概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
「愛撫で確かめて」(微エロ注意!) | 108-753氏 | 09/04/15 | 09/04/15 |
作品
「どういうこと?」
どういうこともこういうことも、言葉通りだ。
「あたしはあたしよ! 他の誰でもない!」
苛立つ尻尾が左右に揺れるのが気になって仕方が無い。
悟られないように、わざとらしく意地悪く言ってやる。
「じゃあ、証拠を見せてもらおうか」
「証拠って何? そんなの見ればわかるでしょ!」
上目遣いで俺を睨むハルヒを抱き寄せる。
「ちょっと……」
目に見えるものが確かなんて証拠はどこにもないのさ。
心が目に見えないように、な。
だからこそ、いくらでも偽れる。いくらでも隠し通せる。
そう、俺がどんなにお前をわかっているのかを。
そして、わかっていないのかを。
それらがどれだけ俺の心を蝕んでいるのかも────
香る黒髪に口づけつつ、逃げられないように両腕でがっちりとその柔らかく細い身体を固定。
「は、離しなさいよっ」
嫌だね。
さて、と。まずはどうやって腕のなかのこいつが本物の涼宮ハルヒであるということを証明するか──だが。どうするかね。
至近距離で見つめる。見れば見る程ハルヒに瓜二つだな。
まっすぐで艶のある黒髪。陶器のような滑らかで白い肌。異様に長い睫毛に縁取られた、全宇宙の星が詰まってんじゃねぇかってくらいに輝く大きな瞳。形のよい薄桃色の艶やかな唇。白い喉…………。
「な、なによ……」
ふっと視線を外したその顔はみるみるうちに赤く染まってゆく。
──ふむ、まずは唇の感触から確かめさせてもらおうか。
くい、と顎を引き寄せ、唇を重ねる。
「……っふぅ」
うーむ、なかなか上手い変装をしておるな。唇の柔らかさ、味、感触、温かさまでなにもかもそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい長々と口づけてしまう。前言撤回。変装ってレベルではない。
これは禁断のクローン技術の賜物か、それとも誰かさんのトンデモパワーの産物か、それとも他の何か得体の知れないモノか…………
「…………キョン」
俺のシャツの胸元を、最後の頼りのように細い指先でぎゅっと掴んでいるハルヒのふたつの瞳は、まるで闇夜に月を映す湖のようだ。
見とれてはいけない。吸い込まれてしまう。
溺れないように、湖の精に呪文を唱えられないように、その口を再び塞ぐのは仕方あるまい。
一体どうしてこんなことになっているのか。
そう、いつもと何ら変わりのない朝のはずだった。俺が教室に入るまでは。
少なくとも俺にとっては、教室に入る頃には既に俺の席の真後ろに座っているはずのハルヒの姿が見えないというのは異常事態である。
いつぞやのクリスマス数日前のあんなことやこんなことを思い出し、いやまさかそんなはずはないだろう。
あの時とは事情が異なるのだ。なんせこっちにはいろいろ心当たりがあったりなかったり。
さまざまなあんなことやこんなことがマッハの速さで脳内を駆け巡り、目眩を引き起こし胃がキリキリ痛み出した頃、ようやくハルヒが姿を現した。
その姿に「ふぅ」と溜息を吐き出しつつもどこか違和感を感じていたのだが、とりあえず別世界に飛ばされたわけではないことは確かで、俺は胸を撫で下ろした。
「よぅ。どうした? 遅いじゃないか」
「まぁ、ね。いろいろ手間取っちゃって」
そう言って、細く白い指が頬にかかる髪を弄ぶと、後ろでひとつに括ってある馬の尻尾が、飼い主に散歩に連れて行かれる犬のように、傾けた顔に合わせて揺れる。
「……そうか」
「心配、した?」
にやりと小悪魔の笑みを浮かべるハルヒ。なんだか癪だ。
「してねえよ」
「ふぅん」
艶やかな薄桃色の唇をほんの少し尖らせ、窓の外に視線を移すハルヒ。トレードマークである黄色いリボン付きカチューシャのリボンが揺れ……んん?
「お前、いつものあのカチューシャどうしたんだ」
「あぁ、あれ? 今日はなんだか付けたくない気分だったのよ。それがどうかした?」
「い、いや……」
なんつーか……。落ち着かん。
その揺れる尻尾の先に触れてみたいだとか、珍しく頭を括っているハルヒに対してナニか余計な感想を述べたくてうずうずしているわけではない。
ハルヒの後頭部で揺れている尻尾でビンタされるのではなかろうか? という不安を抱いているわけでもない。
今日のハルヒはなんだ? 何かが違う。でもそれが俺にはわからない。
あのカチューシャが無いせいか? それともあのじゃじゃ馬の尻尾のせいか?
いや、違う。それだけじゃない。他にも何かあるはずだ。
そう、俺の知らない何か。
その何かによって今日の涼宮ハルヒはいつもとは違って見えるのだ。
しかし、それが何なのかは俺には見当がつかず、そのことに対して苛ついているのだ。
何故なのかはわからない。だが、認めたくないのだ。苛つきに拍車がかかる────
本当はすぐにでも確かめたかったのだが、耐えた。必死になって耐えた。
おかげで授業どころではなく、まぁ授業に身が入らないことは日常茶飯事であるので……いや、これとは別の話だ。あぁこんなんじゃ身が持たん。
何事も無く授業が終わり団活も終わろうという時、俺は何かに操られるようにハルヒに話があると告げ、部室に二人っきり居残ったのだった。
おおっと。回想してる場合じゃない。こいつが本物の涼宮ハルヒかどうか証明する──だったな。
背中をまさぐってみる。背中にファスナーが付いていないかどうか確かめるためだ。
「ん……。やだ、キョン……」
俺のシャツの胸元にしがみつく腕がぷるぷると震えている。なんだ? 寒いのか?
「ち……がう、わよっ! あんたの撫で方がっ……いやらし……ん、だからぁ」
いやらしいとは心外だな。俺は至って真面目に確認作業をしているんだぞ。
うーむ、制服越しではよくわからん。
そこで、だ。スカートにインしてあるセーラー服を引っ張りだし、その背中に右手を滑り込ませる。びくん、とハルヒの身体が跳ねる。
「ちょっ……キョン!」
すべすべし弾りがあるハルヒの肌は触り心地がいい。俺の手なんかで触れて傷を付けやしないか心配になる。羽のように優しく背中を撫で回す俺の手の動きに連動するかのように、ハルヒが身をよじる。
「……っ、ふ。……ちょっと……くすぐっ…………や、やめ……! んっ!」
瞳を潤ませ、身をよじるハルヒを見ていたら妙な気分になってきやがった。悟られないよう唇を重ねる。これで今俺がどんな表情しているのか、ハルヒにはわからないだろう。
口を塞ぎつつも背中の探検隊は休まず進む。
おっと、これは背骨か。……おや? なんだこれは。何か布のようなものに金具が付いているようだが……。
ほほう。さてはこれを外すとそこから正体が飛び出してくる仕組みだな。よし、そうとなれば外すしかあるまい。
「……っはぁっ!」
俺を突き飛ばすかの勢いでハルヒの身体が跳ねる。
「ふ、あ……な、なにす……」
大声をあげられてしまうのはさすがにマズい。慌てて口を塞ぐ。両手が塞がってるから口でだが。
「んー!!」
……おかしい。金具を外したというのに中身が出る気配がない。他にも金具があるってことか?
いかん、焦ってきた。落ち着け、俺! 唇を塞いだハルヒの頭を左手で抑え、背中を右手でさぐる。
「……ふ、ぅ……ん……」と、塞いだ唇から甘い吐息が漏れる。
まるで毒素か悪魔の囁きだ。聞いてはいけない。吸い込んではいけない。それなのに、もっと、もっとと俺の奥底にある何かがソレを欲しいと手を伸ばす。もっと聞きたい。もっと、もっと…………
ハルヒの身体はスレンダーなのに柔らかく、弾力があり、肌触りも抱き心地も最高級だ。
いつまでも抱いていたいと思わせる感触と芳香に意識も理性も腐食され、脳味噌さえも溶けてしまいそうな感覚が全神経全精神を犯してゆき、本来の目的どころか自分自身を見失いそうになる。
だが、ここで負けるわけにはいかない。
無我夢中で意識に縋り付く。まぁ実際にはハルヒの身体に縋り付いているんだがな。
「……っふぅ……ん……」
どれくらい口づけていたんだろう。唇を離すとハルヒは吐息を漏らすと、力が抜けてしまったようで俺に身体を預けてきた。よしよし、ようやく大人しくなったか。
ハルヒは朦朧としているのか、昨日初めて俺たち二人が抱き合い溶け合った後のように瞳を潤ませており、その唇は俺のあだ名を呼んでいるかのように動いている。
そんなハルヒの柔らかく良い香りのする身体を支えながらも、さらに捜査は続けられる。調査隊はいつだって冷静沈着なのだ。
ふと、白い喉が視界に入った。何かに突き動かされるようにそこに唇を寄せると、胃の奥が疼く。衝動に任せて吸い付き唇を離すと、そこには赤い印。
これはもし他の偽者ハルヒが現れたとしても、今俺の腕の中にいるハルヒは調査済だという証明印だ。消えないように、そしてもしこの印が消えても支障が無いように、もうひとつ、ふたつ……と印していく。
「…………んっ…………ぁ…………はぁ……」
おいおい、どうした? 息が荒くないか?
「……あ、んた……ねぇ……はぅ、ん…………ね、もう……いいで……しょ?」
「なにがだ」
「……ん、もぅ…………ほんものの……あ、たしだって……んっ……」
「いーや、まだ確信が持てねぇな」
「……な、んでよぉ……」
そんなに潤んだ瞳で見つめてくれるなよ。思わずお前を釈放するかこの場で処刑してしまいそうになっちまうじゃねぇか。
しかし金具ねぇな。まさかこれだけというはずは……。お、こんなところにもあるじゃねぇか。
その金具はハルヒの腰の辺りにあり、先ほどの金具とは違い片手で外すのは難しそうだ。仕方なくハルヒの身体を支えている左腕を下し、金具に手をかけ外す。
「ちょ……! あんたいい加減にし……むぅ……」
ばさり、と音をたて足元に何か布のようなものが落ち────
「おい、いつまで拗ねてんだよ」
俺の3メートル後ろを歩くハルヒに声をかける。
そんなに後ろ歩かれたら送っていく意味がないだろ。
「拗ねてんじゃないわよ! 怒ってるの!」
「そうか」
思わず笑ってしまう。
「何がおかしいのよ! ぜんっぜん面白いことなんて言ってない!」
そうだな。お前は何も言ってないし、してないよな。でも俺はお前と一緒にいるだけで楽しいんだぜ。
「……な!」
ハルヒの顔がみるみる赤くなる。しかし次の瞬間には何かを思いついたらしくニヤリ。
人間業とは思えない素早さで、接近しネクタイを掴まれる。お前はくノ一か。
「あんたまさかキョンの偽物じゃないでしょうね? 確かめなくっちゃ!」
……ほほぅ。そうきたか。
さっき散々確かめ合っただろう? それともナニか。足りなかったのか?
「な、なにがよ……」
おいおい、再確認しようと言い出したのはお前だろ。何狼狽えてんだ。それとも図星か?
「うるさい! キョンのくせに調子に乗るなんて生意気よっ!」
ハルヒはそう叫ぶと、ネクタイを解放。ずんずんと歩き始めた。
「そんな怒るなよ」
「怒ってない!」
おいおい、さっき怒ってるって言ったじゃねぇかよ。
……やれやれ。仕方がないな。あまりこういうことは言いたくないんだが……。
駆け寄って追いつきハルヒの細い肩を抱く。
「明日もその髪型で来いよな」
「……バカキョン」
やれやれ。素直じゃないな。だがそれでこそハルヒだ。
え? ハルヒが本物か偽物かどうかの結果だって? 何言ってんだよ。ハルヒが本物か偽者かどうかなんてこの俺に見分けがつかないはずないだろうが!