでますよ」
理事長「あの野郎…本当に余計な事しかしやがらねえっ!」
 
俺達の戦力で虎鉄会と喧嘩なんざしたら1日でジ・エンドだ。バックには山王会も居る…億が一にも勝ち目はねえ
 
理事長「自分のケツは自分で拭いて貰う。それしかねえな」
小野寺「分かりました。警護はしません」
理事長「英希の組員も英希のバカには辟易してる。奴等も協力してくれるだろ」
 
という事で偶然を装って虎鉄会の連中に殺して貰う作戦を企てた。それはバカの組の組員にも伝えて共同で葬ろうって訳さ。
お陰で英希のバカを虎鉄会の奴等が見つけるのに時間は掛かからなかった。
 
ピピピピ!ピッ
小野寺「英希さん?」
英希「小野寺ぁ!?追われてんだ!キャバクラの路地裏だ!助けに来い!」
 
その日の夜には命乞いとは思えねえ上から目線の電話が入って来た。指定された場所へ向うと既に虎鉄会の奴等の姿があった。
 
???「えがったなぁ坊や。法隆会のヒーローが来たみたいや」
???「俺は会津虎鉄会の前田鶴吉や」
 
マズイ。奴のガラを押さえているのは虎鉄会十人衆の一人。とんでもねえ武闘派だ。
 
英希「助けろ小野寺ぁ!俺が死んだら親父が黙ってねえぞ!!」
前田「この期に及んでパパと来たか。こんな奴に付いて来た子分共は浮かばれへんなぁ…」
 
無様な英希と呆れた顔の虎鉄会十人衆の前田。まぁ、こんなセリフを聴けば当たり前か。
生憎だが俺達の方針はもう決まっている。
 
小野寺「俺は邪魔するつもりはねえ。ケジメ取るなら好きにして下さいや」
英希「…は?え?」
 
元から人望皆無のゴミ野郎だ。コイツが死んでも法隆会は誰も動かねえよ。
 
前田「ええのかい?この坊や、お前さんの親の実子で本部長やろ?」
英希「そうだ!ふざけるなぁ!」
小野寺「だがコイツは組に実害しか齎さねえ。挙げ句にアンタらの親に舐めた真似までしてる。これまでやって来たツケを払わせたかったんだ」
 
そう言うと虎鉄会の前田は納得した様に頷いた。
 
前田「ええやろ。親の子を見捨てる気概に免じてコイツからケジメを取る事で手打ちにしたる」
小野寺「助かる」
 
こういう判断が出来るって事からもコイツが虎鉄会内で力を持つ存在だと理解出来る。
こっちの話は纏まったのだが、当然足下の馬鹿は異論を唱えて来る。
 
英希「テメェ組を裏切るつもりか!?」
小野寺「バカ言うな。テメェは親の七光りしか取り柄のねえ無能だ。カシラや親分衆でさえテメェはいらねえとよ」
 
言うに事欠いてコレとは。つくづく救えねえ。だが奴の理屈が通るほど世の中、甘くは出来てない。
 
小野寺「英希。お前言ったよな。弱ぇ奴に生きる価値はねぇって」
英希「うっ!?」
小野寺「テメェが吐いた理屈なんだ。極道の端くれなら筋くらい通してみろや」
 
俺が奴にする事はこれだけだ。
 
前田「ヒーローからも見捨てられてもうたなぁ。ほんじゃ、ケジメ付けよかぁ」
英希「あ…あぁ……あああああああああああっ!?」
バァン!!
 
俺は振り返る事なく、その血なまぐさい現場を後にした。


英希のバカがくたばった事は直ぐにオヤジの耳に入った。
 
裕行「何でだ小野寺!お前が助けに行ったんじゃないのか!?」
小野寺「申し訳ありません。間に合いませんでした」
裕行「何が間に合いませんでしただ!舐めとんのかあっ!!」
ドガッッッ!!
小野寺「ぐぅっ!!」
 
奴を捨てた事は秘密にしたが、それでもヤキは免れなかった。実子を失ったオヤジの怒りはそりゃあ凄まじかった。
 
裕行「役立たず共が!今の地位にいられると思うなよ!!」
理事長「ぐう…す…すみませんでした…」
小野寺「ぐっ…(自業自得だろ)」
 
俺も理事長もボロボロになるまで殴られた。
 
理事長「クソッタレぇ…小野寺、大丈夫か?」
小野寺「なんとか…」
 
今回の件は英希の自業自得だと誰もが感じていた。
この一件は明らかに法隆会に不穏な影を落としている。俺達が受けたヤキはオヤジへの反感を高める事になった。


次の日の夜…
親父と姐さんが英希の葬式帰りの時だ。
 
裕行「クソ!英希が死んじまうなんて…!」
姐「将来は立派に法隆会を背負って立つ筈だったのに…」
 
カラッ…カラッ…
 
裕行「何か聞こえたな…下駄の音か?」
姐「?さあ…こんな夜道にそんな古風な人間が…」
???「法隆会会長の嫁さん…どんな斬り心地だい…」
 
ザクッ!
 
姐「ガッ!」
 
ドサッ…
 
裕行「!!?おい!祥子!祥子ぉ!!クソッタレぇ!何があった!?」
 
何と姐さんが何者かに斬られちまったんだ!親父は姐さんを抱えて錯乱している!謎の刺客は親父にも凶刃を向ける!
 
ザンッ!
裕行「がっ…!ま、まさか…テメェは!」
???「これも浮世の定め…死んでおくれやす」
 
裕行「白神!…ゴフッ!!」
 
斬ったのは白神会長だった!あの時受けた屈辱と組員殺しを完全に許した訳ではなかったのだ!
 
白神「霞む夜毎の銀閃に…月が照らす紅の恋模様…」
 
カラッ…カラッ…
 
 
 
 
 
 
そして次の日の深夜、兄貴分との飲み会帰りの途中…俺の所に理事長から電話が来た。
ピピピピピピッ!ガチャッ…
小野寺「はい、小野寺です!」
理事長「おい!今すぐ事務所へ戻って来い!!昨日、親父と姐さんが消された!!!恐らく虎鉄会の仕業に違いねえ!!」
小野寺「……!!!?まだ終わってないんすか!!?手打ちにして貰った筈なのに!」
理事長「お前も俺も完全に白神というヤクザを甘く見ていたんだ!奴はこの機に法隆会そのものを潰すつもりだ!!俺もお前も殺しのリストに入ってるかもしれねぇっ!!」
理事長「それに…」
 
 
 
ガチャッ……プー…プー…
 
 
 
小野寺「!もしもし!!?電話がきれた…とにかく事務所へか…っ…!!?」
 
 
 
 
何かが後ろにいる。振り向きたくない…絶対に振り返ったら駄目だ。もし振り返ったら…振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら振り返ったら
 

 
 
 
 
 
ザシュッ
 
 
 
俺が辛うじて見えた最後の光景…それは白神が刃を振り終わった姿だった。

ヤクザの刑務所生活…壮絶な喧嘩。獄中で敵のタマを取る

俺の名前は反町海斗。
 
刑務官「囚人番号892番!反町海斗!」
反町「はい」
 
ムショ務めに行ってる組長だ。


さて現在、俺はとある刑務所に収監されている。一応小規模だがヤクザの組長を務めている男だ。組の名前や逮捕までの経緯は割愛しておく。
 
反町「暇だ…」
 
刑務所は大まかに雑居房、独房、懲罰房の3つに分類される。基本的に犯罪者は雑居房にぶち込まれるが、ヤクザの組長や企業の社長などの俗に言う大物になると独房にぶち込まれる。それは何故か。
 
「見つけたぜぇ!此処でテメェのタマ取ったるわぁ!」
「待てバカ野郎!やめ…ぐわぁぁぁあ!!」
 
功名心に駆られたバカがその大物を殺して箔付けしよう等という事があり得るからだ。ましてやヤクザや半グレともなれば敵対組織の頭を殺してやろうと企む者は多い。だから独房に隔離する事で刑務所の風紀を保つ。
雑居房は複数人の囚人が居る事から人肌恋しくはならない。しかし独房は文字通り一人だけの空間。娯楽も殆ど無い刑務所において一人だけというのは余りに退屈でメンタルも削られる。
 
反町「おぉ、これは瀬尾親分。今日もお元気そうで…」
瀬尾「反町もやな。こんな空間じゃあ争う気にもならねえ」
 
そして刑務作業についても雑居房に居る様な囚人とは違い独房に居る囚人同士で仕事をする。例え犯罪を犯し違法な稼業の者も居るとは言え、結局は組織の上に立つ器量の人間同士。それ相応の礼節を持っている為、喧嘩や囚人同士のトラブルは少ない。
そんな独房生活を続けて早2年。先日ある大物ヤクザが俺の隣の独房に入って来た。
 
刑務官「囚人番号893番、中田太郎!今日から此処がお前の入る房だ!」
中田「…はい」
反町「!?」
 
中田太郎…俺達裏社会に生きる人間なら誰もが知ってるビッグネームだ。山王会本家舎弟の会長付、“喧嘩太郎”の異名で恐れられる中田会の会長。そんな超大物がよりにもよって俺の隣に来てしまった!
後に聞いたのだが、どうやら異能犯罪組織「紅月」との間で起きた抗争によって紅月のトップと共に逮捕されたらしい。抗争の発端は中田会本家若頭補佐が紅月の幹部に殺害された事にある。しかも紅月は白昼堂々と襲撃を行った。
 
反町「やべぇな…アイツに刑務作業なんか出来るのか?絶対殺し合いになるぞ…」
 
喧嘩太郎の異名を取るだけあって、その性格は短気で凶暴。自宅には中田の機嫌を損ねて殺された若衆の死体が埋まってるって話だ。刑務作業中に他の親分衆とかと喧嘩にならなければいいが…
 
刑務官「お前は7年後、異能都市に送られる事になっている。その間、お前は此処で暮らすんだ」
中田「俺をそこに放り込んだら…血の雨でも降るかも知れへんぞ?」
刑務官「!!私語を慎め!とにかく、7年の間に少しでも自分のした事を反省するんだな!」
ガタン!
中田「あの異対課のガキ、横から顔突っ込みよって…ホンマやったらあのガキ、シバき倒したる所やぞ」
 
何せ返しが終わる寸前で異対課によって捕まったんだからその悲憤は凄まじいものだろう。逮捕前、中田は暴れまくって手に負えず最強の13課の主力3人で漸く鎮圧出来たレベルだ。同じく捕まった紅月トップの月峰という女は死ぬ寸前だった為、警察病院で治療した後に刑務所に来る予定らしい。
 
中田「離せコラァ!おんどれテメェらもいてまうぞオラァ!!このクソガキ共が!!おぉ!?」
中田「月峰ぇ!おどれ絶対ぶち殺したるからな!!」
 
『暴力団の大物親分が吠えた!警察に殺害予告か!?』
 
その凶暴性は当時の新聞にも取り上げられ、中田の名前は表社会でも有名となった。そして異能都市と言うのは異能者が犯罪を犯した場合、正規の服役を得た後に送られる場所だ。基本はそこで国の為に働く事となる。無論ヤクザや異能犯罪者が顔を縦に振る訳が無いが。
 
中田「お疲れやな!反町!」
反町「あ…あ、中田の親分、お疲れ様です!」
中田「こういう仕事は始めてやからな。俺に上手い事教えたってくれや」
反町「は、え…はい(案外大人しい人だな)」
中田「瀬尾の親分、後は俺がやっときます」コソコソ
瀬尾「お、おう…なら頼むわ。本日分終了致しました。用便願います」
刑務官「……よし」
 
以外にも凶暴な性格に反して目上の人間に対する敬意を持ち、態度も真面目。瀬尾親分はある事件で無期懲役を食らい、今やすっかりカタギの老人レベルにまで体力が落ちたのを察してか仕事をこっそり代わりにやる様に言い出したりとビックリするくらい礼節と人情を持つ親分だった。
 
反町「中田の親分…失礼ですが、貴方程の男が俺に対してこんな丁寧な対応するとは以外なも…」
中田「以外って…刑務所に居る以上、組の看板は関係あらへんからなぁ。先輩後輩の関係やろ?」
反町「ん、まぁ、そうですが…」
 
中田の親分は想像以上に道理を弁えた人物として刑務所内で有名になった。刑務官側もその態度には面を喰らったとか。その甲斐もあって
 
刑務官「お前は今日から2種に昇進だ。これからも模範囚として良き手本になってくれ」
中田「はい、ありがとうございます」
反町「(俺なんてまだ3種だぞ…)」
 
一纏めに模範囚と言っても実際には種類があって、制限区分と優遇区分という措置が取られている。これは2000年に行われた法改正により定められたもので、これにより面会の回数や、テレビの視聴、お菓子の購入等が出来たりも可能になる。
2種は制限区分1~4種の内の一つで、仮釈放準備中となり、外部に電話が出来る様にもなり、面会も刑務官の立ち会い無しで可能という措置が取られる。他にも優遇区分として1~5段階の措置があるが、そこは今回は省略しよう。そんな模範囚の特権だが、無論普通に真面目にやっているのでは昇進は不可能だ。
 
囚人「これは刑務官さん…お疲れ様ですわ。へへ…」
刑務官「おう(下手なおべっかを使っても昇進は出来ないんだがな…)」
 
異様にいい子ちゃんぶる奴はごまんと居るが、それでは駄目だ。おべっかや態度が自然でなければならない。ベテランはそこの強弱を使い分ける事でトントン拍子に昇進出来るらしい。中田の親分は下手なおべっかを使わず、環境に不満を言わず真面目に仕事をしていたから刑務官に好かれて昇進出来たのかもしれない。
 
刑務官「中田、コイツは差し入れだ。秘密だからな?」コソコソ
中田「ありがとうございます!ご厚情感触しますわ」コソコソ
反町「(好かれてんなぁ)」
 
やっぱり一流の極道と言うのは凄い。自然と模範囚に昇進出来てしまうほど人格面が出来ている。今や少なくなって来た古き良き任侠気質のヤクザと言えるだろう。
だが、喧嘩太郎としての側面が失われた訳ではない。ある日、俺達のムショで中田が人を殺しちまったんだ。


刑務官「何故あんな真似をしたんだ…あと一ヶ月で仮釈放だったんだぞ。あと少し耐えるだけで良かった筈だった…だろ?」
中田「すんまへん…ウチのもん殺った挙げ句、あの態度やったもんですから…」
刑務官「お陰でお前の刑期は伸びちまった…それに模範囚も取り消し。これを聞いたらお前のカミさんも悲しむだろうよ」
中田「ったく…アンタには恐れ入りますわ」
 
それはムショに誰でもない紅月の月峰が来ちまった事にあったんだ。
 
刑務官「囚人番号895番!月峰紅葉!」
月峰「はぁ~い」
反町「やば…」
 
月峰は完全に舐め腐っていた。刑務官に対してもこの態度。異能が使えない以上、ただの女なのにだ。自分は可愛いから丁重に扱われると勘違いしてるのだろう。俺も新聞で見て実際に中田からも聞かされたから、これはマズイと感じたのは言うまでもない。
しかも月峰は中田会若頭補佐を殺した事を鼻に掛けていた様で…
 
月峰「私はあの中田会の若頭補佐を殺ったのよ?どう、凄くない?」
反町「はいはい、そうですか」
月峰「は?なにその態度。弱小ヤクザが生意気なのよ!」
バチッ!
反町「っ!」
刑務官「月峰!何をしてる!!」
月峰「コイツが喧嘩をふっ掛けて来たんですよぉ~」
 
ペラペラと自慢話はするわ他の親分衆に挑発する言動はするわととんでもないクソ女だった。しかも当の中田に対しても挑発を仕掛けやがったんだ。
 
月峰「泣く子も黙る喧嘩太郎が模範囚!?アハハハ!いい子ちゃんぶってバカじゃないの?」
中田「ワレなんじゃい。此処は殺し合いの場やないぞ。大人しく働けや」
月峰「へぇー。だったらぁ…私の作業も代わりにやりなさいよ」
中田「アホか。おどれが自分でやらんかい」
 
最初の内は中田も我慢していたが、ある日、遂に喧嘩太郎として爆発してしまった。
 
月峰「相変わらずいい子ちゃんぶってますね~太郎くん♪」
中田「あ?」
月峰「若頭補佐の件はお悔やみしますよ~?だって私が殺した訳じゃないもん」
中田「黙れや」バンッ!
月峰「またそれぇ?喧嘩太郎じゃなくて黙れドン太郎にでも改名でもしたらぁ?」ニヤニヤ
中田「黙れドン太郎だぁ?この野郎…テメェ、一体誰に向って口効いとんじゃこの野郎!!」
月峰「そりゃ落ち目のヤクザさんでしょ」
ガシャァァァン!!
囚人「「「!?」」」
中田「何やこの野郎!ワレ異能無けりゃ只のオメコ芸者やろうが!!」
ザクッ!!
囚人「アイツやりやがった!」
月峰「いぎゃぁぁぁぁぁ!!」
反町「ちょ、待って下さい中田の親分!殺しはマズイ!!」
中田「どけオラァ!」
 
ブチギレた中田が近くにあった鉈で月峰の顔面を切りつけてしまったんだ。俺が必死に止めるも火が付いた中田は暴走機関車。今度はバールを手にとって…
 
中田「タコのクソ頭*1に昇りやがって!脳味噌ぶちまけて死ねやぁぁ!」
月峰「や、や、冗談でしょ?ね?ちょ、悪かっ…うげぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
刑務官「中田!!何をしているんだ!!」
 
月峰を何度も殴打。最初の一発で即死だったが、怒りの収まらない中田は何度も殴り付けた。そして刑務官が警棒で一発入れて漸く収まった。
これにより中田は仮釈放取り消しどころか刑期が伸び、模範囚からも降格してしまった。刑務官も月峰が完全に非があるとは考えていたが、殺してしまった以上は中田を罰する他なかった。
 
中田「また刑期が伸びてもうたわ。7年から15年や」
反町「まぁ、ムショ内での殺しですからね」
中田「組に粉掛けた奴は殺せたから後悔はしとらんけどな。取り敢えずまた模範囚1種目指さな」
反町「1種になれば立ち会い無しの面会が出来ますからね。中田会の兵隊を使って何かするんで?」
中田「そうや。上手いことお抱えの政治家に口利きしてションベン刑*2で手打ちにして貰おう思てんねん」
 
中田は山王会でも最上層部の人間。それくらいは造作もないのだろう。とは言え減刑とムショの待遇は別。模範囚になるに越した事はない。そうして中田は努力の甲斐あって1種へと昇進。本当に政治家へ口利きして貰ったのか刑期も15年から2年にまで縮めてしまった。


刑務官「囚人番号892番!反町海斗、出所だ」
反町「はい!」
 
そして俺は今日、再びシャバに出る事になった。刑務官に連れられてムショの出入り口まで共に歩く。門が開かれると外の光景が眩しく見える。
 
反町「久しぶりのシャバの空気!コイツは旨ぇ!体に染み渡って来やがる!」
「親分!お務め、お疲れ様でした!!」
 
目の前には高級車と自慢の組員たち。俺は両脇に並び立つ組員の道を通り車に乗り込む。
 
組員「親分、今日はとびっきり良い所のレストランを貸し切りにしとります!楽しみにしとって下さい!」
反町「仕事が早いなぁ、お前は」
組員「それで親分、ムショでの生活は」
反町「色々あったけどなぁ、やっぱ隣の独房が中田会の中田親分だった事か」
組員「え!あの喧嘩太郎が!?」
反町「噂に反して立派な親分だったよ、あの人は」
組員「そうですか。失礼を承知でもっと聴いても?」
反町「それは出所祝いのパーティーにお預けだ。今はこのシャバの空気を味わいたい」
 
社会復帰後の初めての仕事は組員へのムショ語りか。それも悪くないな。

番外編

【前編】喧嘩太郎と白雪の姫

今回は「俺の名前は〇〇」じゃないです。有名な夢小説という奴にチャレンジや。需要無いとか言わないで


???「おはようSUNや。さんだけに太陽みたいやなぁ」
???「もう…朝から親父ギャグなんか言っちゃって…」
 
男が一人の女を起こす。男は中田太郎。喧嘩太郎とも呼ばれる武闘派ヤクザだ。その肩書とは裏腹に外見はまるで美少女のそれである。
彼の優しい一声によって目を覚ます女。名は雛森涼花。3度の飯より喧嘩が好きな男が唯一愛する女だ。彼女の髪や肌は白に近く、目は瑠璃色の如く輝いている。俗に言うアルビノと呼ばれるものだ。
中田は、まるで硝子細工を扱う様に涼花の体を抱き上げて茶の間へと連れて行く。今日は中田会の部屋住みや組員も拝している。そこにあるのは2人だけの空間。端から見れば百合と言える光景であろう。
 
中田と涼花の出会いは5年前に遡る。
 
中田「地獄に落ちるなら一緒に…か。その覚悟…ホンマにあるんかいのう?」
涼花「はい」


涼花はとある財閥の家系に産まれた。しかし父の涼介はアルビノ体質を持って産まれた涼花を「悪魔」と称し、まるで忌み子の如く激しく当った。
 
涼介「お前は悪魔の子だ!!白い肌と髪に青い目!気色悪いったらありゃしねえ!」
 
大凡子供に言うものとは思えない言葉を平気でぶつけて来る父。母の優子と弟の一夫もまた涼花をゴミを見るかの様な目で見た。
 
優子「何でアンタだけそんなに白いの!?白人でさえそんなに白くないってのに…」
一夫「この出来損ないが!とっとと死んじまえよ!!」
 
正しく地獄でしかなかった。当然ながら両親は弟のみを溺愛し、欲しいものは好きなだけ与え、やりたい事をやりたいだけやらせた。しかし〇〇に対してそれらは一切やらず、あまつにさえ面倒事を全て押し付けて奴隷扱いをした。
学校もまた地獄でしかない。子供と言うのは恐ろしく残酷で、その容姿と無知故の偏見から虐めに合った。
 
ガキ1「触んじゃねぇよ!お前の病気が移ったらどうすんだ!」
ガキ2「おい早く洗えよ!俺らまで白くなっちまう!!」
涼花「えっ…」
ガキ3「どけよ汚物!あーくっそ、蹴ったら蹴ったで靴が汚れちまうじゃねぇか!コノ!」
ドカッ!
涼花「うぐぅ!」
 
子供特有の菌扱いである。無論それだけに留まらず、虐めは様々な状況下で行われる。だが何より彼女は殴られた後や、授業の中で手を触れた際に汚そうなリアクションで手を洗われる事にあった。
 
涼花「別に私、汚くないよ…?」
ガキ4「その白い肌が汚いって言ってんのよ!分からないわけ!?」
涼花「え、あ、ごめん…でもこれ元かららしくて…」
ガキ4「え!?じゃあこれまで色んな人に病気を振り撒いてたの!?うわっ!最悪!」
ガキ5「おい聞いたか!要はコイツ色んな人に病気を振り撒いて来た悪女だぜ!?おい近寄るなよ病原菌が!」
涼花「うぅ…ぐすっ……ひどい…何で…」
先生「(チッ…そんなんで泣いてんじゃないっつーの)」
 
先生も問題にしたく無いのか見て見ぬ振りだった。もっとも両親に連絡した所で助けてはくれないが。そして弟の一夫もこの虐めに嬉々と参加していた。年月が過ぎても環境は一向に変わらず、寧ろ虐めはエスカレートして行った。
 
涼介「俺も優子も一夫も黒髪黒目だ!普通、日本人はそうなんだよ!なのにテメェは化け物だな!!この不良品が!!」
優子「そうよ!染めるならまだしも生まれ付きだなんて…アンタみたいな穀潰しを産んだ私が恥ずかしい!」
涼花「ごめんなさい…ごめんなさい…」
一夫「ボソボソ喋ってんじゃねぇよブス!!」
 
しかも両親の勘違い思想により常に容姿を貶され、弟から「ブス」と呼ばれる毎日。更に中学生になる頃には…
 
涼花「何でゴミ箱に教科書が…」
女A「あれ?それアンタのだったんだ。ゴミだと思って捨てちゃってたわ」
女B「でも影薄いし気付かなくて当たり前じゃね?」
女A「確かに!いやー次から気を付けるから勘弁してね!」
 
菌扱いはされなくなったが、今度は教科書を捨てられたり、無視されたり、上履きを水浸しにされたりと陰湿な虐めを受けた。家庭でも虐待はエスカレートし、遂にはこんな事まで口走ったのだ。
 
涼介「おい涼花。お前、今日から立ちんぼしろよ」
優子「穀潰しのアンタでも出来る仕事じゃないかしらね?」
涼花「え…待って…」
 
立ちんぼ…要は体を売れという事だ。出来損ないなんだから責めて体でも売って金を稼げとい事である。無論そんなものを強要されてもやる訳が無い。涼花は初めて親に反抗した。だが…
 
優子「何?それすら出来ないならアンタの価値って何なの?」
涼介「面倒見てやってんのにその態度は何だ!親に逆らうってのか!?」
涼花「体なんて売りたくない!そんなのやだ!」
涼介「ならお前はただの肉袋だ!そんな使えねえ奴はウチにいらねぇんだよ!!」

両親は逆ギレして涼花を口撃する。結局、キリが無いと見た涼介が彼女を家から追い出してしまった。しかも何も持たせていない。遠回しに死んでしまえと言ってる様なものだった。
家から追い出された彼女は生きる気力そのものを喪失してしまう。味方は誰一人おらず、家でも学校でも地獄。死んだ方が楽と考えた彼女は近くの港に立ち寄った。幸い今は深夜。誰も居ない。
 
涼花「もう…楽になろう……今まで頑張ったんだし」
 
そう呟いて海へ飛び込もうと飛んだ瞬間だった。
 
???「ちょちょちょ!待てぇや!!何しとんじゃ!!」
 
何者かに抱き止められて海へ飛び込む事はなかった。自殺出来なかった涼花は半狂乱になり、大声で喚き散らす。
 
涼花「離して!いや!もう嫌なの!限界!!やだやだやだ!!もう死にたいの!!何で死なせてくれないの!!??」
???「何言うとるんや!縁起でもない!一旦落ち着けぇな!」
 
一悶着あった末に何とか涼花を落ち着かせた男は事の経緯を話して貰った。その男は怒りの表情を見せている。
 
???「何やそいつら…もう人間やあらへんな」
涼花「私、何も悪い事してないのに…なのに…いつも…」
???「そうかぁ。じゃあ家へ帰っても待っとるんは地獄やな。ほんならお前の意思次第やがウチに来る気は無いか?」
涼花「え?」
???「ちょっと訳ありの稼業してんねやけどな、ほんでもお前を食わす事は出来る。どや、来るかい」
 
此処まで優しくしてくれた人は初めてだったのか、涼花は訳も分からず泣き出す。偏見や差別意識を持たず、一人の人間として接してくれる。その男の優しさに彼女は激しく心を打たれたのだった。
 
涼花「グスッ…ヒッグ…うううう…」
???「何も泣く事ないやろ~人として当然の事したまでや。ほんでどうするんや?」
涼花「お願いします!あんな所には二度と戻りたくないですから…」
???「っしゃ、決まりやな!そう言えば名前、何て言うんや」
涼花「雛森涼花…」
???「涼花か!俺は中田太郎や。じゃあ行こか」


こうして涼花は第二の人生をスタートする事になった。これまでの精神的疲労もあったのだろう、気づけば涼花は中田の車の中で眠りに着いていた。そして次に目覚めた時は中田の家の寝室だった。
 
涼花「…?あれ…寝てた」
 
まだ外は暗く、部屋にはカーテンが閉められている。取り敢えず部屋を出て歩き回っていると後ろから中田が声を掛けて来た。
 
中田「お、涼花。もう大丈夫なんか?えらいグースカ寝とったなぁ」
涼花「中田さん…でしたっけ?お陰で少し元気になりました」
 
中田は笑顔で2回ほど頷くと、茶の間に案内される。何人か知らない男が居たが、彼らもまた涼花に対して丁寧な対応をしてくれる。しかしうっかり一人の若衆がヤクザだと言う事を漏らしてしまった。中田はその若衆を叱りつける。何せ涼花が怖がらない様に隠しておき、彼女が暮らしに慣れた所で一対一で切り出そうと思っていたからだ。
 
中田「すまん!涼花!あのバカの言う通り、実はウチらヤクザなんや…怖い思いさせとうなくて黙ってたんやが…ホンマ堪忍してくれ!」
涼花「中田さんが謝る必要はないですよ。私にとっての命の恩人ですから…」
 
涼花は何を動揺するでもなく、素直な本音を打ち明ける。ヤクザだろうが何だろうが自分に此処まで気を掛け、あの地獄から救い出してくれた命の恩人という事は事実だから。それにヤクザよりクズな人間など五万と居る事を涼花は知っている。
 
中田「お前はホンマに優しい子やな。本来やったら何処かでネジ曲がってもおかしゅう無いっちゅうに…筋が一本通っとるわ」
 
自分をこうまで褒めて嫌な顔一つせず接してくれる中田たちの優しさなのか、また涼花は泣き出してしまう。今まで褒められた事なんて一回も無かった。何をしても「あ、そう」「そんな事より~でもしてろよ」等、全く関心を持ってくれなかったから。
中田は涼花を抱え、寝室へ連れて行く。そうしてベッドへ寝かせ、毛布を被せてあげる。中田の表情は柔らかで、頭を撫でると安心したのか瞼が次第に重くなって来る。
 
中田「今日は寝ぇや。怖くない様に俺も付いたってやるから…」
 
涼花は深い眠りに誘われた。
 
カーテンから差し込む朝日。次に目覚めた時には時計が午前10時を指していた。寝起きで重い目を擦りながらベッドから出て茶の間へ向かう。茶の間には昨日とは違う見知らぬ男が中田と共に居た。
 
中田「おはようや涼花!」
???「あれが涼花なん?エラい別嬪さんやなぁ、ほんならお前に勿体無いレベルやで」
中田「アホか!別に変な感情無いわ!」
 
中田曰く隣の男は西野というらしい。何でも兄弟分の関係で、よく中田の家を訪れるのだとか。西野は爽やか系イケメンと言った風貌で、ワインレッドのスーツが決まったクールな男だ。なのだが口がよく回り、豊富なボキャブラリーを持つのが西野という男である。初対面だが涼花も直ぐに心を開いた。そんな西野が涼花にある話を切り出す。
 
西野「涼花お前、中田から話は聞いとるで?今の姓名やとアンタの所在が確実に両親にバレてまう。ほんでな、名前と戸籍変えた方がええと思うんや」
涼花「そんな事、出来るものなんですか?」
西野「まぁ、堂々言うんもちゃうけどなぁ、ウチらヤクザしとるから色々と人脈があるねん」
 
西野が言うにはこうだ。今のままでは両親に見つかり、中田は誘拐犯扱いにされる事は明白。つまり名前と戸籍を変える事で疑似的に“新たな人間”として生まれ変わるという事だ。
中田も西野の裏社会では相当な大物。カタギ一人の名前と戸籍を変える事は造作もない。この提案に涼花は乗った。そのため自宅では涼花という名前のままだが、外部では新たに「中田小鈴」という名前で通す。
 
涼花「中田小鈴…でいいでしょうか?」
西野「ええ名前や。ほんじゃ一仕事して来るかいな」
中田「西野、頭使うんはお前の仕事やからな。キッチリやってくれや」
 
その後、あっさり名前と戸籍の変更が出来た様で、涼花は両親の存在を気にする事なく第二の人生を送れた。転校先の学校は彼女のアルビノ体質を理解してくれており、以前とは嘘の様な環境だった。高校へ進学し、卒業後は中田の家かは比較的近い距離にあるフラワー店で働く事にした。
 
店長「お疲れ様、小鈴くん」
涼花「お疲れ様です店長!」
店長「あんま無理しないでね、自分の体も大事にしながら働いてくれ」
 
店長も良き理解者の一人で、外部の人間で唯一、自分の本当の名前や経歴を教えるほど信頼出来る人だ。そのお陰で涼花は人並みの幸福というものを手に入れた。中田や西野との関係も良好で、本当に生まれ変わったかの様な人生を送れていた。
 
???「やっと見つけたぞ、出来損ないのクズが…」
???「アイツを攫えば良いんですね?」
???「しっかりやりなさいよ?山王会から絶縁されたアンタを救ったのは私らなんだからね」
 
しかし、その幸福は突如として崩れる事になる。


次回:山健、山広に次ぐ三人目の山本姓のヤクザと涼花の両親が登場。喧嘩太郎がブチギレる。

リンク

極道たちの挽歌その壱へ

極道たちの挽歌その参へ

コメント


*1 自分は思い上がって偉そうに振る舞うこと
*2 短期刑・微罪のこと