アレルギー (54-609)

Last-modified: 2007-08-01 (水) 02:01:22

概要

作品名作者発表日保管日
アレルギー54-609氏07/3107/31

作品

「ねこ~ねこ~」
「こら!やめろ!お前猫アレルギーだろうが!」
たまたまやっていたアニメを見ていたら猫好きなのに猫アレルギーな女の子が出ていた。
好きなものアレルギーって大変ね。あたしならもうなにもかも嫌になるかもしれない。
でも結局近づくんだろうなって思う。一回くらいならなってもいいかもしれない。
…そのときキョンならどうするだろう。アニメの方は男の子が心を鬼にして引き剥がしてた。キョンなら…。
 
翌日学校に行く途中近所の猫を触ってみた。けど何にも起こらなかった。
猫好きなつもりだけど何にも起きなかったな。っていうかいきなりアレルギーになるわけないけどね。
教室に着くと珍しくキョンが先に来てた。「よお」なんて冴えない挨拶してくる。
まあキョンだししょうがないわよね。「おは…くしゅん!」
あれ?風邪?
「どうしたハルヒ、風邪か?」
キョンがあたしの額に手を伸ばしてくる。
「くしゅん!」
またくしゃみ。驚いたキョンが離れるとくしゃみは止まった。でも近づくと「くしゅん!」
まさか…これって…。
 
午前中はできるだけキョンと机を離して授業を受けた。
いつも目の前にあるキョンの背中がいつもより小さい。
手を伸ばしても届かないその距離がとても嫌だった。
 
お昼になってキョンが席を立つ。
「部室に行くぞ」
キョンには事情を話した。事情っていっても昨日見たアニメのこととアレルギーの話だけ。
キョンは少し考えて有希に見てもらうことにしたみたい。確かにあの子物知りだけどこんなこともわかるの?
途中の廊下、あたしとキョンの間には距離がある。
いつもはどれだけ近くを歩いていたかを思い知る。
こんな風に距離があいたままなんて嫌だった。
部室に入ると有希はいつものように本を読んでいた。キョンが説明をする。
有希はキョンの説明を聞いて立ち上がった。
あたしの目や口、キョンの髪とかいろいろ見てた。なんか本格的。でも逆に怖い。
「間違いなくアレルギー症状」
有希はいつもどおりの感情をこめない口調で言った。それがまるで病気を宣告する本物の医者みたいに見えた。
「昨日まではなんともなかったのよ!いきなりアレルギーなんてあるの!?」
「…ありえなくはない。とても珍しいケース」
「なんとかならないの!」
「ハルヒ、怒鳴ってもしょうがないだろ。落ち着けって」
「なんであんた落ち着いてるのよ!あんたとあたしのことでしょ!」
落ち着き払った様子のキョンが嫌だった。このままずっと近づけないかもしれないのに。
「とりあえず長門の話を聞こう。な?」
しぶしぶと椅子に座る。
「で、長門なんとかなるか?」
「…可能、でも時間がかかる」
「どれくらいだ?」
「…一週間」
な!?そんな、一週間も?キョンに近づけないまま一週間も?
「それが長門の精一杯なんだな?」
有希はわずかにコクリと頷いた。
 
その日はやる気が出なかったので活動は自主休業にした。
嫌だった。キョンに近づけないのが嫌だった。
アレルギーのことなんて忘れてた。
ただただキョンと一緒にいたいって思ってた。
その日見た夢は普通の日常そのもの。
あたしとキョンが一緒に話したりお弁当食べたりしてるだけのつまらないもの。
朝起きて、それがどんなに楽しいものだったかを思い知る。
「うっ…くっ…は…やだよ…やだよ…うう…」
あたしは泣いていた。
 
 
なんて夢だ。良い夢過ぎて悪夢に思えるなんて戯言にも程がある。
なんてことはない、いつもあいつと過ごしているままの夢だというのに。
 
昨日、自主休業になったのをいいことにみんなに相談してみた。
「つまり涼宮さんの『好きなものがアレルギーだったら大変だろう』という思いが実現してしまったわけですね」
「そう」
「だがなんでまたハルヒ自身にそのアレルギーが?」
「そのアニメーションについて今調べてみたのですが…」
古泉がパソコンをいじりながら答える。
「詳細については割愛します。とどのつまり涼宮さんはあなたが止めてくれるかを知りたかったのだと思います」
「話が見えん。もう少しわかりやすくならないか?」
「主人公はたとえ恨まれてもヒロインのためにやめさせました。それが本意か不本意かはその際問題ではないでしょう。つまり涼宮さんはたとえ逆らってでもあなたが止めてくれるかを知りたかった」
いまさらそんなの気にするのか。いままでだって散々そうしてきたというのに。
「ただし運悪くというか必然的にというかアレルギーの対象があなたになってしまった」
そうするとあいつが好きなものは俺になってしまう。だからそこはおかしいと思うのだが。
「…まあその点は本人達同士の問題ですのであえて言いません。問題なのはなぜそれが今も続いているかということです。涼宮さんが望んだ能力であるなら涼宮さんが望まなければ消失するはず」
「涼宮ハルヒの意識の問題」
長門は相変わらず説明が長すぎるか短すぎるかの2択だな。
「なるほど」
にもかからわずこっちの説明好きはあれだけの情報でなにがしか理解したらしい。
「つまり今の涼宮さんが望んでいることは『病気などなければいい』ではなく『一緒にいられないのが嫌』なのですね」
どうも主語が抜けていてわかりにくい。
「言うまでもないでしょう。あなたですよ」
「だからなんで俺なんだ」
「…涼宮さんは現在アレルギーの為、あなたに近づくことができない。それに大変ショックを受けている。それで十分でしょう?」
「遊び道具に触れないから一時的にへこんでるだけだろ」
「それを本気で言っているなら今後あなたとの付き合いかたを改めなければいけないところです。しかしあなたは簡単に本心を話す方ではありませんからね。でも覚悟してください。涼宮さんのいない日常を」
「大げさな。たかが一週間だろ。その間ハルヒから開放されると思えばむしろ喜ぶべきだろ」
「その台詞を録音して一週間、いや4日後のあなたに聞かせて差しあげたいですね」
皮肉だかなんだかわからない古泉の台詞を無視して質問する。
「そもそもなんであんなアレルギーがあるんだ。あいつはそこそこの常識を持ち合わせてるんじゃないのか?あんな急なアレルギーなんてありえないと思うんじゃないのか?」
「件のアニメーションの影響でしょう。好きなものに対するアレルギーがあり、自分がそれに発症した、その事実だけでそのアレルギーはこの世に存在するんです。まあ原作では好きだからアレルギーになったわけではないようですが」
なんというか、俺は頼まれても神様になんてなりたくないね。
「ともかくあなたには出来るだけ涼宮さんがストレスを感じないようにして頂くしかありません。お願いします」
そんなのお願いされても困るんだがな。
 
ハルヒから何もしてこない。
授業中がこんなに安全なものとは知らなかった。ハルヒの奴授業中関係なしにちょっかい出してくるからな。
「くしゅん!」
背後で聞こえるくしゃみ。声からして結構離れている。おそらく手を伸ばしても届くまい。
つまり俺は入学以来始めてハルヒの手の届かない場所にいるのではなかろうか。
これはある意味偉業と言えるかもしれないな。
「くしゅん!」
…しかし止まらないな。俺は悪くないはずだがくしゃみのトリガーは俺だというのは事実だ。多少の罪悪感はある。
「くしゅん!」
というか昨日より酷くなってないか?
 
 
結局今日も活動は中止。
丸一日キョンと話さなかった。
学校がある日に話さなかったのなんてSOS団を作ってからは初めてかもしれない。
しかも症状が悪化してた。
昨日は大丈夫な距離だったのに今日はくしゃみとかが止まらなかった。
明日が怖い。
 
またキョンと一緒いる夢を見た。
無くしてから気づく大切な物なんて陳腐なフレーズが頭をよぎる。
そんなわけない。あたしは無くしたわけじゃない。だって有希が一週間で何とかできるって言ったもん。
有希は不思議なところがあるけど絶対に嘘はつかないって信じてる。
 
学校に着いた。
「くしゅん!ずず…くしゅん!」
朝ホームルームが始まってもくしゃみと鼻水と涙が止まらない。
クラスの奴がみんなこっち見てる。
ムカつく。見世物じゃないわよ!と怒鳴ってやりたいけどそれすら辛い。
「涼宮、大丈夫か?」
担任がアホ面晒して聞いてくる。大丈夫じゃないから困ってるんじゃない。
「悪性の花粉症か?だったらこっちの廊下側に席替えるか」
え、ちょっと待って、それじゃキョンから離れて…。
「それがいいと思います。涼宮が辛そうなんで今すぐ席替えましょう」
………え?キョン?
「そうだな。じゃあ………」
呆然としているといつのまにか席が替えられてた。
え?キョン?なんで?キョン?なんで?
キョンをみる。一瞬目が合い、キョンは目を逸らした
すとん、と席につけば目の前には知らない背中。
キョンがあたしを突き放したことと知らない背中。
その二つがあまりに信じられなくてあたしは誰にもわからないように震えていた。
 
 
仕方ないだろう。あんなに辛そうなんだ。
ちらっと見たハルヒの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
止まらないくしゃみを聞いているのもおれ自身が辛かった。
だから岡部の提案は渡りに船だ。
古泉からもストレスを感じさせないように、なんて言われてる。
少なくともずっとくしゃみが止まらないなんて状況よりはマシなはずだ。
でも席が替えられている間ハルヒは呆然としていた。
そして一度だけ合ったハルヒの目は何か信じられないものを見るような目だった。
そんなハルヒの目が恐ろしくて目を逸らせてしまった。
何を恐ろしく感じたのかわからないまま。
 
授業中、背後を気にしなくていいというのはなんとも気楽だった。
普段はいつハルヒの襲撃があるかに怯え気を張っていたからな。
逆に今は少々眠い。緊張感のキープという点ではハルヒは役に立っていたのかもしれない。
そう考えると俺は約一年にわたってハルヒを気にし続けていたということか。
 
休み時間になり自然に振り向く。
「なあ、ハル…」
そこにあったのはクラスメイトの怪訝な顔。
「っと、スマン」
前に向き直る。
正直言おう。俺は動揺していた。間違えてしまったことに対して恥ずかしいと思うこともなく。
いつもいたはずのハルヒがいない。それはまるであの消失の時のよう。
思い出すだけで少し手が震えていた。
…待て、今一度見ただけの俺がここまで動揺してるんだぞ。
じゃああいつはどうなる。
俺がこっちでは3日間入院していた。つまり3日間あいつは俺がいないということを見せ付けられていたということだ。
今あいつの前には知らない背中があるはずだ。
今一瞬だけ思い出した俺がここまで動揺してるんだ。この一時間それを見せ続けられてきたハルヒは?
落ち着け。ハルヒだぞ?あの涼宮ハルヒだぞ?唯我独尊を地で行くあいつがこんなことでおかしくなるはずがない。
あいつは俺より遥かに強い。だから大丈夫なはずだ。
ほら今だってハルヒは新しい席でおとなしくじっとしてる。何も問題ないじゃないか。
席替えなんていつもあることだ。いちいち気にしてたってしょうがない。そうだ問題ないなんかあるはずもない。
ハルヒの席を見やる。いい席じゃないか。むしろ席替えを薦めた俺に感謝して欲しいくらいだ。
………俺が薦めた?あの席に、あの環境に、あの時のことを思い出させる環境にしたのは、俺だ。
もしもあれが逆だったら?
いきなりハルヒに「席替えしなさい」って言われて、わけもわからず席替えして、知らない奴が後ろにいたら?
やめろやめろやめろ。震える手を押さえつける。
もう一度ハルヒを見ようとして視線を感じ廊下を見る。
古泉が、あの微笑を絶やさない謎の転校生古泉一樹が、俺を親の敵のように睨んでいた。
すくんだ俺を無視して古泉は携帯電話を取り出し何か会話をしていた。
もう一度俺を睨んで古泉は足早に去っていった。
恐る恐るハルヒを見る。まだ席でじっとしていた。
…なぜ気づかなかった。あいつがじっとしてるなんてそもそもそれこそがおかしいじゃないか!
席を立ちハルヒに駆け寄る。
その顔は恐ろしく白かった。
 
 
「くしゅん!」
なんでキョンがいないのにアレルギーが?って思ったらいつの間にかキョンが近くに来ていた。
バカ、あんたから近づいてきたら意味ないじゃない。なんて軽口を叩こうとした。
でもキョンは見たことないほど真剣な顔をしてた。
「ハルヒ、保健室行くぞ」
「え?何言ってんのよ、いきな、くしゅん!」
やっぱり止まらない。どうしたんだろう、キョンは。
もうすぐ授業が始まる。なんとか知らない背中にも我慢してたって言うのに。
「いいから」
そう言ってあたしの手をとるキョン。
「くしゅん!」
やっぱりアレルギーは止まらない。
「くしゅん!」
でも久しぶりに触ったキョンの手が、固く握られたその手が、なんだか嬉しかった。
 
「すいません、病人なんでベット借ります」
保健室に入るなり勝手に断ってあたしをベットまで連れて行った。
なんだかこんな風にキョンにリードされるのは初めてだからドキドキする。
しかも行き先はベット。保険の先生はいないみたいだし、あたしはなにされるんだろ。
なんて想像も「くしゅん!」っていう自分のくしゃみで吹き飛ぶ。
ティッシュで涙と鼻を拭う。たぶんひどい顔してるんだろうな。
 
ベットに寝るとキョンは少し離れた。楽になったけど少し…寂しいというかなんと言うか。
普段のあたしならこんなこと思わないのに。病気は人を弱気にするって言うのは本当かもしれない。
「いいか、ハルヒ」
キョンが宣言するようにはっきりと言う。
「昔から病は気からという。だからお前のアレルギーも全部気の迷いだ。そんなものはありえないと信じろ」
………キョンが壊れた。
どうしたんだろう。こんなこという奴じゃなかったのに。あたしがあんまり情けないから変な影響受けた?
ともかくベットに寝るべきはキョンのほうじゃないかしら。
「あんた、大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。とにかく信じろ」
これは本格的に危ないかもしれない。ここは団長として優しい目で見守ってあげなくちゃ。
「キョン、あなた疲れてるのよ…」
キョンは少したじろいだ。自分がどれだけおかしなことを言っているのか理解したのかしら。
「おかしなことを言っているのはわかってる。でも、信じてくれ、としか言えないんだ」
キョンはあたしの傍に来て手を握った。
「くしゅん!」
予想通りアレルギーがぶり返す。
あたしを見るキョンは本当に辛そうだった。キョンにこんな顔させたくなかった。
「俺を信じられなきゃ古泉でも長門でも朝比奈さんでもいい。お前は団長なんだろ。団員の言うことくらい信じろ!」
キョンの目は真剣だった。
「俺アレルギーなんてもんはない。触れないなんて嘘だ。そんなものは最初からないんだ」
こんな一生懸命なキョンは初めて見た。
「あんたもしかして、あたしと一緒にいられないのが寂しいの?」
つい聞いてしまった。キョンがそんな質問に答えるはずないのに。
「そうだよ、悪いか」
…固まってしまった。そんなにはっきり言われるとは思わなかった。
不意打ちはずるい。不意打ちはずるい。
心の準備してないときに言うのはずるい。
弱ってるときに言うのもずるい。
こんな時に言われたら、本気にしてしまいそう。
顔と胸が熱くなるのを抑えられない。
キョンに見られると思って慌ててシーツをかぶる。
「わかったわよ、信じればいいんでしょ、信じれば!」
キョンがあたしと一緒にいたがってる。それが嬉しくてしょうがなかった。
だからこんなアレルギー邪魔だ。これさえなければあたしたちはいつもみたいにいられる。
こんな病気さえなければ。こんなアレルギーさえなければ。
こんなのはアニメだけにある病気。現実にはない。
あたしとキョンの間に、こんなものは、ない!
 
 
ハルヒが固まってる。何かまたおかしなことを言っただろうか。
でもしょうがない。なんとしてでもハルヒに思い込ませなければならない。
そうでなければまたあんな思いをすることになる。そんなのはゴメンだ。
ん?なんだかハルヒの顔が赤いような…と思っているとハルヒが頭から布団をかぶった。
片手はまだ握っているから片手で布団かぶったのか、器用な奴。
「わかったわよ、信じればいいんでしょ、信じれば!」
布団を通してのくぐもった声。今ハルヒは祈っているのだろうか。
ここまで来たら俺に出来ることなんてない。
いや一つあった。ハルヒの手を強く握る。ハルヒも強く握り返してきた。
きっと、大丈夫だと、そう思った。
 
いきなり背後から手が伸びてきた。慌てて振り返ると長門がいた。
「ここまで中和されれば後は容易、まかせて」
なにやら高速で口が動き終わったときにはハルヒの寝息が聞こえてきた。
そっと布団を持ち上げるとなんとも緊張感のない顔で寝ていた。
「再改変が行われ涼宮ハルヒの身に起きていた特定物へのアレルギー症状は消失した。再発の危険性もない」
「そうか、一件落着だな…っておい長門、今授業中じゃないのか」
「問題ない」
「あるような気もするが…まあおかげで助かった。ありがとな」
長門は礼を言われる筋合いはないと言わんばかりにノーリアクションだった。というか何かこっちを凝視しているような…。
視線を追うと俺とハルヒが手を繋いでいた。そういえば解いていなかった。
解こうかとも思ったが、なんとなく今日は繋いだままでいい気がした。
「長門、俺はこのままハルヒが起きるまで付き合うよ」
長門はしばらく俺をみていたが「そう」と一言つぶやき保健室を後にした。
 
ハルヒは無垢な寝顔を晒している。
黙っていれば美人のこいつは、眠っているときはまるでいいとこのお嬢様のようだった。
よくみると真っ赤だった目元も鼻もきれいになっていた。
長門だろうか。さすがアフターサービスもばっちりだな。

眠っている美人の同級生と保健室で二人きり。
官能小説もびっくりだな。読んだことはないが。
さて、保険の教師が帰ってきたらなんて言い訳するかね。
まあなんと言われようとこの手を離すつもりはないがな。
 
 
目が覚める。
声が聞こえる。
「いいですか。このような方法は二度ととらないで下さい。『思えば叶う』と本気で思ってしまったらそこでお終いですから」
「わかったわかった」
まだぼーっとしてる。キョンと、古泉君?
「わかっていただければ結構です。しかしこういう方法があったんですね。僕では思いつきません」
もう一度目を閉じる。
「でも、そこまでして涼宮さんと触れ合いたかったんですね」
その言葉に思わず力が入る。つないだ手をぎゅっと握る。つないだ手?
「ん?ハルヒ、起きたか?」
あ、そうだ。あたしキョンと手をつないだまま…。
「おはようございます。涼宮さん。それでは僕はこれで失礼します。お大事に」
いそいそと出て行く古泉君。さっきのはなんだったんだろう。
「大丈夫か?」
キョンに言われて一瞬何のことかわからなかった。
「あ…」
くしゃみも鼻水も涙も出てない。治ったんだ!
「大丈夫、みたいだな」
キョンが安心したように息をつく。強く握られる手。
「キョン、ずっと手握っててくれたの?」
「仕方ないだろ。お前のバカ力が離してくれなかったんだ」
相変わらずのキョン。ふと時計が目に入った。
12時…ってもうお昼!?ここにきたのが1時間目終わってからだから…3時間もこうしてくれてたの?
「キョン、あの、もしかしてずっと?」
「さっきも言ったろ。ったく」
やれやれ、と頭を振るキョン。
でも、なんて言っててもキョンはずっと一緒にいてくれた。
それが嬉しくて、また一緒にいられることが嬉しくて、でも何もいえなくて、ただ手をぎゅっとしていた。
「…それより、迷惑じゃなかったか?」
「え?」
「あのアレルギーは俺が原因だろ?だけど、その、俺は無理に一緒にいようとしてたからな」
…そうだ。あの時キョンから手をとったんだ。そんなことしたら嫌われるかもしれないのに。
そんなのキョンらしくない。
「なんで、そんなことしたの?ううん、してくれたの?」
キョンは「う」と言葉に詰まってしばらく考え込んでから言った。
「…後ろが何か物足りなくてな」
「…どういう意味?」
「殺気とかやる気とかそんなんだ。どうも授業中に緊張感がなくてな。寝ちまいそうになるんだ」
「え…、それだけ?」
「ほかに何があるよ。ただでさえ四六時中付き合わされてるんだ。教室くらい離れててもいいかと思ったんだがな」
…なんか、損した気分。期待したのに。
「でも、ま」
キョンはこっちから顔を逸らして言った
「いないと困るんだよ。いろいろと」
もしかしてそれって…。
「あたしが必要ってこと?」
 
 
とんでもないことを聞きやがる。
何のために遠回しに言ってると思ってるんだ。
「自分で考えろ」
手が握られる。反射的にハルヒを見てしまう。
「じゃあ勝手にするわ。あんたにはあたしが必要」
なんともハルヒらしい。自分勝手な納得をしたようだ。
「あたしにあんたが必要なくらい」
そう言って、にっこり笑ったハルヒはなんとも形容しがたく、自分でもなんと表現したらいいかわからない。
魅力的かどうかで言うならば世の中の男性の9割、すなわちハルヒ曰くホモである男性を除いたすべてがYesと答えるだろう。
別に俺の主観というわけではない。俺は平凡で平均な男子高校生を自負しているわけでその俺が評価するなら平均値と言える。
とはいえ俺の美的感覚から360度プラス180度回転された方もおられるだろう。
しかしそのような人物でさえ先ほどのハルヒの笑顔を見せられたら何かひとつくらいのお願いは聞いてしまうこと請け合いだ。
古泉のようにハルヒ信者であるならば1回、2回とは言わず10回でも100回でも喜んで聞くだろう。
絵画にしたら中堅の作家でも佳作くらいは取れる題材でないかと思う。
だが俺には絵画の才能もパソコンを駆使したコンピューターグラフィックスの技術もない。
かくして人類の財産にも思える笑顔は俺の脳内だけに記録されるわけだ。
脳内の映像を出力する装置が発明されたならば俺は即時購入を検討するね。
古泉や谷口あたりに売りつければ結構な金額になるに違いあるまい。
惜しむらくは人類の頭脳の未発達か。
だが、もしかしたら数年以内に開発される可能性もある。
だからもう一度さっきのハルヒの笑顔を頭に刻み付ける。
100%思い出せる。記憶力よく生んでくれた両親に感謝だな。
 
後ろの奴に頼み込んでハルヒと席を戻してもらう。
昼を一緒に食べる。こうして一緒にいることが当たり前だと認識し直す。
午後、独特の威圧感と圧迫感を背後から感じる。
これでいつもどおりだ。
 
部活の時間になり部室へ。
一応みんなにハルヒのアレルギーが治ったことを報告する。

帰り道ハルヒと並んで歩く。
こうして隣にいることがあのアレルギーがあったら出来ないことだったんだな。
別れ際「じゃあねー」と手を振るハルヒをみて、あのときの笑顔を思い出す。
だめだ、焼き付きすぎて忘れられそうもない。
そういえば、と携帯電話という便利なアイテムを持っていた。
こいつはカメラまで兼ね備えたいわゆる文明の利器である。
あのときにこいつの存在を思い出していればあの笑顔を保存することが出来たかもしれない。残念だ。
………いやこれでよかったのだろう。
人の笑顔をどうにかするなんて邪な考えは良くないよな。うん。
だから、思っていればいいんだ
ハルヒと離れてしまいそうになった時の気持ちと、取り戻したあの笑顔はいつも俺の胸に。