いきなり同棲生活 (13-927)

Last-modified: 2007-02-20 (火) 01:36:24

概要

作品名作者発表日保管日(初)
いきなり同棲生活13-927氏06/08/0906/08/19

作品

目覚めてみるとそこは見慣れた自分の部屋だった。
 もちろんそれは当たり前のことなのだが、妙な違和感があるというか何というか。
 見覚えのない物が増えているような気がするし、やたらベッドが狭いような。

 

「う~ん…」

 

 そして寝言が聞こえるし、布団の中で何かがモゾモゾ動いてるぞ。
 夜中に妹が潜りこんできたのか?。まったくあいつも小6なんだから弁えて欲しいもんだ。
 いつもは俺より早く起きて、フライングボディプレスなんぞしてくるんだが、きっと怖い夢でも見たんだろう。
 しょうがないやつめ。俺は今日こそ兄の威厳を見せ付けてやろうと、布団を一気に捲り上げた。

 

「ん~、どうしたの…?」

 

 しかしそこにいたのは妹でもシャミセンでも麗しの朝比奈さんでもなく。
 見慣れないブルーのパジャマを着ていたが、見間違えようもないその顔は我らが団長、涼宮ハルヒだった。

 

「ふわぁ…、おはよキョン」

 

 気持ちよさそうに伸びをすると、ハルヒはとろんとした目で俺に抱きついてきた。
 いつもの不機嫌そうな顔と違って、寝ぼけてるこいつも可愛いな。それに柔らかいし、なんだかいい匂いがするし。
 ああこいつも女の子だったんだなぁ、って違うだろ!
 なんで朝早くにこの部屋にハルヒが、しかも俺と同じベッドで眠ってるんだ?

 

「なんでって、昨日からあんたの部屋で同棲することにしたんじゃないの」

 

 俺に抱きついたまま、ハルヒは音符マークを全身から放ちそうなくらいご機嫌な声で言った。
 す、すまないハルヒ、もう一回言ってくれないか。誰と誰が同棲するって?

 

「何言ってんの?キョンとあたしに決まってるじゃない」

 

 俺とハルヒが?

 

「そうよっ」

 

 ハルヒはさらにぎゅっと俺に全身を密着させてきた。
 こ、こらそんなに引っ付くな。

 

「あたしすごく嬉しいの。これから毎日目が覚めたらすぐ隣にキョンがいてくれるのね…」

 

 む、胸を押し付けるな、耳に息を吹きかけるな!
 そんなにされると理性が欲望にっ。
 とと、とりあえず離れてくれ頼む。

 

「いやよ。ちゃんと思い出すまで離さないんだからっ」

 

 いかん、これ以上はさすがにやばい。
 俺は理性と欲望の狭間で、昨日いったい何があったのだろうかと必死で脳をフル回転させていた。

 

 昨日のことである。
 
 両親と妹が俺を残して七日八日の旅行に出かけてしまい、俺は一人家に取り残されていた。
 しかも事前に俺にはなにも知らされず、朝起きてテーブルの上に置いてあった生活費と手紙
を見て顛末を知ったという始末だ。
 手紙によると、これは俺の成績を考えての行動であるらしい。
 まったく一言くらい言ってくれてもいいだろう、正直凹んだな。
 
 そしてその日から家族が帰ってくるまでの間、俺のぷち一人暮らしが始まる、はずだった。

 
 

 その放課後。
 
 これから続くであろうレトルト生活に思いを馳せながら、部室に向かおうと席を立った俺はいきな
りハルヒにネクタイを掴まれ、例の階段の踊り場まで連行された。
 引き摺られながら、ああまた変なことでも閃いたんだろうな、と思ってたんだが、違ったようだ。
 着くなりハルヒはいつもの不機嫌そうな顔でこう言ったのだ。

 
 

「飽きた」

 

 飽きた? いったい何に?
 学校に? SOS団に? 俺たちに? 
 俺だって一週間後にはレトルト生活に飽きる自信はあるぞ。

 

 だが予知能力者でもない限り、主語も述語も無しにいきなりそんな動詞を過去形で言われた
って分かるはずがない。
 すまんハルヒ、とりあえずよく整理してもっと順序だてて言ってくれ。

 

「もう今のあんたとの関係に飽きたのよっ!」

 

 ハルヒとの関係って言われてもな。いつもお前が唐突に思いつき、それに俺が振り回される、
そんな関係のことなのか?
 確かにそろそろなんとかして欲しいとは思っているがな。

 

「話したいときに全然話しかけてくれないし、帰るときにそれとなく誘っても全然気づかないし、
クジを引いても全然ペアにならないしっ!」

 

 喋るうちにが真っ赤になり、しまいにハルヒは涙をポロポロ流しはじめた。

 

 どうしたハルヒ?
 だが俺はそれを見てあせるだけで、こいつがなにを言いたいのかさっぱり分からなかった。

 

「うるさいバカキョン! 全部あんたのせいよ!」
 
 そして俺をキッと睨んで、ハルヒはこう叫んだ。

 

「だからあたしの恋人になりなさいっ!」

 
 

 ――思わずクラッと来たな。
 
 そんなもんで相手に気持ちが伝わるわけないのに一人で空回りして。
 挙句に我慢できなくなって、いきなり呼び出して告白だって?
 
 なんて強引で自己中で情熱的で、そして実にハルヒらしいんだ。
 
 言い終えると、ハルヒは涙ぐんで顔を真っ赤にして息を切らしながらも、真直ぐな瞳で俺を見つめている。
 そして、俺の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
 ここまで言われて黙ってたら、そいつは男じゃないな。今すぐ海外にでも行って手術を受けることをオススメするぞ。

 

「なぁハルヒ」
「…なによ」

 

 窓の外を見ているのは話かけて欲しいようには見えんし、入り口で睨んでるのを一緒に帰ろうと誘ってるとは言わん。
 それにクジ引きは運任せだ、俺のせいじゃない。
 
「う…、それはそうかもしれないけどっ。とにかく返事を聞かせなさいよっ!」

 

 不機嫌だったり泣いたり怒ったり、くるくるとよく表情が変わるヤツだ。
 見てて飽きないなほんとに。
 
 思えばこのくるくるとよく変わる顔を見続けて一年経つのか。
 最初はこいつに振り回されるのが嫌で嫌でしょうがなかったと思う。
 けど何時からだっただろうか、ハルヒが傍にいないと満足できなくなっている俺がいた。
 長門によって改変された世界に飛ばされたときは、こいつを探して走り回ったもんだ。
 いったいこの世界最強暴走女のどこに惹かれたのか、今となっては思い出せないが、それはもうどうでもいいことだ。
 
 やれやれ、バカなヤツだな本当に。
 あの天上天下唯我独占の涼宮ハルヒに、あんな告白させてやっと自分の気持ちに気づくなんてな。

 

 ほんとに大バカだよ、キョンって野郎は。

 

 俺は両手をギュッと握って涙をこらえるハルヒの肩を掴んで抱き寄せ、こいつに負けないくらい真剣に言ってやった。
 
 
「OKに決まってるだろバカ、好きだハルヒ」

 
 

 一瞬の沈黙があって、そしてハルヒは何も言わずに俺の首に腕をまわしてきた。

 

「うっ…このバカキョン…ひっく…」

 

 今まで待たせてしまった分もこめて、俺はさらに強くハルヒを抱きしめた。
 もうこいつの泣いてるところは見たくないからな。

 

 『抱きしめるということ、そこに言葉はなくてもただ抱きしめるだけで想いが伝わる』

 

 というのをどこかで見たことを思い出す。
 その時はなにがいいたいのかさっぱり分からなかったが、今なら分かる。

 
 

「うっ…うっ…ひっく…」

 

 ああ、確かにそのとおりだ。
 ハルヒ抱き返してくれたことで、こいつがどれだけ真剣なのか伝わってくるような気がするよ。
 
「…怖かったの、あんたそんな素振り全然見せないしさ」
「ごめんな」
「我慢して…我慢して…我慢して、それでも我慢していつもどおりにしようしたけど、すぐ限界がきて…」

 

 ハルヒの腕にギュッと力がこもった。
 
「もうあとのことなんて考えてなかったわ。あんたが傍にいない世界なんて考えられないのに…」

 

 がく然としたね。
 こいつがそこまで思いつめていたなんてな。
 なんで気づかなかったんだこのバカキョンは。

 

「でも心配する必要なんてなかったのね。だってキョンはあたしをここまで惚れさせた男だもんねっ」

 

 顔を上げると、ハルヒはキラキラと輝くようなとびっきりの笑顔を見せた。
 その瞬間、俺は自分で顔が急速に熱を帯びていくことが分かった。
 
 ああ、これだよこれ。
 俺はこの笑顔にコロッといってしまったんだ。

 

「そうだな、もう俺はお前にベタ惚れだよ」

 

 もう絶対に離さないからな、クーリングオフなんて余計なお世話なくらい返品する気はない。
 ハルヒの笑顔をみながら、俺は本心からそう思った。

 
 

「さぁとりあえず帰りましょ。いろいろと準備があるから、SOS団は今日は休業よ」

 

 満足したように俺から離れると、ハルヒは俺に指をビシッと向けてこう言った。
 俺はその切り替えの速さに苦笑した。
 さすがにまだ抱きしめたりないとは言えないな。
 
「みんなにはもう伝えてあるんだろうな? 」

 

 一応確認だけはしておこう。
 
「当たり前よっ」

 

 ハルヒはこれでもかと胸を張って答えた。
 まぁそうだろうな。

 

「で、何の準備だ? 」
「なにいってるのよ、今日からあんたの家で暮らす準備に決まってるじゃない」

 

 …はい?
 待てハルヒ、お前今なんて言った。

 

「ご両親と妹ちゃん今日からいないんでしょ? ならあたしが今日から毎日ご飯作ってあげるわよっ」
「なぜそれをお前が知っている、俺はまだ誰にも話してないぞ」

 

 てかさっき告白しあったばかりなんだぞ。
 まずは少しずつ段階を踏んでだな、とりあえずは手をつなぐことから…。

 

「あたしたちは恋人なのよ?一緒にいるのが当たり前じゃないの」
「それはそうだが、なぜいきなりお前が俺の家で暮らすということになるんだ」
「そんなの決まってるじゃない。あたしがそうしたいからよっ」

 

 いや理由になってないぞそれは。
 どこをどうすれば告白からいきなり同棲する展開になるんだ。

 

 しかしハルヒは俺の話も聞かず、来たときと同じように俺のネクタイを掴んでズンズン歩き出した。

 

「うるさい! つべこべ言わずにさっさと行くわよっ!」
「おいこら待てハル…ぐわっ…」

 

「思い出した?」

 

 俺の首筋に顔をうずめながらハルヒが聞いてきた。

 

「ああ」

 

 あの後が大変だったんだよな。
 
 学校を出てその足でハルヒの家に直行。
 着替えや勉強道具やらお風呂セットやら、総勢三つの鞄にまとめられたハルヒの荷物を俺の家に運んだんだ。
 ハルヒが荷物をまとめてる間にこいつのお袋さんに挨拶したんだが、それがまた驚きだった。
 普通年頃の娘が彼氏と同棲したいとか言い出したら反対するもんだろう?
 多分俺だって親の立場ならそう言うと思うし、何度も確認した。
 ところがお袋さんはハルヒ似の笑顔でこう言って、頭を下げたんだ。
 
「ハルヒのあんなに嬉しそうな顔を見るのは本当に久しぶりです。そしてそのあの子が選んだのがあなた。
だから、あなたになら安心してハルヒ預けることができます。あの子を宜しくお願いしますね」

 

 他人の俺には見えない母娘の絆、娘への絶対的な信頼感、とでもいうべきだろうか、それをヒシヒシと感じた。
 そして初対面にも係わらず俺のことも信用してくれている、ということも。俺は黙って頭を下げることしかできなかった。 
 
 
「ハルヒのお袋さんの信頼にしっかり答えないといけないな」
「あんたは今のままでいいのよ、それよりもっ」

 

 ハルヒは顔を離すと俺の両頬をムニッとつかんで、
 
「娘さんを俺にくださいっ、くらい言えなかったのあんた?」

 

 といつもの顔で拗ねたように言った。
 
「そんなことそう簡単に言えるもんかよ」

 

 今はまだ、な。
 俺はハルヒの手を振り解いて起き上がると、窓のカーテンを一気に開けた。
 気持ちのいい朝の光が部屋にふり注ぎ、ハルヒの顔を鮮やか色に染めていく。
 んん、眩しいけど気持ちいいな。
 
「なぁハルヒ」
「なによこのバカキョン」

 

 振り返ってみるとハルヒまだ拗ねていた。
 でも俺は知っている、こいつに似合うのはこんな顔じゃない。
 だから俺は一番似合う顔になってほしくて言った。

 

「高校も大学も卒業して就職してちゃんと一人前になったら、土下座でもなんでもしながら言うさ。だからもうちょっと待っててくれないか?」

 

 ハルヒは拗ねたような顔から、一瞬だけ困惑したような顔になって、

 

「うんっ!」

 

 最後に一番似合う、そして俺が一番大好きなあの笑顔で頷いた。

 
 

 これからもよろしく、ハルヒ。

 
 
 

 おわり