まちぶせのハルヒ (28-167)

Last-modified: 2007-01-20 (土) 02:26:01

概要

作品名作者発表日保管日(初)
まちぶせのハルヒ28-167氏06/11/2406/12/04

作品

偶然を装って近づく。これからわたしのすること。
彼女について知った時から、いつかそういう機会を作りたいと思っていた。
どうやっても拭い去れないわたしの願いにどんな形であれオチをつけたいのだ。
そう、わたしは彼の愛する人に会ってみたい。
そのための、ほんの小さな出会いを作る。
わたしはそう考えながら彼女を待ち、そして思う。いつか「すべてが終わった」と感じるときが訪れるとするならば、そして「これでよかった」と心から思えるような形でのオチを望むなら、行ない残したことや心残りをできるだけ少なくするよう、拙くとも我々は努力するべきだろうと。
そのあとについては、わたしにはわからない。
何を望んでいるのか、何を望むようになるのか。それを知るのは少し恐い。
それでも―
わたしはここにいて、彼女を待っている。

 
 

「ハルヒお姉さん、今日は本当にありがとうございました」と、真面目そのものといった風情でハルヒにお礼を述べているのは、通称ハカセ君。絵心のある学究肌の少年だ。
「いいっていいって。誰かさんと違ってほんっと教えがいがあるわ。いいこと? ハカセくんはわたしが見込んだ将来を背負って立つ人材よ。世界を大いに盛り上げるためにじゃんじゃん働かなくちゃダメなんだからね。わたしが言うんだから間違いないわ。このペースでがんばんなさい。フィラデルフィア実験もカタストロフィもメタフィクションも、あなたの理解力ならどんとこいだわ」
都市伝説実験云々の話を置いておくにしてもよくわからない。ハカセくんは後ろ頭に左手をやって困惑気味に言った。
「そんなに買いかぶられても困ります。それより、お昼からはあの人とデートなんですか。それとも妹さんの家庭教師とか。また一緒に料理を?」
「あ、う。なに言ってるのよ今からそんなことに気を回してたらあっというまに年取るわよ。ええと今日は特に予定してないわ。でもそうね、あとで……」
あまりの食いつきのよさのせいか、ふたたび困惑気味に「いえ。でも、あのお兄さんの話になるとハルヒお姉さんとても楽しそうですね。(僕の命の)恩人ですけど、ちょっとうらやましいです。では」と言い、やや深めに礼をして、にこやかな顔を名残惜しそうに向けていた。そして生来的に姿勢のいい背を向ける。
「もう何言ってんの!……あ、亀ちゃんによろしくね!」
何言ってるのといいつつ全くまんざらでなさそうである。
本日の太陽のような笑顔だな、とハカセくんは思ったかもしれない。ギャラリーとしては、むしろハカセくんの心地よく他人をさせるおべんちゃら能力の末恐ろしさに注目すべきかもだ。末は博士か大尽か、あるいは両方なのだろう。
以前、ある事件に巻き込まれた際にハカセくんに出会った朝比奈みくるの彼を見る目は、まさに歴史上の偉人に面と向かう機会を得たギャラリーのそれであったから。
街なかは予選突破した上出来の青年の主張を太陽が叫んでいるようないい天気。しかし遠くない初夏のさわやかな風の吹く、日曜の正午まえである。

 

「すごい偶然なのです」
通りすがりにそんな声がハルヒに聞こえた。それだけなら通り過ぎるだけだったのだろうが、モンシロチョウの羽ばたきのようなほのかに霞んだ声が続けてこう言う。
「あの……涼宮ハルヒさんですか?」
あらあ、綺麗な子ね……
立ち止まって振り返ったそこに佇んでいるのは少女だった。
おそらく家路の途中であった上機嫌なハルヒに声をかけた、見たところハルヒやキョンと同年代の少女。ちょうど小さなマンションの日陰になる場所で、白いワンピースがこの上なく映えている。白いリリーが微笑んでいるような、同級生の男子の大多数が下手すればひとめぼれloverを起こしそうな外見とオーラを放つ、しかしどこか儚げな印象を与える少女だった。
朝比奈みくるが北高におらず代わりにいたのがこの少女なら、内面を抜きにしても無理やりスカウトしていたかもしれない。もっとも内面なり正体を知ったらますます高確率で無理にでも引っ張りそうだ。
ただしキョンには思いっきり釘を刺したくなるだろうが。
少女の内面とか正体などをまだ知らない涼宮ハルヒだが、うららかな陽気のこの日理由なく出くわしたという少女を、SOS団団長はしげしげと見つめていた。これほど印象的なのに、あたしには見覚えのない顔だわ……
「××くんがあなたのことを話していたのです」
ハカセくんの名前を告げつつ少女はさらに微笑んで言う。
「え、あなたあの子知ってるの?」
自分を知っていることはまあいい。おそらく同学年でわたしの名前くらい知っているのは近隣の同学年なら十分に考えられる。なにしろ世間を騒がせてきた自覚はそれなりに持っている。ならば目の前にいるおそらく同級生のこの女は、年の違うハカセくんをなぜ知っているのだろう。涼宮ハルヒとしては当然の疑問を口にした。(それほど急いでいるわけでもないし、とりあえず面白そうな感じの子だしね)おそらく第一印象はこんなものだろう。
「通っている塾の先生が××くんにベタ惚れなのです。わたしのクラスでも塾開講以来の秀才くんだとかで何度も耳にしました。おそらくわたしと話が合いそうだとも言っておられたので、このあいだ塾の休み時間に××くんに会って話してみたのです。思ったとおり、とても興味深い少年でした。とても。コペンハーゲン解釈についての意見がお互いにかなり一致したように思います。あなたのことはその話で出ました。そうして少しの時間話しただけなのですが、涼宮さんに興味を抱いたわたしにあなたのことを教えてくれたのです。とても聡明で性格的に明るい、近所ではちょっとした有名人なのだとか。実はわたしの通っている高校でもあなたの名前は聞いていたものですから、お友達に卒業アルバムを見せてもらってあなたの外見を知っていました。ああ、申し遅れました、わたしは……と申します。お察しの通りあなたと同い年なのです」
日曜の陽気にさそわれて、ドッヂボールに興ずる少年たちが近くで楽しそうに声を上げている。あまり見かけなくなった光景だなと思いつつかもしれない、ハルヒは少女の話を聞いていた。
ふうん、なるほど。見知らぬ相手にまず物怖じしないハルヒである。面白そうか面白くないかが人物鑑定のハルヒ基準なのだ。そしてハルヒ的鑑定に白いワンピースの少女はかなりの高価値と見なされたらしい。
とはいえ、ここで立ち話ってもドッヂボールの邪魔になるかもしれないな。
そんな風に思ったハルヒを見透かしたように「わたしはいま美容室の帰りなのです。ぶしつけなお誘いで気がとがめるのですが、涼宮さんさえ良ければ……」と、少女は近所で最近新装した喫茶店にハルヒを誘った。
少し考えるそぶりだったが、どちらかといえば外見的におとなしそうな、かえって庇護欲をそそられる可憐な少女の控えめな誘いに気を悪くする人間もそういないだろう。
ハルヒもご他聞にもれずだったようで、
「……そうねえ、あなた面白い子ね。いいわよ。さっそく行きましょっ。なんとなくだけど、ここで会ったのも偶然じゃない気がするのよねぇ。あ、でも持ち合わせがちょっと足りないかも」 言いつつ財布を気にする。すると少女はうれしそうな表情と声で言った。
「いえ、わたしが声をかけたのです。お金は気になさらなくて結構です。ぜひぜひ、奢らせてください」 美容院の帰りに買い物も予定していたのでお金なら問題ないらしい。
こうして、ハルヒとしてはキョンと連れ立って入ったこともある新装した喫茶店に二人で入ることとなった。

 

外見的に平均値を大きく凌駕するワンピースの白い少女を連れているためだろう、誘っておきながら
「わたしは初めてなのです」などと少女の言う喫茶店に向かう途中で二人連れの若い男性に声をかけられること計二回、(加えてすれ違いざま、動物園のアイドルのように凝視され・振り返られることおよそ四回)「それどころじゃないの!」と風よけ役には心強いと言うほかないハルヒがすげなく返事しつつ5分ほどで着いた。
表の駐車スペースは埋まっており、ついでにこの店の客のものと思しき車が数台路駐してあって、いかにも客が入っている様子である。
案の定、昼時における駅前のファミレスにやや近い込み具合であった。少女はしげしげと中を見渡している。席が空いていないわけではなかったのだが、カウンター以外はどうしても相席になるので席待ちをする。何かに気づいたように「あ……クフッ」と、のどの奥から染み出るような声で小さく笑いながら少女が書いた。
「プッ、それでいいんじゃない? なかなか笑いのセンスあるわよ、…さん」
どれどれと覗いたハルヒが面白がっている。名前欄に少女が『勘解由弾正音』などと書いたからだろう。これのどこに笑いのセンスを感じるのかは異論の余地がありそうだが。
「二名でお越しの、か、かげゆだんじょういんさまー……で、よろしいでしょうか」
若いウェイトレスが少し戸惑った様子で、しかしはっきりと二人を呼んだ。なんだこいつらと内心思っているかもしれないが、臆面にも出さずにニコやかに席に案内する。窓際のテーブル席に案内された。席待ちで二つ前の欄に『按察使黄昏之介、他一名』などと書いていた(らしい)大学生風の男女とたまたま近くなった。
こちらさんは変な男なのだろうか。
とっとと自分の注文を済ましたハルヒは、決めかねてメニューを見つめている少女の姿勢がとてもよいのに気づく。なんとなくハカセくんに似ているわね。
それにしてもこういう場所にあまり来た事がないのだろうか。なんとなく歩いているだけで異性の目を釘付けにできそうな―実際にそうだったから間違いない―美人さんなのにね。
じっと見られていることに気づいた少女は穏やかな口元を緩めて、「申し訳ありません、どれにしようか悩んでしまって」と言いつつ「飲み物は涼宮さんと同じで。ええと、モカと……このクラシックに」 そばに来たウェイターにハルヒが声をかけて少女の注文分を追加した。

 

肩甲骨のあたりを指圧するという健康法の話から始まり、高地トレーニングの話、近くに座っている男女の面白そうな話―といってもほぼ男性の独壇場だったのだが―をうけてからは加速して、宇宙はもう一度収縮に向かうのか永遠に膨張し続けるのか、カルタゴ兵のアルプス越えの際の上官への悪口雑言の予想(「寒いんじゃハミルカルの禿ぇ!」とかひたすら失礼かつくだらない)、最近の量子論的な見地からの雪男の存在について、萌え要素的に言えば美形の雪女であってほしいとか、少年探偵が殺人事件に遭遇する頻度の異常な高さをどう合理的に説明するか、世界史的見地におけるグローバリズムとナショナリズムとフーコーの振り子について、エドゥアルド=ガレアーノの仏頂面が異様にかっこよかった件、視覚と聴覚のあいまいさと精密さ、睡眠の際に眼球が見ていると錯覚しているらしい映像を脳はどのように見ているのか、男女がある種の同じ夢を見た際にその二人についてどう判断したらよいか。そのほか筆者には到底わからない話を楽しそうに続けた。
少女はとりわけ夢の話に興味を惹かれたらしく、「それ、涼宮さんの実体験ですか」とか「あなたはどう判断しておられるのですか」と尋ねた。
そのあたりになるとさすがに言葉に詰まるハルヒ。
「そ、そんなんじゃないけど。でも普通じゃないわよね。特別な……」と苦しい弁解をしてしまう。
「赤い糸で結ばれているのです」
え。///
「いまのは冗談です。でもとても興味深いのです」くくっとわらう少女。
「……」
「でも、ロマンチックなのです。たぶん、わたしもそういう話は嫌いではありません。それに涼宮さんの選んだ人の話なのでしょう? おおいに好奇心をそそられます」
ふたたび黙秘権を行使するハルヒ。なんだかハルヒが手玉にとられているようなやりとりだった。
オーダーの時間差どおりに早く届けられたケーキをハルヒはものの1分でたいらげる。コーヒーに口をつけながら、少女は感心したようにそれを見ていた。

 

「まったく、いつまでたってもセコさは変わりませんわね」
「はは。安心したまえ。ジェンダーだのなんだのとはわたしはほぼ恒久的に無縁なのだ」
さきほどの変な男(推測)と連れの女性が割り勘だの奢りだので揉めている様子が聞こえる。
ほとほとうんざりした表情を作っている女性だが、これまた清冽な雰囲気の美人である。
ただおとなしくしていればハンサムなのに、ひたすらくだらないことに真剣そうな長身の相方男性と同次元で張り合うあたり、この女性も相当奇矯な人物なのだろう。
そんな様子を知ってか「くふふ」と肩をすくめて少女が笑う。「やはりとても面白いのです」

 

「うさぎのお姉さんと、お兄さん」
「……え?」
とても年相応に思えない火傷話(未満)にやはり気が散らされていたのか、ハルヒは少女の言葉が聞き取れなかったらしい。
「××くんが言ってました。二人とも涼宮さんのお友達で、僕の恩人だと」 「……」
っても知ってておかしくないわね。じゃあこちらも聞いてやろう。「……さん、あなた中学は?」
名前を聞いて驚くというよりやっぱりと思う。
そう、この子はキョンの同級生だったのだ。
「じゃあ、キョンのことも」
「はい。名前は知っていました。あなたの」 言いかけて口を緩やかに閉じる。かわらない微笑だけどちょっとだけ目が細まっている。
ええ、たぶんあなたの思ってるとおりよ。だから……視線に力をこめてあたしは見返した。それを正面で受けてからクフッと笑った彼女は
「高校に進学してから、涼宮さんはとても変わったように聞きました。それもSOS団の話になると良く笑うって。きっと、それは彼と出会ったからなのでしょう? なんとなくわかります」と言った。
ちょっと、わたしは何もしゃべっていないわよ。何を勝手に。たぶんそのとおりだけど。
「あなたの口からぜひ聞きたいのです。彼の第一印象はどうでしたか?」
わたしの心としゃべっているような感じがする。観察力が尋常ではないのか、尋常でない子なのか。
ならば、心にあることを言おう。
「……そうね。もう運命としか思えなかったわ。もちろん、初めは疑ってたけど」
言いつつ頬のあたりが熱くなるのを感じる。
コーヒーに口をつけて、外の景色をなんとなく眺める。ほんと、いい天気ね。
「ほんとうにいい天気ですね。いまの涼宮さんのような」 わたしに向きなおって続ける。「彼のどんなところでしょうか。以前の同級生として興味があるのです」
むしろあなたに聞きたいわね。そんなに気になることかしら。
「ぜんぶ」 ちょっとちょっと。それって有希のような台詞だわね。
「……などと惚気られても困ってしまいますが」 冗談めかして言いつつ、まだ残っているケーキを小さくしながら上目づかいでこちらを見た。知らないうちに誰にも話したことないような深い部分に探りを入れられているのだが、このときあたしは不思議に思わなかったらしい。
だがなんと答えればよいのか純粋にわからずに、この子はトリートメントどんなの使ってるかなどと関係ないことを考えていたように思う。
少女はまた少し目を細めて「ひょっとして、将来を約束なさっているのですか? いえ、もしそんな話があったらなんてロマンティックだろうと思います。きっと素敵な話です。赤い糸なのです」と付け加えた。
沈黙―
でも逃れられない思いがわたしを覆っていく。この子はキョンのなんなの? こんな細面の、華奢で儚げな女の子のどこにそんな力があるのだろう。凄腕の代理人にチームの花形選手の入団契約を打診されているオーナーのような感覚を覚えた。いやだ。そんな交渉はありえない。どんな大金積まれても絶対にいや。いやなの!
ありもしないそんな圧力をわたしが一方的に感じていると、彼女は少し申し訳なさそうな顔になった。
「すいません。なんだか失礼なことまで聞いてしまいました」
それでも、聞かなくともじゅうぶん伝わりましたというように居住まいをただす。 「こうしてお話できてとてもうれしいのです。わたしの直感ですが、よくお似合いです。ふふ、すこしジェラシーなのです。それにほかにいいお友達がいらっしゃる様子ですね。お会いしたくなりました」
「え、ああ、ごめんなさい。そうね、きっとあなたも気に入るわよ。ちょっと変わってるのばっかだけどね。……でも、ここほんとに奢ってもらっていいの?」
くるくると笑ってワンピースの少女は答える。「モチのロンなのです」

 

大学生風の凸凹コンビが席を立つ。男性が長身なだけなのだけど。どうやら男の方が奢ることで決着したらしく、女性は満足そうな余韻を漂わせている。オーダーメイドのように似合ってはいるが、モノトーンのあのゴスロリ衣装はちょっと暑苦しそうだな。ま、あそこまで堂々と着こなされると何も言えないけどね。

 

「では、わたしはここで」 深めにお辞儀をされる。ちょっと背中がむず痒いな。
こういうときはわざと威勢よく返事してしまう。
「ういっす! ごちッした! えっとね、暇な時にいつでもいらっしゃいよ、SOS団は24時間年中無休であなたを歓迎するわ」 キョンがいたら確実に突っ込まれそうな事をつい言ってしまう。彼女は初めと同じような佇まいで微笑み、そのままわたしに背中を向けた。ほんとうにこの子が来た時はどうしようなどとつまらない詮索はしないのだ。キョンとあたしは真正絶対超確実極厳正な審査のうえお似合いなのだから。

 

「ねえキョン」
月曜日の休み時間である。前の授業中なんとなくうわの空の雰囲気だった後ろの席の女は、やはりどことなくメランコリーな気分を発信している。
どうした、ハルヒ。
「不思議って、やっぱ不思議ね」 どこかで面白い本でも見つけて読んでいるのだろうか。もともととはいえ一層変なことを口にしているハルヒを怪訝な表情で見ていると、「あんた、そういえば同じ中学出身よね、……さんと」
え……
ハルヒが口にした名前は俺にとって対ハルヒ禁則事項に含まれる重要ネームであった。人違いだろうと思いたくても、なにしろその名前は希少価値のあるものなので、まず俺の聞き間違いではなさそうだ。中河が忘れていたらしいのは意外だったが。って、いきなりなぜその名前を……。
どうやったって動揺は隠せないだろうが、一応平静を保ちつつ「ああ。知ってる」と可能な限り素っ気無く言ってみた。
「ふーん。……あんた鼻の下結構長いわね。でも一段と伸びてるわよ。そりゃあれだけかわいけりゃね。あんたじゃなくても無理もないわ」
俺の反応は想定の範囲内だったらしい。すこし胸をなでおろす俺。しかしハルヒはあいつの顔を知ってるのか? 結構長い付き合いなのに気が付かなかった。ん、不思議とあいつがどうつながるってんだ。
「昨日、ハカセくんの勉強を久しぶりに見てあげてたのよ、そしたらその帰りに。わたしでも立ち止まって鑑賞したくなるくらいかわいい子だったわ。偶然だけどわたしに『会いたかったのです』だって。×○…ほら最近リニューアルしたあの店に一緒に入ったの。そこまでの5分くらいで二度もイケメンに声かけられたわ。ま、あの子と一緒なら仕方ないかもだけどね」
ハルヒ自身もそんじょそこらにいない美少女だからだろうよ。
「ばか」 カモノハシのような口を作りながらも若干うれしそうなハルヒにシャーペンで鼻先をつつかれた。
だからあぶねえって。だがどうやら機嫌はいいらしいね。
そうか、話が合うんだろう。あいつもやたら宇宙とか超能力とかに興味があったからな。そういう意味でハルヒの御眼鏡にかなったのだろう。
ハルヒはフフンと笑う。
「まああんたじゃとてもじゃないけどあんな出来た子は釣り合わないってものよ。あんなに綺麗で、守ってあげたくなりそうな微笑みちゃんで、どっか儚くて、でもしゃべってみるとものすごく賢いのよ。うん、勉強じゃわたしも敵わないかもね。体育系なら別だろうけどさ」
めずらしく素直に相手を認めるハルヒだ。これは希少かもしれん。
いや、おい、じゃあ俺とお前はどうなんだ。釣り合わないとか言いたいのか? そりゃおとなしくすましてる分にはかわいいし学業もほとんど万能だろうけどさ。
するとハルヒはシャーペンで指差した鼻先から順に俺の顔をねめつけながら憎まれ口を叩く。
「……そうよねえ。なんであんたなんかと」 そんな悪態をついてくるが、それが本気か冗談かの見分けくらいはつく。これは猫の甘がみのようなものだ。
「でも、その子とね。あんたの話になったんだけど」
今度こそすこし伺うような目。ああ、いったいどんな会話になったのか。なにしろ国木田あたりに言わせると付き合っていたの部類に入るらしいのだ。そういう情報に過敏とも言える反応を示すハルヒのこと、下手を打つとただではすまないだろう。

 

そんな心配をよそに、俺の目をじっと見つめながらハルヒは続けた。
「ふふ、あんたを誰かに取られるくらいなら、地球をヤフオクに出して宇宙人に売ってやるわよ。USAにだって文句は言わせないわ」 冗談めかしながらもものすごいことを言う。
地球よりも俺のほうが大事だと言いたいらしい。こいつなりのジュテーム。周囲の女子に微笑ましく見られているように感じる。ほぼ公認の仲とはいえやはり恥ずかしいぜ。しかしなんて言ってたんだ?俺のことを。
「あんたの顔は知ってるみたいだったけどね。それよりあたしたちのこと聞きたがってさ。出会ってはじめての印象とか、どうして気に入ったのかとか、将来のことまでね、いろいろ。変な子よね」 
まるで見合い相手の親が相手の過去を洗うために雇った調査員の勢いだな。
なんでまたそんなことを……
俺を観察するような目で見ていたハルヒだが、すこし目をそらしてからやや真剣味を帯びた表情を作ってつぶやいた。
「……あんたたち、どういう関係だったの?」
顔見知りだって言ってたんだろ。
「うそ。それだけじゃ絶対ない。わたしに会ったのだって……。たぶん、あんたとわたしのことを知りたかったのよ」 そこまで勘ぐられると言い訳しようがなくなってくる。
だがそんな心配をされるくらいには、ハルヒと俺はお互いが気になっているわけで、それは他の奴から見ればもう鬱陶しいくらい、そうだな、ラブラブってやつなんだろう、ね。そこの谷口くん。なんとなしにジトッした目線と合う。かまうもんか。
「俺からも言わせてくれ」 「なに」 拗ねたような顔で上目遣いのハルヒ。
「俺のお袋の味を作れるのは、お袋自身を除いておまえだけだ。ベタだがこれは俺にとって結構重要なんだ」
すこし沈黙してキョトンとして、そのあとクッと笑いをこらえながらハルヒは言った。
「クク、なによ、それ」
「心配すんなってことだよ。でも心配させたんだな。すまん」
ハルヒの前髪のあたりをいじりながら俺は答えた。

 
 
 

鏡台の前。
左手に持ったこの携帯電話のディスプレーが写すひとつの番号をわたしは見つめている。
『中学の同級生』グループに入れる番号かもしれないが、わたしはその番号を『プライベート』に振り分けている。その他大勢にしたくなかったから。
すぐにでも発信できるだろう。
けれど話す言葉がみつからない。話したいことはいっぱいあるのに。
彼女はやっぱり思ったとおりの人でした。とてもお似合いです。綺麗で、あなたの話をしている彼女は目がキラキラしていて、もっと綺麗に見えました。彼女はあなたが大好きなのです。だからあなたをもっと見たいと目が輝くのでしょう。それくらいに、心を覗かなくてもはっきりわかるくらいに。
それはずっと昔から定められていたような、まぶしくて直視できない直射日光にも似た出会いだったのでしょう。SOS団なるものも。涼宮さんはあなたのためだけに作ったのです。あなたは気づいていましたか?
いいえ。
こんなことを言って何になるのだろう。
わたしの心は、いったい何を望んでいるのだろう。
それとも。
あなたの顔を見たいとでも言ってしまおうか。わたしはあなたに会いたいと願っていると。あなたの飼っているという三毛猫の顔を見たいとでも。あなたのかわいい妹さんに会ってみたいなどと。プラネタリウムの新作がとてもすばらしいのです……でも一人では不安です、一緒に見に行ってくれませんか。それともこの間持ち上がった同窓会の件で相談したいと切り出そうか。いっそ、彼女に聞いたSOS団のみなさんに興味があるのです、それであなたに……と。
ぜんぶほんとうのことだ。それをそのまま伝えようか……
でも。
わたしにはできない。したくないのではないけど。今のまま遠くから見守っているだけ。鏡のなかに映るわたしに、わたしはつぶやく。発信の実行を問うディスプレーに目を落とす。たった一つのボタンで、彼につながるのだ。たぶんつながるだろう。
一瞬、得意な料理を自宅で振舞っている自分と、満足そうな顔で食べている彼の様子が浮かんでくる。
願うことは自由なのだ。そして……鏡に目を戻したわたしは悲しそうな顔を見つめる。それでも願うことはできる。でも、
それだけ。