そうしたいから (144-984)

Last-modified: 2011-08-01 (月) 02:32:56

概要

作品名作者発表日保管日
『そうしたいから』144-830、984氏11/07/2911/07/31

お題

キョンになにか作業させるで
曖昧かな

作品

 今月の月間予定表によると、明日は入学式となっている。つまり……俺が北高に入学して、
早くも一年が経過しようとしてるって事か。
 ……もし、漫然とした思いで中学を卒業し、通学路の高低さに辟易しながら入学式を向かえ
たあの日の自分に、今の俺の現状を伝える事が出来たなら……果たして、俺は北高に入学して
いたのだろうか?
 ま、今の俺が置かれている現状を言葉で伝えた所で、理解してもらえるとは思えない……と
いうか、正気を疑われる可能性の方が高いよな……。
 予備知識無しの高校生に「お前はこれから宇宙人、未来人、超能力者と知り合いになり、さ
らにそれ以上の問題児に振り回されることになる」なんて言った所で、警察か精神科を案内す
るしか思いつかないだろう。
 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は立ち上がり延々と続く低所での単純労働に悲鳴を
上げていた腰を伸ばした。
 現在時、二十三時半を少し回った所――日時は四月五日。あと十時間程で入学式が始まるそ
の時間に、俺はSOS団の部室に居た。
 部室に居るのは俺だけで、普段と違うのはもう一点。部室にあった机や椅子は壁際に移動し
てあり、中央に広がったスペースにしかれた新聞紙、そしてその上に広げられた巨大な垂れ幕
と書道道具がある事だ。
 一見すると文化祭前日っぽくも見えなくもないこの光景なのだが、さっきも言った通り明日
は入学式だ。もうすぐ今日になるが。
 当然、そんな日に校舎に残っている生徒など俺以外に居るはずもなく、窓の外には光一つ見
えず校舎内は静まり返っている。
 さて、そろそろ俺が何故こんな時間にこんな場所に居て、部室に垂れ幕なんぞがあるのか説
明しておこうか。
 説明した所で何一つ解決などしないのは解ってはいるが、何もしないでただ休憩していたら
寝てしまいそうなんだ。悪いがとりあえず聞いてくれ。
 ――それは、春休みを終えて久しぶりに学校に来た今日の放課後の事だった。
 
 
 『そうしたいから』
 
 
 下級生を迎える上級生の仕事、というか教師が肉体労働から逃れる為の詭弁。
 本来であれば春休みの最終日だったその日、入学式の準備の為に急遽春休みを一日削られた
理由は、まあそんな所なのだろう。
 前日の深夜に緊急連絡網で回ってきたその内容は、一言で言えば不満だった。
 数時間前「キョンくん、また明日」と可愛らしい笑顔で手を振っていた朝比奈さんも不満と
思ってくれていたら嬉しいし「高校一年生最後の日」という、どことなく不吉な名前のイベン
トを計画していたハルヒも不満だろうし、完全にとばっちりでアルバイトが忙しくなりそうな
古泉も多分不満だろう。
 でもまあ、仕方ない。所詮は生徒は教師に逆らえないように出来ているのだ。
 国木田から回ってきた話によれば午前中だけで終わるらしいし、野良犬に噛まれたと思って
諦めよう。そう、安易に考えていた俺なのだが――
「遅いっ!」
 放課後、といっても予定通り午前中で作業が終わったので殆ど正午に近い時間に部室を訪れ
た時、そこはなんていうか――華やかだったとでも言えばいいのだろうか。
 まず最初に目に入ったのは「ようこそSOS団へ!」と書かれた看板。
 次に目に入ったのはクリスマスの時の如く盛大に飾り付けられた部室内。
 どこからか借りてきたらしいプリンター、そしてその隣に山積みにされたチラシ。
 あとついでに、いつもの席で笑いながら俺を睨むハルヒ。
 視界に入った状況に対し、俺が連想したのは
「……新入生の勧誘か」
 そう呟きつつ、俺は渋々部室の中に入ってドアを閉めた。
「そう! キョン、あんたにしては鋭いじゃない」
 そりゃどうも。
 まあ、本当は何も見なかった事にして帰ろうかとも思ったんだけどな……。上級生だから呼
ばれなかったのか、部室の中に朝比奈さんの姿はみえなかったし。
 ここに居たのが古泉とハルヒだけなら割と本気で帰ったのかもしれんが、長門もそこに居た
以上、俺だけ帰るってのも忍びない。
 いつもの席に座った俺を見て、ハルヒは聞かれてもいないのに語り始めた。
「昨日、入学式の準備をするって連絡が来た時に気が付いたのよ。これは我がSOS団に新入
部員を勧誘するチャンスだって」
 そうかい。
 何でもいいが、校長に営業妨害だって被害届けを出されない様にしろよ。
「何で? 魅力的な部活を紹介するだけじゃない、北高として喜ぶ事はあっても、困ることな
んて一つもないわ」
 どうやら本気でそう言っているらしいハルヒは、初めて朝比奈さんと一緒にビラ配りをした
時、自分が何故拘束されたのか理解していないようだ。
 ハルヒに見つからないように例のバニー服を何処かに隠しておかないとな――等と考えつつ、
ハルヒの指示する雑用に応えさせられる事、数時間。
 夕方に差し掛かった部室に、小さなノックの音が響いた後
「遅くなりました~」
 どうしようもなく疲れきっていた俺の前に、両手に荷物を持った天使が現れた。
 しかも、今日が休日のせいか私服姿。
「みくるちゃん遅い!」
「す、すみません」
 いつも部室ではハルヒの指定するコスプレ衣装を身に着けさせられているせいか、こうして
私服姿を見るのは何となく新鮮だ。希少価値がある。
「はい、どうぞ。差し入れです」
 どうもすみません。
 朝比奈さんが手渡してくれたのは、いつもの様に彼女自らが淹れてくれたお茶ではなく、ど
こにでも売っているペットボトルのお茶だったのだが、手渡してくれた相手が銀河系でここに
しか存在しない朝比奈さんなので何の問題も無いのである。
 早速、冷たいお茶に心も身体も癒されていると
「あの、涼宮さん。頼まれた物を持ってきたんですけど、これは……」
「あ、それ? そうね……キョンに渡して」
「解りました~」
 机の上に置かれた長方形のカラフルな色をした鞄、朝比奈さんの私物らしいこれは……もし
かして?
「一応中身は確認してきたんですけど、足りない物があったら言ってね」
 パチンというボタンの外れる音の後、朝比奈さんにしてはてきぱきとした動作で机の上に広
げられていったそれは、年に一度くらいしかお目にかからない文房具、書道用具だった。
 俺が持ってるのよりずっと本格的で、予備の筆や何に使うのか解らない小物まで揃っている。
 ああ、そういえば朝比奈は以前書道部だったっけ……って、待て。
「おいハルヒ、これを何に使うんだ」
 それと、何故俺に渡す。
「きまってるでしょ? 筆を使うんだから当然書くのよ、他に筆の用途ってある?」
 知らん、というか俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「勧誘のチラシはプリンターで準備してるんだろ?」
 その為のプリンターだろうが。
「違うわよ、筆を使うのはこっち」
 そう言ってハルヒが指し示したのは、壁際に置かれた白い絨毯の様な布の塊だった。
 壁際の床に直接置いてあるから気づかなかったが、部室の横幅の半分ほどを占めるそれは、
かなりの重量感と存在感を示している。
 で、何だそれ。
「見て解らないの?」
「……部室に絨毯でも敷き詰める気になったのか」
 それにしては薄い生地の様な気もするが。
「違う! ふふ~ん、いい? これはね~……じゃじゃーん!」
 幼稚な掛け声と同時にハルヒが手に取ったのは、当然ながら謎の絨毯ではなかった。ハルヒ
が手に取ったのは、黙々とノートパソコンで作業を続ける長門の手元にあったA4紙で、そこ
に書かれていたのは……『ようこそ! SOS団のある北高へ!』縦書きでそう書いてあった。
 一行だけのその文字には方眼紙の様な線が薄く引かれており、その横には縮尺の比率と思し
き数字が記入されてある。
 見れば垂れ幕の横には小さなダンボールがあり、そこには墨汁と印字されていた。おまけに、
修正液まで準備してある。
 ……おい、まさか。
 準備された資材の意味に気づいて顔を引き攣らせる俺に、ハルヒは無意味なまでに輝く笑顔
を向けていた。
 
 
 計画を立てるだけなら簡単だが、実際に行動に移すとなると話しは別。
 見本を参考に字というより絵を書く様な感じで垂れ幕に文字を描き、乾いた部分を巻いて次
を書く、その単純な作業を数回繰り返すまでも無く、
「じゃあキョン、あとよろしくね? 明日の朝までに完成させて、屋上から吊るしておいてく
れればいいから」
 一文字目の一画目で飽きやがったハルヒは軽々とそう言い残し、部室を後にした……朝比奈
さん、長門、おまけに古泉まで連れてな!
 今からでも遅くないから「高校一年生最後の日」とやらを実行するとか何とか言ってたが、
垂れ幕作成に部室に残されるのと、果たしてどっちがより幸せだったのかは今もって尚判断が
つかない。
 ――申し訳なさそうな顔でおずおず部室を去っていく朝比奈さんには笑顔を作って手を振り、
無言のまま視線を送る長門には気にするなと首を振り、会釈を送る古泉は気づかない振りをし
たのは言うまでも無い。
 そして現在、もうすぐ時刻は午前零時を迎えようとしている。
 作業は……まあ、何とか朝までには終わりそうな感じだな。多分。
 とりあえず休憩しよう、ついさっきしたばっかりの気もするが。
 疲れ切った身体を起こし、俺は椅子にもたれて天井を仰いだ。
 今、目を閉じて三十秒数えたら、俺は熟睡する自信がある。
 幸いというか何と言うか、長門が大小様々な構図の作成図を準備してくれていたおかげで、
垂れ幕を完成させるだけなら難易度はそれ程高くはない。
 ただ単純に手間なだけ。
 せめて、交代要員の一人でも居てくれたら楽なんだけどな……。
 もっと早い時間ならメールなり電話なりで呼び出すことも出来たんだろうが、いくらなんで
もこんな時間に呼び出す訳にもいかないか。
 ポケットから出してみた携帯を、誰かからかかってこないかと無茶な事を考えながら眺めて
いると――誰かが、廊下を歩いてくる音が聞こえてきた。
 当直の教師だろうか? いや待て、もしかして朝比奈さんか長門かも。
 そんな期待にも似た感情の中、眠気を堪えつつじっと部室の扉を見つめていると
「……あんた、まだ居たの?」
 ノックも無しに扉を開けた深夜の訪問者――夕方に見たのと同じ制服姿のハルヒ――は、俺
を見るなり呆れた顔でそう言った。
 っていうか、まさかお前が来るとはな。しかもこんな時間に。
「入学式までに完成させろって言っただろ」
 あれは俺の聞き間違いか? だったらもう帰るが。
「こんなのさっさと完成させて、もうとっくに帰ってると思ったわよ」
 無茶言うな。
「さ、手伝ってあげるからとっとと終わらせるわよ」
 手伝うも何も、こいつを完成させたいのはお前だけだと思うんだが。
「文句ばっかり言ってないでさっさと始めなさい!」
 へいへい。
 欠伸と溜息の中間点の様な息を吐き出しつつ、俺は渋々椅子から立ち上がった。
 
 
 俺が欲しかったのは交代要員だったんだが、
「ほらそこ! 歪んでる! まったく……直線くらい真っ直ぐ引きなさいよ」
 ハルヒの考える手伝いとは、単なる口出しだったようだ。
 壁際にあった椅子を引っ張り出してきてそこに座ったハルヒは、床に這いつくばって墨汁に
塗れるつもりは欠片も無いらしい。
 ……なんていうか、ハルヒが来たせいで余計に疲れる事になった様な気がするな。
 監視者が居るせいでさぼる訳にもいかなくなり、俺の疲労度の蓄積に比例して垂れ幕の完成
は近づいてきているらしい。
 墨汁の乾き具合を確認しつつ、次にしく新聞紙の準備をしていると
「……ねえ」
 何だ。
 身体を起こすのも面倒なので、新聞紙を敷きながら返事を返すと
「何で、帰らなかったの?」
 なんていうか、今更過ぎる問いかけだな、それ。
「いいから、答えなさいよ」
 そう言われてもなぁ……。
「別に、特に理由らしい理由はない」
「はあ? 何よそれ」
 本当に無いんだから仕方ないだろ?
 垂れ幕の乾いた部分を丸めつつ、顔を上げると
「……」
 ハルヒは無言で、俺にペットボトルのお茶を差し出していた。
 おお、サンキュ。
 既に蓋の弛めてあったお茶を胃に流し込みつつ、一息つく間も
「……」
 何か不満でもあるのか、ハルヒはじっと俺の顔を見ている。
 それとはまるで関係ないが……俺、昨日の夕飯食ってないんだっけ。夕方に家に電話した時
は、まさかこんな時間までかかるなんて思わなかったんだが……。
 眠気のせいでなのか、思考はまとまらないし眠いし空腹感が無い。というか眠い。
 ……まあいい、もう何でもいいから終わらせよう。
 空になったペットボトルをハルヒに手渡し、俺は再び作業に戻った。
 残りの作業はあと少し、そう解っても眠いものはやはり眠い。
 ふらつく手をどうにか制御しながら筆を動かしている間も、ハルヒは何か言いたげな顔で俺
を見ている。
 っていうかお前も眠そうだな。時間的に当たり前だが。
「……ねえ、キョン」
 ん。
「前にも同じ事聞いたけど……あたし、あんたと会った事ある? ずっと前に」
 おいおい。
「ずっと前も何も、かれこれ一年近くの付き合いだと思うんだが」
「だから! そうじゃなくて、その……いいわよ、もう」
 欠伸を隠しつつ、ハルヒは眠そうな声でそう言った。
 相変わらず意味不明な奴だ。
 ……って、そう思うのも
「そうか、もう一年も経つのか」
「え?」
「いや、ほら。お前と会ってからさ」
「高校二年になるんだから当たり前じゃない」
 そりゃそうだけどさ。
 一生忘れられないであろうあの自己紹介を聞いた時点では、こんな長い付き合いになるとは
夢にも思ってなかったぜ。
「何よ……その溜息」
 別に。
「人生、何がどうなるか解らんと思ってな」
 というか、お前と一緒に居るとこの先どうなるかを考えるだけ無駄な気がする。
「不満でもあるわけ?」
 そうだな、とりあえず今は眠れないのが不満だ。
「そんなのあたしも同じよ。……まったく、あんたのせいで徹夜じゃない」
 そう思うんだったら、この垂れ幕作成を諦めちゃくれないかね。
 新入生の歓迎なんてビラだけで十分だろ。
「だーめ、ここまできたんだからさっさと終わらせなさい。……ああもう、ほらそこ。また歪
んでるじゃない」
 どこだよ。
「ほらそこ」
 椅子にもたれたままハルヒは指差すのだが、ふらふらと揺れるその指先がどこを指し示して
いるのかは謎だった。
 まあいいか、適当に直そう。
「ねえ……キョン」
 ん。
「何でまた……手伝ってくれたの?」
 さあな。
 眠そうなハルヒの声に適当な返事を返しながら、俺はただ作業を続けていたのだが。
「……あーもう駄目! このままじゃ寝ちゃうわ」
 突如椅子から立ち上がったハルヒが頭を振りながら何か言っていたが、あと少しで書き終わ
りそうだった俺はそれを無視した。
「自販機まで行ってくるけど、あんたも何か要る?」
 おお、ようやく手伝いらしい事をしてくれる気になったか。
「珈琲、ブラックで」
 って、何だ。その手は。
「馬鹿ね。無料でコーヒーが飲めるとでも思ってんの?」
「無料で深夜まで労働してる奴が居るんだ、珈琲くらい無料になってもいいと思わないか」
 まあ、正直なところ椅子にかけた上着に入ってる財布を取りに行くのが面倒なだけなんだが。
 ハルヒは暫く手を出したまま俺を睨んでいたが、やがて何も言わないまま部室を出て行った。
 俺の分を買ってくるかどうかは五分五分だな。
 とりあえず、あいつが戻るまでは休憩だ。完成させたって、どうせ一人じゃ運べないんだ。
 ハルヒの使っていた椅子に座り、俺は身体の求めるままに目を閉じた。寝ちまったら起こし
てくれるだろ、多分。
 疲れた……肉体的にも精神的にも、ここまで自分を追い込んだのは始めてかもしれん。そろ
そろゴールしてもいいんじゃないかと本気で思えるぜ。
 ああ、そういえばあの時もこんな感じだったな。文化祭の時にお世話になった電気屋までス
トーブを取りに行けと言われたあの冬の日も、今日みたいに俺だけ一人で行動してたんだっけ。
 あの日も確か、最後に傍に居たのはハルヒだけだった。
 薄らいでいく意識の中、傘を差したあの日のハルヒが笑っている。部室の中で時折見せる笑
顔より、もっと眩しい顔で。
 ったく……そうやって素直に笑ってれば可愛いのに。
 意図せず零れた言葉も認識出来ないまま、俺の意識はそこで途絶えた。
 
 
 ――あれ、もう朝なのか。
 気が付いた時、既に部室の中は明るくなっていて、不自然な体勢で寝ていた身体は悲鳴を上
げていた。
 肩、痛ぇ……寝違えたか? 特に左手、二の腕から下全体が酷いんだが。
 血流が止まっていたのか、ずっしりと重い腕を動かそうとすると――ああ、どうりで。
「……」
 俺の腕にもたれて眠る、ハルヒの姿がそこにあった。
 すぐ近くに見える口元からは、微かな寝息が聞こえてきている。口元の下には何か色々と見
えている様な気もする、多分気のせいじゃない。一気に眠気が覚めてきたのも気のせいじゃな
いと思う。
 ……何ていうか、こいつは俺を何だと思っているんだろうか。ジャガイモか何かと勘違いし
てるんじゃないのか? 俺だって健康優良な男子高校生なんだぞ? 解ってるのか? いくら
お前が馬鹿力だって、腕力じゃ男相手にどうにもならないんだぞ?
 肩越しに感じるリアルな感覚は、二人っきりというシチュエーションと相重なり、甘美を通
り越して最早毒だった。わざとやってんのかと言いたいくらいだ。
 色々と言いたい事はある、してみたい事もある。素直にそこは認めざるを得ない。
 これだけ深く寝てるんだし、ちょっと触ったくらいじゃ起きないだろう……そうさ、これは
普段からこき使われている労働への対価って事でどうだ?
 罪悪感を薄める詭弁を心で並べながら、俺は自由だった右手を伸ばし――
「……」
 ハルヒの鼻先まで来た所で右手は動きを止め……やがて、元の位置へと戻っていった。
 何をやってんだろうな……俺。
 手を止めた理由は解らん。そもそも、この状況の中でまともに理性が働いてるとも思えない。
 それでも何もしなかったのは……まあ、俺がへたれだって事にしておいてくれないか。
 ――壁に掛かった時計はもうすぐ6時になるところだ、コンビニに行って朝飯を買ってきて
もいいし、急げば一度家に帰れなくも無い。っていうか、ここで起きなきゃこの垂れ幕が無駄
になる。
 そう頭では解っていたのだが、何故か未だに俺の左手を圧迫して寝息を立てているハルヒを
起こす気にはなれず……音を立てないように静かに溜息をつき――俺はまた、目を閉じた。
 
 
 『そうしたいから』 >キョンになにか作業させる  〆