かぼちゃの日 (100-942)

Last-modified: 2008-10-31 (金) 23:58:40

概要

作品名作者発表日保管日
かぼちゃの日100-942氏08/10/3108/10/31

作品

 何が楽しいんだかさっぱりわからんが、朝からヤケに上機嫌な雰囲気を振りまいているハルヒは、放課後になると俺に「先に行ってて!」と告げるや否やどこかに駆けていってしまった。これはもう疑うまでもなく何かを思いついた時のハルヒであり、俺はいったい部室で何が待ち受けているのだろうかと不安になる。だいたいハルヒが何かを思いついてろくな目に遭った試しがないのだからそれも当然なのだが、やれやれ、今回はあまり突飛な思いつきじゃないといいんだがな。
 
 部室には朝比奈さんと長門だけがいた。
「あ、キョンくんこんにちは」
 すでにメイド姿に着替えている朝比奈さんがにっこり微笑んで挨拶をしてくれた。やはり1日1度はそのお姿を拝見しないと学校に来た気がしない。古泉の姿が見えないが、そのうち来るのだろう。あいつがいなくても俺はちっとも困らないので、どこに行ったのかなんてわざわざ聞きもしなかった。
 早速朝比奈さんが手ずから淹れてくださったお茶を啜りつつ、することがないので室内を見回す。長門は相変わらず部室の付属品のように窓際でページを繰る以外は微動だにしない。長門がいつもの長門であると言うことはおそらく異常事態が起こっていないということだから、今日のハルヒの企みもたいしたことはないのかもしれないな。
 朝比奈さんに目を戻すと、長門にもお茶を配膳し終わり、自分の分をもってパイプ椅子にちょこんと座っている。メイド姿でちまちまとお茶を啜りながら時折首をかしげるのは、お茶の味に納得がいっていないのだろうか。そんな仕草がいちいち可愛らしいこの先輩は、湯飲みを長机に置くとふと俺を見た。
「今日は涼宮さんはどうしたんですか?」
「なんだか知らないけど、HRが終わると同時にどこかに走り去ってしまいましたよ。また何か変なことを企んでいないと……」
 最後まで言えなかったのは、そのときドアが破られ、いや違った、ドアが凄い勢いで開かれたからだ。
「やっほー! 待たせたわねー!」
「遅くなりました。申し訳ありません」
 団長と副団長が揃って現れた……って、古泉、なんだそれは。
「見てわかんないの。カボチャよ、カボチャ!」
 古泉に聞いたってのに答えたのはハルヒだった。
「そりゃ解るが、そんな非常識にでかいカボチャをどうするつもりなんだ」
 俺の問いに対し、ハルヒはいったい何がそんなに得意なのか理解しかねるほど得意げな顔で言ってのける。
「あんた明日が何の日か忘れたの?」
 明日? 10月最後だな。で、輸入されたのが結構前の割にはいまいち浸透していない西洋文化の祭りの日でもあるわけだ。なるほど、それでカボチャか。
「そうよ、ハロウィンよ! 明日はパーティやるから、キョン、ジャック・オ・ランタンを作るわよ!」
 なんだって?
「えと、じゃっく……なんですか?」
 ドアが開いて以来目を丸くしっぱなしの朝比奈さんが、ようやく口を開いた。
「だから、ジャック・オ・ランタンよ。お化けカボチャの提灯みたいなヤツ。見たことないの?」
 確かに最近は買い物に行くと、店先なんかにオレンジのカボチャのオブジェが並んでいることがある。そう、あのカボチャはオレンジなんだよな。
 朝比奈さんがまだ首をかしげているのは、見たことがないからというわけではないんじゃないか。
「なあハルヒ」
「なに?」
 どこまでも上機嫌なハルヒは満面の笑みで答える。
「あのカボチャはオレンジの特殊なヤツじゃないのか? それは馬鹿でかいだけで普通のカボチャに見えるんだが」
「そうよ。これは普通に食べられるカボチャよ。だって、あのランタン用のカボチャじゃ中身がまずくて食べられないって言うじゃない。もったいないわよ!」
「……俺は自分で料理するわけじゃないが、そんなでかいカボチャがあるもんなのか」
 そう、確かに店で見かける濃い緑色をした普通のカボチャなのだが、しかし大きさだけは見たことがないほど非常識なのだ。
 ハルヒは答える代わりに古泉を振り返った。やっぱり調達してきたのはお前か。
「多丸圭一さんを覚えていらっしゃいますか」
「そりゃ覚えてるさ」
 夏、冬の合宿でお世話になったからな。どっちも死体役だったが。それに、あの2月の事件の時……。俺はチラリと朝比奈さんを見て、また古泉に視線を戻した。
「多丸さんがバイオ企業の関係者だと言うことはもしかしたらお忘れかもしれませんが」
 言われてみればそういう触れ込みだったな。その割に警察官の格好してパトカーを乗り回したりといまいち謎なのだが、古泉の所属する『機関』に対してそんなことをいちいち問いただしても無駄だろう。
「そこの研究所で穫れたものを分けて頂いたんです」
「研究所?」
 俺は眉をひそめた。遺伝子とかのことなんざさっぱり解らないが、遺伝子組み換え野菜なんかが問題視されていることくらいは知っている。
 俺の表情を読んだ古泉はその笑顔を僅かに増して説明する。
「ご心配なく。これは遺伝子組み換えなどではなく、倍数体の研究らしいですから」
 何だそのバイスウタイってのは、と聞くのはやめておいた。それが遺伝子組み換えと違ってどう安全なのかもさっぱりわからんが、どうせ聞いても解るわけがない。
「とにかく、そのでっかいカボチャでお化け提灯を作るってことか」
「ジャック・オ・ランタンよ。これからお祭りだって言うのに、名称も正式に言えないんじゃ興ざめじゃないの」
 お前が最初に言ったんじゃねえか。ジャック・オ・ランタンでもジャック・スパロウでも何でもいいが、とにかく誰が作るんだ?
「あら、あたしがやるわよ! なんだか面白そうじゃないの」
 そりゃ良かった。雑用だと押しつけられるとばかり思ってたからな。もっとも、短気なハルヒがどこまで作ってくれるのかはいまいち期待できない。「飽きたわ」なんて言いつつ俺に要りもしないお鉢を回しやがるんだろうな、と半ばあきらめの境地になるのは、ここ1年半の学習成果ってことだ。いまいち嬉しくない成果だが。
 それにしても、予想より早くハルヒはさじを投げやがった。
 
「何よこれ! 全然歯が立たないじゃない!」
 パソコンをいじって、どこからかそのお化けカボチャの作り方を調べてきたハルヒは、早速古泉が用意していたらしいナイフを使って何とかヘタの部分をくりぬこうとしていたのだが、その時点ですでに機嫌が悪くなり始めている。俺はハルヒが調べていたページを覗き込んだ。なるほど、そのジャック・オ・ランタンの作り方が書いてある。書いてある、のだが。
「おい、ハルヒ」
「なによ」
 眉間に皺をよせながらカボチャと格闘しているハルヒは、顔も上げずに返事をした。
「この細工用のカボチャはかなり柔らかいみたいだぞ。やっぱりこの種類じゃないと加工は難しいんじゃないのか」
 俺の指摘にハルヒはあからさまに不機嫌になった。目の端に古泉の引きつった笑いが写ったが、無視しておこう。
「うるさいわね! だからせっかくのカボチャなのに、食べられないなんて悔しいじゃないの!」
 なんで悔しいのかさっぱりわからんが、お前はそんなにカボチャが好きなのか。
 しかし、器用で何でもそつなくこなすハルヒにしては、相当苦戦しているようだな。ナイフを持つ手が危なっかしく見える。あれじゃそのうち怪我をしかねないじゃないか。
「おい、貸してみろよ」
 思わず声をかけてしまった。
「いいわよ、自分でできるわよ!」
 まったく、いつもだったら「雑用係なんだから」なんて言いながら俺に押しつけてくるくせに、なにをムキになってるんだよ。
「いいから貸せって。怪我でもされたらかなわんからな」
「どういう意味よ、それ?」
「何でもねーよ! いいからこういうことは雑用に任せておけばいいだろ」
 ハルヒはしばし逡巡していたようだが、やがて俺をじろりと睨んで言った。
「ふーん、じゃあ、たまにはあんたに任せてみようかしらね」
 たまには、って、普段は俺に色々させてばかりだろうが。
 
 しかし、思わず奪ってしまったはいいが、これは相当大変だ。細身のナイフなので突き刺すことは可能だが、刃を動かすことがほとんど出来ない。
 仕方がないので、少しずつずらして突き刺していくという方法に変え、ようやくカボチャのヘタを外すことが出来た。これだけで30分以上かかってる。これからこの馬鹿でかいカボチャの中身をくりぬかなければならないわけで、本当に今日中に終わるのか? 誰か火を通してくれないか、柔らかくなるだろうから。
 とりあえずスプーンを使って種の部分を全部かきだし、身の部分に取りかかる。固いのでスプーンなんか使ってられず、ナイフでこそぎ落としては少しずつ出すって作業を地道に続けるしかなかった。
 
 無心に作業をしていたのだろう、長門が本をとじる音がしてハッと気が付いた。なんだよ、もう下校時間か。
 手元のカボチャは半分ほどしかくりぬけていない。全部やるのに後2時間くらいかかりそうだ。
「あら、もうそんな時間? 仕方ないわね、キョン、残りは明日やる?」
「明日やってたらまた同じくらいの時間になるだろ。こうなったら意地でも今日中に仕上げてやる」
 なにを自ら居残り志願してるのかとも思うのだが、こういう作業を始めると結構終わらせないと気が済まないってのもある。
「へえ、あんたにしちゃいい心がけじゃない」
 ハルヒはニヤリと笑うと、
「じゃあ、みんなは先に帰っていいわよ! キョンはできあがるまで居残りだからね!」
 と宣言した。だからお前に命令されるまでもないって言うんだ。
 文句は飲み込んで再び作業に戻ろうとしたところで、朝比奈さんがおずおずと声をかけてきた。
「あの、キョンくん……。着替えたいんですけど……」
 すみません、うっかりしてました! けっして忘れたふりとかそんなんじゃないですので!
「どーかしらね」
 ってなんだよそれは、ハルヒ。
 
 朝比奈さんの着替えを待って、再び作業に取りかかる。ひたすら同じことの繰り返しだが、ずいぶん手慣れてきたので思ったより早く終わりそうだ。
 少し疲れて手を休めたとき、「ちゃんとサボらずにやるか見てないと!」なんて言ってわざわざ一緒に居残っているハルヒがじっと俺の作業を見つめていたことに気が付いた。目が合う。
「……あんたって、意外と器用だったのね」
「意外と、は余計だ」
 そりゃあれだけ色々やらされりゃ多少は小器用になるってもんだぜ。
「で、何か他に言いたいことでもあるのか?」
「え? なんで?」
「いや、こんな単純作業見てたって面白くないだろ。退屈してるんじゃないかと思ってな」
「ううん、あたしはキョンを見てたら退屈なんかしないわよ」
 は?
「って、違う、その、うん、できあがってる工程を見るのが面白いってだけ! 別にキョンを見てたんじゃないんだからねっ!」
「そ、そうなのか?」
「そうよっ!」
 うん、深くは追求しないほうがよさそうだ。何より俺の心臓のためにも。
 しかし作業に戻った俺を相変わらずハルヒは見つめて来て、非常に作業しづらい。
「おい、あんまりじろじろ見るな」
「み、見てないわよ!」
 見てるじゃねーか。なんでハルヒの視線がこんなに気になるんだろうね。
 
「よし、終わった!」
 それからどれくらい時間が経ったのだろう。ようやくカボチャの中身をくりぬき終わり、いざ顔の部分を切り取ろうと思ったら、「そこはあたしがやるわよ!」とさっさとカボチャを俺の手から取り上げたのだが、まあいいさ。
 さすがに身も薄くなっているので、ハルヒが顔をくり抜くのはそんなに苦労していないようだ。やれやれ、オイシイとこを持って行くヤツだな。
「そういや、くり抜いた中身はどうするんだ?」
「持って帰るわよ。ちゃんと食べられるのに捨てるなんてもったいないじゃないの」
 確かにこれだけのカボチャを捨てると、バチでもあたりそうだな。だからと言って、うちに持って帰ったら逆に母親に叱られそうでもある。ここは素直にハルヒに任せておこう。晩飯のおかずにでもするのかもしれない。
「せっかくだから、試しに火を点けてみようかしら」
 古泉は最初からろうそくも用意していたらしい。校内火気厳禁、なんてことは普段朝比奈さんが淹れてくださるお茶の時点でとっくに破られており、そうでなくてもはじめから気にするハルヒではない。
 カボチャの中にろうそくをセットし、着火用によく使われるライターで火を点ける。
「キョン、電気消しなさい」
 明かりが消えた部室内で、お化けカボチャが浮き上がった。
「ふふ」
「なんだよ」
「いい出来じゃないの。さすがあたしだわ」
「おい、作ったのは俺だ」
「この顔をくりぬいたのはあたしでしょ。デザインがいいのよ」
「抜かせ」
 そう言いながらも、柔らかなろうそくの火に照らされたハルヒの横顔からなぜか目がそらせなかった。
 
 ――――翌日。
 だいたいいつもと変わらない時間に教室のドアをくぐったのだが、珍しく窓際最後部にハルヒの姿は見えなかった。はて、今日のようにイベントのある日なら、あいつはきっと病原菌なんかに負けることなんかあり得ないだろうと首をかしげてると、後ろから聞き慣れてしまった声が聞こえてきた。
「あんた何そんなとこで突っ立ってるのよ」
「よう」
 振り返って声をかけてから、並んで席へと向かう。
「いつもお前の方が早いのに、来てないのは珍しいと思ってな」
「色々荷物があったから、部室に寄って置いてきたのよ」
「なるほど、そりゃ放課後が楽しみだ。まさかまた鍋とか言い出すんじゃないだろうな」
「何言ってるのよ、それはクリスマスでしょ。それに午後まで授業があるんだから、今回は食事がメインじゃないわよ」
 なんでこいつの中ではクリスマス=鍋なんて方程式ができあがってるだろうな。
「まあ、楽しみにしておくさ」
「そうよ! 楽しみにしていなさい!」
 そういうハルヒは思わず視線をそらしたくなるような笑顔だった。
 
 放課後、靴に羽が生えたんだろうという勢いで駆けていってしまったハルヒの後を追って部室に到着、いつも通りにノックすると、「あ、ちょ、ちょっと待ってくださあい」との朝比奈ボイスが聞こえてきたので、そこで待機をすると、程なく古泉が現れた。
「おや、着替え中ですか」
 ドアにもたれている俺を見てそう合点すると、そのまま俺に並んで壁にもたれかかる。
「昨日はお疲れ様でした」
「まったく、本気で疲れたぜ。来年があるなら、頼むからそれ用のカボチャを用意しておいてくれ」
「そのようにしましょう」
「お待たせしましたぁ」
 ようやくドアを開けてくれた年下にしか見えない先輩は、いつものメイド服ではなかった。いつぞや長門が被っていたようなとんがり帽子を被っているが、服装は大きく違う。黒を基調として、所々にオレンジを配色した派手な色遣いはハロウィンそのもので、少し中世的なイメージが残る割にやたらとひらひらした短いスカート、そして手にはやはり以前長門が持っていたはずの「スターリングインフェルノ」を持っている。
 どうやら今日のコスプレは魔女っ娘らしい。うん、激似合ってる。完璧な魔女っ娘だ。きっとあのスターリングなんちゃらをひとふりすれば、誰でも魔法にかかってしまうに違いない。某魔法学校なんかに行かなくてもきっと大丈夫……なはずだ。
 俺の不躾な視線に少し頬を染めて、
「あの、おかしいですか?」
 なんて上目使いで言ってくれるなんて、いやもう魔法なんかかけなくても魔法にかかった気分だ。
「とてもお似合いですよ」
 おい、古泉、横から出しゃばってくるんじゃない。それは俺が言おうとしたセリフだ、勝手に取るな。
「こらあ、いつまで入り口でくっちゃべってるのよ! 忙しいんだから早く入りなさい!」
 少し眉をつり上げつつも上機嫌な表情のハルヒが大声を出す。そのハルヒはすでにパーティをする気満々のようで、長机の上には菓子やら飲み物が大量に並べられていた。これを今朝わざわざ持ってきていたのか。
 その真ん中には、昨日の俺の苦心の作である、なぜか濃い緑色の「ジャック・オ・ランタン」が据え置かれ、その脇には一際でかい菓子、どうもカボチャのパイらしいが、それが並んでいる。
「これ、お前が作ったのか」
 前日、くりぬいたカボチャの中身をわざわざ持って帰ったのを思い出して訊いてみた。晩飯じゃなかったのか。
「そうよ。ちゃんと食べられるのに捨てるなんてもったいないって言ったでしょ」
 そう言って偉そうに胸を張ると、
「じゃあ、さっさと始めるわよ! 暗くなったら本物のお化けを探しに行くんだから! ハロウィンなんだからその辺をうろうろしているに違いないわ!」
 ハルヒのセリフに朝比奈さんが「ひええ?」と小さく悲鳴を漏らした。その辺をうろうろしているとしたら、そりゃお化けに仮装したどっかの子供だろうと思うのだが、上機嫌のハルヒにそんなツッコミを入れるほど野暮なことはしないさ。
「キョン、あんたそのパンプキン・パイ切ってよ。5人なんだからちゃんときっちり5等分にするのよ!」
「無茶言うな。奇数に均等に切り分けるなんて芸当が出来るわけないだろ!」
 分度器持ってきて線でも引けと言うのだろうか。だいたい、ケーキやパイの切り分けなんざやったことがないのだが、なんだか崩れそうでどう切ればいいのかさっぱりわからん。
 思案している俺にイライラしたのだろう、ハルヒがいきなりナイフに手を出してきた。
「おい、いきなり手を出すなよ、危ねえ!」
「うるさい、いつまで考えこんでるのよ、さっさと切りなさい!」
 そう言いながらナイフを持つ俺の手を捕まえる。だから危ないって言ってるだろうが!
「もういいわよ、あたしがやるから!」
 だからってそうやって俺の手を上から握ったら、上手くナイフが渡せないだろうが。
「いいから一回離せって」
 などともめているうちに、ハルヒがいきなり俺の手を掴んだままグイっとパイにナイフを入れやがった。どこまでも短気なヤツだ。
 そのとき。
 
 カシャ。
 
 なにやら機械的な音がして顔を上げると、長門がなぜかデジカメを構えていた。朝比奈さんはどういうわけか頬を赤らめて俺たちを凝視しており、古泉はいつものスマイルを爽やかというよりはどっちかというと嫌味にも見えるものに変化させている。なんだ、ニヤニヤしやがって。それと長門、何いきなり写真を撮ってるんだ?
「……新郎新婦、ケーキ入刀」
 …………はい?
 
「ちょ、ちょちょちょっと有希、何言ってんのよ、誰が新郎で誰が新婦ですって? そ、そのカメラ貸しなさい!」
 ハルヒが顔を真っ赤にしながら長門に詰め寄り、長門は意外にあっさりとカメラを渡した。ハルヒは相変わらず真っ赤な顔のままそこに写る画像を確認している。いいぞ、そのまま削除しちまってくれ。単なる偶然とはいえ、そんな誤解されかねない写真が残るなんて冗談じゃないからな。どうせそんなシチュエーションなら、朝比奈さんの方がいいに決まってる。
 
 
 てっきり削除されていたと思っていた写真がしっかり残っていたどころか、プリントアウトされて部室内の掲示板に貼られていることに気づいたのは、その3日後のことだった。
「おい、なんでこれ消してないんだよ!」
「い、いいでしょ、別に! せっかくあたしが作ったパイを切る瞬間なんだから!」
 いや、確かにあのパイは旨かったが、だからと言ってそこまで思い入れがあるもんなのか。
 それよりこのこっぱずかしいシーンを掲示するのはやめてもらいたいんだが。
「な、なによキョン、あたしとその……あたしとじゃ、恥ずかしいって言うの?」
 突然小声になったかと思うと、頬を染めてぷいっと顔をそらしながらそんなことを呟いた。おい、なんでいきなりそんな弱気なんだよ。
「ああもう、わかった、好きにしろ」
 別にまあ恥ずかしいけど悪くないとか思ったわけではない。珍しく気弱な表情をするハルヒに調子狂わされただけだ。
 どうせなら、もっとハルヒが笑っている方がいい写真だったのにな、とか全然思ってない。
 それより、一瞬白いドレスを着て微笑むハルヒと一緒にナイフを握るシーンを想像してしまった俺の頭を誰か代わりに撃ち抜いてくれないか。
 
 
  おしまい。

イラスト

 
100-942 haruhi_halloween.png