もしもデスノートみたいに願いを叶えるノートがあったら… (136-258)

Last-modified: 2010-11-28 (日) 20:16:55

概要

作品名作者発表日保管日
もしもデスノートみたいに願いを叶えるノートがあったら…136-258氏10/11/2810/11/28

 
デスノートを基本としたパロディ物につき、原作との相違点は大目に見てください

作品

「でねキョン、あたし思ったんだけどデスノートって暗くない?」
そりゃ当然だ。人を殺すノートの話で明るくしようがないじゃないか。大体デスノートに明るさ求めてどーすんだ。
「そうよね。だったらさ、人を殺す事だけじゃなくて、もっと色んな願いが叶うノートがあれば素敵じゃない?」
あるのかそんな物が。
「あるのよ。このノートがそうなの」
そう言ってハルヒは自分のカバンを漁り、一見ただのジャ○ニカ学習帳にしか見えない新品のノートを取り出した。
このノートが何だってんだ。
「そうかも知れないわね。でもこのノートは普通のノートとは違うの。名づけて『その通りになるの です帳』!!」
フワッツ?
今何と言ったのか説明してくれ。俺の耳にはお前の声が届かなかったようだ。
「だから、『その通りになるの、です帳』!!」
発音を区切り直さんでいい。何なんだそのデスノートみたいなネーミングは。
「あんな人を殺す事しかできない奴と一緒にしないでよ。このノートは、もっと明るい願いを実現するためのものよ。
このノートに書き込まれた夢や願望は、全部実現するの」
そうか。まさかどんな願いでも叶う、とか言わないよな?
「そうよ。そのまさかよ。ってキョン、あんた顔色蒼くなってるけど大丈夫?」
一応聞いておこう。その『です帳』なるノートは、どうやって夢や願いを実現できるんだ?
「そんなの決まってるじゃない!気合と根性よ!」
古いスポコン漫画にありがちな単語が出てきやがった。そんなんでいいのか?
「強い願いを込めて文字にすれば、その願いはいつかきっと叶うの」
そうなのか。それは知らなかったぜハルヒ。
「そうよ!世の成功者はみんなそうして夢を実現してきたんだから!ノートに自分の願いを具体的に書いて、苦しいときにはその願いを読み返すの!そうすればどんな願いだって叶うのよ!」
そういう意味かい。別に物理法則を捻じ曲げるとかそういう事はないんだな。心配して損したよ。
「何が心配なんだかわかんないけど、とにかくそういう事だから。キョン、このノートに願い事を書きなさい」
何で俺が書かなきゃならないんだ。願いが叶うノートなら、自分で使えばいいじゃないか。
儲かる株がありますよって勧誘する証券会社が多いが、儲かるんだったら自分で運用すればいい。
お前のやっているのは、そのいかがわしい株屋と同じことじゃないか。
「うっさいわね!あんたに必要なのは努力と向上心よ!そんな怠惰な生き方で、この先世間を渡って行けると本気で思ってんの?!ノートに願いを書いて、その願いを実現するよう努力しなさい!いいわねっ?!」
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
「涼宮さんはまだ教室に? 他の全員が部室に顔を揃えているのですが」
あいつは掃除当番だから遅れてくる。だからハルヒの目を盗んで、昼休みにメール送って全員に召集かけたんだよ。
「当該ノートの検分を行なうには好都合。見せて」
「これが問題のノートですか」
気をつけろよ。捲ったページから舌出してくるかもしれないぜ。
「ノートは舌を出さない。けれどもこのノートは、舌よりも危険な物である可能性が非常に高い」
何だよ長門。
勿体ぶらずに説明を頼む。一体このノートはどれぐらい危険なんだ?
「このノートに書き込まれた事柄は、現実の物理現象を無視して全て実現すると思われる」
マジでか。長門が無言で頷いた
「このノートは確率を操作して未来を変えることができると推測される。原理的にはおそらく量子宇宙をスライドするテレポーテーションの一種で……」
専門的な話はいい。要するに、不可能を可能にするノートってわけか。何ともハルヒらしいノートだな、おい。
「そうやって、人類は進歩してきたんですねぇ。物理現象の限界を乗り越えようと、何人もの人たちが努力に努力を重ねることで、不可能を可能にしてきたんだわ」
いやいやいや朝比奈さん、そんな綺麗にまとめてもらわなくとも結構です。
それに今の長門の話聞いてましたか? 未来を変えるノートって、朝比奈さんには非常に危険な物じゃないんですか?
「それは……このノートが現れたということは、既定事項だと思うんです。このノートによって変えられた未来が、あたしのいた未来なのかもしれません。でなきゃあたしが見る前に処分されているはずだもの」
そういう事ですか。朝比奈さん(大)が現れていない所を見ると、確かに未来にとって安全なものなんだろう。
あの人の対応が遅れているだけ、という不安は残るが。
「しかし長門さんの話にはまだ憶測の部分がありますね。実際に確認してみない事には、真相は何一つ解りません」
じゃあ俺が試しに何か書いてみよう。例えばこういうのはどうだろうか?
 
『古泉一樹 午後4時31分 文芸部室にて急性心不』
 
「何書いてるんですか!」
いやこのノートが本当に現実を歪める能力を持っているのかどうか確かめようと思ったんだ。
「だからって、何ちゅう物騒な事書こうとするんですか?!恐いですよ!恐すぎますよあなたって人は!
消しますよこんな物騒な文章!」
じゃあ解った消してくれ。今度はもっと別の事を書こう。例えばこんな願いだ。
 
『朝比奈みく』
 
「ふえええ、な、何書こうとしてるんですかぁ!」
ちょっと朝比奈さん。背中をポカポカ叩かないでください。何も書けないじゃないですか?
「だって、だってキョンくんってば、あたしがえっちな格好をするようにって書こうとしてたでしょ!」
そんなことはないですよ朝比奈さん俺はハルヒと違って理性で動くんです信じてくださいトラストミー。
「嘘っぽいですぅ。キョンくん目が泳いでますよぉ」
「やはりですか」
「……不潔」
長門の液体ヘリウムみたいな痛い視線が突き刺さる。何かに目覚めてはいけない性癖が鎌首をもたげそうな勢いだ。
「いいからわたしに任せて。あなたよりも安全な願望を書き込むことで、ノートの潜在能力を確認してみる」
おいおい何を書き込むつもりなんだ長門よ。
「意外ですね。まさか長門さんにこんな願望があったとは……」
「でも可愛いですね、このお願いって」
確かに長門がこんな願いを持っているとは想定外だった。長門には読書少女っていうイメージがあったからな。
 
『この世界の【鍵】がチャンゲと叫ぶことにより、【鍵】はヒーローに変身することができる』
 
OK一つずつチェックしていく事にするか。少々頭痛が痛むが。
なあ長門、この【鍵】ってのは俺の事だよな?チャンゲって何なんだ?
それになぜヒーローに変身する必要があるんだ?
「【鍵】はあなた。チャンゲとは英単語changeの発音間違い。ヒーローはわたしの趣味。さあ叫んでみて」
簡潔な説明をありがとう。大体何でこんな卑猥な印象を受けそうな恥ずかしい掛け声を上げなきゃいかんのだ?
「日常的に口に出す単語を避けた。それに羞恥心によって、掛け声の濫用を避けようとする自制作用が期待される。
今のところ、これが一番安全な確認方法。さあ叫んでみて」
「僕からもお願いします」
「あたしからも」
「三対一で賛成多数。多数決の原則に基づき、チャンゲと叫ぶことを強く要請する」
そういうのを数の暴力というんだ長門。まったくハルヒの悪い所ばっかりマネするんじゃない。
「叫んで」「叫んでください」「叫んでもらえますか?」
……解ったよ。不本意だが、この場を収めるのには他に手はなさそうだ。
「ちゃ、『ちゃんげ』!」
「声が小っせえ!!」
誰だよ今の気合入りまくった声は?まるで木刀抱えたレディースみたいにドスが利いてたぞ。
改めて訊こう。誰だ一体?
「なんでもないですぅ。キョンくんもう一回」
なんだか誤魔化されたような気がする
「『チャンゲ』!!」
「もっと大統領みたいに、自分を変革するつもりで叫んで」
「『チャンゲ』!!!!」
 
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何か自分の内面から迸る欲動のような閃光が部室を包んだかと思ったら、既に俺はヒーローになっていた。
朝比奈さんが愛用する鏡の前に立ち、自分の姿を確かめる。見慣れた北高の制服姿じゃなかった。
何だこのフルフェイスバイザーは。戦隊ヒーローとバットマンを折衷したような恥ずかしいコスチュームは。
「……ヒーロー。これこそヒーローの姿」
長門が黒檀のような瞳を輝かせ、俺を一心に見つめていた。お前の中のヒーロー像ってこんなんかい。
「なんだかカッコいいですね」
そうですか。朝比奈さんがそう言ってくれるなら自信が持てますよ。
古泉が何かを告げようとしたその瞬間、部室の扉がバンと大きな音を立てて開き、
「みんな遅れてメンゴメンゴ、って何そのコスプレ?! ひょっとして中身はキョンじゃない?」
なぜハルヒは一瞬で俺だと判断できたんだろうか。顔はバイザーで隠していたし、声だって出した覚えはない。
「だって有希とみくるちゃんと古泉くんがいるんだもの。あんたしか残ってないじゃない」
ああそうかい。さすがは名探偵ハルヒさまだ。
「茶化さないでよ。そういえば、ノートに願いを書いたのかしら?」
よせハルヒ。そのノートを見るな。今そのノートを見られたら死にたくなる。お願いだから止めてくれ。
「どれどれ……って何この願望?!あははははははは」
おいハルヒ笑うな。腹抱えて床転げまわるな。ヒーローネタがそんなに可笑しいか。
「イタい、イタすぎる!キョンあんたにこんな子供じみたヒーロー願望があったとは!しかも自分が世界の【鍵】だなんて!そういうのを中二病っていうのよね!」
だから笑うな。ミジメな気分になっちまうじゃねえか。大体それ書いたの俺じゃない、長門だ。
「嘘おっしゃい」
ウソじゃねえよ筆跡見ろよ。って長門、お前俺の筆跡をマネて書きやがったなコノヤロ。
「隠さなくてもいいわよぅ!そんな作りこんだコスプレを用意するぐらいヒーローになりたかったんでしょう?バットマンと戦隊モノに憧れてたんでしょう?」
……まあ、全く憧れてなかったと言えばウソになるが。
「でしょう、認めちゃいなさいよ自分の幼稚な部分も」
なんだよハルヒ。お前やけに嬉しそうじゃないか。その百ワットの笑顔も久し振りだな。
「きっとあなたの知られざる一面を見ることが出来たからですよ。僕には解ります」
黙ってろ古泉。
「それにしても、随分出来のいい衣装ね。いっそ自分たちでオリジナルの戦隊を作ってみようかしら?」
また要らん事を考え始めたよこの人は。
「それにしても、ヒーローなら必殺技とか考えないとダメよね。例えばこんなのはどうかしら?」
そう言うとハルヒはノートを団長席の上に広げ、ウンウン唸りながら何か設定らしき物をシャーペンで書き始めた。
ハルヒそれ俺のノートじゃなかったのか?
「いいじゃん。あんたの夢は解ったんだから、こっから先はあたしに任せなさいよ。
あんたをメッチャ強くてカッコいいヒーローに仕立ててあげるわ!」
つくづく余計な事を。
 
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それから12月までの間、俺の生活は激変した。
このノートは異次元の存在を引き寄せるらしく、そいつらはこの三次元世界を侵略しに地球までやって来たのだ。
強い相手だった。手強い相手だった。ゲームと違って、危なくなったらスタコラ逃げる訳にも行かない。
いつぞや見せてもらった『神人』とやらの戦いにも匹敵する体験を、何度も何度も重ねたのだ。
ハルヒの事で愚痴る古泉の気持ちが少しは解った気がする。あんな苛烈な戦いを何度も繰り返していれば、心身ともに消耗するのが当たり前じゃないか。
斜に構えたあいつの態度も、普段の消耗を考慮すれば仕方ない面もある。
とはいえ苦しいばかりでもなかった。
古泉の『機関』、朝比奈さん(大)、そして長門の親玉が協力して俺をサポートしてくれた為、何とか異次元からの侵略を諦めさせる事に成功した。
あいつらと戦いに、山奥の全寮制の学校に行ったこともあったっけ。あそこは最低だ、古泉の同類みたいな奴しかいなかった。
笛とか筆とかスケッチブックを使う、ご当地戦隊的な活躍をする女の子の集団とも共闘したっけ。
ハルヒがやたら彼女らの事を気に入り、交流の末に念願のオリジナル戦隊を結成したのではあるが、それはまた別の話である。
 
それから俺に対して一番貢献してくれたのは、何を隠そう涼宮ハルヒその人である。
本人にその自覚はなかっただろうが、あいつが考案した必殺技がなければ何度死んでいたか分からない。
【ファイナルビーム】
【デルタエンド】
【ヒートショック】
実に強力な技だった。ハルヒの考えた技らしい、強力すぎて扱い辛い技ばかりだったが、しかしあの威力がないと異次元侵略体には全く通用しなかったんじゃないだろうか。
俺が今日まで生きてこられたのは、SOS団をはじめとする様々な仲間たちのお蔭なんだろう。
 
それら大切な者を理不尽にも失った12月も末の今、俺の心はどんな状態になっている?
あいつの定位置に朝倉が座っていて、古泉もクラスごと消えちまって、朝比奈さんは俺とは縁も由もない書道部員で、長門はただの読書好き少女になっちまった。
おまけに使い込んで所々傷みかけたノートに、中学生でも考えないようなヒーローの痛い設定を内緒で書いていた事も、クラスメートにはバレちまった。
くそったれどもが。
その設定は俺が書いたんじゃない。ほとんどが涼宮ハルヒの発案なんだよ。ハルヒはいたんだよこの教室に。
俺がそう言うと、クラスメート達はまるで不治の病に冒された病人でも見るかのような目で俺を憐れんだ。
もう止めだ止め。
俺一人がヒーローに変身できたところで、どっかに消失しちまったハルヒは戻ってこない。
たとえchangeの読み間違いから生じた『チャンゲ』という痛い掛け声を上げたところで――
 
――ちょっと待て。
 
俺がヒーローに変身できたということは、この世界が改変されてもノートの効力は残っているということではないか。
だとしたら。
 
向こうの長門が残した『鍵』なるものが何であるのか、まだ判っていない。タイムリミットは刻一刻と迫る。
もしかしたら時間の無駄かもしれない。
だが手掛かりが何一つ掴めない現状で、俺が出来る事など他にはなかった。
この半年近い思い出の詰まったヒーローの設定を、消しゴムで綺麗に消してゆく。
一文字ずつ丁寧に、何の痕跡も残さないように。
そうしないとどんな副作用が出るか分かったもんじゃない。
消え残った文字列が『じゃがいもにけがはえた』というような未来日記を構成してしまったら敵わん。
変なのはこの世界と長門と朝倉だけで充分だ。これ以上災厄を増やしてなるものか。
いや。
既に俺がやろうとしている事が、この世界にとって最大の災厄であるのかもしれない。
宇宙人未来人超能力者や上位世界、ネコ耳ロボットに妖精。D-マニューバ。
そんなトチ狂ったシロモノが存在する世界というものがおかしいのだ。
そのおかしい世界を望んでいる時点で、俺は狂っているのかもしれない。
あるいは世界の全てが狂っていて、俺だけが正常なのか。ならば俺は一体何を信じて行動すればいいのだろう。
全てが狂っているのであれば――
全てが狂っているのであれば、俺は自分を信じて戦う。
そう。
今から俺が行なうのは、世界に対する戦いである。
二度と消しゴムで消せないように、鉛筆じゃなくてペンを持つ。書き損じる訳には行かない。
受験勉強の日々よりも、本番の入試の時よりもずっと強い祈りを込めて、俺は一文字ずつ帳面に認めていった。
 
――俺はハルヒにまた出逢う
――俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う
――俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う
――俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う
――俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う俺はハルヒにまた出逢う
 
薄明が差し込む部屋の中、ノートの全てを文字で埋め尽くした頃、セットしておいた目覚まし時計が鳴った。
12月20日。向こうの長門が残したタイムリミットが今日だ。
一睡もできず疲労も溜まっているのに、頭の奥が妙に冷たくて奇妙な感覚だった。
俺は二度とヒーローに変身できないだろう。変身能力と引き換えに書き込んだ内容が、実現するかどうかも解らない。
だがハルヒは熱く語っていたじゃないか。『願いを文字にすることで、どんな願いでも叶うのだ』と。
いずれにせよ。
俺が鍵を見つけ出し、元の世界に戻れるかどうかは、今日判る――
 

<<終>>