ある、白い日。 (43-206)

Last-modified: 2007-03-19 (月) 22:54:37

概要

作品名作者発表日保管日
ある、白い日。(仮題)43-206氏07/03/1407/03/15

作品

期末テストという暗黒の季節が過ぎ、あとは春の訪れを待つばかりとなったある日。
暦上は後2週間で春であり、そういえば耐え難いような寒さというのを今年はまだ感じていないな、などと考えながら俺は学校へ向かう。

 

もっとも、朝比奈さん(大)の陰謀に走り回っていた俺には寒さを感じる余裕など無かったのだが。

 

冬特有の白い結晶でも積もった日にはさぞ歩きにくいだろうと思うこの坂も、雲ひとつ無いさわやかな空の下では体を温めてくれるありがたい存在だ。
しかし、俺の心の天気は空模様と同じとは行かないようである。
坂を上りきった先で待ち受けているであろう数々の試練を想像し、朝から何度目かとなる溜息をついた。

 

いつものようにドアを開けた俺は、空っぽの後席を目にすることになった。
おや珍しい、あいつはまだか。
いや、あいつだけではない。クラスメート達が普段よりも少なく、雰囲気も違う。
朝のHR前というのは寝不足の生徒達が騒ぐ時間であり、その様子を眺めるのが日課となっていたからな。
見れば谷口も元気無く机に突っ伏している。国木田は・・・まぁいつもと同じようだ。
どこかおかしい谷口に付き添って声を掛けている。
そんな友人達をどこか他人事のように観察していると、涼宮ハルヒが現れた。

 

どうやら、こいつもおかしい。
いつぞやの七夕を思い出させる。
自分の席に座ると、空の観察にいそしみ始めた。
「よぉ」
一応挨拶をしてみるものの返事は無い。まぁいつものことだが。
「今朝は随分遅かったな」
訳はわかっているさ。クラスメート達の登校が遅いのもそれが原因だろう。
だが元気が無いこいつを放って置けるほど俺は学習能力が無い訳ではない。
「寝坊よ。」目を合わせずに返事をした。
ほぅ、元気の塊のようなハルヒが寝坊をするとはね。
しかし寝坊をしても余裕で間に合っているのがこいつらしい。
「今日ほど休もうと思った日も無いわね。」
どこかで聞いたような台詞だな。
ここはこう答えておくべくべきだろう。
「そうかい。」

 

そりゃそうだろうな。テスト期間終了翌日を答案の返却日にする方が間違っている。
一夜漬けの連続で疲れ果てた体を休める時間も無く、遅刻せずに登校した生徒を表彰すべきだろう。
いや、俺は結構だぜ?表彰されるくらいなら保障が欲しいところだ。
何の保障かと言われればそりゃあ・・・

 

「だけど油断したわ、まさか寝坊するとは思わなかった。」
聞けばハルヒは、一夜漬けと呼ばれる類は一切しなかったらしい。
普段から真面目に授業を受けているようには見えず、一夜漬けもせずに成績上位に名を連ねているとはね。
「何事も計画性よ。テスト前から計画的に学習を進めればおのずと結果も出てくるわ。」
はて、こいつの普段の行動に計画性などあっただろうか。
訳の分からないことを突然言い出して、それに振り回されてばかりなのだが。
ん?待てよ。計画的に学習したのなら何故寝坊したんだ?
「・・・・・・」
返答は溜息。
やれやれだ。だが今日のところは放っておいても大丈夫なようだ。
何故かって?ハルヒの元気が無い理由がわかっているからだ。

 

「・・・国木田・・・佐伯・・・」
岡部先生が俺達の名前を呼んでいく。
前で出た生徒に手渡されていく紙は化学の解答用紙だ。
体育科の岡部先生が化学の解答を返却しているのは、彼がクラスの担任であるからに他ならない。
それこそが高校1年で返される最後の解答用紙であり、クラスの数人の運命が掛かっているものなのだ。
国木田が
「後2問だったのになぁ」
などと呟いているのが聞こえたが、あいつのことだ。
恐らくは「後2問で満点だったのになぁ」の省略形だろう。忌々しい。
気が付けば、俺の前の番号が呼ばれている。いよいよだな。
席を立つときにチラッと後席に目をやると、心配そうな目で岡部先生を見つめるハルヒがいた。
おいおい、何をそんな表情をしているんだ。
お前のことだ、国木田とどっちがクラストップかを心配しているとか、そんなことだろうが。忌々しい。
自信と変な覚悟の半々で用紙を受け取りに行く俺。おい、岡部先生が今ニヤリと笑った気が・・・
やめてくれよな、俺はハルヒの後輩になるつもりは無いぜ。

 

半分に折られたまま席まで持ち帰られた解答用紙を待っていたのは、ハルヒによる強奪だった。
待ちやがれ、俺自身結果を見てねぇんだ。
結果留年がばれたら早速今日からハルヒに奴隷のような扱いを受けること間違いないしな。
というか、俺の次に呼ばれたクセに俺より早く席に戻っているとはどういうことだ。
いや、そんなことに突っ込んでいる場合ではない。
谷口の雄叫びが聞こえたような気がしたがそれも後回しだ。
ハルヒが俺の答案用紙を広げて点数を見る前に取り返さねば、俺の人生は今日この時に終わるかもしれない。
「82!」
いや、俺はお前の点数など聞きたくない。
自分の点数を教えたんだから俺の解答用紙を見ても良いということにはならんぞ!
ん?82?それじゃあ国木田の勝ちだなハルヒよ。そんなことはどうでも良い。今すぐ返しやがれ、さぁ!
「だから82だって言ってんでしょ、アホキョン!」
俺の机に叩きつけられた解答用紙には確かに82という数字が入っていた。
ほぅ、嘘ではないな。だが俺は一言も解答用紙の見せ合いなどということを
「あんたが82点なのよ、良く見なさい!」
お前と約束した記憶は・・・ 何だって?
「良かったわね、進学できて。」
真っ赤なハイビスカスの様な笑顔が、目の前に浮かんでいた。

 

「いやぁ、これだからテストはやめられねぇ。」
谷口よ、ギリギリで生き残った割にはずいぶんと大口を叩くな。そのエビフライは進学決定の記念品か。
「でも良かったねぇ、全員無事に進学出来て。」
全く、国木田の言う通りだ。3人で弁当を囲むこのクラスに一人でも留年が出ていれば俺はこんなにも落ち着いていなかっただろうな。
岡部先生が微笑んだのも、安堵の気持ちからだろう。
「しかしまあ、これで2年になるまでは遊び放題って訳だな。」
そうだろうな。テストを無事に乗り越えた今、問題に頭を抱えているのは俺と・・・古泉くらいのものだろう。

 

テスト返却の時は目がくらむほどの笑顔を見せてくれたハルヒだったが、その後は憂鬱継続中なようだ。
時刻は既に放課後であり、しかし答案の返却日である今日はまだ昼を回ったところである。
まるで文芸部特製インターフェースの様に無表情に戻ったハルヒが教室を飛び出していくのを見て、
顔色の変化を見ていてここまで面白い人間は珍しく、しかしハルヒは普通の人間とは違うななどと考えつつ、谷口と国木田と別れた俺は中庭へ向かう。
午後からSOS団の活動が行われるであろうことはわざわざ予想するまでも無く、ハルヒが学食に行っているであろうことは想像に難くない。
つまりはこの時間こそが数少ない俺の自由時間であり、またSOS団のメンバーと活動時間外に学校で会う貴重なチャンスなのだ。

 

「やぁ、どうも。」
地域限定超能力者、古泉一樹がそこにいた。
またここでか。この丸テーブルがお気に入りなのか?
「特にそういう訳ではありませんが、何かと便利でしょう。」
そうかもしれないな。SOS団3人娘に見つかりにくく、かといって人目が無いわけではない。
「それでどうなった?」
「どうもなりません。」
即答するなよな。頼れるのはお前だけなんだ。唯一の文芸部員に頼めば何とかしてくれるだろうが、今回はそれじゃあダメなのは説明しただろうが。
「えぇ、それについては十分に承知しているつもりです。しかし今回ばかりはどうしようもありません。もちろん僕だって努力を惜しむつもりはありませんが、今回は目的が目的です。それなりの誠意を我々が見せることが出来なければ、そうですね、閉鎖空間の発生とまでは行かないでしょうが、彼女の心に深い傷を負わせることにはなるでしょう。」
彼女って誰だ?いや、言うな。閉鎖空間を作り出すのは一人だからな。しかし長門や朝比奈さんはどうなんだ。
「えぇ、もちろん長門さんや朝比奈さんも傷つくでしょう。」
何だ、そのどうでも良い、とも取れる言い方は。
「いえ、そんなつもりはありませんよ。ただ僕が言っておきたいのは、涼宮さんがこのようなイベントを非常に大切にするということです。」
わざわざお前に言われなくてもわかってるって。1ヶ月前に痛感しているしな。
「お忘れにはなっていないようですね。つまりです、涼宮さんがあのような仕掛けを用意していた以上、我々も彼女を楽しませる義務があります。こうやって我々だけで相談しているのも意味があってのことですしね。現在の彼女は元気を無くていますが、我々『機関』ではあまり危惧していません。閉鎖空間は恐らく発生しないでしょう。そう、あの時と同じなのですよ。もしかしたら忘れているのかな、何ももらえないのかなと心配している訳です。」
古泉よ、「彼女」と単数形でいうのはやめてくれ。朝比奈さんが悲しむ姿など、俺は絶対に見たくない。長門だってそうだ。俺は恩を仇で返すような悪人では無いぞ。
「そこで事は最初に戻ります。如何致しましょう?」

 

こんなところでこっそりとニヤケハンサム超能力者と共に頭を抱えているのには訳がある。
朝比奈さん(大)の陰謀と共に進行していたハルヒの陰謀へのお返しだ。
本当はお返しどころか仕返ししたい所だが、長門や朝比奈さんを巻き込むわけには行かないだろう。
普段はハルヒの突拍子無い思いつきに巻き込まれてばかりいるが、今回は逆だ。
団長から相応のイベントの用意を厳命されている以上、俺と古泉で計画したことにハルヒ達を巻き込むつもりだ。

 

「お前のところは協力してくれないのか?」
「お前のところ、とおっしゃいますと、『機関』のことでしょうか?喜んで、と言いたい所なのですが、難しい所なのです。」
なんだ、その訳の分からない返答は。
「僕自身は何でもしますよ。何より直接頂いた本人ですからね。しかし、この件に『機関』が関われるのは最低限です。涼宮さんの安定のためであれば協力を惜しみませんが、今回は違います。安定が目的では無いから、という訳ではありませんよ。」
さっぱり分からん。言っていることが矛盾しているぞ。
「お分かりになっているはずですが。」
いいや、お前が言いたいことは理解できん。いや、皆まで言うな。
今回は機関にも頼るわけには行かないことくらいわかってるさ。

 

そう、「俺達だけの手でハルヒを楽しませる」んだろ。

 
 

しかしなぁ、ハルヒを楽しませるための方法でこんなに悩むと思わなかったぜ。
俺にとっては日常のSOS団の活動が十分に楽しいものだったし、市内を回る探検ツアーも毎回楽しみだ。財布の中身が飛んでいくことを除いては。
『機関』の協力で事件にも出会っているし、遭難もしたしな。それ自体がハルヒを楽しませたかどうかはわからないが、少なくとも閉鎖空間の発生を食い止める効果はあるようだ。
そんなSOS団でだ、何をすればハルヒを楽しませることが出来るのだろうか。

 

夕食の後、ベッドに横になり思索にくれていると妹がやってきた。まるでハルヒのようにドアを開けて。
「キョンくん、面白いテレビやってるから一緒に見よ~♪」
あのなあ妹よ。今の俺はテレビを見ている場合ではないのだ。直後に迫った大切なイベントの考えをだなあ。
SOS団のメンツがうちに来るようになってから、妹もその影響を受けているのだろうか。俺の腕を取って無理矢理に引っ張るとはね。
抵抗できない力ではないが、まあ大切な家族の誘いだ。俺と古泉に似合うコスプレの想像をしていた頭を切り替えて、俺はリビングへと向かった。

 

「どうなさいました?あなたが僕に電話を下さるとは。いえ、大体想像つきますが・・・」
「ならいい。用件だけ話すぞ。」
すぐさま部屋に戻ってきた俺は古泉に電話を掛けている。どうせ掛けるなら朝比奈さんの天使の声を聞いたほうが有意義なのだが、今はそんなことをしている場合ではない。
「ほう、それは面白そうですね。」
こいつが心のそこから「面白そう」というのを初めて聞いた気がする。
「わかりました、手配してみましょう。」
すまんな古泉。『機関』の力を借りるわけには行かないのだが、俺の財布は非常事態宣言状態なのだ。そのうちに返すから貸しておいてくれ。
「僕は一向に構いませんが、問題はこの後ですよ。」
わかってるさ。ハルヒを楽しませるんだろ?簡単では無いだろうが、任せておけ。
『任せておけ』などという言葉を古泉に向かって言うとはね。

 

古泉との打ち合わせを終えた俺は、SOS団の面々、そしてゲストとして迎えることになるあの人へと電話を続けていた。
今回もまたあの人に頼ることになるとはね。頭が上がらないどころか、頭を地面に擦り付けてそろそろ崇拝すべきなのかもしれないな。

 
 

「キョン、遅いわよ!誘っておいてあたしより遅いとは何事なの?罰」
「おはようございます。古泉ももうすぐ来ますから、ちょっと待っていてくださいね。」
挨拶も何も無くいきなり文句を言い始めるのは慣れたさ。だが、今回はこちらのペースに引き込む必要があるのだ。
きちんと挨拶をすべき人もいることだしな。
「やぁキョンくんおっはよーっ ひっさしぶりに行くからさぁ、昨日は良く寝られなかったにょろ~」
「おはようございます。宜しくお願いしますね。」
「・・・・・・・・・」
ハルヒはともかく、この3人にはきちんとした応対をすべきだろう。
あれ、鶴屋さん、行き先って伝えましたっけ?
「・・・いいわ、それで?古泉君はまだなの?」
あのなぁ、さっき言っただろうが。それにしても、こいつの機嫌の変化もまた面白いものだな。
昨日まで、まるで長門のように大人しかったのが嘘と思えるようないつものハルヒだ。
やはりこいつはこっちのほうが似合うな。何より、ダウナーな状態は悪い予感をひしひしと感じさせるし。

 

「バスが到着するまで5分ありますから、今のうちにトイレや買い物は済ませておいてください。」
時計を見ながら語る俺。何だろう、このツアーコンダクターのような台詞は。
いや、今回の俺はツアーコンダクターと言っても過言では無い訳で、あながち間違っていないのかもしれない。

 

さてと。
俺は手帳を開くと、あらかじめ決めてあるスケジュールのおさらいをすることにした。
普段お世話になっている恩返しの意味も込めた旅行だから、俺が頑張らなくてはならないしな。

 

朝、SOS団御用達の駅前だ。
名誉顧問である鶴屋さんを含めたSOS団のメンバーが集合している。
時間が時間だけに、人通りも少なく、開いている店も少ない。いつもは中々見ることの出来ない景色だ。

 

「お待たせしました。」
マイクロバスの到着と共に、古泉が現れた。バスの中から。
おい古泉、『機関』は関われないんじゃなかったのか?
「えぇ、本来であれば。しかしあなたからの依頼とあれば、断わる理由は我々にはありませんよ。」
なるほどな。となれば、運転手は新川さんであろう。バスの免許もお持ちなのですか。
「お待たせしました、出発しますので、荷物を持って乗ってください。」
しまった、『お乗り下さい』と言うべきだったか。まあ良いか、気にしている人はおるまい。
神聖かつ不可侵なる団長様に続いて全員が乗り込むと、いよいよ出発である。

 

添乗員さん(貸切のマイクロバスなのに何故添乗員さんがいるのかは気にするまでもなかろう)、というよりも森さんからマイクを受け取ると、初々しく挨拶をする。
「えーみなさん。本日は」
「かたっくるしい挨拶なんかいらないわ。SOS団、出発よ!」
どうしてこうもぶち壊してくれるかな、団長さんは。やれやれ。
微笑む森さんにマイクを返すと、俺もトランプの輪に混ざることにした。

 

長門やハルヒに勝てるわけも無く、罰ゲームとして車内マイクでカラオケをするハメになったのは思い出に残しておこう。
ハルヒのコーラスも良かった、古泉+長門+朝比奈さんの歌も斬新だったからな。鶴屋さんの歌声も拝聴できたことだ。
こっそり録音したテープを送りつけてみようか。誰かが、オリコンで9位くらいは狙えるかもしれん。

 

「ふぇ~、ここここれに乗るんですかぁ~?」

 
 
 
 

さて、朝比奈さんは何を見ているんだろうね。
わかった人は是非ご連絡を。乗せてやるから。

 

まだまだ続くぜ?