「編集長★一直線!」・・ハルヒ、キョンに馬乗り、その後 (13-772)

Last-modified: 2023-01-23 (月) 21:45:34

概要

作品名作者発表日保管日(初)
「編集長★一直線!」…ハルヒ、キョンに馬乗り、その後13-772氏06/08/0806/08/19

作品

「さあ、はやくそれをよこしなさいっ!」

 

そう言うとハルヒは俺の胸ポケットから強引にその一枚を奪った。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それは何でもないんだっ!」

 

だがしかし、こいつが俺の制止などに従うハズもなく…
ハルヒは俺の声など全く無視し、食い入るようにその紙を見つめ始める。
はあ。一体全体なぜこいつはこんなにムキになっているんだ?
それにしても…いつまでこの体制でいるつもりなんだ?
おい、ハルヒ。いい加減そこをどいてくれ。誰かに見られたらどうすっ…
しまった…!もう朝比奈さんにはこの逆セクハラ状態を見られてしまっているじゃないか!
なんという失態!…それもこれもハルヒのせいだ。ああ忌々しい忌々し…
ッハ…!?咄嗟に異様な気配を感じ、俺は上を見上げる。
そこにはいつもの無表情とは若干異なる、軽蔑で満ちたような眼差しが俺に向けられていた。 あぁ!長門、お前まで…!そんな変態を見るかのような目で俺を見るな!
お前は見ていただろ?これは一方的にハルヒが俺に乗っかってきたんだ!
あーもう!くそ、なんで俺がこんなに慌てなきゃならんのだ!ええい!
大体だな…それもこれもハルヒが俺に恋愛小説などという全く縁もゆかりもないもの書かせようなんて思いついたのが…

 

(ドン!)
「うっ・・!」

 

ハ、ハルヒ・・俺の上で身体を揺らすな!

 

「なによ!相手は子供じゃないのっ!もう!バカにしないでよ!キョン!」

 

俺がいつお前をバカにしたんだ?…しかしだな、ミヨキチは確かにそれはそれは可愛いかったんだぞ。
あれは将来大物に…いや!今はそんなことはどうでもいい。
とにかく、いい加減そこをどいてくれ!

 

「…あ。ご、ごめん。…重かったわよね」

 

そういうとハルヒは俺の上から立ち退いた。俺はやっとのこと上体を起こす。
ふう。…ん?だが待て少し妙だぞ。こいつなんかやけに素直になってないか?

 

「どうしたハルヒ?もしかしてお前、相手が小四で残念だったのか?」
「バカ!そんなわけないでしょ!」

 

うん?…やはり妙だ。こいつ、自分が今なんて言ったのか分かってるのか?

 

「と、とにかくだ。俺には恋愛小説なんてハナっから向いてないんだよ。なんならお前が書いてみたらどうなんだ?」
「あ、あたしは編集長よ!それに、ちゃんと他に書くことだってあるんだから!」
はいはい…そうですか。それはご苦労なことで…そういうと、俺は何を血迷ったんだろうね。

 

「…じゃあよ、お前の恋愛体験はどうなんだよ?」
「っへ?」
「だ・か・ら、お前はこういった経験したことないのか?デートとか付き合ったりとか、そのなんというか…」

 

おい。待て。俺は一体何を言ってるんだ!?

 

「そ、そんなの星の数ほどあるにきまってるでしょ!今さら変なこと思い出させるな!バカ!」

 

あ…す、すまんハルヒ。そんなつもりじゃ…ええい!くそ!さっきから空回りしっぱなしだぞ俺?もうこのあたりで話題を変えるか…この話はもう終わりだ。なんていうか…俺の苦手な分野だしさ…。

 

「そ、それはそうとだな…。ああ、そうだ!ところで、お前の方は機関誌に何を載せるつもりなんだ?」
「………」

 

まずい。俺の話など聞いちゃいない。かーっ!これだからこいつは…

 

「…だけど…私が好きだったのはたった一人だけ…」

 

ん?すみません、ハルヒさん?今なんと…

 

「!…ちょ、ちょっと!アンタなに変なこと言わせるのよ!今の聞いてないわよね?!」
「…?お前が好きなのは一人だけだったんだろう?」
俺は勝ち誇った顔でハルヒをからかうかのように言った。
「もう!」
「そ、・・・そうよ!だから何?アンタと何の関係があんのよ!」
やれやれ・・もうこの辺でいいだろ。そろそろ下校の時間だ。
長門はいつの間にやら本をたたんで帰ってしまっている。
俺は立ち上がり、背中についたホコリをはたこうと、ブレザーを脱いだ。
ハルヒはまだぺしゃんと床に座り込んでいる。
ふう・・・・そういえば朝比奈さんはどこへ行ったのだろう?
ああ、一体全体どうやってあの状況を説明すれば良いんだ。
こうなったらハルヒにも言ってもらうしかない。いや、言わせてやる。
あれは私が一方的に馬乗りになったの。ってな。
もちろん、長門にも。それ以前に、なぜあいつが軽蔑を込めた目で俺を見ていたのだ。
そもそもだな・・あいつは一部始終見聞きしてたじゃないか。
なのに何故なんだ?
もうこうなったら全てはハルヒのせいだ。
やはりさっきの会話をもう一回ほじくってやろうか?そうすればこいつも少しは大人しくだな・・。

 

「あれは」

 

ん?

 

そのときだった。俺がハルヒの口から信じられない言葉を耳にしたのは。

 

「あれは・・私が中1とき・・、そう。あれは七夕の日だったわ。忘れもしない。」

 

!!!!!!!!!!!!!!!!!
ハ、ハルヒ!?????????????????!!???

 
 

これ以上話を進められてはマズイ!俺の足りない脳がとっさにそう判断したのだろう。
「お、おいハルヒ・・・お前大丈夫か?す、すまん・・俺も少し冗談が過ぎた」
俺にはハルヒが何を言おうとしているのか、それが分かってしまったのだ・・。
「もうよそう、お前にそんな昔話をさせた俺が悪かった」
・・嫌な空気だ。

 

沈黙・・・・・。唯一、秒針の音だけが刻々と一定のリズムを刻んでいる。

 

「・・どうして謝るの?」
正直言葉に詰まった。何も言い返せない。
おい!とにかく、なんでもいいからしゃべれ俺!このままだと・・・・・・。
「い、いや!そりゃ謝るよ。俺には関係のない話なんだろ?だったら俺はお前の話を盗み聞きしているに等しいじゃないか?」
バカか俺。なんだそりゃ。もう少しマシなコトは言えなかったのか。
それにハルヒ・・・お前いつまでセンチメンタルに浸っているつもりなんだ?お前らしくないのにも程があるだろう。
いい加減いつものお前に戻ってくれ・・。そ、そうだ・・こいつのことだ。からかえば元に戻るだろう。
引いてダメなら押してみろとはよく言ったものだ。
「まあ・・まさかな。お前でも初恋ってあるんだな。俺はすっかりお前の初恋相手は俺だとばかり思ってたんだからな」
ハルヒ・・・食いついてくれ!!!!!!
「!ば、ばか・・・なんでキョンなんか・・」
よしよし・・・いいぞ・・この調子だ。もう少し押しておくべきだな。
「俺の他にもいたんだな。お前のことを分かってやれるやつが」
「もうバカ!何勝手なこと言ってんのよ!アンタなんかね・・」
よしよし。いつものハルヒまであと少しだ!!
「ハルヒ、照れてるのか?」
「そんなわけないでしょ!って、もうとっくに下校時間過ぎてるじゃない!あーしかも雨降ってるし!早く帰らないとまた・・」
早く帰らないとどうなんだ?しかし、とにかく。ふう・・・・もう大丈夫だな。一時はどうなることかと思ったぜ。
もしかして、何があっても丸く収めることができるのは俺の才能なのかもしれないな・・。

 

だが、それがそもそもの間違いだった。
本当にどうしようもないバカだった。
俺はそのとき、信じられないことを口走ってしまったんだ。

 
 

「ま~・・そいつもお前に何かと苦労してたんじゃないのか?同じ高校生の身として同情するよ」

 

「・・・こうこうせい?」

 

ん?・・・・・あっ

 

「キョン・・何で・・何で・・私の初恋の相手が高校生だって知ってるの?」
しまっ・・

 

「誰から聞いたの?いえ、私誰も言ってない!・・・・・うそ?」
俺にはその後に何が続くのか明確な予想がついてしまっている。
ハルヒ、言わないでくれ。

 

「でもまさか・・・・いえ、あり得ないわ・・だって・・」
ハルヒ、言うな。

 

「キョン・・・あたし・・・・会ってる」
「でもウソよ・・そんなの・・」
言うな。

 

「まさか・・キョンが・・?」
言うな!

 

そのときだった。

 

ハルヒは、何を思ったのかいきなり部室を飛び出し、そのまま全速力で走っていった。
傘も持たず・・雨の中を・・帰ったのだろうか?

 

「ピーンポーンパーンポーン」
「すでに下校時刻が過ぎています。校内に残っている生徒は至急下校しなさい。繰り返す。・・・すでに・」

 
 
 

その後、俺は半ば無意識の状態で帰宅した。なにも考えられなかった。いや・・嘘だな。
実のところ、俺の頭の中はハルヒのことでいっぱいだったのだ。
なぜハルヒを追いかけなかった?!・・いや、追いかけてどうする?!俺には何も言えなかった。
ハルヒはきっと俺がジョン=スミスだと言うことに気づいてしまっている。
俺は自分がどうすればいいのか分からなかった。
・・・真実を洗いざらい語ってしまおうか?
いや!そんなことをしてこの世界に異常が起きたらどうする!?
ちくしょう・・俺のクソ馬鹿野郎!どうしてお前はいつもこうなんだ・・!・・・

 

「ガチャッ」
扉の開く音。

 

「ふあ~~!キョンく~ん!晩ご飯だよ~!たべないの~??」
俺の今置かれている状況など微塵も知るはずもなく、妹はいつものように俺の部屋へとズタズタと入ってきた。
「キョンく~ん!ご~は~ん!!!」
「うるさい」
「出て行ってくれ!!!!!」
「っへぇ、っへぇ??」
「ふぅっ・・・、ふぅえっーーーん!ぉ、おかあさーん!キョンくんがー・・!」
そういうと妹は俺の部屋から去っていった。すまん、妹よ。こんなバカ兄貴を許してくれ。

 

・・・・そのまま数時間が経った。
・・仕方ない・・アイツに相談するか。。

 

俺は自分の鞄からケータイを取り出し、数少ないメモリーの中からとある人物に電話をかけた。

 

「プルルル・・・・プルルル・・ガチャ。」

 

「はい。」
アイツだ。
「・・おや?・・どうなさったんです?あなたが僕に電話をくれるなんてめずらしい」
それもそうだ。俺もまさかこいつに電話するなんて思いもしなかったんだからな。
「すまんな。古泉。俺はお前のアルバイトを増やしてしまったようだ」
「・・どういうことです?・・・閉鎖空間は今のところ発生などしていませんが?」
「・・?どういうことだ?」
「それは僕のセリフです。あなたにしては妙な質問をされますね。涼宮さんと何かあったのですか?」
・・それくらい察してくれ。お前に電話をかけた時点で分かるだろう?それ以外、なんの用があって俺はお前に電話をかけるんだ。
「それがだな・・古泉。そのことでお前に相談があるんだ」
「・・?何でしょう?僕でよろしいのであれば伺いますが」
「前に俺がタイムトラベルをしたって話はしたよな?」
「ええ、伺いましたが」
「それでだな・・・」

 
 

俺は古泉に三年前ハルヒと出会ったこと、そして今日、部室で起こった出来事をありのままに語った。

 

「なるほど・・。話の大筋は分かりました・・。というと・・あなたがまさに相談したいことというのは・・」
「あなたが三年前の七夕、彼女の元に突如として現れた青年、つまり、ジョン=スミスである、
ということを涼宮さんに伝えるべきか、否か。・・とういうことなのですね」
さすが古泉。俺はこの時はじめてこいつの物わかりの良さに感心した気がする。
「結論から申し上げましょう。もちろん、私のイチ意見に過ぎませんが」
「聞こう」
「今のあなたの気持ち、そして今の涼宮さんの気持ちを考慮するならば、あなたは真実を彼女に語るべきです」
「・・やはりそうか」
俺は希望通りの答えが返ってきたことにホッとした。だが古泉は
「ですが、私たちの未来・・いえ、世界の未来ことを考慮するのならば、あなたは絶対に語ってはいけません」
おい、古泉。全く反対の意見じゃないか。お前らしいと言えばお前らしいが・・
「いいですか?あなたがもし、涼宮さんに語ったとして、あなたが今の状態で三年前に現れたことをどう彼女にご説明なさる気です?」
「そ、それはだな・・」
古泉は続けていった。
「僕からのお願いです。いえ、これは同時に世界からの願いでもあります。どうか真実を涼宮さんに伝えないで下さい」
「・・・・そうか」
「すみません。お役に立てないで」
「いや、いいんだ。元はといえばこの俺が原因なのさ。世界がどうなる前に、まず俺がどうにかなるべきなんだ」
「いきなり電話して、すまなかったな。ハルヒには言わないでおくよ。今の世界を維持するためにはそうしないといけないからな」
そういうと、俺は電話を切ろうとした

 

「待ってください」
・・ん?

 
 

「いえ・・僕が・・・、以前雪山でのあの館であなたに語った言葉を覚えていますか?」
「?あ、ああ・・・忘れもしないさ」
「あの言葉を思い出して下さい。いえ・・正確には思い出すというより、言葉の真意を受け取って下さい」
どういうことだ?一体こいつは何を言いたいんだ?・・・・・まさか
「すみません、もう切らなければなりません」
「あ、ああ・・夜分遅くにすまなかったな」
「いえ、あやまらなければならないのは僕です。・・・・本当に申し訳ありません」
そういうと、古泉は電話を切った。

 

・・・そうか。古泉。お前の気持ち、俺には伝わったよ。
古泉と俺との会話、盗聴されていたんだな。「機関」とやらに。
それで古泉は俺に本当の気持ちを伝えることが出来なかったんだ。
あいつの所属している「機関」がそうとうヤバイものだということも最近俺は分かってきた。
もし、「機関」の決定に背いてしまえば古泉は殺されてしまうのだろう。間違いなく。
そうか!・・あの館で、古泉が「一度だけ『機関』』を裏切る」と言ったのはこういうことだったんだな。
「二度目」はない。なぜならそのときはアイツは消されてしまっているんだ。

 

古泉・・・・・・・!

 

そのときだった、俺の片手の携帯が鳴り出したのは。

 

ん?誰だこんな時間に・・・・
そういうと、俺は発信者も見ずに電話に出た。
「もしもし?」

 

「・・・・」
無言。なんだ?イタズラか?なんでまたこんなときに・・・
そういうと俺は耳元から携帯を外し、ディスプレイの表示を見た。
そこには

 
 
 

「発信者 涼宮ハルヒ」

 

「ハルヒか」

 

「・・何よ」
何よじゃないだろ。電話をかけてきたのはそっちじゃないか。
し、しかしやばいぞ・・・その・・俺にはまだ心の準備がだな。
えーっと・・と、とにかく会話だ。会話を続けなければっ・・
ここで切られれば一貫の終わりな気がする。

 

「今俺も電話しようとしていたんだ」
すまん、嘘だ。

 

「そ、そうなの?・・・・・・ところでさ」
「なんだ?」

 

「・・・あんた、私のカバン持ってる?」
カバン・・?ああ、そういえばこいつは雨ん中部室から走り去って行ったんだよな。
本来ならそのまま放置しておくべきだったのだが・・・今ナゼかハルヒのカバンは俺の部屋にある。

 

「ああ・・それなら今俺の手元に・・」
「よかった!あ、いえ・・・ちょ、っちょと!勝手に中のもの見たりしないでよ!見たら死刑だからね!」
やれやれ。誰がお前のカバンの中身なんかに興味を持つか。
せっかく人が心配して持って帰ってやったというに・・・

 

「でさ、それで・・わたしそん中に家の鍵、入れてるのよ」
・・ん?ちょっとまて。ってことは・・・

 

「お前、今ドコだ?」
「駅前の公園。いつもの場所よ」

 

!!!!!!!!!、お前今何時かわかってんのか?俺は自室の時計を見上げる。
針はすでに午前1時を回っているところだった。

 

「お前はバカか!深夜に出歩くなんてお前はいつからそんな不良少女になったんだ?どっかの変な男に襲われたらどうするつもりだ!」
決して心配しているわけではないからな。念のため。

 

「バカキョン!アンタが私のカバン持ってるから・・・、それで家に入れないんじゃない!」
そうだった。俺はハルヒのカバンを手に持ち、とっさにこう言った

 

「待ってろ。スグ今行く」

 

「え、そ・・そ、そう?分かった。ありがと・・」
電話を切るやいないや、俺は急いで外に出た。
家族の声がしたように聞こえたが、えーいっ、今はそれどころじゃない。
俺はセリニンティウスの元へひた走る、メロスのごとく猛スピードでママチャリを走らせる。
・・・ハルヒに会って何を話すんだ?バカ、今はそれどころじゃない。一刻も早くハルヒの所に着かなくては。

 

「・・・ハルヒ、待ってろ!」

 
 

駅前の公園に着いた。自分でも驚くほどの早さだ。
見ると、俺の愛用のママチャリの後輪はパンクしていた。
気づかなかった。パンクしてあの速度でおれはここまで来たのか?
これって愛の力ってやつか?いや、断じて違うぞ。これはだな・・・・
いかん。そんなことを自分に言い聞かせている場合じゃない。ハルヒ!

 

・・・いた!・・ハルヒは、本当にいつものSOS団集合場所にいる。
負傷した愛車を歩道に停め、俺はハルヒの元に駆け寄る。

 

「はぁ、はぁ・・おい、ハルヒっ・・」
このときになってやっと、俺は自分がかなり息切れしていることに気がついた。

 

「キョン!」
そう言うとハルヒがホッとした表情を浮かべる。
まるで、迷子が母親と遭遇したかのようだ。

 

「なんでもっと早く来てくれなかったのよ!」
正気か?俺はこれでもだなっ・・!・・っはぁはぁ・・まだ息切れが直らないようだ。
俺は血の味のする唾を吐き捨っ・・・いや、ゴクンと飲み込み、・・ふぅ・・やっとまともに話す準備が整ったようだ。

 

「ハルヒ・・・ほら、カバンだ」
中身は断じて見ていないぞ。

 

さっきまでの威勢はどこへやら
「あ・・、ありがと・・・」
そう言うとハルヒはカバンからミニタオルを取り出した。

 

「はいっ」
ん?なんだこりゃ。どうするんだ?
俺がミニタオルを受け取れないでいると、

 

「もうっ!汗っ!拭きなさいよ!汚い!」
だったらそのタオルを渡すのはなぜなんだ?

 

「ほら・・顔・・すごい汗びっしょりじゃない」
そういうと、ハルヒは背伸びして俺の額にタオルをぺたぺたと押しつける。
・・・こういうのは悪くないな。い、いや・・違う。これくらいあ、当たり前だ。
なんてったって俺はSOS団の集合でないのにも関わらず、しかも深夜に呼び出されてここまで来たんだからな。
これくらいの奉仕はいいだろう。悪くはないさ。

 

「もう・・キョンってば、子どもみたいに汗っかきなんだから」
悪かったな。

 

俺の汗を拭き終えたハルヒは
「そ、そこ・・・座れば?」
俺たちはベンチに腰掛ける。しかしだな、こんなとこ巡回中の警官にでも見られてみろ。
一発で補導されるぞ。なにしろ俺たちはまだ高1なんだからな・・・。
しかもただでさえ内申の悪そうな俺なんだ。これ以上悪くなったらどうすんだ。
辺りに警官がいないかあたりをキョロキョロ見回す俺。

 

そのときだった
「ねえ・・・キョン・・」
なんだ?

 

「・・ョンっていう人・・知ってる?」
ん?今俺のこと呼んだか?

 

「なんだ?」

 

「・・もう・・二度も言わさないでよ」

 

「ジョンって知ってる?」

 
 
 

時刻はすでに午前2時を回っていた。
園内の街頭は全て消されている。
俺たち二人を唯一照らしている、ほのかに霞んだ月。やさしい色をしている。
辺りは一面静寂に包まれている。聞こえてくるのは、虫たちの鳴き声だけだった。

 

「ジョン?ああ、もちろん。知ってるさ」

 

「!!!っ・・・っホント?」
「キョン、その人に会ったことある?」

 

「会ったことはさすがにないな・・・だが尊敬してる」

 

「尊敬?へーっ・・・って!えっ?なんで?」

 

「なんでってそりゃおまえ、ジョンは偉大なミュージシャンじゃないか」
俺は罵倒されることを覚悟・・・いや、望んだ。

 

俺のバーカ。俺は自分に失望した・・・。古泉やっぱスマン。俺はお前の思っているような男じゃない。
俺はやはり、俺とハルヒの世界よりも、今自分の生きる世界を選択してしまった・・・。
正直、俺には荷が重すぎるぜ。俺の言葉一つで世界が変わってしまうかもしれないだって?
無理だ・・・・・・俺にはそんな勇気は・・・・・・ない。

 

「そっか・・・ならいいの」

 

「!?」
おかしい!ハルヒのこの反応はなんだ!?
俺はふと横目でハルヒの顔を覗いた。・・・よく見えない。雲が月を隠してしまっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」
ハルヒは無言のまま。俺の隣に座っている。

 

・・・ようやく月が雲の合間からその顔を覗かせた。

 

「ハルヒ?」
俺は横を向いた。

 
 
 

ハルヒの頬をひとすじの滴が流れていた。

 
 

「!!!、ばっ、ち、っちがうの。これはその・・・そう、目に虫がね、・・・」
今どきそんなごまかし方するやつはいないだろ。だが、俺は何も言えなかった。

 

「・・・あのね、キョン。部室での話の続きなんだけど・・・」
ハルヒは涙を制服の袖で拭き、鼻声まじりの声で言った。

 

「なんだ?」
もう何でも聞いてやる。

 

「・・・私・・・小学校のころ、自分がどんだけちっぽけか思い知ったって・・・前にキョンに言ったわよね?覚えてる?」

 

「あぁ」

 

「だから・・・私は中学じゃ変わろうとしたの。面白いことを見つけようって。そのためには、とにかく、人と同じことをしていちゃダメだって。
 でも・・・何も変わらなかった。何も面白くならなかったのよ!それで・・・・・・。それでね、ある時、私はある本に出会ったの。
 それには・・・宇宙人・未来人・超能力者のことについて書かれていたわ。もちろん、そんなの最初は信じてなかった。
 でもね、私気づいたの。待っているだけじゃダメだって。動かないとダメだって思ったの。だから、三年前の七夕の日、私は決心したわ。
 校庭にね、おっきなメッセージを書こうと思ったの。・・・宇宙人・未来人・超能力者に・・・ううん、ホントは誰でも良かった・・・。
 とにかく、『わたしはここにいる』ってこと・・・誰かに知って欲しかったの」

 

そうか。それで・・・ハルヒは・・・

 

「でも・・・本当はそんなこと、私一人じゃできなかった。私には勇気がなかったの。だけど・・・」

 

「ジョン」

 

「!」
今度ばっかしは、心臓がノドから飛び出そうになった。
・・・・・・ハルヒは話を続ける。

 
 

「ジョンっていう・・・バカみたいな名前でしょ?・・・ジョンが・・・私を手伝ってくれたの。そして私を励まして・・・んん、慰めてくれた」
・・・慰めた?いや、俺はそんなつもりでは・・・それに、あのときのお前もそんなこと微塵も感じさせなかったぞ・・・?

 

「すっごく嬉しかった。でも・・・ジョンに会えたのはそれが最後・・・」
そりゃそうだ。そのときの俺は未来人だったからな。

 

「それからね・・・私ジョンを必死で探したの。・・・でも・・・ジョンはどこにもいなかった」
・・・ハルヒがどれほど探していたのか、俺はいつぞや本人から聞いている。

 

「それがね・・・私の初恋の人よ。・・・変でしょ?だから今まで誰にも言えなかったし、言いたくなかった・・・。それで・・・私はジョンのこと、何度も忘れようとしたわ」

 

「どうしてだ?好きだったんじゃないのか?」
思わず心の声が漏れた。

 

「だって!・・・会いたくても・・・どこにも居ないのよ!?こんなにツライことってないわ・・・。でも、何をしてても・・ジョンのことが頭から離れなかった。
 ・・・不思議といつかまた会える気がして・・・」
ハルヒは、両手を拳にして、あふれる感情を必死で押し殺しているようだった・・・。

 
 

俺は。

 
 

ハルヒをジョンに合わせてやりたいと思った。

 
 

「ハルヒ・・・俺が・・・」

 

「やめて!」

 

「…っほへ?」
俺はあまりにも意外なハルヒの発言に、思わず拍子抜けした。
んん?一体どういうことだ?誰か説明できるやつは至急ここへ来てくれ。

 

「もういいのよ…キョン」
「アンタは誰でもない、キョンだもの」

 

そういうと、さっきまでの涙はどこへやら。
ハルヒは100Wの笑顔で俺の方を見つめている。
不思議と、この場全体が明るく照らされたように思えたのは……俺の気のせいではあるまい。

 

「そっか」
そう言うと、俺はニッコリとハルヒに笑い返す。

 

「でもね…キョン。1つだけ…お願いしていい?」

 

「なんでも」
本心だぞ。

 

「そう?じゃあっ!」
そういうとハルヒは俺に抱きついてきた。

 

「キョンっ!うふふ♪」
顔がついにやけてしまう。しまった。可愛い。

 

「ねぇ、キョン!最後に…もう1つだけ?」

 

「なんだ?」
こいつの頼みなら、今の俺なら何でもOKしてしまうだろう。
これも本心だ。

 

「えへへ♪」

 

そう言うと、ハルヒは100万Wの笑顔で言った。

 
 
 
 
 
 
 

「おかえり、ジョン」

 
 
 
 
 
 
 

おわり