ある鈍感とツンデレの末路 (62-703)

Last-modified: 2007-09-29 (土) 02:56:25

概要

作品名作者発表日保管日
ある鈍感とツンデレの末路62-703氏07/09/2907/09/29

作品

大学に進学した俺とハルヒは同棲することになった。
無論形の上でだけだ。そもそも始まりはハルヒが「お金が半分ですむでしょ」と強引に乗り込んできたことなんだから。
だから俺たちは男女の関係などではなく高校時代そのままのダラダラとした関係だった。
とはいえ俺は健康な若い男であり、隣の部屋には万人が認めるところの美人である涼宮ハルヒが寝ているのだ。
持て余したことなどないとは言えない。ハルヒのほうはどうだか知らないけどな。
しかし俺たちはなんだかんだでよくつるんでおり、さらには同棲しているという情報もあってか付き合っているという風評だった。
なので俺に彼女はいない。作る気が起きなかったというのも理由の一つだろうけどな。
 
ある時ケンカをした。大学が休みの日で昼まで寝ていたら何か文句を言われたんだった。
何を言われたのか覚えていないくらいなのだからたいしたことではないのだろう。
それでも別に頼んだわけじゃないだろ、とかなんとか言ってしまったのだ。
結果としてハルヒは俺に背を向け愛用のクッションを抱いてだんまりだ。
謝ろうかと思ったがふと思った、なぜ俺はこいつと一緒にいるのだろうと。
こいつとの関係は、友人、としかいいようがない。親友とは違うと思う。親友ってのはもっと気心が知れてるもんだ。
そういう意味で佐々木なんかはまさに親友だったと思う。なんだかんだで気が合ったからな。
じゃあハルヒは?…友人、友達としかいいようがない。
「なあハルヒ」
「…」
「やめないか、こんなの」
「…」
「ただの友達の俺たちがこんな風に同棲してること自体がおかしいんだ。無理して一緒にいることはないだろ?」
ハルヒは何も言わない。もしかしたらハルヒもようやく気づいたのかもしれない。
「というわけで明日にも出て行くよ。家は俺のほうが近いからな」
そう言ってハルヒに背を向けた。
 
気まずくてサイフだけもって家を出た。夜になり、適当に店に入ったがハルヒと一緒に食べない夕食は本当に久しぶりだった。
そのときの感情を、俺はなんと呼べばいいのかわからない。
 
深夜帰るとハルヒはもう寝ていた。テーブルの上におにぎりが置いてあった。
あれを食べる資格は俺にはもうない。
 
翌日早起きして荷造りをする。正直なところ俺の持ち物なんてほとんどない。
俺の部屋にあるものだってハルヒが持ち込んだガラクタばかりだ。
もとよりこの家は8割がたハルヒの家だったのだ。
 
昼前には用意は終わってしまった。荷物はなんとか持ち運べる程度にまとめられた。
台所から料理の音が聞こえてくる。この音も聞き納めか、そう思うと寂しい気持ちもあった。
足音が近づいてきた。ハルヒか?…なんだ、妙に時間かかるなと思った頃ノックされた。
「食べてくでしょ?」
断ろうかとも思ったが口調からすでに作ってしまったのだろうと察する。
「…ああ、頂くよ」
ドアを開けるとポニーテールのハルヒがいた。
最後のサービスだろうか。こいつ意外にサービス精神旺盛なんだな。
 
黙々とした食卓。ハルヒが俺のことをチラチラ見る。
言いたいことがあるのだろう。でも最後だから、と何も言わないでいてくれてるのだろうか。
こいつも人を思いやることが出来るようになったのだな、と感慨深い気持ちになる。
まあ最後になるかもしれないハルヒの手料理だ。あまり口を出すのもなんだな、しっかり味わおう。
ハルヒの料理はやはりとてもうまかった。
 
「じゃあな」
家を出るときが来た。起きたときは外で雨の音がしていたが今はどうだろう。やんでると助かるんだがな。
ハルヒは昨日のままの格好でクッションを抱いている。
違うのはポニーテールくらいか。
「なあハルヒ、そのポニーテール似合ってるぞ」
最後にそう言うとハルヒは肩を震わせた。経験則的にはあいつが肩を震わせているときは怒っているときだ。
ならさっさと退散しよう、そう思いドアを開けた。
空は明るく、どこまでも高い。眩しさに目がくらむ。軒下から雨が滴っていた。ついさっきまで降っていたようだ。
まるで俺が出で行くのを祝福しているかのようだった。
 
高校を卒業して同じ大学に進んだ。みんなとは離れ離れになったけどキョンとは一緒にいられた。
そのときにはもう自分の気持ちに気づいていた。
あたしはキョンが好きだ。
 
無理を言ってキョンと同棲することにした。親を何とか説得した。頭も下げた。それが効いたらしい。
キョンに気持ちは伝えられていないけれどキョンはずっとあたしと一緒にいてくれた。
他の男なんてまったく興味が沸かなかった。
その分夜は緊張してた。いつキョンがドアを開けるのかって。
キョンだって若い男だし、そういう欲求があるのは理解してる。
だからもしキョンが来たらあげてもいいって思ってた。
でも結局キョンは一回もこっちにこなかった。
 
なぜかケンカになってしまった。理由はあたしにもわからない。
でもそれくらいのケンカは今までもしてきたし今回だってキョンが折れてくれるって思ってた。
いつもみたいにキョンがプレゼントしてくれたクッションを抱く。
「なあハルヒ」
ほらきた。さっさと謝ればまたすぐいつもの関係に戻れる。だからさっさと謝りなさい。
「やめないか、こんなの」
そうケンカなんてしたくない。あたしだってキョンと仲良くしたい。
「ただの友達の俺たちがこんな風に同棲してること自体がおかしいんだ。無理して一緒にいることはないだろ?」
…え?いみがわからない。
「というわけで明日にも出て行くよ。家は俺のほうが近いからな」
頭が真っ白で何も考えられない。我に返ったとき、もうキョンはいなかった。
 
夕食のときにちゃんと話そう。そう思って頑張ってご飯を作った。でもキョンは来なかった。
0時を過ぎてもキョンは帰ってこない。だったら早く寝て朝早くにちゃんと話そう。
…おにぎりも置いておこう。きっと食べてくれるわよね?
 
朝起きるとおにぎりは残ったままだった。
こっそりとキョンの部屋を覗いたら一心不乱に荷造りをしていた。
もう、キョンは絶対に出て行く気なんだ。そう思うと何も言えなくなってしまった。
雨が降っていた。あたしの気持ちそのままに。
 
もう一回話さないときっと後悔する。そう思って昼食を作ることにした。
この時間ならキョンも食べていくだろうから。
ドアをノックしようとして躊躇ってやめる。そんなことを10回ほど繰り返したあと、何とかノックする。
「食べていくでしょ?」
「…ああ、頂くよ」
キョンの返事は3秒もかかっていない。その間あたしの手は震えっぱなしだった。
 
昼食はかなり気合を入れて作った。自信作だ、きっとおいしいと思う。
なんとか切り出そうとするけどどうしても声が出ない。
キョンにとってはもう終わったことかもしれない、そう思うとキョンの顔を見るのが精一杯だった。
キョンは料理について何も言ってくれない。いつもだったらおいしい時はおいしいって言ってくれるのに。
もうあたしにキョンを引き止められる材料はなくなってしまった。
 
キョンが出て行こうとしてる。台風が来ればいいのに、外を出歩くことが出来ないくらいの奴。
そうすればキョンもここに留まる。あと一日あればきっとキョンとちゃんと話せる。だから。
「じゃあな」
その言葉に心が折れる。何もいえない。体を動かすことも出来ない。
あたしに出来るのはただキョンとの思い出のクッションを抱くことだけだった。
「なあハルヒ、そのポニーテール似合ってるぞ」
え?…そうだあたしはポニーにしてた。ほとんど無意識だった。
昔キョンが似合ってるって言ってくれたポニーテール。こうすればキョンも残ってくれる。そう思ったのかもしれない。
そのころからいままでのキョンとの思い出がよみがえる。いろんな、ほんとうにいろんなこと。
涙が止まらない。声も出さずにただ震える。声を聞かれたらキョンに気づかれちゃうから。
そう。こうなったのは全部あたしの責任。キョンも同じ気持ちって、勝手に思って、伝えなかったあたしの責任。
きっとこの別れはその報い。だからあたしは受け入れなきゃいけない。やり直すためにも一度分かれなきゃいけない。
さっきまで聞こえていた雨の音が消えた。このままだとキョンは出て行ってしまう。でもそれが正しい。
「さようなら、キョン…」
 
ハルヒが何か言った気がした。だがここで粘ってもただ迷惑なだけだろう。
さっさと立ち去るのが正解だ。ドアを閉めようとすると、ふとここでの思い出がよみがえった。
ハルヒが勝手に来て、一緒に住むことになって、分担と役割決めて、思い出すのはわがままなあいつのことばかり。
でもそれでも楽しかったと胸を張れる。
そう楽しかったんだ。SOS団の頃から、いやあいつに初めて会ったときから。
じゃあなんで俺は出て行こうとしてるんだろうか。楽しかったのに、いや楽しいのに。
この関係が間違ってるから?楽しいのに間違ってるのか?出て行くのが正しいのか?
あいつに迷惑がかかるから?そんなこと知るかよ。迷惑をかけられるのは俺だって相場が決まってるんだ。
あいつはただ勝手に人を巻き込めばいい。俺はなんだかんだでずっと巻き込まれてきたんじゃないか。
気づけば俺は荷物を取り落としていた。
右手はドアノブを握ったままだったが、空いた左手にはいつのまにか何か握られていた。
そんなバカな、と思いつつ恐る恐る左手を開く。
そこには栞があった。
いつか見た文字で『あなたと涼宮ハルヒにかけられた操作は解除した。あとはあなた達次第』と書かれていた。
急いであたりを見渡すが人の姿は見られない。ただ空が綺麗だった。
 
バタン、とドアを閉じる音がした。すいぶん長かった。別れを惜しんでくれたのなら少し嬉しい。
…なんで?何がいいの?キョンが出て行ったのに、なんであたしは止めなかったの?
ううんそんなことじゃない。なんであたしは言いたいことを一つも言ってないの?
さっきまでの自分は少し変だったと思う。今思えばキョンも少しおかしかったと思う。あんなに早く決める奴じゃない。
でも、足が動かない。振り返ってドアを見ることすら出来ない。
怖かった。もしキョンを追って拒絶されたらと思うとどうしようもなく怖かった。
自分はなんて幸せだったのだろう。キョンと一緒にいるだけで幸せだった。
もう一度あの幸せで楽しい時間を取り戻したい。…でも、今は、今だけは…怖い。
「でも…会いたいよ、キョン」
いきなり背中から誰かに抱きつかれた。耳元で聞きなれた声がした。
「意外だな、一人の時は素直なんだな」
どくん、と心臓が鳴る。
「キョ、ン?」
「でもな、あんまりそういうことは言うな。こんな俺らしくもないことさせるな」
「なん、で?」
「どうもおかしな気の迷いだったらしい。俺がここを出て行く理由なんてない」
もちろんお前がいて欲しくないって言うんなら別だけどな、とキョンは付け加えた。
「そんなことない!でも、その…」
「いままでのことはいい。ふたりとも少しおかしかったんだ。だから俺は今の気持ちを言う。ハルヒ、俺はここにいて、ここでお前と過ごして、すごく楽しかった。だから、これからも一緒にいてくれ」
急に変わりすぎだと思う。腑に落ちない。だけど、大事なのは今だとも思う。
きっとこれからあたしは恥ずかしいことを言う。顔を見られてないのは幸いだった。
「あたしも…あたしもあんたといてすごく楽しかったし、幸せだったわ。だからこれからも一緒にいて欲しい…」
「…ありがとな」
キョンの声がすごく優しい。たぶん言うなら今しかない。
「あと!あと、1個言いたいことがあるの」
「なんだ?今の俺ならたいていのことなら聞いてやるぞ」
「あたしは…その…あんたのこと、好き…です」
キョンは無言。不安になったころキョンがため息をついた。
「お前な、自分で言ったこと忘れたのか。告白するなら正面きって直接言うんだろ?」
「っ!好きよ!好きなの!ずっと前から好きだったの!バカキョン!アホキョン!でも…好きなんだからしょうがないじゃない!」
「何で怒ってるんだお前は…ああでもようやく納得がいった。お前俺が好きだから一緒に暮らしてたのか」
こいつの鈍感さはたぶん犯罪といってもいいと思う。人の告白を何だと…。
「そうか。なら俺も同じなんだろうな。だからお前と一緒にいて楽しかったんだな」
「え…それってあんたもあたしのこと…」
「目ぇつぶれ」
キョンの顔が近づいてきて反射的に目をつぶる。
唇に感触。そのままぎゅってされた。全身がキョンに包まれた。
 
口を離すとハルヒはぽーっとしてた呆けてるっていうのはこういうのをいうんだろう。
確かにこいつは親友じゃない。今この瞬間友達とも違った。そう恋人になったんだ。
「と、いうわけだ。これからもよろしくな、ハルヒ」
ハルヒは顔を赤くしたままこくんと頷き、その姿があまりに可愛らしかったのでもう一度キスをしてやった。