概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
ぶらり猫旅情 | 133-447氏 | 10/09/24 | 10/09/26 |
作品
天気は晴れ、気温も快適。今日は絶好の休日日和。
だというのに、なぜ俺はこんなことしてるんだろうね?
高校一年のゴールデンウィーク以降、もう何度心の内で繰り返したか思い出す気にもならないフレーズを再びリピートする俺。
何に対しての訴えかは最早言う必要もないだろう。だが敢えて俺が何をしてるのかというならば、毎週恒例町内不思議探索開始集合地付近喫茶店へ移動中なわけだ。読みにくいのはささやかなイヤガラセだ。
…イヤガラセしたくもなるさ。何だってこうも毎回毎回俺ばかりがみんなに奢る羽目になってしまうんだ、今日なんか30分前には着いていたというのに!
と、愚痴っても我が道を行くことを至上の命題とする団長様の命令が覆るワケもなく。
仕方なく俺は新しい服がどうのこうのと会話に花を咲かせている女性陣を、ちびちびとコーヒーを啜りながら眺める作業に没頭するのだった。
…なにやら横から視線を感じる……なんだ、副団長殿?
「いえ、随分と熱い視線を『彼女』に送ってらっしゃるなぁ、と」
そうかい。魂胆見え見えだぞこの野郎。
どうせ俺がハルヒの名を出したら「別に僕は涼宮さんを指した訳ではありませんよ?」とか返してニヤニヤするつもりなんだろうが、そうはいくか。
「あぁそうだな。いつ見ても可愛いからなぁ、」
朝比奈さんは。と続けようとしたのに、嗚呼それなのに。
「えっ…ちょ、なな何言ってんのよバカキョン!」
なんで真っ先に反応しやがるんだお前は。
「ふぇ~、キ、キョンくん大胆ですぅ」
いやいや違うんです、俺が可愛いと思ったのは…
「私?」
いきなり前に出てくるんじゃありません。…長門よ、お前そんなキャラだったか?
「フフッ、ではあなたは一体どなたを『可愛い』と形容されたので?」
ちくしょう、結局ニヤニヤしてやがる…いつか絶対その顔引きつらせてやるからな。
とりあえずここで誰かの名前を挙げたら、もうなんかどう足掻いても下手な目が出そうな気がする。
よって俺が言うべき台詞は一つ!
「そんな事よりさっさと組分けしようぜ。こうしてる間にも不思議がどこか行っちまうかもしれないだろ?」
すると案の定、ハルヒは「仕方ないわね」とアヒル口になりながらも爪楊枝を取り出した。
よし、よく乗り切った俺!
しかし。
「げ」
「え…」
「おや…これはこれは」
「わぁ、珍しいですねぇ」
「………」
五者五様の反応が返ってきた組分けの結果。それは俺とハルヒがペアになるというものだった。
確かに珍しい。珍しいが、別に今まで一度も無かったワケじゃない。
…それでもさ、何もこのタイミングで来なくてもいいだろうよ。
「………」
二手に分かれてから既にそこそこ経っているんだが、コイツはずっと長門ばりのダンマリモードから脱却する片鱗も見られない。
そのくせふと目を向けるとこっちをチラチラと…あーもう。
「ハルヒ、俺たちはどこに向かってるんだ?」
「っ!きゅ、急に話しかけるんじゃないわよエロキョン!」
俺は今何故エロ呼ばわりされたんだ。
「いや、さっきから当ても無く彷徨ってるとしか思えんのだが」
「そ、そんなワケないでしょ?今まさに不思議に至る道を邁進中に決まってるじゃない!」
そんな道が判明してたら今頃世界はファンタジー路線一直線なこと請け合いだろうが。
…やれやれ、もう一度このフレーズを繰り返したい気分だ。いいよな?
天気は晴れ、気温も快適。今日は絶好の休日日和。
だというのに、なぜ俺はこんな…
「あれ?」
「?何よ、どうしたの?」
「いや、あそこ」
そう言った俺が指差した先にあったもの…もとい居たモノは、
「……シャミセン?」
そう。仮にもそれなりに長いこと同じ家で暮らしてきたんだ、見間違えるハズがない。
そこに居たのは、一年の文化祭時にハルヒに目を付けられ期間限定で人語を解すまでになってしまった、世にも珍しい雄の三毛であるシャミセンその人だった。いや猫だった。
「外で見かけるなんて初めてだな」
考えてみれば元は野良だし、行動範囲も意外と広いのかもしれない。
「どこ行こうとしてるのかしらね」
「さあなぁ、風の吹くまま気の向くまま~て感じじゃないか?」
いくら同居中とはいえ猫の気持ちまでは流石にわからんしな。
「…面白そうな気配がするわ…よし、今日はシャミセンの行動を観察することにしましょう!」
「…『不思議』探索じゃなかったっけかコレ」
「いいじゃない、猫は人に見えないものも見えるって言うし。ついていけば何か思いがけないものが見つかるかもしれないでしょ?」
いや、見つかっちゃ困るんだがな。
しかし俺としても飼い猫が普段外で何してるのかは気になる。多分他人様に迷惑かけるようなことはしてないとは思うが、確認しといても損はあるまい。
「そうだな。良いかもしれない」
「決まりね、じゃ行くわよ!」
こうして、俺とハルヒのシャミセン追跡調査が始まった。
果たしてどうなるのか…神のみぞ知るとかいうヤツだな。
…その神様は俺の隣で猫の尻追っかけてるんだけど。世界大丈夫?
「そういえば、こんな映画あったよな」
「猫を追いかけたら良い感じのお店を見つけて…だっけ?ま、あたしはお店程度じゃ満足しないけどね」
「言うと思ったよ。…でも初めてあのシーン見たときはちょっとドキドキしたな。子供心にもなんかこう、今まさに非日常を追いかけてるんだって感じがしてさ」
「……へぇー」
…あれ、何か変なこと言ったか?ハルヒの口元がやけに緩んでる。
「何だよその顔は。なんか付いてるか?」
「別にー?」
いや、明らかに足取りがさっきより軽いぞ。ほっといたらスキップでもしそうな勢いだ。
まぁ…俺も結構満更でもない気分だがな。実はさっきから少しワクワクしてる自分がいる。
この先に、何があるんだろう?
何が俺たちを待っているんだろう?
…我ながら子供みたいだな、とは思うよ。でも別に悪いことじゃないだろ?
「あ、あそこ!入ってったわ!」
「細い路地だな…お前はともかく、俺通れるか?」
「為せばなる!さ、行くわよ!」
言うや否や止める間もなくハルヒは俺の手を掴んで路地に飛び込んだ。
「ちょ、待てって!狭…痛たたた!」
ハルヒは軽々と障害物を避け、乗り越えていく。
だがひたすら手を引っ張られている俺はそうもいかない、ただでさえ狭いのにって痛!痛いって!!
「ちょっとキョン、ガンガンうるさい!」
「そう思うなら引っ張るのやめろ!自分のペースで行かせてくれ!」
そう言うとハルヒはアヒル口になって手を離……さなかった。ってオイ!何で!?
「いいから、とっとと来なさい!シャミセン見失っちゃうでしょ!」
「いや、だから…痛っ!」
やっとのことで抜けた路地の先は、なんとなく昭和の風情が漂う住宅街だった。
こんな場所があったんだな…でも今の俺は風情より痛み止めが欲しい。
「情けないわね、あのくらいの障害物も避けられないなんて」
「どの口が言うんだ。お前が手を離さなかったせいだろうが」
「そっちこそ何言ってんのよ。団長たるあたしがわざわざ手を引いて導いてあげたっていうのに」
「余計なお世話だ、ガキじゃないんだぞ」
「…うぅ~、このバカキョン!」
「誰がバカだ!おかげで俺はこの通り傷だらけなんだぞ!?」
「そんなの傷のうちに入らないわよ!痛みくらい気合でなんとかしなさい!」
その後しばらく互いの罵倒が続いた…傍から見たらとんでもなく馬鹿馬鹿しいやり取りだったんだろうな。何故かって?
「おやおや、お二人さん。喧嘩はいけないよ」
そんな声が聞こえて、俺たちはそっちに振り向いた。
視線の先にあったのはだいぶ年季の入った駄菓子屋で、その軒先にはこれまただいぶ年季の入ったお婆さんと、何故かシャミセンが座っていた。
そしてお婆さんはシャミセンを撫でながら、微笑んでこう続けたんだ。
「あぁごめんよ、喧嘩じゃあなかったみたいだねぇ。そんなに言い合ってても手を繋いだままなんだから」
「………というワケでして」
「なるほどねぇ。お前さん飼い猫だったんだねぇ」
相変わらずシャミセンを撫で続けるお婆さん。シャミセンは満更でもなさそうにじっとしている。
話を聞いてみると、シャミセンは毎日ではないもののよくこの駄菓子屋にお邪魔しているそうだ。
そして今、俺たちもお婆さんにお茶をご馳走になっていた…なんでこんな展開になっているのか俺もよくわからんけど。
「それより、すいませんでした。お店の前で騒いだりして」
「あぁ、気にしないでいいよ。おかげさまでこっちも久々に面白いものを見られたからねぇ」
…何を仰るんですかお婆さん。ハルヒも何赤くなってんだ?
「…うっさい。アンタは黙ってなさい」
ワケわからん。
「この子が来るようになったのは最近なんだけどねぇ。来てからというもの、とんと退屈することが無くなったんだよ。近所の子供たちも前より顔を出してくれるようになったしねぇ」
「へぇ…シャミ、お前人助けもしてたんだな。えらいぞ」
そう言ってシャミセンの耳の裏を撫でてやる。コイツここ好きなんだよな。
今日はちょっと高価な飯を食べさせてやろうかな…でもコイツ気に入らないと残すからなぁ…
「………」じー
「…ん?何だハルヒ。また俺の顔になんか付いてるのか?」
「!! なななんでもないわよ!自意識過剰なんじゃないの!?」
「ひどいなオイ。何でもないのに人の顔をそんな穴あくほど見るのかお前は?」
「うっさい!!いいからもうアンタ黙って…」
「ふふふ…」
っと、しまった。また騒ぎ立てるトコだった。
「あ、すいませんお婆さん」
「なぁに。でも流石にあんまり見せ付けられるとねぇ」
見せ付け…?どういう意味だ?
と、シャミセンが大きく伸びをして駄菓子屋から出て行き、こっちを見て一声「にゃあ」と鳴く。
お婆さんに「またな」と言ったのか、俺たちに「行くぞ」と言ったのか。両方か?
「あ、キョン!ほら、グズグズしてないで行くわよ!」
「はいよ。じゃあお婆さん、どうもお邪魔しました」
「お茶美味しかったわ。また来るからね!」
「あぁ、いつでもおいで。好きなだけお茶飲ませてあげるからね」
手を振るお婆さんと駄菓子屋を後にして、再びシャミセンを追う。
「奇しくも例の映画みたいに、感じの良い店を発見できたな」
今度妹のヤツも連れてきたら喜ぶかもしれない。
「うん、まあ悪くない成果ね。けどまだまだよ!不思議を見つけるまであたしは満足しないからね!」
さあシャミセン、行きなさい!とハルヒは声を張り上げるのだが、当のシャミセンは無反応。
いや、ここでまともに返事でも返されたら逆に困るけどな。
次にシャミセンがやってきたのは、閑静な小川だ。
さっきの駄菓子屋もそうだが、長いことこの町で暮らしてきたくせにまったく知らない場所だった。
「キレイな川ねー。魚も一杯いそうだわ」
「だな。釣りしてる人もいるくらいだし」
その釣り人の傍らにシャミセンが移動していた。あの人も顔なじみなのか、シャミよ?
「こんにちはー」
「やあ、こんにちは。見かけない顔だね」
「その猫を追いかけてきたのよ。それよりココ何が釣れるの?河童?」
オイ。
「か、河童?いやぁ、どうだろう。まだ釣れたことは無いけどね」
「なーんだ。つまんないの」
「こら、ハルヒ。…すいません、いきなり変なことを」
釣り人のおじさんは笑って流してくれた。いい人でよかったよ、まったく。
「「おとーさーん!!」」
ん?子供が二人こっちに走ってくる。
「ああ、ウチの子供たちだよ。二人とも、お兄ちゃんたちにご挨拶しなさい」
「「こんにちわー!」」
うん、子供は元気が一番だよな。
「こんにちは。君たち、歳はいくつ?」
「「よっつー!」」
「あら、双子なの?」
「「うん!」」
男の子と女の子だから二卵性ってことなんだろうが、息もピッタリだな。
ちなみに男の子はアユム君、女の子はアユミちゃんという名前だそうだ。
「あ!ねこー!」
「わぁ、ほんとだー!」
「シャミセンっていうのよ。さあ、いっぱい遊んであげなさい!」
双子が歓声を上げてシャミセンにまとわりつく。すまん、シャミセン。しばらく我慢してやってくれ。
おじさんが言うには、シャミセンはここで釣りをしているとたまに顔を出していくらしい。
特に何をするでもなく、しばらくするといつの間にか姿を消しているんだとか。
「多分、散歩コースの一つにここが入ってるんだろうね。見かけた時はいつも和ませてもらってるよ」
シャミセンはここでもある意味人の役に立っていたワケだ。
よし、今夜は鰹節もつけてやろう。そう思い目を向けると…
「………」
デジャヴ?いや、現実だ。
シャミセンはいつも妹にされているが如く、文字通りもみくちゃにされていた。
「はーい、ごはんですよー」
アユム君、イソメはやめてあげてくれないか?
「おふろはいりましょうねー」
川の水かけたら凍えちゃうでしょ、アユミちゃん!
「こらこら、そんな事したら可哀相でしょ?」
そうだハルヒ、教えてさしあげろ!
「ここは野性の本能を忘れさせないために蛇と戦わせるのよ!」
「そーい!!」
「キョン、どうしたの?いきなり変な声だして」
「どうしたもこうしたもあるか、お前シャミセンに何させようとしてるんだ!」
「聞いてなかったの?蛇とバトルに決まってるじゃない」
「突っ込みどころが多すぎて何から攻めればいいのかわからん」
「馬鹿ね。猫は蛇より敏捷だからまず咬まれないし、咬まれても毒に耐性があるから平気なのよ」
「それだって個体差があるだろうが。そもそも俺はシャミセンが虫を追うところすら見たことないぞ」
「やってみなきゃわからないでしょ?大丈夫、シャミセンならきっとやり遂げるわ!」
「どこから来るんだその自信は…というか子供になんてもの見せようとしてるんだ」
「いいえ、むしろ最近の子供は『自然』から遠ざかりすぎなのよ。きっとかつてない経験に打ち震えることになるわよ!」
「そりゃ震えるさ。震え上がるだろうよ。幼い子供の夢をぶち壊しにしてどうするんだ」
「現実とは脆くて厳しいものなのよ!」
「4歳児に人生哲学は早すぎるだろ!」
思わずそこに人がいることも忘れて口喧嘩を始めてしまった。
…いや、学習能力無いなーとか言うな。わかってるから。
しかしその不毛な争いは、なんと言うか…意外な方向から終止符が打たれることになった。
「おにーちゃんとおねーちゃんは、こいびとどーしなの?」
「「なっ!!??」」
「『けんかするほどなかがいい』って、おとーさんがいってたよ?」
「「………」」
俺とハルヒは思わず顔を見合わせ…素早く背けた。
「ぼくたちもよくけんかしちゃうけど、ぼくはアユミのことだいすきだよ!」
「わたしもアユムのことだいすき!だから、おとなになったらアユムのおよめさんになるの!」
…どうしよう。子供たちは純粋な瞳でお互いを、そして俺たちを見つめている。
さっきの話じゃないが、たった4歳で人生の起伏を教えてしまうというのもなぁ…
「おにーちゃんたちはちがうの?」
「う…」
「「ちがうのー?」」
…………仕方ない、あとで殴り飛ばされる覚悟をしておこう。
「ああ、実はそうなんだよ。俺たちは恋人同士なんだ」
「!!!」
「わぁ、やっぱりー!」
「おねーちゃん、ほんとー?」
…4歳にして他人の心の機微を察することができるのか、アユミちゃんが突っ込んできた。
気持ちはわかるがそんな顔して呆けてないで、ここは話合わせてくれよハルヒ。
「そっ、そうよ!あたしたちはこここ恋人同士なの!!」
わあ、きゃー、と歓声を上げる子供2人。おじさんまでにこやかな顔でこっちを見ている。
あー、恥ずかしい!いくら嘘で子供相手にとはいえ、ハルヒと恋人宣言させられるとは!
…まぁハルヒの方は、今まで実際に何人もの男と付き合ってきたわけだしな…こんな嘘を言うくらい、平気でこなすだろう。
と思ったんだが、ハルヒも真っ赤な顔して俺を見てる。あれ?
「ねぇねぇ、じゃあおにーちゃんはおねーちゃんのことすきー?」
っ!なんてコトを聞いてくるんだ4歳児!
「あー…その………もちろん、好きだぞ」
…どうしてこんな展開に…しかし子供たちの矛先は止まることを知らず、ハルヒにも向かう。
「じゃあ、おねーちゃんはー?」
この時のハルヒを、俺は生涯忘れられないかもしれない。
手を後ろに回し、顔を真っ赤にして俯きながらも目線を俺に向けて、
「…だいすき」
正直に言おう、半端じゃない破壊力だった。これ以上の描写は勘弁してくれ。
とにかく、子供たちはそれで満足してくれたようだ。
しばらくしてシャミセンは再び移動を始め、俺たちも親子に手を振りその場を後にした。
しかし俺たちの間には…なんともいえない微妙な空気が流れていた。
「………」
「………」
足並みは揃いながらも、会話が無い。さっきの偽告白シーンからずっとこんな感じだ。
何とは無しに目を向けると相手も自分を見ていて、思わず目を逸らす。その繰り返し。
…何を意識してるんだ。あんなのは子供相手のただの演技だろうが。
そうだ、早く素に戻るんだ俺!こんな空気は耐えられん!
「「あのさ」」
重なった。余計気まずい。
「な、なんだ?」
「そ、そっちこそ何よ」
「いや、お前から言え。レディーファーストだ」
「い、いまそんなこと関係ないでしょ!?あんたから言いなさい!団長命令!!」
卑怯な、こんな時に特権行使するとは……やれやれ、しょうがない。
「あー、その…さ。……さっきのコトなんだが」
「………」
「…悪かったよ。いきなりあんなコト言って…お前にも言わせて」
「………」
「ああいうのは、やっぱりこう…そういう相手に言うべきことだろうし」
「!………」
「…とにかく、不快な思いさせてスマン」
「…………ったの?」
「え?」
「アンタは……嫌々、あんなこと言ったの?」
ハルヒは俺に向き直り、告げる。
真っ赤な顔で…真っ赤な目で。
「あたしは、違う」
「………」
「嫌々なんかじゃ、ない」
「………」
その言葉が何を意味するのか。
俺もハルヒも、そんなことはわかってる。わからないワケがない。
でも、それを口に出して言うことはしない。
…いや、できないんだ、まだ。
だから今俺がハルヒに言うべき言葉、言える言葉は、一つ。
「……俺もだよ」
今の俺には、これ以上の言葉を伝えることはできない。
詳しい理由なんか俺にもわからん。変な意地だということも、わかりすぎるほどわかってる。
だが、これだけは譲れないんだ。
男として? いや、違う。
団員として? それも違う。
でもこれだけは、それこそ初めてハルヒと逢った日から決まっていたことのような気がするんだ。
…中途半端にしか返せなかった、俺の答え。
それでも、ハルヒは微笑んでくれた。「わかった」と言わんばかりに、優しく。
お互い妙に素直になれない俺たちだけど、気持ちはつながってる。そう感じられた。
トコトコと歩き続け、時折思い出したようにその場に佇む。
あくびをして後ろ足で頭を掻き、草花を見かけると匂いを嗅ぐ。
立ち並ぶ塀の上を歩いていたかと思えば、いきなり道路の真ん中に寝そべったりもする。
少し離れた位置を歩きながらシャミセンの行方を辿っていた俺たちだが、見ていて退屈するなんて事は全然なかった。
そしてそれよりも…俺はこれ以上無いくらい穏やかな気持ちでいた。
理由?決まってる。
繋がれた手から、絶え間ない暖かさが伝わってくるからさ。
最後に辿り着いたのは、高台にある公園だった。
手すりからは町が一望できる…おぉ、遠くに小さく北高も見えるな。なかなかの名所じゃないか?
「いい場所ね…」
「ああ…」
ちなみに俺たちはまだ手を繋いだままだ。なかなか離すタイミングが無くてな。
…そういうコトにしといてくれ。
「随分と遠くまで来たもんだな」
「そうね。でも楽しかったわ!」
「そうだな。これもシャミセンのおかげだ」
そのシャミセンはベンチの上で丸くなっている。俺たちの顔から思わず微笑がこぼれた。
「………」
そのまま俺たちの視線が重なり、何故かそれを外す気になれなくて。
お互いに引き寄せられるように、顔が近づいていき……そのまま唇が重なっt
Prrrrr!
……俺の携帯がけたたましく鳴り響いた。着信は…小泉だ。小泉で十分だコイツなんか。
ピッ
「………何だ?」
『あ、どうも。…もしかしてお邪魔でしたか?』
「お前が邪魔じゃなかったコトなんてあったかな」
『それは失礼しました。いえ、集合時間から随分経ってしまったものですから』
そう言われて携帯の時刻を見ると、確かに集合時間から30分ほど経過している。すっかり頭から抜け落ちてたよ。
「どうする?ここからじゃ結構かかりそうだぞ」
「…そうね、しょうがないから午後もこの組で探索を継続することにしましょう!いつもの時間に再集合ってことで」
「わかった。そう伝えるぞ」
『聞こえていましたよ。確かにしょうがないですね』
声だけでニヤケ面が鮮明に浮かぶってのもなんか忌々しいな。
「まぁそういうことだ。あとの2人にもよろしく伝えといてくれ」
『かしこまりました。それでは、また後ほど』
ピッ
「…ふぅ」
「よし、じゃあ行くわよキョン!」
「?どこにだよ」
「何言ってんの、シャミセンのあとを追うに決まってるでしょ!」
うぉ、いつの間にかシャミセンが姿を消している!てかまだ追うつもりなのか?
「当たり前でしょ!さあ今度こそ不思議を見つけるわよ!」
ハルヒはそう言って改めて俺の手を握りなおし、走り出す。
…やれやれ、やっぱり俺のポジションはコイツの後ろが似合うらしいな。
そうやっていっつも前に突き進む背中を追いかけるのも大変なんだぞ?
でもいつか、お前の横に立って一緒に歩けるようになるから。
お前の前に立って、お前を導けるようになるから。
…そしたら、はっきり言葉にして伝えるから。
そんな想いを込めて、ハルヒの手をしっかりと握り返す。
天気は晴れ、気温も快適。
今日は絶好の…探索日和。