「2日目」 (52-220)

Last-modified: 2008-12-29 (月) 01:37:23

概要

作品名作者発表日保管日
「2日目」52-220氏07/06/2807/06/28

作品

キョンのご家族の方たちが、お見舞いに来たので、あたしは入れ違いで病室を出る。
大丈夫よね。一応古泉君は残ってるし、いまさら容態が急に変わる事もないはずだから。
この間に、色々やっとかなきゃ。
 
売店で買い物と、他の用事も幾つか済ませて、病室に戻る。
ご家族の方たちは、もう帰る所だった。
昨日と違ってずいぶん早いけど、なにせ、肝心のキョンが寝たままだもの。
病院のスタッフがするべき事をしてくれてる以上、見舞いに来ても、何もできる事はない。
寝顔見てるだけしかできないんじゃ、長居してもしょうがないないものね。
 
もちろん、これが予断を許さない体調とかなら話は違うんでしょうけど。
お医者様の診断では、どこにも異常なしだから。
あたしも昨日、そこの所は根掘り葉掘り聞いてるの。
担当したお医者様はかなり優秀なひとで、すごく判りやすく丁寧に説明してくれた。
だから、判ってる範囲で本当に問題はないんだって、納得はしてる。
 
人の減った病室内で、あたしは空いている椅子に腰を下ろす。
キョンは無表情なまま、ベッドで寝ている。
その顔を見ていると、妙に不安になる。
昨日ほどじゃ、ないけど。
……あれはほんと、思い出したくないくらい、嫌な気分だった。
 
最初、キョンってば何を鈍臭い事してるの、なんて思った。
最初だけ。
落ちた彼が、ぴくりとも動かないのが判って、鳥肌が立った。
物理的に体温が下がった気がした。
周りの空気を生暖かくすら感じてしまった。
あそこまでの寒気を味わったのって、何年ぶりかしら。
 
あたし、あの時は滅茶苦茶取り乱してたはず。
外面では却って平静に行動してたけどね。
取り乱しすぎて、却って何も出来なかったから。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、すごく嫌な光景が浮かんじゃってた。
キョンのいなくなった部室とか。
彼の欠けたSOS団とか。
眩暈がする。
そんなのイヤだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
 
思い知ったわ。
いつの間になんだろう。こんなに好きになってたなんて。
失いそうになって、あんなに取り乱すなんて。
自分で思っていた以上だった。
……え?
あ、もちろん、SOS団とか、みんなでする不思議探索とか、高校になってから出会えた、そんな事の話よ。
 
みんなも動揺してたみたい。
古泉君は、見たことないほど硬い表情になってた。
有希も、どこかちょっとおかしかった。
みくるちゃんは、当然と言うか、判り易すぎるほどだったけど。
 
判ってるの、キョン?
みんな、なのよ?
みんな揃ってのSOS団なのよ?
勝手に退団なんか認めないから。
異常ないんでしょ?
さっさと目を覚ましなさいよ。
 
ほんと、異常なしと判ってちょっと安心したけど、こんなに寝たままだとまた不安になっちゃうわ。
なんで起きないのよ。
ほんとにもう、寝てるだけで面倒を起こすなんて。
器用ね、キョン。
 
ずっと寝顔を見てたけど、変化はない。
まあ、いい。こうなったら根競べだから。
判ってるわね?
競争で、あたしに勝てるなんて思わないでよ、キョン。
 

 
古泉君が椅子から立ち上がった。
「そろそろ、迎えに行ってきます」
あれ、もうみくるちゃんが来る時間?
少し早くない?
「30分ほど空けますので、その間、よろしくお願いします」
 
あ、なるほど。
「判ったわ」
「では」
そして、病室はあたしとキョンだけになった。
お医者様も、まだ回ってくる時刻じゃない。
さすが古泉君、気が利くじゃない。
 
あたし、昨日からずっとこの病室にいるのよね。
ご飯はお弁当を買ってきてもらって済ませてる。
部屋を離れたのは、昨日と今日の、キョンのご家族が見舞いに来た間だけ。
さすがに、その、生理的欲求の解消で、他にもちょこちょこ短時間、部屋を出てるけど。
お風呂に入らず、着替えもしてないから、少し気になってたの。
 
今が冬なのは幸いね。
泊まり込み2日目くらいでは、まだ目だって汚れたり、匂ったりはしてない。
でも匂ってきちゃう程になったら、さすがに終わってると思うのよ。
だから、いまのうち。
 
あたしは紙袋から、買ってきたタオルの束を取り出した。
ベッドのそばに洗面台があって、お湯も出るので、2枚をぬるま湯で湿らせる。
それから制服を脱いだ。
濡れタオルで身体を拭こうとして、ちょっと躊躇する。
これだと、中途半端ね。
 
いくらキョンが眠ったままと言っても、まともに向かい合ったまま服を脱ぐのは抵抗があった。
だから背中を向けてたんだけど、ちらっと振り向いて、様子を伺う。
残念ながらと言うか、キョンは眠ったままだった。
でも、それならいいか。他の誰もしばらく来ないはずだし。
 
あたしは思い切って下着も脱いだ。
タオルで手早く、裸の身体を拭っていく。
ある程度擦ってから二枚目に交換して、最後に乾いたタオルで湿気を取った。
ふう、ちょっとさっぱりした。
髪はそのままだけど、どうにも限界って感じになったら、この洗面台で洗ってやろうかしら。
 
紙袋から、これも買ってきた新しい下着を取り出す。
そして、脱いだばかりの下着を手に、ちょっと考え込んだ。
これ、どうしようかな。
手洗いしてもいいんだけど、干す場所が問題ね。
 
赤の他人に下着を見られる事くらい、あたしはそんなに気にしない。
まして、実際に着ている訳でもない、ただの布の状態でなら、見たいなら見ればって思う。
前に、SOS団の宣伝でバニーに着替えた時も、だから下着は脱ぎ散らかして、ほったらかしだったのよね。
少なくともあの時は、キョンがそれを見るかもしれない事を、気にしなかった。
まあ、有希もいたから変な事はしないでしょ、と思ってたのもあるけど。
そういえば、後で部室に帰ったらまとめてあったけど、あれって、やっぱり有希が片付けてくれたのかしら。
 
とりあえず、下着は軽く畳んで袋に突っ込んだ。
さすがに病室に女物の下着がぶらさがってるのは、ちょっとまずい気がするもの。
下手すると、病院追い出されちゃう。あたしかキョンが。
どうするかは、もっと溜まってから考えましょ。
それに、そんな事になる前に、キョンは起きるわよ。
どうして目を覚まさないのか判らない、って言われてるくらいなんだから。
それこそ、今すぐ起きてもおかしくない……
って……
まさか?
 
そ、そりゃね、ずっと前に体育の着替えで、下着姿をキョンに見られてるはずよ?
でも、あの時は、キョンがまだその他大勢の一人だったし。
それに、今のあたし、下着姿ですらないのよ?
だいたい、これまでずっと寝てたのに、そんな間の悪い事って。
 
でも、ありそうな気がする。
何せ、エロキョンだもの。
もう起きてて、後ろからあたしを、びっくりした目で見てたりしそう。
いいえ、もう、そうとしか思えなくなってきた。
 
あたしは身体を庇いながら、ゆっくり後ろを振り向く。
「……この、馬鹿キョン」
かすれた声が出た。
「何で、こういう時に限って……起きてないのよ!」
 
絶対起きてると思ったのに。
期待したのに。
なによ!
何で眠ったままなのよ!
 
急に顔が熱くなった。
一人で勝手に空回りしたのはあたしだけど、無性に腹が立ってくる。
あたしは身を乗り出し、キョンのパジャマの襟首を掴んだ。
さすがに揺さぶるのは自制。
相手は、頭を打った病人だもの。
 
「起きなさい、キョン。こんなの、あんたのキャラじゃないでしょ?」
叫びたかったけど、こっちも何とか自制。
ここは病院なんだからね。
代わりに、耳元で抑えた声で囁く。
「起きなさいってば。団長命令よ? 聞こえてるの? ほら、早く起きなさい!」
 
突然、予想外の角度から声が聞こえた。
「あ、あのぉ……涼宮さん、何を……?」
あたしは一瞬固まってから、恐る恐る顔を上げる。
扉のところでみくるちゃんが、うろたえた表情で、こっちを見てた。
「……っ!!」
 

 
「だ、だからね、あたしが着替えてたら、後ろでキョンが起きたような気がして、こいつが狸寝入りしてるんじゃないかって思ったのよ、それで」
危うく叫びそうになったのをかろうじて堪え、大慌てで服を着てから、あたしはみくるちゃんに懸命に弁解する。
我ながらちょっと苦しく聞こえるけど、大筋で嘘は言ってないもの。
「でも涼宮さん、それなら服をちゃんと着てからの方が良かったと思いますよ」
「それは……そうね。うかつだったわ」
実際にはあの流れでそんな暇はなかったけど、そんな事は言えないので、あたしはとりあえず頷く。
 
それにしても……ああ、恥ずかしかった。
入ってきたのがお医者様とか、知らないひとだったら悲鳴を上げてたと思う。
良く知ってる相手のみくるちゃんだったから、どうにか抑えられたけど。
だけど、知ってても古泉君だったらアウトだったかな。
キョンだったら……ありえない想像しても意味ないわね。キョンはそこにいるんだから。
 
さてと、それはそれとして、きっちり釘は刺しておかないと。
「みくるちゃん。さっきのはみんなに内緒だからね」
「あ、はい」
「こんな、SOS団の団長らしからぬ失態、団員にも言えないわ」
「団長らしからぬ……ですか?」
「だって、冷静に考えたら、怪しすぎる状況じゃないの」
「ほえ?」
「眠っている男子高校生の耳元で、裸で囁きかける女子高校生よ。怪しいとしか言いようがないでしょ」
「え……ええ……まあ……そう……かも」
「それをよりによって、不思議を追い求めてるSOS団の団長がやらかしたなんて、恥ずかしくて他言できないわ」
「……だから、内緒、なんですか?」
「そうよ。当然でしょ?」
 
みくるちゃんは、少しあきらめたような微笑を見せると、頷いた。
「判りました。内緒にします」
「ん。ありがとう」
ここで、2人ともようやく椅子に座る。
お互い、つい立ちっぱなしで話をしてたのよ。
 
みくるちゃんが、キョンの寝顔を見ながら、ちょっと悲しそうに言った。
「でも、本当にキョン君が目を覚ましてたのなら、その方が良かったかもしれませんね」
「……そうね」
本当にキョンが起きてくれてたのなら。
裸を見られるくらいの対価を払っても、良かったかもしれない。
……ううん、ちょっと払いすぎよね。
もしそんな事になったら、きっちりお釣りを取り立てるからね、キョン。