お題「水族館にて」 (137-884)

Last-modified: 2011-01-19 (水) 01:36:31

概要

作品名作者発表日保管日
お題「水族館にて」137-884、865~867、883氏11/01/1711/01/18

お題 (865~867、883氏)

http://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/0003691089.shtml
ラブラブカップル割引
 
今日ラジオで流れてて頭からハルキョンが離れなかった
場所的にもハルキョンのためのイベントとしか思えない

 

ハルヒ「……これって二人で1,600円しか安くならないってこと?ふざけないで欲しいわね……
     なんでたった1,600円のために、こんだけ恥ずかしいマネを人目に晒さなくちゃいけないのよ!!」

 

そういいながらキョンの裾をグイグイ引っ張るハルヒさんだ

 

↑+
・レアなお守りと変なぬいぐるみを巡る、残り一つの魔力についてのやりとり

作品

意識的にしろ無意識にしろ、結果的にハルヒの巻き起こす面倒ごとに付き合わされる様になって
数ヶ月が過ぎ、なんだかんだでこの暴走特急の行動には規則性などという常識的な概念は当て
はまらない事は解ってはいた。
……つもりだったんだけどなぁ。
「ほらキョン! もっとしっかり抱きつきなさい」
大勢のカップルが混雑する中、我等が団長様は今、何故か俺に抱きついていると言うか、逃が
さない様に拘束していると言うべきなのか……。
まあ、あれだ。この意味不明な現状に至った経緯を説明しておこうか。
それは、いつもと変わらぬ疲れるだけの休日が始まると思っていた駅前での事だった。
 
金曜日の放課後、ハルヒが言っていた集合時間の十五分前に到着した俺に
「遅いっ!」
無慈悲な第一声はいつも通りだからスルーすりとして、だ。
「あれ、お前だけか」
待ち合わせ場所である駅前の広場には、まだハルヒの姿しかなかった。
「……ちょっとキョン」
誰が一人が遅れてるとかならともかく、三人共遅れてるってのは珍しいな。
「キョーン」
というか、嫌な予感しかしないんだが。
また何か面倒ごとが起きてるとか、或いは現在進行形で起きようしているんじゃないだろうな。
「……」
一見すれば平和な日常が送られているようにしか見えない人影疎らな駅前を見回しつつ、こう
している間も灰色の世界が拡大を続けているのではないかと思案していると
「……このあたしを無視するとはいい度胸ね……」
視界に広がっていた薄曇りの空が一転し、レンガで敷き詰められた路面で止まる。
不意に首に絡んできたハルヒの腕が、ナチュラルに俺の気道を塞いでいた。
所謂チョークスリーパーか、いや技の名前とかどうてもいいから。
ぎりぎりと音を立てて軋む首を憂いた俺は、早々とタップして降参の意思を伝えた。
降伏を無視して落とされるという可能性も考えてはいたんだが、
「……いい?あたしの話はちゃんと聞きなさい」
ハルヒはあっさりと俺を開放し、俺は数秒振りの酸素にありつく事が出来た。
 酸素ってこんなに美味しかったんだな……。
 人は失って初めてその価値に気づくって言葉を聞いたことがあるが、これがそうなのか。
 大きく息を吸い、止める。肺を満たす大気に対して、軽く感動を覚えていた俺なのだが、
「……」
 このままだと絶対に失う訳にはいかない物まで失う事になりそうなので、一時中断しよう。
 こきこきと首を鳴らしつつ、
「……で、何の話だっけ?」
 じと目で睨んでくる団長さんに聞いてみた。
「まだ何も言ってない!」
 ああ、そうか。
 っていうか、そんなに怒るなよハルヒ。
 スリーパーを決められておいてここまで大らかな精神でいられる俺もどうかと思うが、お前
は少し平常心を維持する努力をした方がいいと思うぞ?
 と、そんな本音を言う危険を冒す理由もない訳で。
「そっか」
 無難な相槌で済ませておく事にした。
 ハルヒはまだ不満そうな顔だったが、
「じゃ、行くわよ」
 そういい残して俺に背を向けると、そのままずんずんと歩き始めた。
 ……って、おい。みんなは? 先に行ってるとかなのか? おい! ハルヒ!
 俺の呼びかけに答える気はないらしい、ハルヒの背中はどんどん小さくなっていく。
 このまま帰ったら……駄目だよな、多分。
 溜息を合図代わりに駆け出し、数秒後。
 ようやく追いついたものの、ハルヒは俺に振り返ろうともせず歩き続けていた。
「……なあ、みんなは? 先に行ってるのか」
 どこに行くのか知らないけどさ。
 足は緩めないまま、首だけ横を向いて投げられる視線。
「あんた、昨日何を聞いてたのよ」
 だからそんなに怒るなよ。
 ……えっと、昨日……って。
 一応思い出す努力はしてみたんだが、
「なんだっけ」
 特に何も無かったと思うぞ。
「今日はみくるちゃん達はお休み。あたしとあんただけよ」
 は?
 一瞬足が止まりかけたが、慌てて追いつきながら考えてみると……。
 待てよ。そういえば、昨日ハルヒは直接俺に集合時間を伝えていたような気がする。
 それと、朝比奈さんとハルヒが休みがどうとかって話をしていた様な気もするし、古泉は無
駄ににやついていたような……。
 今日は朝比奈さんの居ない休日だという悲しい現実は取りあえず保留にしておくとして、だ。
「……で、今日はどこに行くつもりなんだ」
 
 恐る恐る聞いてみた俺に、ハルヒは無言のままハンドバックから一枚の紙を取り出して押し
つけてきた。
 小さく折られたその紙を開いてみると……何だ、これ。
 つるつるとした感触のその紙には、A4サイズいっぱいに何やら広告がカラーで印刷されて
いる。
 青が主体のその紙面に表示されているのは、ここからバスで少しの場所にある水族館だった。
 子供の頃、何度か親に連れて行ってもらった場所だが……。
「ここに行くのか?」
「……」
 まだ不機嫌なのか、無言で前を見たまま頷くハルヒ。
「そっか。ま、たまにはいいんじゃないか」
 正直、こいつにしては無難な思いつきで助かったよ。
 いったいハルヒが水族館で何を見たいのかは知らないが、少なくとも俺が何かしなきゃいけ
ない事態にはならないだろう。仮に何かやらされるにしたって、せいぜいイルカに餌やりぐら
いのはずだ――と、高をくくっていた俺は後に後悔する事になった訳だ。
 ハルヒに手渡された広告の裏面。
 そこにはこんな事が書いてあったのだ。
 ――入園前に“愛”を表現できれば2人分の入園料と記念撮影料金が割引される「ラブラブ
カップルチケット」の販売開始――
 
 
 そして、現在。
 俺は水族館の前に特設されたハート型のスペース、ご丁寧にも「ラブラブ度お披露目シート」
と題された場所でハルヒに本日二度目の関節技をかけられているわけだ。
 この場所で施設の係員に対してラブラブ度……とやらを示す事が出来れば、晴れて入園料は
割引されるという事なのだが、
「あ、あの……」
 ハグというより、抱擁というより、むしろパロスペシャルに近い状態の俺達に対し、係員の
人は困り果てた顔を向けるしか出来ないでいた。
 
 何でこんな状況になっているのかと言えば、始めはハルヒが一方的に抱きついてきてるだけ
だったんだが、俺が抱きつき返さない事に腹を立てた結果だと言うしかないだろう。
 動機といい経緯といい、何故そうなるのかは謎だが。
 本音ではさっさとOKを出して次の客に応対したいんだろうが、流石にここまで施設の趣旨
に反したポーズだと職務上それも出来ないらしい。
「……ちょっとキョン? あんた真面目にやんなさいよ」
 俺の両腕を極めたハルヒの声が、背後から聞こえてきた。
「その言葉、そっくり返していいか」
「あ。あたしは真面目にやってるじゃない!」
 ぐぉっ! ちょ、待て! それ以上はまずい! 腕が外れるか折れる!
 シートの後ろに並ぶ行列と、最早手のつけようがない俺達とを見比べている係員さんの表情
に泣きそうな物が混じる。
 ……ええぃ、仕方ない。
 体と心の限界を前に、
「ハルヒ、一回離れろ」
「え?」
「いいから、離れろ」
 俺の背中に乗せた膝に体重をかけようとしていたハルヒは、意外にあっさりと技を解いた。
 ……全身隈なく痛いんだが、まあ、とりあえず、だ。
 つまらなそうな顔で俺を見て立っているハルヒの手を引き、
「あ」
 俺はその小柄な体を少々乱暴に抱きしめた。
 
 
 疲労感もあって覆いかぶさるようにして抱きついていると、不意に誰かが俺の手に何かを手
渡してくるのが解った。
 薄目で見たその小さな半券には、割引らしき文章が書かれている。
 やれやれ、これで目的達成だな。
 そっと腕を放しても、ハルヒはその場に立ってじっとしているだけで
「……」
 プロレス技のかけすぎなのか、赤い顔をしたままで俺を見つめている。
 ああ、解るぞハルヒ。
 関節技ってのはかけられる側もかける側もしんどいもんな。まあ、俺がそれを理解出来るの
はついさっきお前に技をかけられたからなんだが。
「さ、行こうぜ」
 ――疲れもあって、頭が回らなかったんだろうか。
 俺はハルヒの手を引き、人で溢れる水族館の中へと歩いていった。
 
 
「ハルヒ」
「……なに」
 いや、確かに館内で大声はまずいんだろうが。そんな小声で言わなくてもいいと思うぞ。
 他の客を追うようにして、順路と書かれた矢印にそって歩いていく途中、
「何か見たい動物とか居るのか」
 俺は隣を歩くハルヒにそう聞いていた。
「キョンは、何か見たい?」
 いや、別に。
「何度か来たことあるし、お前の好きな所でいいぞ」
 正直な所、今は魚介類を見るよりも食べたい気分だ。
「そ、そう? じゃあ……ここなんだけど」
 ちょうど通りかかった案内看板に書かれていたのは、シャチのコーナーだった。
 えっと、確かあれは……。
「こっちだ」
 曖昧な地図とうろ覚えな記憶を頼りに歩き始めた時、俺はまだハルヒと手を繋いだままでい
る事に気が付いたんだが。
「……」
 まあ、いいか。
 ハルヒは妙に楽しそうだったので、そのままにする事にした。
 
 
 巨大なガラスの向こう側で緩々と泳ぐ……というか、流れていく巨体。
 どうやらシャチは今睡眠中の様だ。
 一見すれば楽しいんだが、やはり入園料を支払った以上は活発な魚の姿を見たいと思うもの
なのか、シャチのブースには殆ど客の姿は無かった。
「こいつ、水中で寝てて溺れないのかな」
「……あんた、空気中で寝てて溺れる?」
 ああ、凄い納得した。
 ゆるゆると視界の中を通り過ぎていくシャチを眺めている俺とは違い、ハルヒはシャチの居
る水槽ではなく、このブースの中を見回して……あ。
「トイレなら、そこの柱の向こうに」
「違う! ……ねえキョン、ここに売店があるはずなんだけど知らない?」
 売店?
「そう」
 いや、そんなのは無かったと思うが……。
 ハルヒは俺の返答に顔を曇らせると、繋いでいた手を離して近くに置いてあったパンフレッ
トを広げ始めた。
 水族館に来て売店……ねぇ。
 ま、ハルヒが「イルカのショーが見たい!」何て普通な理由でここに来たって言われた方が
驚くけどさ。
 真剣な顔でパンフレットを見ているハルヒを気にしつつ、それとなく見回して見ると――あ。
「ハルヒ」
「あったの?!」
 いや、どうみても売店じゃないけど。
「探してるのってあれか?」
 俺は階段の下に隠れるようにして設置されていた、自動販売機を指差した。
 ジュースや食べ物ではなさそうだが……なんだ、あれ。
 特注らしく見た事の無い規格の自動販売機は良く言えば年代物で、一応は稼動中らしく電源
は入っているらしい。
 近くまで行ってみると、パネルには多分シャチなのであろうぬいぐるみの絵や、水族館の名
前が入ったペナント、置物、お守り等が並んでいたのだが……。
「ボタンが一つしかないな」
 大量の景品らしき絵に対してボタンは一つだけ、値段は300円。
 景品はランダムという事なんだろうか。
「ねえキョン、あんたいくら持ってる?」
「……おい、まさか」
 これをやるつもりなのか?
 そう聞く前に、ハルヒは既に硬貨を販売機の中へ投入していて――ガシャン。
 館内に響く音を立てて、景品は天地無用とばかりの勢いで排出された。
 ちなみに、取り出し口にあったのは……まりも? の様な何かだった。少なくとも、さっき
見たパネルにこんな景品は無かった気がするんだが。
 ハルヒはまりも(仮)には興味を示さず、取り出し口から出そうともせず次の硬貨を入れ始
めている。
 なあハルヒ、これを見る限りそんないい物は入ってないと思――ガシャン。
 ふむ、またまりもだな。
 まりもの様な何かには、何の意味があるのか名前の書かれたシールが貼ってあった。一つ目
はタケシ、二つ目もタケシ。
 視界の端で、眉毛を吊り上げたハルヒの手が再び財布へを伸びていく。
 やれやれ……俺は俺で取り出し口を開放するべく、まりもの撤去に取り掛かった。
 
 
 
 ――戦果報告。
 まりも4個とペナント一つ。シャチをイメージしたのだと思われるぬいぐるみと、家業安全
と書かれた趣旨不明なお守り3つ。以上。
 ハルヒの財布は言うまでも無く、俺の財布に在籍していた小銭も総動員した結果がこれだ。
 この自販機が目立たない場所に置いてある理由が解る気がするぜ。
「……」
 まるで親の敵でも見るような目で、ハルヒは景品の山を睨んでいる。
「で、結局お前は何が欲しかったんだ?」
 そろそろ教えてくれてもいいだろ。
 俺も少しだけど資産を投資したんだしさ。
「……SOS団のホームページに、この水族館のシャチのコーナーに、不思議な売店があるっ
てメールが届いてたのよ」
 ほう。
「男女二人でその売店で買い物をすると面白い事が起きるって……はぁ……なんでこんな馬鹿
みたいな話を信じちゃったのかしら」
 ああ、そうだな。
 人前で羞恥プレイをさせられた上に散在までした代償がこれじゃ、いくらなんでも割りに合
わない。
「これ、どうするんだ」
 部室にでも飾るか?
 微妙すぎる景品の山を前に、ハルヒは首を横に振り
「あんたの好きにすれば」
 やはりというか興味は無いらしい。
 俺の好きにしろって言われてもなぁ……。
 親切のつもりなのか、自販機の横には「不要な景品はこちらへお入れ下さい」と書かれたボ
ックスがあったので、とりあえずまりもを三つ投入した。続いてペナントを入れ……ふむ。
 最後に残ったシャチのぬいぐるみだけは、何となく捨てる気にならなかった。
 特に可愛くも精密な作りでもなく、目を引くような点は一つも無いんだが……。
「あ、それだけはちょっといいわね」
 じっと見ていたせいか、ハルヒも気になってきたらしい。
 なら持っていくか?
「いいの?」
 ああ。ちょっと気になっただけだし
「俺はこっちにする」
 ただ単にぬいぐるみの下になっていたという理由で残っていたまりもの置物を、俺は手に取
った。
「じゃあ貰っていくね」
 そう言ってハルヒは、シャチらしいぬいぐるみを受け取ると、それをハンドバックの中へと
入れた。
 ――その時、たまたまぬいぐるみについていたタグが目に止まり、そこに「キョン」と書か
れているのに気づいたんだが……。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
 指摘するのもどうかと思い、俺は何も言わない事にした。
 どうせただの偶然だろ。
 ――そう思いながらポケットへとしまったマリモの置物の底に、ハルヒと名前が書かれてい
た事に、俺は気づかなかった。